第四章 衣食足りて、住を失う➂

 夜遅くなったこともあり、ボクは小町を送るため、彼女と一緒に歩く。ちなみに、ボクたちは互いに歩いて行き来できる距離に暮らしていた。

 ショックをうけた小町はあれ以来、ずっと無言だ。今もボクの上着の裾をつかみ、黙って歩く。

 元気が服を着て歩いている……と評されるほどで、いつも前向きにボクたちを引っ張っていくのが、小町だ。だから逆に落ちこむと大変で、そんな小町を慰めるのは、いつもボクの役目だった。

「大丈夫だよ。ほら、小さいころはよく三人で、お風呂に入ったじゃないか」

 そんな的外れな慰めに、小町はボクの背中をボンボンと殴りつけてくる。中学生のころなら、恥ずかしいことなんてない、の例えに小学校低学年のころの話をもちだしてもよさそうだけれど、いくら幼馴染とはいえ、成人女性に向けてするにはあまりに話が古すぎる。

 ただ、ボクと小町の関係が、中学生で止まっているのは理由があった。


「私、二人を裏切った……」

 小町がぼそっと呟く。小さいころの約束――。その「ずっと一緒」を守れなかったことを指す。

 三人は同じ小学校、中学校をでたけれど、小町だけ高校は別だった。それはオツムの出来なんて、幼馴染であっても似るはずもなく、成績のよかった小町は、地元の進学校にすすんだ。

「ボクたちのレベルに合わせる必要なんてない。あのときも言っただろ? いい高校に行ける実力が、小町にはあったんだ。それで一流大学にすすみ、一流企業に就職できた。二人のバカに付き合って、人生を狂わす必要なんて全然ないんだよ。裏切ったのはボクたちさ」

 高校生のとき、ボクたちは没交渉になった。それは負い目を感じた小町がボクたちと話をしたくなかっただろうし、引け目を感じたボクたちの、負け犬根性だったのかもしれない。

 ボクたちが芸人をめざして上京をすると、小町は少し遠い大学に通うのにもかかわらず、わざわざボクたちと同じこの町に移り住んできて、それで三人は再開することになったのだった。


「私……、かっこ悪い」

 小町はそう呟く。普段から男っぽい考え方をするだけに、余計にそう感じるのだろう。成績のよかった自分が、レベルを合わせるべきだった……と。

「小町はかっこいいよ。ボクたちが不良に絡まれていたら、飛びこんできて助けてくれるぐらい……。度胸もあって、可愛くて、賢くて、みんなの憧れの的で……。そんないつも先をいく小町に追いつこうと、ボクたちは芸人になって名を上げようと決めたんだ」

 恥ずかしかったので、今まで明かしたことのない、芸人をめざした理由――。

 小町も少し驚いている。もう一度、小町と会うために、胸を張ってそうするために二人で決めた。

 そんな練習をしていた公園に、小町が現れたのだから驚くな、という方がムリだった。それで言いそびれた。それからは小町が鬼教官となり、ボクたちの夢を応援してくれているのだ。


 小町の暮らすマンションは、オシャレなワンルームタイプで、男子禁制という縛りつきだ。灯りの漏れる玄関先で、小町は立ち止まった。

「また、裏世界に行くの?」

「赤人の食べるものが、裏世界にしかない。ボクが採りに行くしかないだろ?」

 借金返済のため……というばかりではなくなった。カムヅミという、あの実を採取するためにも、裏世界に行かないといけない。

「私も…………行く」

「……え?」

「勿論、私は仕事があるから、そっちが優先。でも、うちは副業がみとめられているし、勤務時間以外だったら……」

「でも、今回みたいに危ない目に遭うかも……。それに、雪隠が……」

 上手く言おうとして、逆にリアルさ、卑猥さが増してしまい、小町の怒りを買ったようだ。真っ赤な顔で,パンチをボクの胸に入れると、小町は「絶対行くから!」と言い残して、マンションへ消えた。


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