第二章 笑う童と、藁しべ長者①

「大丈夫なの?」

 野々尾 小町に経緯を説明すると、電話越しにすぐにそう返ってきた。

 当然だ。昨日、今日会ったばかりの女の人に、幼馴染で相方の八馬女を託した、というのだから……。

「うまく説明できないけれど、八馬女は今、悪い病気なんだ。その治療法を知るのはあの人だけ。だから預けた方がいいって……」

「医者なの? 病院は?」

「そういう病気じゃないっていうか……。ボクもその人の下で、働くことになったんだよ」

「どういうこと? どうなっているのよ?」

「あの薬が高かったんで、働いて返すことになったんだよ。昼のコンビニのバイトを辞めて、そっちで働くんだ」

「大丈夫なの? 生活できる?」

「夜の焼き鳥屋はつづけるつもりだから……。極貧は間違いないけれど、借金を返しながら……と考えたら、こっちの方が早いって……」

「大丈夫なの、その人?」

 話が最初にもどっている――。


 おんぼろの四階建てビルにやってくる。雑居ビルなのに看板すら掲げられていないのは、他に入居者がいないから。通路には立ち入り禁止、虎ロープが渡された区画もあって、廃墟寸前だ。最上階まで階段を上がって、そのフロアで唯一のドアをノックする。いきなり開いたドアから顔をだした伊瀬は「うっせぇわッ‼」と、意味不明にキレていた。

「何だ、アンタか……。これからは声をだしなさい。合言葉を決めておきましょう。『ラ・ムー』といったら『官僚と再婚』ね」

「誰に喧嘩を売っているんですか? やめて下さい。当時のバンドブームに乗って、自分もバンドスタイルで……と考えた元アイドルの黒歴史をほじくり返さないで上げて下さい」

 部屋に入ると、昨日と変わらぬ生活臭ただよう事務所だけれど、そこに八馬女の姿はなかった。

「あれ? あいつはどこに……」

「彼なら、屋上よ」

「屋上……?」

 非常階段を上がっていくと、金属の柵で覆われた屋上は、水のタンクや集中換気システムの室外機が置かれているけれど、比較的広いスペースが確保されており、その貯水タンクの隣に置かれた大型犬がつかう犬小屋の中に、八馬女は小さく体育座りで丸まっていた。

「い……犬ですかッ⁉」

「ここなら広いし、運動不足にならないでしょ」

「だからそれ、犬の飼い方ですって」

「腐朽になりかかっている人を、どう扱うか? 実はよく分かっていないのよ。それこそ、急に人を襲いだすかもしれない。そうなったらパニックを起こす。だから隔離するしかない」

「それは分かりますけど……。ほら、八馬女も拗ねて、小屋から出てこないじゃないですか」

「朝になってから、ずっとよ。もしかしたら日光を嫌っているのかもしれないわ」

「太陽……? そうか、昨日も窓のカーテンを開けて部屋をでたから、それを嫌って裏の日陰になった庭先に逃げた……。ハァ……、ゾンビだけでなく、吸血鬼の条件までふくむのかよ……」


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