第二章 笑う童と、藁しべ長者⑥
伊瀬も疲れ切った様子でそこにすわりこみ、頼豪も彼女の近くにくると、地面へと吸い込まれるように消えた。
「大丈夫ですか?」
恐る恐るボクが声をかけると、不機嫌そうに「大丈夫に見える?」と、伊瀬は応えた。ただ、応えられるのだから大丈夫、ということだ。
大きく息をついていた伊瀬は、ヒロトジが燃え尽きた辺りにいくと、小さくため息をつく。
「ヒロトジ……、腐朽には名前があるんですか?」
「生前の……というべきかしら。ここは生者と、死者の共存する奇妙な場所。でも、魂だけの存在となった死者は、ここで腐朽になった者の体をのっとり、居場所とするのよ。恨みや怒りの深さから特殊な力まで身に着け、それを晴らさんとして、より執着する……」
「今の腐朽……、死んだんですか?」
「腐朽が死ぬことはない。肉体が滅び、魂が離れただけ……」
そのとき、さっと伊瀬が緊張した眼を向ける。すると、そちらから二人組の男が近づいてくるのが見えた。
「壬生兄弟……」
伊瀬の呟きに気づいたように、メガネをかけた男が声をかけてきた。
「君も来ていたようだね。厄介な腐朽を引き付けてくれたお陰で、こちらはそれなりに収穫もあったよ」
メガネの忠嶺が背負っていた袋を開けると、そこには桃に似た、奇妙な果物がいくつか入っていた。
「私のお陰なんでしょ。だったら。ちょっとは分け前を寄越しなさいよ」
「そんな道理がどこにある。上手いことやったモン勝ち。それがオレたち、追儺師の流儀だろ?」
追儺師――。それが、黄泉渡りをする者たちの呼称のようだ。伊瀬も憮然として腕組みをするように、また当初から敵視していたように、助け合うとの発想は彼らにはないようだ。
メガネをかけた壬生 忠嶺は、伊瀬の隣にいるボクにチラッと目を向けてきた。冷たい眼光で、あまり友好的とはいえないものだ。
でも、伊瀬にふたたび目をもどすと、彼は袋の中から果物を一つとりだし、それを伊瀬へと投げて寄越した。
「これは借り、ということにしておこう」
伊瀬もそれを受けとり、驚いていたように、彼の隣にいる弟の忠未も、兄の行動に驚いたようだ。ただ、すぐに「行くぞ」と声をかけ、歩き去ってしまった。
その後ろ姿を見送っていた伊瀬は「マジ、ムカつく!」と、それを好意や借りとは受け取らなかったようだ。
「その果物って?」
ボクの問いかけに、怒りをふくみつつも、説明してくれた。
「これが、あの注射の原料よ。でも、そのまま使えるものではなく、加工しないといけない。一個だけ……。面倒くさいことをしてッ!」
どうやら、怒りの原因は中途半端な優しさ、のようだった。
「その実の採取が、裏世界にくる目的ですか?」
ボクの問に、伊瀬は「ちがうけど……」と呟くも、そのとき不意に鳴りだした機器をとりだして確認する。
「そろそろ、表の世界にもどるわ」
「じゃあ、あのビルにもどらないと……」
「関係ないわよ。世界が少しずつ剥離していくとき、歪みとなって現れる。そのどれかに飛びこめばいいのよ」
そういうと、近くに歪んだ空間がみえ、そこに飛びこんだ。すると、あのビルのエレベーターホールにもどっていた。
「そういえば、一昨日も公園をでていたはずなのに、裏世界からもどってくると、また公園の中にいた……」
「裏世界に嫌われた私たち生者は、まるで入ったことさえ否定されるように、元の場所にもどされるのよ」
時間も、ほとんどすすんでおらず、裏世界とこちらでは常識がちがう、ということを謙虚に感じざるを得なかった。
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