第三章 デモノ、ハレモノ、所嫌わず⑥
「今回は、長くないですか?」
八馬女を連れていることもあり、早く戻りを試したい、ということもあった。でもそれが今生の別れになるかも……という点も、より緊張を誘う。準備しておきたいけれど、いきなり……とも考えられた。
公園のベンチにすわっていた伊瀬も「裏世界がいつまでつづくか……。それは私にも分からないわよ。もっとも、向こうと時間間隔がちがうから、どれだけ長く感じても……」
そのとき、ふと伊瀬が眉を顰める。
「何か……くる?」
ハッと上をみると、何かが落ちてくるのが目に入った。
まるで集中爆撃のような、轟音とともにバタバタといくつもの飛来物があり、ボクたちは木の陰に避難した。
「ひょーひょひょひょ。ヒロツグの末! キサマを殺すため、また来たよ~ぉ」
そこで四つん這いになっているのは、いかにも怪しげな男だ。坊主頭で痩せぎす、顔の中でやたらと目立つ眼球をひん剥いて、伊瀬を睨みつける様は、明らかに楽しそうだ。服もほとんど残っておらず、ほぼ全裸で、四つん這いでなければ、腐った体とはいえ、局部を開陳するところだった。
でも、不自然なことはまだいくつもある。明らかに複数の何かが落ちてきた音がしたし、実際にそう見えたのに、彼一人がそこにいて、他に落下物はない。
「ゲンボウ……。因縁ね」
伊瀬は見知った相手のようで、そういうと「来い! 頼豪ッ!」と右手を突き上げた。すると、すぐにイタチのような巨大な獣が、大地から抜けでてきた。
「うわッ‼ 何これ?」
初めてみた小町はビビッているけれど、伊瀬に懐く様をみて、彼女の使役する霊獣だと気づく。
公園の広場になった芝生の一角で、頼豪とゲンボウが一触即発、戦いの機運を高めていた。
人間の姿をしたゲンボウが、巨大な獣である頼豪と戦うと、まるで獅子がハエを追うようなものだ。
しかし、目から血を放ち、それをチェーンソーのように循環させて切断しようとするヒロトジより、よほど戦い易そうだ。素早さは同じ程度だし、むしろゲンボウの方が力も、攻撃の威力も弱そうなのに、頼豪はその長い爪による攻撃を躊躇っているように見えた。
遠慮している? でも、その理由はすぐに分かった。
頼豪の長い爪が、偶々ゲンボウの手足に当たった。恐らく狙ったものではないだろう。伊瀬も「まずいッ」と呟いたぐらいだ。
でもその瞬間、切り離された手足と、そこから糸をひくように伸びた血……。それが繋がる以上、ゲンボウはその手足を動かすことができ、その伸びた手足により、頼豪の細長く、赤く光る眼をいやらしく攻撃する。
頼豪もゲンボウの手足を切り離そうと、その血を攻撃するが、そこはゴムのように柔軟で、かつ少しぐらい切れても、すぐに再生する。元が液体なので、匂いをたどって元通りになるようだ。
そして、頼豪の目を狙って攻撃する理由も、少しずつ理解した。いくら伊瀬が操っているといっても、敵を視認して狙いを定めるのは頼豪自身なのだ。目に攻撃をうけつづけると、それだけ精度が下がる。爪を振るうも、まったくゲンボウに当たらなくなった。
それでも、頼豪には最終兵器がある。
その背中にびっしりと生えた鉄の鱗が、こすれて電気を溜め、バチバチと音を立てている。
ただそれに気づいたゲンボウは、距離をとった。
「危ない、危ない……。雷撃をくらうのは御免だぜ。今日はこれぐらいにしておいてやる。そして、土産ももらって帰るぜ。女~ッ!」
ゲンボウの目が小町に向くと、一気に走りだす。その狙いは、間違いなく小町に向かっていた。
ボクも小町を庇おうと走りだすが、運動能力で、腐朽であるゲンボウに敵うはずもなかった。小町も驚きと、恐怖で動けない。頼豪も、急な動きに対応しきれず、長く伸びたゲンボウの手が、小町の首へと迫っていた。
もうダメ……。誰もがそう諦めかけたとき、小町の前に立ち塞がったのは、八馬女だった。目が怒りでつり上がり、みたこともない憤怒の形相を浮かべ、近づくゲンボウに右手を向ける。
その瞬間、ゲンボウは激しく吹き飛ばされ、数十メートル先の木に、強く背中を打ち付けた。それと同時に、血によってつながれていた手足が、まるで掃除機のコードをしまうようにシュルシュル、と急速にもどっだ。
「カハ……。何だ、今の力は……?」
そこに仁王立ちする八馬女に「憶えていろッ!」と、悪党の定番である捨て台詞をのこして、ゲンボウは去っていった。
「あ、赤人、ありがとう……」
小町がそう声をかけたけれど、八馬女は先ほどみせた怒りも消え、また虚ろな目をするばかりだった。
伊瀬も八馬女に近づき、その様子を観察しようとしたが、タイムリミットが近づいていることも示していた。
「そろそろもどるわ。最後の関門、彼がふたたび境界を超えられるか……」
ボクと小町が八馬女を両脇に抱えるようにして、現れた歪みに向かって、飛びこんでいった。
「もどって……来られた?」
八馬女がそこにいることに気づき、小町と三人で、無事に生還できたことを、抱き合って喜ぶ。
ただ、伊瀬から「感動しているところ悪いんだけど、ちゃんと掃除しておいてね。自分でだした分は……」と言われた。
その意味が分からなかったけれど、エレベーターホールの床、そこが濡れているのを見たとき、小町は「いやぁーッ‼」と悲鳴を上げていた。
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