第七章 去る者を追え!①

 伊瀬への求婚……、というより愛人要求を断られつづけ、それでも粘っていた中院がやっと帰った後、ボクは「堂上家って何ですか?」と尋ねた。

 伊瀬もあまり長くすわっていたくないのか、ソファーに横になりながら応じた。

「メディアにも一切でない、その名すらだすことを憚るようなところもあるから、知らない人も多い……か」

 自分に関わることを、喋りたがらない伊瀬のことだから、きっと自分とは関わりの薄い話だろうと、すぐに思った。

「上代より貴族を名乗っていた者が、明治になって何と呼ばれたか?」

 いきなりクイズになった。「華族?」

「正解。でも、その華族の中でも、家柄の確かさ、当時の資産などを考慮して、堂上家が誕生したのよ。宮廷にあった麝香の間、そこに上がれる家格を備えた家、ということよ。

 要するに、華族という特別待遇では満足しきれず、さらに上の地位を、自分たちでつくったのよ。そんな堂上家の中でも、さらに差ができた。摂家、清華家、大臣家、羽林家、名家、半家。その中でも大臣家までを堂上家、羽林家以下を平堂上、などの分け方もあるわ」


「元貴族が、自分たちでつくった枠組み、ですか……?」

「自分たちでつくった……、という面もあるけれど、明治政府にとっても、皇族側にも都合よかった。

 何しろ、世間に知られてはいけない、裏世界などというものを管理する、させるための組織でもあったのだから」

「じゃあ、黄泉観察吏っていうのは……?」

「堂上家が代々、引き継いできた役職よ」

 黄泉観察吏が公営の、裏世界と関わる立場なら、追儺師が民営……?

「その黄泉観察吏が、黄泉への関りを放棄し、その役割を果たさずにいた。ナゼだと思う?」

 またクイズになった。「追儺師がその任を担ってきたから?」

「不正解。裕福となった彼らにとって、危険を伴う裏世界にわざわざ行く必要がなくなった。表の世界で、情報統制をすることに、専らその力をつかうようになったからよ。だから裏世界のことは報じられないし、彼らをメディアが報じることはない。全てを封じたのよ」


「確かに、ボクは知らなかった……」

「メディアに登場するのは政治家、経団連会長、経済同友会、商工会議所会頭――。そういった場で発言するのも、堂上家の意を汲んで、そうしている。要するに彼らはスケープゴート。裏でこの国を牛耳っているのは、メディアを管理、統制する堂上家の側なのよ」

 陰謀論……。でも、メディアは報じないけれど、そのメディアの会長、社長、幹部などもふくめて、政治家とよく会談、会食をしている。でも、それは一切報じられていない。奥歯にモノがはさまっているのは、実は報道する側だ。

「じゃあ、黄泉観察吏が動いても……」

「こっちが消されても、世間に知られずに処理されるでしょうね」

「嫌な方向に想像がふくらみますよ……。でも、さっきの話は、間違いなく八馬女のことですよね?」

「多分ね。でも、何でバレたか? ここにいることは知らないみたいだし、何となく胡散臭いけれど……」


「境界は管理されていないんですか?」

「管理できないわよ。全国、無数に裏世界の入り口は開くのよ」

「じゃあ、腐朽たちは全国の、その入り口付近に、無数にいるんですか?」

「入り口が開けば、人が誤って踏みこむケースが高まるからね。でも、鬼魅はこの辺り、東京に集中しているわ」

「何で? 意思をもつから?」

「政治の中枢がこの辺りだから、よ。彼らは今でも、政治の中枢にいたいと思っている。むしろ〝いる〟と考えているのでしょうね」

 そういうと、伊瀬は難しい顔をする。

「でも、私たちには手が負えない……治す術もない、となったら頼るのも、一つの手かもしれない……」

「黄泉観察吏に、八馬女を託す? 治せるんですか?」

 伊瀬は手を広げて、首を横にふった。

「可能性は低いでしょうね。でも歴史上、黄泉渡りをした腐朽がいなかったか? というと、そう疑われる事例がいくつか散見される。酒呑童子、安達ケ原の鬼婆……。鬼とされた者も、なぜそうなったか? そして、退治された鬼がその後、どうなったか? ……いずれにしろ期待薄ではあるでしょうね」

 退治――。鬼とされた者が辿った末路……。今、八馬女は周りに迷惑をかけることもなく、屋上に一人でいる。それでも、きっと退治されるだろう。自分たちに分からない者、予測不能な相手を排除する……。それが人間であり、人のつくってきた歴史でもあった。

 やっぱりボクが……、ボクたちが守らないと……。そう意を強くした。

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