第六章 白日と落日と、腹の探り合い➂

「起きて。起きてよ、マロ」

 小町はすでに起きていて、ボクを起こす。もう朝で、個人医院を開業するらしい。待合室で眠っていたボクらは営業妨害になりかねず、慌ててそこを離れ、伊瀬が眠る病室へ向かった。

 入院用の病室が三つあり、その一つに伊瀬は寝ていた。もう目を覚ましており、それは全身に無数の傷が、全身を貫通するように残っていたことを考えると、驚異的ともいえた。

「玄利が? そう……」

 ボクがここに至るまでの経緯を説明する。

「昔、ちょっとお世話になったんだけど、また借りかな……」

 ボクたちが起きたとき、そこに玄利はおらず、小町も知らない、という。病院の人に聞くと、どこかに出かけた、という。元々が各地を巡って修行する、山伏のようなことをしているらしく、携帯電話ももっていないために、連絡のとりようがないのだそうだ。

 そのとき、ひょっこりと玄利がもどってきた。

「腹、減っただろ? オレは減った!」

 豪快に笑うと、玄利はビニール袋をさしだす。ぷんと漂った肉まんの香りに、全員の腹が鳴った。


 伊瀬は起き上がって、玄利の買ってきた肉まんを頬張る。全身に外傷を負っていたとは思えない、回復の速さだけれど、すごく細く、硬い針という人智を超えた攻撃でもあり、治り方も人智を超えるのかもしれない。

「おっさんはまだ、死んでいなかったんだ」

 伊瀬は肉に食いつきながら、憎まれ口を叩く。

「おっさんは失礼だ。君とは一回りとちがわないはずだぞ」

 そのとき、ボクはふと「伊瀬さんって、いくつなんですか?」

 伊瀬はぶすっとして応えなかったけれど、玄利は豪快に笑いながら「もう二十歳になったか?」

「十九よ!」

「えッ⁈ 年下だったの?」

「何よ。文句ある⁈」

 ここは雇用主と労働者の関係であり、プロレタリアートの反攻など、共産主義の末路より悲惨なことになりかねない。

「ということは……」

 坊主頭で筋骨隆々、勝手に三十代後半と思っていた玄利を、失礼過ぎてふり返ることはできなかった。


「伊瀬君は、中学を卒業すると……というか、そのころから学校をサボって、裏世界に来ていたな」

 伊瀬も、自分の過去を知る玄利が疎ましく、ぷいっと横を向く。

「玄利さんも昔から?」

「うちは中学をでて、修行するのが習わし。こうして各地を歩き、そこにある境界の入り口を試す。そのとき、まだ初々しかった伊瀬君と出会った」

「今でも初々しいわよ!」

「麦のお酒ではなく、麦茶を飲むのも……」

「それは嫌いだからよ。それに高いし……」

 後者が切実そうで、そこは初々しかった。

「伊瀬君は当時から金儲けより、真実を求めていたよな?」

 玄利からそう言われ、伊瀬はぷいっと横を向く。

「だが正直、恨みを抱えた鬼魅たちが、真実を語ってくれるとは思えん。滅びた側の見解、ではあるだろうが……」

「でも、もしそれが正しかったら?」

「歴史は書き換えられ、この国の権力構造すらひっくり返すだろう。これまでの繁栄や、富の源泉すら覆されたら、権力構造どころか、体制もすべて変わる……。そんなこの国の流浪を防ぐため、黄泉観察吏を置いてきた、といえるのかもしれん」

 しかし、それは追儺師としての覚悟も問うものとなりそうだ。特に、伊瀬のように真実を探す場合、掘りだしたものがとんでもないものになりかねず、そのときに決断を促すだろうから……。


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