第七章 去る者を追え!➁
「あ、いた⁉」
街を歩いていたところ、不意にそう聞こえた声には聞き覚えがあった。そしてすぐに危険を感じた。
「待ちなさいよ! 彼はどこ⁈」
そう、中学生の清倉 天使――。恐らく八馬女のことが好きで、兄に頼んでお笑いライブにボクたちを参加させるほどの、力の入れようだ。
しかし、声をかけられたところが悪かった。ナゼなら、ボクがバイトをする焼き鳥屋に向かって歩いているときで、そのまま飛びこんだ焼き鳥屋に、天使も乗りこんできたからだ。
「ちょっと、何で逃げるのよ!」
「ん? お嬢ちゃん、何者だ?」
店長の将田 郁乃と、天使がバッティングした。
そしてボクはこの後の、最悪の展開を予想していなかった。
「純愛だねぇ、おい」
「そうなのですわ。私は愛を成就するため、全力を尽くしているのです」
「いや、気に入った。その純愛成就、私も協力するよ」
そう、将田と天使が、意気投合したのだ。
「そういえば、相方は病気といっていたよな?」
「ええ。面会謝絶で、完全隔離で、その所在すら明かしてはいけない、と……」
ボクのそんな嘘ぐらいで、盛り上がった二人が止まるはずもない。
「どんな重病人だい?」
「絶対、何かを隠しているのですわ!」
ちなみに、清倉 天使のキャラの一つ、お嬢様語で今は話している。恐らく将田と話をする際、お嬢様キャラではじめてしまったため、その流れで「ですわ」モードになっているらしい。
「今、八馬女に会わせるわけにはいかない。それは変わりません」
そう突っ張ってみせたけれど、二人の女性に迫られても、ボクは〝ハーレム〟どころか、〝憐れむ〟状況となっていた。
「収録の合間を縫って、来てやったぞ」
「オレは面白そうだから、付き添いだよ~。よ、天使ちゃん、久しぶり~」
そういって、焼き鳥屋に現れたのは、清倉 元輔と、相方の坂神 是則の二人だ。テレビ局で収録をしているとき、妹からの連絡をうけ、こうして出向いてくるほどのシスコン……。
「マロ、オマエはもっと骨のある奴だと思っていたが……。赤人はどうした?」
「それが、今は病気なんです。人に会わせたくない、というか……」
そう、芸人の先輩である清倉たちから、ボクを説得しよう、というのだ。さりとてこっちも、そう簡単に会わせるわけにもいかない。
「会ってみないと分からない……だろ? もしかしたら、改善するかもしれないじゃないか。まさか顔面が崩壊していたり、上半身と下半身が切り離されていたり、じゃないんだろ?」
それはもう病気じゃなく、改造に失敗した人――。お笑いをする人間は、得てしてこういうとき、突飛な発想がでてくる。
「精神的な問題なんですよ。だから、隔離されて……」
確かに、ゾンビになっても肉体的には健全なのだから、精神的な問題といってよいだろう。
「そうであっても会いたいのよ、お兄様」
天使スマイルだ……。これを上目遣いで、うるうるした瞳でされたら、大抵の男はイチコロである。兄である清倉でさえ、でれでれとした表情で、天使の頭を撫でてみせる。
「分かるぞ、天使。じゃあ、入院している病院はどこだ?」
「病院……じゃあ、ないんですけど……」
「ここらで話しておいた方がいいよ~ん。マロも、元輔が元スケバン……おっと、元ヤンって知っているよな?」
坂神による相槌は、ネタの一つである。コワモテの清倉をいじるネタ、元輔にかけて元スケバン、というものだ。ただこうなると、それは現実味を帯び過ぎて、余計に怖くもあって……。
しかも、ボクも一端の芸人。もう会わせないといけない流れができており、これがテレビだとお約束……。四人から問い詰められ、同調圧力により断りにくい形にされていた。
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