第二章 笑う童と、藁しべ長者⑤

「くくく……。我がアサカを誅殺した、オマエたちを滅ぼさでおくべきか」

 その腐朽は長い髪をふり乱すも、左の頭蓋骨はほぼ失い、そこから脳であった部分が露わとなっていた。そのため左目は剥きだしで、その眼光が伊瀬を見すえ、怒りすら滲ませる。

 伊瀬もふと眉を顰めて「アサカ……って、ヒロトジ?」

 ヒロトジと呼ばれたその腐朽は、さらに怒りを増した様子で眼球が激しく動きまわり、そこに太い血管が浮かび上がった。

「きぇぇぇぇぇぇッ‼」

 ヒロトジが奇声を上げると、目の周りから血が噴きだした。しかも、その血はふたたび眼球へともどり、循環するのだ。

 服はぼろぼろで、剥きだしとなった手足をつかい、まるで獣のように四つん這いになると、人間業とも思えぬ跳躍力で、伊瀬を襲おうとする。

 頼豪がその前に立ちはだかったけれど、ヒロトジの前で循環する血が、まるでチェーンソーであるかのように、激しくその体を切り刻もうとする。前足を切られ、頼豪は慌ててその背中を向けた。その硬質の鱗は、循環する血のナイフでも切れないらしく、ヒロトジも再び遠ざかった。


 だが、それは撤退ではなく、国道の両脇にそそりたつビルにとりつくと、そこがギュッと凹むので、それをバネにして飛び、ふたたび頼豪をその血のナイフで切ろうとする。

 頼豪の動きも速いけれど、ヒロトジという腐朽の方が、圧倒的に素早い。背中の鱗で何とか致命傷を避けているけれど、徐々に切り刻まれて、体が蝕まれていくのが分かった。

 しかも、この広い片側二車線の国道まで、伊瀬が頼豪をつかわなかった理由も、何となく分かった。彼女が手をふり、指をつかって、まるでマリオネットのように頼豪を操っているのだ。逆にいうと、頼豪を動かしている間、彼女は無防備となる。不意打ちがあると、それを防ぐ術がなく、だから見通しのよい、こうした場所まで敵を誘いだしたのである。

 でも、強力な腐朽であるヒロトジは、高いビルをつかい、三次元の攻撃をくりだしてくるので、逆に不利な状況となっていた。


 伊瀬も集中して、ヒロトジが自分に近づくのを、巨大な獣である頼豪によって防ぐけれど、このままだとジリ貧なことは確実だ。

 ヒロトジも、自らの有利を自覚し、距離をとって伊瀬を見すえた。

「経典を食い破るしか能がない、頼豪などをあやつったところで、その力量は高が知れるわッ!」

 そう言われた伊瀬は、悲観的になっているかと思いきや、ニヤッと笑う。

「腐朽って、いつもそう。そうやって油断し、侮ってくれるから助かるわ……」

 伊瀬が全身に力を籠めるようにすると、頼豪も全身に力を入れて、その体を震わせてみせた。

 その瞬間、激しい雷撃が走り、雷鳴がとどろくと、ヒロトジの体がその雷によって燃え上がっていた。

 悲鳴を上げつつのたうち回っていたヒロトジは、やがて動きを止め、その体が灰になったのか、炎が消えると同時に跡形もなくなっていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る