第三章 デモノ、ハレモノ、所嫌わず①

「はい、どうも~。フェチ・フェミ・フェニックスでぇ~す。

 ほら、八馬女くん。お客さんに挨拶して。もう~、すいませんねぇ、最近こいつ、〝お茶目〟にはまっていまして。自分がお茶目と思うことしかしないんですよ。

 八馬女くん。ほら、こっち向いて。そっちに相方はいないよ。相方はこっち。嫌、だからそっちに何があるの? 相方が今、体をこちらに向けようって……、だから顔だけこっち向くのを拒否するのやめて。相方の顔もみたくない……、みたいな感じになるから。

 あ、こっち向いた。だから止めて。相方の髪の毛に、お茶目は隠れていないよ。髪の毛の中に、何をさがしているの? これ、お茶目じゃなくて、猿のグルーミングみたいになっているから。

 痛い、痛い! 引っ張らないで。相方の髪を引っ張っても、お茶目な感じは出ないから。だから、顔も止めて。顔を撫でまわされても、お茶目じゃないよ。ボクはお茶目を目指してないから。そこ、鼻! 鼻の中にお茶目は隠れていないから! しかも無表情! せめてふざけた感じにして。何をしているの? ボクの鼻の中にキミは入れないからね。

 何しているの、八馬女くん? 服を脱がさないで。大勢のお客さんの前で、相方の服を脱がせるのはお茶目じゃないよ。ボクもお茶目にはならないし、むしろお恥ずかしいものを曝すから。

 痛いって。服を引っ張らないで。だから服の中に潜り込もうとしないで。相方の服を一緒に着ようとしないで。二人で一つの服を着ても、お茶目どころか、オシャレでもないからね。

 イタタタ……。タマをつかまないで。そこはボク的にお茶目だけれど、周りの人にとってはシンプルにお目にかけてはいけない場所だから。放送コードどころか、色々と絡まるところだから。

 だから止めてって! 痛ッ! うん、タマを握っていた手を外したら、頭を鷲掴みにする……って、その行動はちょっぴりお茶目だけれど、タマ違いだから。頭を鷲掴みにして、お・さ・え・つけるの……止めてって!

 あれ? 拗ねちゃった。うん、その拗ねるところは、お茶目だね。どうも、ありがとうございました~」


 ボクは五分の舞台をやりきり、八馬女を抱えるようにして降りてきた。

「オマエたち、あんなネタができるんだな。マジラブみたいで面白かったよ」

「あぁ、清倉さん、どうもです」

「練習したいって、一晩中舞台に籠っていたし、朝から緊張していたから、心配していたんだが、こんな新ネタを準備していたんだな」

 清倉からそう言ってもらえるのは有り難いが、腐朽になりかけている八馬女を連れてネタをするには、これしかなかった。普段はボーッとして、何を考えているのかも分からないのに、ボクに対しては興味というか、ナゼか絡んでくるので、それをネタにするしかなかったのだ。

 しかも昼間は動けないので、昨晩のうちにこの劇場まで連れてきて、ずっと楽屋でフードをかぶせ、顔をみせないようにして待機していた。


「オマエたちも、打ち上げくるだろ?」

「あぁ、ごめんなさい。実はこれから、二人で話し合いをしようと……」

 それで清倉もピンと来たようだ。

「そうか……。お互いにいい結論をだせよ」

 これまで、喋りだけで漫才をしてきた二人が、急に一方がサイレントで、それを相方がツッコミまくる、という変化球のネタをしてきたのだ。それが、どういう意味をもつのか? 長く芸人をやっていると察することもある。

 ただ、ごめんなさい……と、心の中で謝罪する。何しろ今は、話し合いすらできない状況なのだから。

 八馬女を抱えて劇場をでると、そこには小町が待っていた。

「ウケていたじゃない」

「クールなボケが特徴だった八馬女が、急にこんなことをしたから、それで笑ってくれただけだよ。こっちは必死さ」

 ネタも何もない。不規則で、予想不能の八馬女の動きに合わせて、ツッコミを入れ続ける……。すべてアドリブなのだから、緊張しているヒマもなかった。

 とにかく舞台はやりきった。二人で八馬女を連れて、ふたたび伊瀬の事務所があるビルに連れていく。


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