第二章 笑う童と、藁しべ長者④

「銃声みたいなものがしませんでしたか?」

 ボクがそう伊瀬に尋ねると、不快そうに眉をひそめ「私たち以外の黄泉渡りがいるみたいね……」

「仲間じゃないんですか?」

「仲間なんていないわよ。裏世界にくるような奴は、全員が敵」

 敵、というときに強いアクセントを置くのは、伊瀬にとっても意識する相手であることを示す。助け合う、ということはないようだ。

「裏世界って、どれぐらいの時間、こっちにいられるんですか?」

「さぁね。その時々よ。裏と表が離れだすと、私たちのような裏世界にとっての異物は追いだされ、元の世界にもどる。その前後で磁場が揺れるから、それをサインにして予想をするだけ」

 伊瀬はそのとき、ふと遠くを臨み見る。

「早くもどれることを、祈った方がいいかもね」

 ボクはそのとき、首を傾げたけれど、無警戒だったボクの前に腐朽が現れ、すぐに首が回らなくなった。


「に、逃げるしかないんですか~ッ‼」

「つべこべ言わずに走るッ!」

 全力疾走をする伊瀬の背中を、必死で追いかけていた。住宅街を走り抜けるも、背後からは数体の腐朽が追いかけてくる。

 ゾンビと異なり……むしろ、最近の映画はゾンビ三原則に反し、走ったり暴れたりするものもあるけれど、体が腐りかけている以上、力をだすことは本来できないはずだ。しかし、腐朽はそれこそ心臓、脳といった部位が動くため、生物として行動することが可能だ。

 つまり相手も全力で追いかけてくる。二十歳を超えて全力疾走をする……なんて、しかも人の消えた、ゴーストタウンの裏世界の町を駆け抜けるなんて、思ってもみなかった。

 捕まったら、二度ともどれぬ地獄のレース。パルクールと呼ばれる街中をトレイルランする、その最たるものだ。

 ビルの谷間を抜け、片側二車線の国道にでてきた。どうやら車は裏世界に顕現することはなく、そこには広い空間があるだけだ。その中央分離帯にくると、伊瀬は立ち止まる。

「来なさい、頼豪ッ!」

 伊瀬が右手を高くつき上げてそう叫ぶと、彼女のすぐそばの地面から、大きな塊が飛びだしてきた。


 四つ足なのに、伊瀬の背丈より二倍以上高く、イタチや狐といった外観で、鼻先が鋭く尖っている。目は細く切れ長で、血で染まったように紅い。長い爪と、背中には毛が硬質化したものか、アルマジロのように硬く、ハリネズミのように尖ったものがずらっと並んでいた。

 尾も長く、三つ又であり、伝説の妖狐、九尾の狐のようでもあるが、それが伊瀬に寄り添うように立ち、迫りくる腐朽たちを見すえていた。

「伊瀬さん。それって……」

 ボクもその大きさと、威圧感に腰が抜けたようになって、そこに座りこみながら、そう尋ねる。

「私には何の力もない。でも、私には頼豪がいる。行けッ!」

 伊瀬が大きく手をふると、頼豪とされた巨大な獣は、追いかけてきた腐朽へと突撃していく。その巨体に似合わぬ素早さで、アッという間に腐朽たちは粉々にされてしまった。

「つ、強い……。こんな味方がいるなら、早く出して下さいよ」

 ボクの嘆きにも、伊瀬はこちらを見ない。むしろ別の方向をみて、緊張しているように見えた。

「そうよ。もっと早く見せてくれたら、ムダな犠牲を出さずに済んだものを」

 不意に聞こえた声に、驚いてそちらを見ると、異形の姿をした者が近づいてくる姿があった。


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