第七章 去る者を追え!⑤
「行くのは構わないけれど、命を奪われる覚悟をもちなさい」
伊瀬はそう脅す。
「何しろ、彼らは自分たちの存立基盤すら脅かされかねない。黄泉観察吏という立場だけではなく、彼らが隠してきた、古代に秘められたナゾ……。それが詳らかとなったとき、自分の地位や権力、そうした諸々の依拠してきたものすら脅かされない、と感じている」
「こ、怖いこと言わないで下さい……」
「これは事実よ。自分たちの地位が、それによって保証されてきたのなら、尚のことそれが崩れることに恐れを抱く。脅かす者を殺してでも安寧をはかろうとする。あなたはそれになろうとしているのよ」
それはよく分かる話だ。過去、暗殺などはそうして行われてきた。八馬女の存在がそれに関わるから、彼らは本気で奪いにきた。
「でも、このまま見捨てるなんて決断は、ボクにはできません」
「私も!」
「だから、行きます……」
伊瀬もため息をつく。
「多分、醍醐家の施設に一旦、入れられると思うけれど、次に裏世界が重なるタイミングで、彼は別の施設に送られる。そこは銀行よ」
「銀行……?」
裏世界は、こちらの影でしかない。つまり壊せないし、向こうで改変することもできない。だから重要なものを隠そうとするとき、巨大な金庫に入れるのよ。
タイミングを見計らい、銀行の金庫を開けさせる。そして黄泉渡りした者が、開いたそこに大事なものを隠し、戻ったタイミングで金庫を閉じる。そうすれば、裏世界にいる腐朽も手出しできないし、そもそも黄泉渡りができる者でないと、そこにアクセスできないでしょ」
金庫のカギをもっているのは表の世界だけ。なるほど、それが大切なモノの隠し場所として、最適なのだ。
「分かりました。行ってきます」
「生きて帰ってきなさい」
伊瀬のその眼は、真剣だった。
しかし醍醐家とやらの住所が分かっても、おいそれと会わせてもらえるとは思えなかった。
「どうするの?」
小町からそう尋ねられるけれど、ノープラン……。というより、どれだけ頭をひねっても、良案など思いつくはずもない。
「とにかく、その屋敷に侵入して……」
その屋敷に来ているのだけれど、聳えた高い塀をみて、唖然としているのだ。
ふつうの生垣ではなく、三メートルぐらいの土壁であり、所々に開けられた小窓のようなものは、銃で応射するためのものだ。
お城……というより、城塞。郊外にあるとはいえ、こんな広い土地を所有しているのをみても、足がすくむ。
しかも、たった二人で……。
「よう、マロ」
そのとき、不意に後ろから声をかけられ、驚いて飛び上がった。
「あ……、清倉……さん?」
そこにはお笑い芸人の先輩、ノンピークのツッコミ担当、清倉が立っていた。
「オレもいるよ~ん」
そこにはノンピークのボケ担当もいた。
「坂神さんも……どうしてここに?」
「八馬女を助けに行くんだろ? オレたちも行くよ~ん」
「どうして……?」
清倉はガッとボクと肩を組んで「天使に頼まれたからだよ。それ以外、理由はないだろ?」
「でも、どうしてここに?」
「将田さんから連絡をうけたんだよ。オマエ、焼き鳥屋のバイトを休みますって連絡をしただろ?」
それは急な休みの申し出であり、ちゃんと理由を説明しないと……と思って、八馬女が連れ去られた話をしたのだ。
昨日、将田の営むお店で、会わせろ、会わせない、でもめたので、将田の方から清倉にも直接連絡をしたようだ。
「でも、この屋敷の中みたいなんですよ……」
醍醐家の、要塞のようになった屋敷を見上げる。
「ま、ここに入るのは出来ないだろ」
「ですよね……。不法侵入になるし……」
「そうじゃない。銃とか、平気でぶっ放すような連中のいるところに、丸腰で乗りこむなんて、無謀だって話だよ」
伊瀬の事務所に乗り込んできたときも、完全武装といっていたから、マシンガンに手榴弾、ナイフ……。それどころか、この塀を超えると、首輪のところに金属の棘みたいなものがつけられた、ドーベルマン級の大きな犬が襲ってきて……と、悪い想像しか浮かばない。
「オレもハチの巣は嫌だなぁ~。ハチの巣を食べるのは好きだけど」
飄々としているのが坂神の特徴だけれど、相方の妹の頼みに、こうして命の危機を感じるような現場ても、ついてきてくれるぐらいだから、相方愛が強いコンビなのかもしれない。
「それより、可愛い子ちゃんはいいの? 危険なとこ」
坂神に「可愛い子ちゃん」と呼ばれ、若干気をよくしながら「大丈夫です。私、赤人とは幼馴染なんで、絶対に助けます!」と、胸を叩いてみせる。
それを聞いて、坂神は清倉にむかって
「おいおい。天使ちゃんのライバル、こんなところにいるじゃん。お兄ちゃんも大変だねぇ~」
清倉はちらっと小町をみて「べ、別に、いいんじゃねぇの」と、明らかに不自然な態度をとる。
ただ小町はあっけらかんと「あぁ、気にしない下さい。ただの幼馴染ですから」と言った。
……あれ? 小町は八馬女のことが好きなのでは? 照れ隠しでもなく、そう言い切った小町の顔を、ボクも不思議そうにながめるばかりだった。
「とにかく! 今は八馬女の救出だろ」
清倉の声に、改めて醍醐の屋敷をみる。そのとき、清倉は自分のスマホに何かの連絡があったようで、しばらく眺めると、ニヤッと笑った。
「ちょうどいい。裏世界がくるぞ。奴らが八馬女を裏世界へとはこぶタイミングで、奴の身柄をおさえる」
…………あれ? 清倉がそういったことで、ボクも「何で……?」
「ん? あぁ、オレも、こいつも追儺師だ」
清倉が坂神を指さすと、それを察して坂神も肩をすくめた。
芸人の先輩で、さらに追儺師の先輩⁈ これで八馬女の救出に手を貸してもらったら、当分頭が上がりそうにない。
それ以上に、八馬女が日銀の倉庫に入れられる……なんてことになったら、救出すら難しくなるのだから、次の黄泉渡りは極めて困難なミッションになることが確実となりそうだった。
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