第七章 去る者を追え!➂

「それで明日、会わせることにした? バカじゃないの?」

「ですよねぇ~……」

 伊瀬にそれを報告すると、即座に大ダメージを与えてくる。

「明日まで先延ばしするぐらいしか、できなかったんですよ……。伊瀬さんだって、四人から……、しかも芸人の先輩からも責められたら、受け入れざるを得なかったんですよ」

「知らないわよ。私、芸人じゃないし」

 そう、芸人の上下関係なんて、伊瀬に説明したところで分かってもらえない。

 清倉もアイドルとしての仕事があるので、二日後に会談をセッティングするのが、精いっぱいの先送りだった。

「どうするつもり?」

「会わせるしかないですよね……。写真でも解消されないだろうし……」

「会わせて、どうするつもり? 精神疾患だと言い張るの?」

 そこまで考えていなかった……。あの症状は、精神疾患というだけで言い張れるのかどうか……。

 むしろ屋上に閉じこめている、などと知れたら、人でなし認定は確実だった。ただ人でないのは、八馬女の方なのだけれど……。


「……で、何で私?」

「小町と一緒なら、何とかイイワケできるんじゃないかって……」

 小町に電話で報告しているところだ。

「イイワケねぇ……。いずれバレるわよ」

「分かっているけど、堂上家とかいうのもあって、今はとにかく騒ぎにしたくはないんだよ」

「そう、そっちの方よ。赤人を預けるつもり?」

「ボクとしては、自分でできる範囲のことはしたいし……。でも、今のままだと改善は難しい……とも思っている」

「公的機関だと、その術をもっている……?」

「分からない。伊瀬さんもこんな事態は知らない、と言っている」

「あの玄利ってお坊さんは?」

「ボクも考えたけれど、あの人は携帯電話ももたず、全国を行脚している、といっていたから、連絡がとれないんだよ」

「そうじゃなくて、代々追儺師を継いできたんでしょ。そのお父さんは?」

「そうか! 父親はもう修行を終えて、お寺にいるはずだね」

 伊瀬に確認すると、お寺を知っていて場所も分かったので、そのお寺に行ってみることにした。


 斧岑 玄利の生家であるそのお寺は、都心から離れ、里とも距離をおく山奥にあった。元々、修験道を引き継いできた家系であり、参拝を意識して建てられたものではない、という。

 それは電気も、電話もない、ということでも分かる。舗装された道路もなく、獣道のような山道を通って、しばらく歩いていくと、山門らしきものが見えた。ただそれは古ぼけ、苔生していて、廃屋という印象が強い。その山門を掃除する、壮健な中年男性が見えた。

「初めまして」と挨拶をし、伊瀬からの紹介状と、玄利と会った話などをすると、訝しそうにしつつも「ま、話をするだけなら……」と、気乗りしない様子で斧岑 宗貞は寺に招じ入れてくれた。

 一般的なお寺だとお墓があったり、仏像があったり……を想像するけれど、そういうものは一切ない。古い日本家屋、しかも古民家のように太い梁があって……というのでもない。戦後のバラック造りのような、板を寄せ集めて、雨風を凌げるだけの粗末な建物だった。


「伊瀬君のところで追儺師をねぇ……」

 宗貞はそういって無精ひげの濃いアゴをさする。身形も薄汚い僧服で、よほど諸国を行脚している、という息子の玄利の方がこぎれいな印象をうけた。

「それで、長いこと追儺師をしている宗貞さんに、色々とお話をお伺いしたく……」

「君は追儺師を、何だと思っているのか?」

 いきなり漠然とした質問が飛んできた。

「裏世界を探求する……。お宝探しや、過去の事象をしらべ、そこにいる腐朽を退治したりする人……?」

「正解であって、正解でない。それは目的であって、追儺師そのものを言い表すものではない。

 追儺師とは、古来より連綿とつづく血の継承――」

「代々引き継がれるもの?」

「そうじゃない。引き継ぐのではなく、呪われた血を継ぐのだよ」


 冗談や悪ふざけではなく、宗貞は真剣な表情でそういった。

「呪われた血……?」

「この国が、国として存立する際にばら撒かれた、呪われた血――。それが強く現れた者が、追儺師となるのだよ。ナゼなら、そういう者は否応なく裏世界に引きずり込まれ、呪いや恨みといった者に固執し、誰彼構わず、自分と同じ目に遭わせよう、という腐朽の仲間にされるのだから。

