第六章 白日と落日と、腹の探り合い⑤
「眠っていると、指を突き刺すよ!」
「……あ、すいません」
ボクは寝落ちしそうになりながら、焼き鳥の串打ちをする。繁忙日である土曜日に休みをもらったので、日曜日の早い段階からバイトに入っているのだ。最近は持ち帰りも増え、昼夜問わずに焼き鳥が売れる。そのために、串打ちも昼間からする必要があった。
伊瀬のところで働いても給料がでるかどうかも不明。カムヅミを売ることで、一気に借金返済! と行きたいところで、気分が上がり気味だけれど、ほぼ貫徹の眠気には勝てそうもない。
「何だい、ネタを考えているうち、徹夜でもしたのかい?」
店長はまだ若く、切符のいい女性だ。将田 郁乃――。芸人をめざすボクの事情も理解しており、応援もしてくれている。休みをフレキシブルにとれるように、配慮してもらっていた。
「ちょっと相方が病気で、最近はネタより、相方がネタきりで、そっちのお世話をしていて……」
寝てはいないけれど、漫才師としては寝かせているようなものだ。
「相方が病気っていうのは、大変だね。ま、ムリしてアンタが倒れたら意味ないよ。気持ちをしっかりもって頑張りな!」
そういって背中を叩いてくる。ボクよりよほどツッコミが上手く、年齢はちょっとだけ上の、姉御肌だった。
高層ビル――。都心の一等地にあるそこが、一種異様であるのは、正面玄関がすべて一ヶ所に向かって建つ、ということだ。そこには一つの塚があり、それは三大祟り神として奉られ、祠となっていた。
その一つのビルに入る。広いエレベーターホールには受付があり、二人の女性がすわっていた。
無言のまま、伊瀬から借りたIDカードと委任状をさしだす。営業スマイルの消えた受付嬢は、委任状に記された文面と、ブラックライトを照らして、浮かび上がった文字をスキャンする。それでやっとIDカードを機械に通すと、受付の背後にある扉のカギが、カチッと開く。
受付嬢は案内するでもなく、ドアを指し示すだけだ。ボクは黙って受付の横を通りぬけ、そのドアに入った。
中には警備員らしき男が一人いて、無言のまま先に立って通路を歩いていく。
その先にドアがあり、警備員が開けてくれると、中にはまたカウンターがあった。そこには一人の老婆がすわっていて、まるで無機質で、殺風景なその場所に、一服の清涼剤というより、栄養剤にすらなりそうもない渋い表情で、こちらの顔を睨みつけてくる。
「カムヅミの売却に……」
ボクがそう告げると、老婆は仏頂面のまま、カウンターの端を指さす。そこには果物を選別するような機械があり、そこにカムヅミを二個おくと、自動でコンベアが動いて測定を行う。
老婆は「62万円だね」と、愛想もなくつぶやくと、急に老婆の後ろにある壁が動いて、メニュー表のようなものが出てきた。
「ワクチンを買っていかないかい? 一本、二百万円だ。これで安心が買えるんだから、安いもんだろ? 逆に、それをケチって腐朽にされた奴を、あたしは何人も知っている。買うは一時の決断、買わぬは一生を台無しにするってもんだ。今なら、この素敵な袋もつけておくよ。
あぁ、武器もあるね。最近、腐朽も強力になってきたっていうし、お兄さんは強そうじゃないから、やられる前にやれってところさ。銃、ナイフ、軍用の装備品がよりどりみどり、米国製は高いが、ロシア製や中国製なんかが、護身用にはいいかもね。それと手榴弾。ライフルやバズーカなどは訓練も必要だけれど、こいつはピンを抜いて投げればいい。簡単だろ? 体を吹っ飛ばされても死にはしないが、腐朽の動きは止められる。一個ぐらい持っておくのがいっぱしの追儺師ってもんだよ。さぁ、買っていかないかい?」
ボクは丁重に、低調な気分でお断りをした。老婆は「チッ!」と舌打ちし、現金にしてもらってお金をうけとり、そこを後にした。
その部屋からでると、そこには一人の男が立っていた。警備員ではなく、高級な仕立ての良いスーツに身をつつみ、無造作ながら丁寧にまとめられたオールバックの髪型で、こちらを蔑むように見下ろしていた、
「何だ、伊瀬くんじゃないのか……」
伊瀬の知り合いか……?
「ちょっとケガをしたので、代理で……」
「ケガ? それはいかん!」
その男は、すぐにスマホでどこかに連絡をとりながら、歩き去っていく。このときボクは大失敗をしているのだけれど、まだ気づいてはいなかった。
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