第四章 衣食足りて、住を失う①
「元真、大丈夫か?」
境界を超えてもどってきた、部隊を率いてきた醍醐 元真を出迎えたのは父である醍醐 敏行だった。
「く……、何もできずに……」
ほとんどの武装を解き、必死で逃げてきたことで、這いつくばりながらそう呟いた元真は、ハッとふり返る。自分とともに生きてもどってこられたのは二人。そしてそこには二人の死体と、自分たちが撃った銃の薬莢、置いてきたはずのライフル銃でさえ、そこにあった。
「残りは腐朽にされたか……くそ‼」
もどって来られなかった……ということは、向こうの世界の住人になった、ということだ。
作戦は失敗……。「六人を失い、どれだけの罰をうけても足りないほどの不明……。いかなる処分も甘んじて受け入れる所存です」
そういって首を垂れる元真の肩を、敏行は叩く。
「いいや。よくやった。我ら清華家の矜持、確かにみせつけた。処分など、判断は祗候会議に委ねよう」
親バカと言われようと、敏行は息子である元真を守るつもりだ。ただ、そこに個人の想いが、どこまで通じるか……。
イセ怪現象研究所――。そこは廃墟に近いビルの四階にあり、その事務所にあるボロボロのソファーにボクたちはすわっていた。左隣には、先ほどまで泣きじゃくっていた小町がいて、ボクの左腕をぎゅっとにぎったまま、意気消沈して無言となっていた。
それは裏世界で足した用が、こちらの世界で衆目に曝される、という辱めをうけたのだ。もっとも、衆目といってもボクだけのことであり、先ほどまで掃除を手伝っていたところでもある。
幼いころから、嫌なことがあったり、怖いことがあったりすると、こうして小町はボクにくっついてくる。ふだんは小町が先に立って、ボクたちを引っ張っていく形だけれど、そこは女の子――。八馬女はこういうとき頼りないので、どうしてもボクに寄り添ってくるのだ。
ボクの右隣には八馬女がいて、ボクの頭をお茶目にいじってくる。あのときみせた憤怒の形相は、もう見る影さえなかった。
ボクらが掃除をしている間、さっさとシャワーを浴びた伊瀬は、髪の毛も下ろしてさっぱりしている。
ほぼ下着姿……というか、もう完全に下着なのだけれど、見慣れて怒る気も、起こる木もない。一仕事終えた後で呑むのが麦でできたお酒ではなく、麦のお茶である点が、ずぼら女子でも、みすぼらし女子に見える点が残念でもあった。
「とにかく、無事にもどったことを乾杯しましょう、水分も出し切ったところだし」
「いやーッ‼」
小町が頭を抱える。当分、このトラウマと、伊瀬からの当て馬は止まらないのかもしれない。
「麦茶は結構です……。それより、さっきの八馬女は……?」
「ますます分からないわ。彼が腐朽であることは、他の腐朽の反応でも間違いない。でも、生きていたころの記憶もあるようね。もしかしたら、変化が極端に遅いのかもしれないわ」
「遅い……。でも、あの力は?」
「腐朽の中には、特異な力をもつ、強力なモノがいる。私たちは〝鬼魅〟と呼ぶけれど、彼は鬼魅に憑かれているのかもしれない。でもそうなると、未だに自我や記憶をのこすことが不自然だけれど……」
伊瀬は八馬女に目をやると、ため息をついて「アンタにそうやって懐くのも、不思議よね……」
八馬女はずっと、お茶目さんだった。
「私も裏世界のことを分かった気になっていたけれど、彼をみて思うわ。裏世界ってまだまだ奥深い……」
そういってため息をつく伊瀬に、ボクも「そもそも、何で裏世界なんてものがあるんですか?」
伊瀬も胡坐をかきつつ「古代、そういう場を必要としたからよ」
「……ん? 造った、ということですか?」
「そうよ。恨み、辛みを抱えて亡くなった者を、地獄へ落とすのではなく、隔離して閉じこめておく場所をつくった」
「祟り神……ですか?」
「よく知っているわね。現代の人間は、古人は無知だから、怨霊なんてものを信じていたし、怖れていた……と考えがちだけれど、本当にそうかしら? 地獄へ落とすことができない、もしくは落とすに忍びない場合、隔離する……だから、そういう場をつくったのよ」
逆説的ではあるけれど、裏世界のありようは、恨みや妬みをもつ者の、その深さをもって存在を証明するのかもしれない。
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