 鬼どもを蹴散らす力を身につけて、その害を防ぐ……。それは偶然ではなく、必然として……」

「稼業ではなく、腐朽と戦うため、追儺師に……?」

「引き継ぎたくて、そうするのではない。引き継がざるを得ないから、それを稼業とするのだよ」

「ボクは稼業というより、親友を助けたくて……」

 事情を説明すると、宗貞はアゴをさすりながら、難しい顔をする。

「君は、黄泉渡りできるのか?」

 質問の直接の回答でなかったけれど、ボクも「はい」と応じると、彼は即座に「それはおかしい」と言いだした。


「高貴な人物を、その祖とする我が一族でさえ、黄泉渡りできる者は少なくなった。我が子息でさえ、盲目の玄利だけが難なくそれをこなすが、他の者は入れたり、入れなかったり……。

 ごく稀に、父母の組み合わせによって、そういうケースもあるが……」

 ごく稀……? ボクは自然と入れているし、それは八馬女や小町だってそうだ。だから不思議に思っていなかったけれど、黄泉渡りできることがすでに特殊能力であるのなら、なぜボクらに……?

「黄泉渡りできる人って、多いのですか?」

「誤報や、捏造以外での幽霊の目撃情報は少ない……。その程度だと思えば、想像もできるだろう。境界を目撃できる者は、黄泉渡りもできる。そうなると、追儺師として数え上げるのは、実数としても百は超えないだろうな」

 追儺師はもっと多い……と思っていたけれど、百人もいないのか……。でもそうなると、愈々ボクたち幼馴染、全員がそうなっていることに違和感もあった。


「じゃあ、黄泉渡りをした腐朽って、過去にいますか?」

 宗貞は首をひねりつつ「儂は知らん」と言ったが、すぐに「嫌気性生物を、空気の下に曝すと死ぬように、腐朽どもが黄泉渡りをしてこっちに来ても、長くは生きられまい」

「でも、八馬女は……」

「君の幼馴染については知らん。そもそも、腐朽に噛みつかれて、腐朽にならない者などみたことも……」

 宗貞はふと、繭を顰める。

「それは本当に、腐朽だったのか?」

「…………え?」

 そう言われ、八馬女が咬まれたときの状況を思いだす。顔の下半分が腐り落ち、骨までみえた女性の顔が、醜悪に歪んだ……。

「もしかして、あれは鬼魅……?」

「鬼魅は積極的に、腐朽をつくらんよ。ナゼなら、奴らが恨むのは特定の個人、もしくは血筋……」

 宗貞は難しい顔で、黙りこくってしまう。


 その沈黙に耐えられず、ボクの方から「治す術はありませんか?」

「一度、そうなった者を元にもどす術は、確立されていない。だが、腐朽に傷をつけられ、それほど進行の遅い者は聞いたこともない。だから、腐朽になった者を元に戻す術も、ただ知らないだけ……かもしれん。過去には共生をしめす事例も、いくつか散見されるが……」

「共生?」

「八百比丘尼のように、長寿伝説の裏には、体が腐っていっても魂は残る、そうした者の存在が疑われる、ということだ」

 共生……。ボクはその言葉に、一筋の光明を見出していた。もし治らなくとも、八馬女が今のように、落ち着いていられるのなら、ここで一緒に生きていくのもアリかもしれない、と……。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る