第五章 呪詛と冤罪⑤

「拙僧は玄利。斧岑 玄利と申す」

「助けていただき、ありがとうございます。斧岑さん」

「仏名は玄利であるから、そっちで呼んでくれ。しかし先ほどの君の動き、感服したぞ。腐朽から逃げまわった、あの動き……」

「見えるんですか?」

 失礼な質問にも、玄利は豪快に笑った。「ハハハッ! 見えてはおらん。だが裏世界では、この方が都合よいのだよ」

「どういうことですか?」

「この木も、岩も、すべては表の影――。だから壊せないし、形も変えられない。しかし光もなく、影ができるのは不自然だろう?」

 そう言われると確かにそうだ。これまで八馬女の問題を意識してきたので、そこまで頭がまわっていなかった。

「光の反射を、目でうけとっているわけではなく、感じているだけなのだ。拙僧は表の世界で目が見えん。だから逆に、存在を感知する力に長け、ここでは君たちよりも見えている、と自負できる」


 玄利が先に立って歩く。先ほどいた鬼魅から離れるためだ。

「玄利さん、先ほどの鬼魅は……?」

「ヨシノであろう。式家への恨みを晴らすため、息子とともに裏世界を牛耳る……」

「式家……?」

「……ん? キミは追儺師ではないのか?」

「えっと……見習いというか、伊瀬さんのところで働いていて……」

「おぉ、伊瀬君のところか。息災か?」

「元気があり余り過ぎていますよ。一緒に入ったのですが、はぐれてしまって……」

「彼女のことだから、大して説明もしていないな……。自分の知識をひけらかすのは好きなのに、自分のことは話したがらん」

 玄利はそういって豪快に笑うと、説明をはじめた。

「中臣氏が藤原姓を賜ったが、後に鎌足の息子、不比等の末裔のみが、藤原を独占することとなった。後に不比等の息子、四人を祖として、四つの家が誕生する。それが北家、南家、式家、京家。時に協力し、時に反目して権謀術数を駆使し、権力闘争を繰り広げてきた一族だ。

 ヨシノは皇后、オサベは皇太子だったが、天皇である夫を呪詛した罪で、ヨシノもオサベも幽閉され、獄死した。そのとき、讒言したのが式家の者。彼女らは単に権力闘争の末、消された被害者さ」


「それで恨みを……。冤罪だったんですか?」

「さぁな。拙僧にも記録されたことしか分からん。彼女たちが亡くなった後、都に不幸がつづくと、彼女たちは赦されて、正式に皇統にもどされ、神として奉られるようになった。それが事実だ」

「奉られるって、祟り神ですか?」

「そうだ。しかし死んだ者が神に奉り上げられようと、その恨みが消えることはないし、裏世界へと落とされると、魂の消失すらも拒絶され、ずっと留め置かれることになる……」

 そのときふと、玄利は立ち止まった。「おぉ、元の世界にもどれるぞ」

 ボクもホッとするけれど、玄利は「伊瀬も式家の者だ。もしかしたら、大変なことになっているかもしれんな。後で会いに行く、と伝えてくれ」

 そう意味深な言葉を残して、ボクたちは歪みの中へと飛びこんでいた。


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