第三章 デモノ、ハレモノ、所嫌わず④
「元真様、準備ができました」
「今回はこれだけか……。ま、上等だな」
黒の特殊工作部隊を率いるのが、醍醐 元真――。雄偉な体躯で、この部隊のトップにいる男だ。
顔には特殊なスコープを嵌め、全身をピタッとしたボディスーツに包み、肩にはライフル銃、腰にはナイフと拳銃を装着し、背中には小さなリュックと、特殊工作員の風体だ。
十一人、その先頭をすすむ醍醐が、手をグーにして上に向ける。部隊が立ち止まった。右に三、左に二、正面に三、と指し示すと、それぞれが銃を構えて円陣を組むように配置した。
それと同時に、四方から襲いかかってきた腐朽に、一斉応射する。
頭、心臓、膝――。腐朽はほぼ、人と同じぐらいの運動能力を備えており、急所も似ている。だから逆に、人間を仕留めるのと同じ個所を狙えばいい。ただ、腐朽は脳や心臓を撃ち抜いたとしても、それだけで動きを止めないので、膝を壊して動くことを難しくする作業を一つ追加する。
「相変わらず、気持ち悪いですね……」
血まみれとなり、頭のほとんどが吹き飛び、体に大穴が開くのに、這ってでもこちらに近づこうとする腐朽を見下ろし、醍醐の隣にいる兵士が唾棄しかねないほどの声音で呟く。
「やめておけ。精神を失っても、元は人間。明日は我が身と知れ」
醍醐は冷たい目であるけれど、そう諫める。
「隊長でも、そう考えますか?」
「隊長だから……だよ。むしろ千年以上、こんなことをくり返してきた家柄の重さ、という奴かな」
醍醐もそういってため息をつく。
「腐朽って、何で襲ってくるんですか?」
小町が尋ねると、伊瀬は素っ気なく「生きた人を、恨んでいるからよ」
「恨み……ですか?」
「うら・んでいるから、裏世界にいるのよ」
「……ん? 伊瀬さん、からかっています?」
「冗談よ。もっとも、恨みって『裏・身』という意味だから、強ち間違いでもないけれどね。でも、ここには恨み、つらみを抱えた者がくる。そして生きたまま迷いこんできた者を、同じ目に遭わせようと待ち構えている……」
「じゃあ、倒しても……?」
「魂は消滅しない。漂いつづけ、腐朽にされた者の体をのっとり、つくり変え、次の獲物をさがす。恨みを晴らすために……ね」
小町も生唾を飲みつつ「もし、恨みを晴らせないままだったら……?」
「ここに千年以上、彷徨い、朽ちることもなく、永劫の恨みの中で、特殊な力に目覚める……」
この前出会った、ヒロトジという腐朽のことだろうか……? そのとき、目は虚ろで意識もしっかりとしない八馬女が「あう、あう……」呻き声をあげて、遠くを指さした。先ほど、銃声のようなものが響いたようにも聞こえたけれど、どうやらそれも止まったようだった。
「隊長!」
腐朽たちを一掃し、銃を構えていた兵士が緊張した声を上げる。ゆっくりと歩いて近づく、腐朽の姿があった。
「律令の砌……、この方らがなぜ、内裏におじゃるか?」
背が高く、燕尾服のようなものを着るけれど、すでにボロボロで、体の腐敗と同時に、服のようなものも滅びに向け、着実にすすんでいることをうかがわせた。
しかも、そんな風体にも関わらず、彼はまるで舞台に登場する演者のように両手を広げ、鷹揚に近づいてくる。
「誰だ……キサマ?」
醍醐たちは、すでに全員が銃口をむけ、その一体の腐朽に照準を合わせている。
「この方らの友人……でおじゃる」
「友人……?」
「フササキとは、よう酒を酌み交わしておじゃった……。懐かしいのう」
フササキ……? その言葉で、醍醐も気づく。「ナガヤ……王?」
「親王と呼べ!」
急に湧き上がった怒りとともに、ナガヤ王から突風のようなものが吹き付け、醍醐たちも後退りする。
「会話をこなし、特異な力をもつ。さすが鬼魅……」
醍醐はさっと指で指示をだす。二人ずつ、半円にとり囲み、それぞれが木を陰にして攻撃の機会をうかがう。
「この方ら……タケチマロの後裔か? ならば敵でおじゃる!」
醍醐が指示をだすと、一斉に手榴弾を抛った。相手は腐った体、爆風をうければ傷つき、動きを封じられるはずだ。彼らにとって強力な腐朽である鬼魅と戦うことは、任務ですらない。しかしここで戦わずに逃げだせば、一部は生き残れても、かなりの犠牲を伴う。全員で生きてもどるため、ナガヤ王を後退させるほどの攻撃を加える必要があるのだ。
全員がスコープを暗視モードから、赤外線探知モードに切り替えた。煙でくすぶる中でも、敵を視認できるはずだ。
全員が木から飛びでて、銃を構えた。そこに……いない? 否、いた。後方へやや下がっている。
全員の銃が一斉に火を噴く。だがその瞬間、聞こえたのは仲間の悲鳴だった。
「石野⁉ 山井⁉」
醍醐がそう呼びかけるも、反応がない。「銃を撃つな! 同士討ちになる」
相手が何をしたのか? それが不明なまま動くのは危険だ。でも煙の中で、相手は現れたときと同じ、両手をひろげたまま、立ち尽くすばかりで、何かの術をつかった気配もなかった。
「最近は便利になったでおじゃる。勝手に自滅していくのう……」
愉しそうなナガヤ王の声が聞こえる。やはりそこにいる。でも、なぜ銃弾が当たらなかった?
醍醐の指示で、全員がライフル銃をおき、ナイフを手にした。そうして牽制する間に、醍醐は倒れた二人に近づく。
ハチの巣だった。彼らが放った銃弾、そのすべてが二人に向かったのだ。
「どんな手品を……?」そのとき、部下の悲鳴が響く。醍醐が慌てて見ると、次々とナイフを突き刺し、同士討ちをしていた。
鍛えられた精鋭たちが、肉弾戦で敵と味方を間違えるはずもない。
「撤退だ!」
醍醐の判断は早かった。でも、遅かった、というべきだろう。全員が死地に飛びこんだまま、逃げだせる見通しすら立たなかった。
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