第七章 去る者を追え!④
具体的な成果はなかったものの、斧岑 宗貞との邂逅は、ボクに色々な気づきを与えてくれた。
追儺師とは、血によって黄泉渡りしやすい人。そうなると、ボクや八馬女、小町がそうである説明がつきにくい。境界があると引きずり込まれやすいので、腐朽と戦える術を身に着けた者……。
そして現状、八馬女を治す手立てはない。そうなると、仮に公的機関に頼ったとしても、効果があるかは不明、ということだ。なら、共生という形でボクと一緒にいた方がいい。
意思疎通は難しくとも、今の状態なら、それもまた……。
伊瀬にそうしたことを報告するつもりだ。紹介状を書いてくれたし、伊瀬も結果を知りたがっていたから。
ただ、古ぼけたそのビルを上がるとき、嫌な胸騒ぎがした。これまで何度も上ってきたけれど、何か言いも知れぬ違和感……。山歩きをして疲れた足に鞭打って、一気に上がった。
事務所では、伊瀬が憮然とした様子でソファーにすわっており、部屋もいつもより乱雑となっていた。
「どうしたんですか?」
「攫われた……」
「え? 誰が……?」
伊瀬は黙って、人差し指を上に向けた。ボクも慌てて階段を駆け上がった。屋上にいるはずの八馬女は、そこにいなかった……。
数十分前――。
ビルの前に、車列を組んできた装甲車両が静かに止まった。すでに夕刻、その帳を破るように、車から飛びだしてきた男たちは、完全武装で手にはライフル銃をもち、そのまま立ち入り禁止と書かれた紙が下がった虎ロープを跨ぎ、エレベーターホールの脇にある階段を、四階まで一気に駆け上がっていく。
伊瀬の事務所のドアを蹴破って、一気に兵士たちが雪崩れこんだ。
ソファーで横になり、うとうとしていた伊瀬は、その急襲に気づいておらず、目を覚ましたときには銃口を突きつけられ、身じろぎすらできない状態に、思わずため息をつく。
「醍醐家の特殊部隊か……」
その言葉を待っていたように、兵士の間を割って出てきたのは、この隊を率いてきた醍醐 元真だ。
「久しぶりだね、伊瀬君」
「その久しぶりの挨拶を、銃口を向けてするって、どうなのかしら?」
「それは匿名の通報をうけたからだよ。君が、黄泉渡りをしてきた鬼を匿っているのでは……とね」
「匿名の通報? あらあら、いつから裏霞堂の番犬、醍醐家が警察のまねごとを始めたのかしら」
「番犬? 我々は常に有事にそなえ、戦力を保持してきた。それは犬ではなく、知恵ある者の所業だよ」
「モノはいいようね。醍醐家が兵装をととのえてきたのは、清華家という堂上家の中でも一段、低い地位にとどめおかれ、それを払拭するため……でしょう? しかし、その自慢の軍隊も、今や裏世界において、何の力も持っていないそうじゃない。だから人攫いに商売替え?」
嫌味っぽい伊瀬の言葉にも、元真はふんッと鼻を鳴らしてあしらう。
「人攫い? 人でないものを攫いに来たんだよ」
元真が「探せ!」と指示すると、兵士たちは家捜しをはじめた。伊瀬も、銃口をむけられ、抵抗もできない。
捜索が屋上にまでおよぶと、夜となり、小屋からでていた八馬女はすぐに見つかってしまう。そのまま抵抗することもなく、兵士たちに連行されてきた。
「彼を連れて行って、どうするつもり?」
「そんなことは知らん。ただ、命じられたからそうするまで」
「それって、やっぱり犬じゃない……。国家を動かし、通報も、SNSでさえも徹底的につぶして、それで今回の一件をなかったことにするつもり?」
「なかったことにするのではない。なかったのだよ。腐朽が黄泉渡りをしてくることなど……」
そういって、八馬女を連れて兵士たちは事務所を後にしていった。
「そんなことが……」
ボクも愕然とする。
「醍醐家は、自衛隊からの武器の横流し、軍のエリートを自らの部隊に引き入れるなど、やりたい放題で兵装をととのえてきた家柄。堂上家はメディアを握り、情報統制さえ完璧、だから抵抗するだけムダよ」
伊瀬は腕を組んでいる。
「でも、じゃあ八馬女はどうなるんですか?」
「人畜無害そうだから、すぐに殺されることはない、と思うけれど……。実験される……でしょうね」
「実験……?」
八馬女があんなことや、こんなことをされて……。悪い想像しか浮かばない。
「どこへ連れ去られたか……」
「それは分かるわ。一時隔離までだけど……。恐らく、醍醐家の施設にいる」
「じゃあ、今のうちに助けないと……」
「どうやって?」
伊瀬はまだ傷から回復していないし、何より頼ることもちがう気がする。八馬女を助けに行くのは、ボクと……。
「赤人が攫われたって⁈」
仕事が終わるころ合いを見計らって、連絡したらすぐに駆けつけてきた、小町だけのようだった。
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