第六章 白日と落日と、腹の探り合い➁

「裏世界をつくったのは、役小角だとされる」

「えっと……誰?」

 ボクの問に、小町が説明してくれる。

「奈良時代に活躍した、有名な修験者。当時は聖徳太子とか、人智を超える能力をつかう超人……、みたいな人がたくさんいるけれど、役小角もその一人。修験道を用いて道をつくったり、山を開いたり、全国津々浦々、色々な場所にその伝承がのこっているわ」

「一番有名なのは、鬼を使役する話だ。山の間に橋をかけようと鬼に命じ、鬼が怠慢をしていると怒って閉じこめた……。

 あくまで伝承だけれど、巷間広まっていたらしく、いくつかの書物にもややちがう話がいくつも載っているよ」

「鬼を使役する? そんな凄い人が、裏世界をつくった?」

「凄い人だから創れたのかもしれん。誤算があったとすれば、それが表の世界とつながり易く、こうして行き来できてしまう、という点だろう。しかも、そこに漂う魂が迷いこんだ表の人間の体を乗っ取って、鬼として使役する。

 それを役小角が企図していたのかどうか……。結局それが、現代に至るまで国家による管理を必要とする原因になった」

「国による管理?」

「怨霊を鎮めるために神社や寺を建てたりもしたが、それでも収まらず、祟りが止まらない……。それを奉る神社や寺を国が管理したように、裏世界もそうした。それが黄泉観察吏だ」


「黄泉監察吏? でも、伊瀬さんたちは……?」

「我々、追儺師とはちがう。むしろ、過去の黄泉観察吏をしていた一族が、何らかの理由で民に降下し。その末裔たちが追儺師となった」

「民と官のちがい……みたいなものですか。じゃあ、伊瀬さんの家も?」

「彼女の家系も、上代では式家として、黄泉観察吏として勤めていただろう。細かくは知らんが、没落し、しばらく黄泉観察吏から離れていたらしいが、彼女が復活させた、と聞く」

 伊瀬の抱えた事情……。想像していたより、かなり複雑そうだ。

「カムヅミは高額で取引される。それを求めて一攫千金、という輩もいるが、彼女は古代史のナゾを求めているようだ」

「ナゾ……?」

「記録と、実際の史実と、そこには大きな乖離がある。何しろ、すべて残った勝者が記述するものだから、それこそ現権力者にとって不都合となる事実は、須らく改竄される。そうした為政者にとっての秘密を守るため、黄泉観察吏がおかれた……ということだろう」

「そこに伊瀬さんは……」

「彼女が何を考え、追儺師になったかは知らんが、昔から一匹狼だったよ」


 玄利は立ち上がった。目が見えていないのに、まるで見えるよう振舞う。どうやら舌を鳴らし、そのチック音で周囲を確認するようだ。

「我が先祖も、高貴な身分につながるらしい。だが臣籍降下して以後、僧籍に身を置いて、内裏を離れること久しい。ろくに先祖の事績ものこらず、その意味で何が隠されているかも知らん」

 臣籍降下……。このとき頭の悪いボクは、同じ発音の『親戚』と勘違いしていた。すでに小町は寝落ちし、ボクの太ももを枕にすやすやと眠り、会話は遠慮がちになっていた。昨日まで新入社員研修で、疲れていただろう。土曜日に徹夜をさせるわけにはいかなかった。

「疲れたろう。君も寝た方がいい」

 玄利はそのまま少し離れたベンチにいくと、そこで横になる。ボクも横になって眠りたいけれど、小町を膝からどかすのも忍びなく、またその可愛い寝顔を、邪魔するわけにもいかなかった。


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