第三章 デモノ、ハレモノ、所嫌わず➂

「会社はどうするんだよ」

「有休をとる」

「新入社員で、まだ研修も終わっていないのに、有給休暇なんてとれるの?」

「会社のルールを変えてもとる!」

「赤人が心配なのは分かるけれど……」

 ボクは、小町が赤人のことを好きなのだと思っていた。

 でも、幼馴染という関係性を崩したくないし、特にボクもふくめた三人、より複雑だ。またモテ男でもある八馬女は、ほとんどの期間で恋人がいて、告白するタイミングもなかった。

 だから逆にここまで関係がつづいてきた。微妙なバランスを保ちつつ、大人になるまで一緒にいられた。でも、不可思議なことに巻きこまれ、明日にも会えなくなるかも……そんな心配から、ぼっくいに火が点いた……?

「ちょっと、マロ! 聞いている?」

「あぁ、何? ごめん、聞いていなかった」

「裏世界に行くのに、飲み物は必要よね? おにぎりぐらい、つくっていこうか?」

 ピクニック……?


 幸か不幸か、それは夜にやってきた。

 小町は退社すると、着替えてから伊瀬の事務所にきていた。上下水色のジャージにリュックを背負い、まるで高校生が遠足……もとい、近足でハイキングをする、そんな格好である。

「走り回るんでしょ? 私、かけっこには自信があるんだから」

 小さいころ追いかけっこをしても、ボクはぎりぎりで逃げ切れて、八馬女は小町に捕まっていた。

「何をもってきたの?」

「おにぎり、栄養補助食品。後はウェットティッシュとか、おしぼり、絆創膏、服が破れたときのための裁縫道具……」

 女の子が、ちょっとトレッキングするときの荷物のようだ。

「来たわ……」

 今日もオレンジ色のツナギを着て、オレンジに髪を染めた伊瀬が、真っ先に事務所をでた。ボクと小町でぼーっとしたままの八馬女を抱え、その後につづく。

 エレベーターホールにある歪み、まずそこを通れるのか? という不安とともに、八馬女を抱えて飛びこんだ。


「特に反応はない……みたいね」

 拍子抜けするぐらい、ふつうに八馬女は渡ってきた。むしろ、凹む壁だったり、四階から飛び降りたり、そういった裏世界の常識に一々驚いて、無邪気な歓声を上げるのは、小町の方だ。

「あまり騒ぐと、腐朽にみつかるから……」

 伊瀬はそんなボクと小町には興味なく、先に立って歩きだす。前もそうだけれど、何を目的とするのか? 分からないままだけれど、それは歩きまわって探すもののようで、伊瀬はずんずんと歩いていく。ただ時おり立ち止まって、八馬女の様子を確認するだけだ。

「むしろ暴れるなり、襲い掛かってくるなり、腐朽みたいにふるまってくれた方が、よほど分かり易いんだけど……」

「こ、怖いことを言わないで下さい」

「分からないから不安になる。不安になるから知りたくなり、知って安心しようとする。不安なままだと心が落ち着かないから……。知ったような気になって、心を満足させる。本当に怖いのは、知ってもいないことを、気持ちの上だけで丸く収めてしまうこと……よ」

 それが、伊瀬の行動原理のようだ。自分で分からないことを、知った風にいうことはない。ただ八馬女のこと、真相を知ったときにどんな判断を下すか? それがボクにも分からず、不安にさせた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る