第六章 白日と落日と、腹の探り合い⑥

「やれやれ……。この国を奪い、乗っ取りに来た者たちが、自分が滅ぼした亡者たちの怨念に怯え、また別の世界をつくらんと欲するか……」

 身形も薄汚い男は、愚痴でもなく、感情の籠らない様子でそう呟く。

「栄枯盛衰は常。力が衰えたら国であろうと、それは滅ぶ。創成、維持、破壊、すべてはこの道理において世は動くのです」

 身形の立派な男は、そう言い切った。

「ふ~ん……。その道理を分かっているのなら、キサマが望む『維持』なるものが、儚い試みであることぐらい、分かろうというもの」

 貴族の男はふくみ笑いをした。それをみて、薄汚い僧服をきた男は、眉根を寄せてみせる。

「キサマ……。何を考えている?」

 男は改めて、懐からとりだした衣冠を、自らかぶり直した。

「私はこの国のために、すべてを投げだす覚悟ですよ。だから侵略者、彼らにも手を貸した……」

「この国を譲り渡しておいて、大そうな態度だな」

「どんなに蔑まれようと……否、私が蔑まれようと、この国を守るのが私の役目。それが我が一族」

 その顔に悲壮感を漂わせ、男はそうつぶやく。だが、その一族すらすでに乗っ取られているのに……。僧服の男は、憐みともつかない目を向けた。


「62万円でした」

 伊瀬の事務所にもどってきて、そう報告する。

「そんなものよ。それが加工すると、2百万円以上の価格になる。製造方法が分からないから、ぼろ儲けなのよ。そのくせ、金払いが悪いみたいで、こちらに何か買え、買えと迫ってくる」

「そういえば、あれこれ奨められました……」

「買わない方がいいわよ。裏で買った方が、よほど安く買えるんだから」

 伊瀬はソファーに横になっていたけれど、体を起こして説明をはじめた。

「あそこで売っているのは正規品。軍から横流しされたわけじゃなく、バカな日本政府が、バカみたいに法外な値段で買わされたものよ。それをこっちに価格転嫁するんだから、買うだけ損をするわ」

「そうなんですね。こっちは手持ちがなかったので……」

「そのうち、アンタも自分でワクチンを買わないといけないんだから、それは溜めておきなさい」

 今回のカムヅミは、すべて小町の手柄だとして、処分はボクらに任された。そこで二個を売り、四個を八馬女の食事用にのこすことにした。ボクの借金返済に回してもいい、と言われたけれど、それこそ伊瀬に頼ることができない、今回のようなケースもあって、自分でもワクチンをもちたい、と思っていた。小町も一緒に行くなら一回分の二つ……。

 そっと懐に入れたお金を、ボクはもう一度ポケットにしまった。


 そのとき、事務所のドアが開く。

「おぉ、我が恋人……否、フィアンセ。中院 重之がわざわざ、ここまでやって来たよ~ッ‼」

 そこにいたのは、あのビルでドアの外にいた、オールバックの男だ。

「何でカギを閉めておかなかったのよ……。ま、いいわ。コバエも部屋の中に入ってくることはあるし……」

「くは……。この三つ葉グループの御曹司、中院 重之をコバエ扱いとは……。相変わらず容赦ないな。さすがは伊瀬くん」

「容赦して欲しいなら、さっさと目の前からいなくなったら?」

「コバエどころか、ゴキブリに対する態度……。私をここまで愚弄するとは……。腕を上げたね、伊瀬くん」

「腕を上げる前に、溜飲を下げたいから、消えて」

「い、伊瀬くん。久しぶりに会った私にそれはないんじゃないか……?」

「手土産もない人が来たって、だす茶もないわよ」

「ワクチン、三本!」

「いらっしゃ~い❤」

 伊瀬の変わり身はコバエの世代交代より早かった。


「何で来たの?」

 ワクチンを受けとった伊瀬は、すぐにまたつまらなそうにそう言った。ただ、すでに中院 重之はソファーにすわり、ボクが淹れたお茶をだした後、つまり帰る気配もなかった。

「堂上家が怪しい動きをしていてね」

 中院は怪しげな口調で、そう語りだす。

「堂上家? いつも怪しいでしょ」

 中院は端正な顔を歪ませ、苦笑する。

「この国を裏で牛耳り、政治家、官僚を多数送りこんできた、という家柄さ。怪しいのはもっともだが、怪しさが度を越えてきたんだよ」

「度を越えた?」

「裏世界においては、最早その威光も今や昔……」

「富裕となり、危険なことに身をさらすことから遠ざかった……。黄泉監察吏は代役を立てることもできないし、足が遠ざかれば、自然と興味も薄れていく。それだけのことでしょ?」

「そう、それだけのことさ。でも、黄泉監察吏が、黄泉渡りすらできない。本末転倒といったことになると、話も変わってくるだろ?

 要するに、ここ数回の裏世界の接近、それに対して干渉しようとした彼らが、多大な犠牲を出した」


「ご愁傷様。でも、だから何?」

「自分の手を汚したくない、危険から遠ざかっていたい、と考える奴らが次に打つ手は、君たち追儺師を巻きこむことさ」

「…………ま、そうでしょうね。むしろ、お家再興を目論み、協力する追儺師もいるでしょうね」

「君も追儺師を辞めて、私の愛人に……」

「何でよ! でも、気になるのは黄泉観察吏が、どうしてこのタイミングで動いたのか? ということよ」

「どうも、黄泉渡りをした鬼がいる、とか……。ホント、そんなことになったら大変だよねぇ」

 ボクはそのとき、冷や汗が止まらなくなっていた。


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