第五章 呪詛と冤罪④

 雷撃がかわされた? そこには焦げて、ボロボロになった針が落ちている。そう、オサベはあの一瞬、血を放って針に変え、避雷針としたのだ。それで威力が半減、体の半分しか打撃をうけなかった……。

 伊瀬もその絶望的な状況を悟った。何しろ、ふたたび雷撃を放っても同じやり方でかわせる、と知られてしまった。

 心臓が止まっても、腐朽が死ぬわけではない。肉体が滅びるだけで、魂は新たな肉体に乗り換えるだけだ。つまりオサベは、半身を失ったところで、体が動かなくなるまでここで戦いつづける。恨み骨髄である藤原式家の末裔を、殺すまでは止まらないだろう。

 それに、自分ももう動けない。肺に穴があき、全身も血を流し過ぎて、意識すら朦朧とするほどだ。

 それは瀕死だった頼豪も同じだ。もうその姿もない。オサベも怖いものはない、とばかりに近づいてくる。


「もう終わりだ。式家の裔よ」

 オサベは座ったまま動けない、伊瀬を冷たい目で見下ろし、そう呟く。残った左手で、右半身にしたたる血をぬぐった。

 べっとりとついた血……。それを振るったときが、伊瀬の最期だ、

「はぁ、はぁ……。どうかしら? アナタのそれだって、弱点があるでしょ」

 荒い呼吸で、伊瀬はそう強気に抗弁してみせた。

「ほう、弱点?」

「もう一度……ごふッ! 血は鉄分をふくむから、それを避雷針代わりにできるけれど、もっと強い雷撃なら……」

「なら、ナゼすぐ撃たん? 連射ができんのだろう? しかも、そんな死に掛けた体では尚更、頼豪を呼ぶこともできん」

「隠しているだけよ。アナタがその血を放った後なら、軌道からその針が大きく離れるから、それを避雷針とはできない。そうなってから確実に、アナタを仕留めさせてもらうわ」

「ふふふ……。それだと相討ちだ。私はそれでも一向に構わないが?」

「相討ちになるなら……ね」

 何度も、何度も湧き上がってくる血を口から吐きながら、伊瀬はニヤッと笑ってみせた。


 妙に自信満々で、奥の手を隠していそうだ。

 しかし、相討ちで相手が満足するなら、それを赦していいのか? 最大の屈辱を与えて、然るべき死を与える。そのためには完全勝利を目指さないといけない。

 雷撃の、その軌道の近くに放った針があれば、避雷針代わりとなるだろう。オサベはゆっくりと伊瀬に近づく。もう一度、たっぷりと血で左手を濡らした。この体も血を失い過ぎて、もう終わりだ。これが最後の一撃。相討ちではなく、完全勝利をめざして、ここで決める。

 オサベがパッと手をふった。その瞬間、伊瀬は「来い、頼豪!」

 隠れていた頼豪が、伊瀬の足元から現れた。しかも背中を相手にみせて。その硬い鱗に、すべての針が当たり、そのまま全身を露わにした頼豪は、巨体でオサベに圧し掛かった。

 不意打ちと、右半身を失って、素早く動けなかったオサベは、愕然とした表情を浮かべたまま、その巨体で踏み潰されてしまう。

 伊瀬はそのまま、崩れるように横になる。

「ありがとう、頼豪……。もうダメ、ここで守っていてね……」

 伊瀬が目をつぶると、頼豪は彼女に跨るように、凛々しく佇立した。


「オサベが……やられた?」

 ヨシノが眉根を寄せ、険しい表情を浮かべた。気づくと、ボクの背後には腐朽たちが集まり、取り囲まれている。すぐ襲ってこないのは、ヨシノからの指示待ちだからだろう。

「仕方ありません。もう次は準備していますから……」

 ボクの体は予約済み――。腐朽たちが一斉に襲ってきた。

 八馬女も救えず、こんなところで倒されるわけにはいかない。ボクはフェチ・フェミ・フェニックスのツッコミ担当。相方をボケさせたまま、舞台から降りるわけにはいかないのだ。

 集中力が高まったお陰か、腐朽の動きが、まるでスローモーションに見える。ボクの動きも勿論ゆっくりだけれど、相手の動きの先がみえるので、腐朽たちの攻撃をかわすことができた。それは、この肉体をあまり傷つけたくない、という腐朽側の事情もあって、攻撃を加減するからできたことでもある。

 それでも分厚い囲みを抜けられる見通しすら立たない。でも、最後まで抗うつもりだった。

 バーンッ‼


 腐朽たちの背後で、何かが炸裂した。

 腐朽たちの注意が逸れる。そのとき頭上から、ロープが垂れてきた。ボクもカンダタより速く決断し、ロープをつかんで上りだす。

 腐朽たちも追いかけようとするが、ロープをつかむと慌てて放す。どうやらカムヅミのエキスが練りこまれているようだ。ボクも必死で上がるし、上からも引っ張り上げてもらい、滝の上まで無事に辿りついた。

「ありがとうございます」

 ボクが見上げると、そこには坊主頭に袈裟を着た、筋骨隆々の男性がいた。

 目に障害があるけれど、真っ直ぐにボクに手をだし「大丈夫か?」と尋ねてきた。


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