第六章 白日と落日と、腹の探り合い④

 壬生道場――。

 実践的な武道を教える道場として、代々つづいてきた。日本刀をつかった居合い抜きや、兜割などの試技。柔道、剣道、空手、合気道、スポーツチャンバラ、時代の変化に合わせて、様々な武道を修めてきた師範が、それを教えるので、子供をふくめた門弟も多くいる。

「先生、さようなら」

「みんな、車には気を付けて帰るんだよ」

 この道場を継ぐ、とみなされる壬生 忠嶺は、メガネの奥の細い目をさらに細め、手をふって子供たちを見送る。でもその姿が見えなくなると、あえて無視していたそこに立つ男に目をもどす。

「壬生君、久しぶりですね」

 ロマンスグレーの紳士が、馴れ馴れしくそう挨拶しながら、近づいてくる。

「久しかろうと、会いたくなかったのですが……。まぁ、どうぞ」

 忠嶺もため息をつきつつ、そういって招じ入れたのは道場だった。


「聞いていますよ。醍醐家の精鋭、自衛隊に属する特殊工作部隊が、壊滅的な打撃をうけた、と……」

 忠嶺の方から、そう切りだす。

「壊滅的? もっとも、裏世界に渡れたのは部隊の約五分の一。つまり残り五分の四は、まだ健在ですよ」

「でも、その残り五分の四は、黄泉渡りをする力が弱い……。つまり使いものにならないことが明らかだ」

 相手はニヤッと笑った後、ため息をつく。

「家柄、出自、実力などをしっかりと調査した結果、選抜された衛士なのですけれどね……。こればかりは、当たるも八卦」

「本当にそう考えていますか? 我々追儺師が、なぜ世襲を可能とできるのか? 考えてみれば分かることだ。西園寺さん」


 そんな指摘など、西園寺 敦忠が知らぬはずがない。彼は軽く受け流した。

「私が今日、ここに来たのは醍醐家の一件ではありません。腐朽が境界を渡った……という事態をうけて動いています」

「腐朽が……?」忠嶺も眉を顰める。「そんなことになれば、大騒ぎだろ?」

「それが、そうなっていないので我々も調査しているのです。そこで是非、壬生家にもご協力願いたい」

「……。我々の力など、そちらの情報網、戦力をふくめて微々たるもの」

「表の世界では、確かにそうです。しかし外裏において、我々はその力を大きく後退させた。防衛副大臣を務める、醍醐家とてそうです。堂上家全体が、外裏において何も力を行使し得ない。そこを追儺師として、代々活動されてきた壬生家の力をお借りしたいのです」

「…………。だが、腐朽が黄泉渡りしても、退治すれば済む話。今さら何を……?」

「会って欲しい鬼魅がいます」

 西園寺のその言葉を聞いて、すぐに忠嶺は失敗したことを悟っていた。


 ボクたちは玄利と別れ、車を運転して事務所にもどってきた。教習所以来、初の高速道路の運転、という大役を終えた小町は、力なく項垂れ、ソファーに座ってぐったりしている。

 ボクも隣で「どうしよう、どうしよう」をくり返す小町を落ち着かせ、指示をだすなどしていたこと。さらにほとんど徹夜で、こっちについてからも四階まで、伊瀬を担いで上がったことなどもあって、力を使い果たしてぐったりする。

 伊瀬はソファーに横たえると、すぐに眠りについてしまった。

 疲れているけれど、ボクは屋上に向かうことにした。八馬女のことが心配で、小町もついてくる。

 入り口についた鍵を開けて、屋上にでるも、その姿はない。

「赤人~、赤人~」

 小町が呼びかけると、大型の犬小屋から、八馬女が顔をだした。

 一日、放置してしまったけれど、大人しく待っていた……。もっとも、食事も、排泄物もないので、お世話することはないのだけれど、こうして顔を合わすことが大切だと思っていた。

 ただそのとき、八馬女の首すじに痣があるのをみつけて、ボクと小町は言葉を失っていた。


「分からないけど、問題ないわよ」

 八馬女を連れて伊瀬にみせると、寝起きで不機嫌なのか、起き上がることもせずにあっさりとそう言った。

「遅くなっているとはいえ、体は腐りつつあり、治りも遅くなるわよ。どっかにぶつけたんでしょ」

 体は腐りかけ……。そうなると治るどころか、徐々に体が壊れるのだから、キズがそのまま……。「今回でも、カムヅミを採れなかったし……」

「あ!」

 小町が慌てて自分のリュックを引き寄せ、中を開けてみせた。そこにはカムヅミの実が六つほど入っていた。

「これ、どうしたの?」

「旅館の近くで見つけて、木に登って採取したの。そこで首を傷つけて……。そうしたらマロが……」

 そう、彼女の首には未だにキスマークが残る。むしろひっかき傷の痕が赤くなっているのか……。ただ、それは二人の顔を真っ赤にするには十分な爪痕を、しばらくは残しそうだった……。


 その実をみせると、八馬女は皮も剥かず、むしゃむしゃと食べる。

 二つほど、すぐに平らげてしまった。

「やっぱりカムヅミは食べるんだ……」

 一先ず安堵する。お腹が空いたようには見えずとも、食べるものがあるなら、あげてあげたいとも思う。

「これって、やっぱり三人で行ったので……」

 伊瀬もすぐに悟って「別れていたとき見つけたんだから、それはアナタたちのものよ。好きにしなさい。あぁ、二個以上あると、それを売って、加工してもらうことも可能よ」

 なるほど、ワクチンにするためには加工する必要があり、売れると言っていた。ただこの伊瀬の言葉が、新たなトラブルを生むことになる。


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