第一章 ゾンビとコンビを組む男➁

 ボクは沖本 人麿――。高校を卒業して、お笑いの道で頑張ろうと、幼馴染である八馬女 赤人とともに漫才師をしている。

 ……といっても、今はまだ劇場で、ごく偶にネタをするぐらいで、専ら生活する糧はアルバイト。五年経っても芽がでることもなく、事務所にも所属しない、フリーの立場だった。

 地道にネタをつくり、もちこみ、良ければ出演させてもらう。

 その繰り返し――。

 そして今日もバイトに明け暮れる。次にいつ、どこの劇場に出演できるかも分からないまま……。


「赤人、ネタ打ちしよう」

「あぁ、えっと……。夜でいい?」

「バイトか? こっちも夜でないと手が空かないから、いつもの公園で」

「了解」

 そういってすぐに電話を切る。本当はSNSで連絡をとりたいけれど、相方の八馬女は、携帯電話すらもてないほどの極貧だ。バイト先の電話で、こうして連絡をとるしか手がない。

 一緒に暮らす、という選択肢もあったけれど、八馬女とは微妙な距離感をもってここまでやってきた。幼馴染の友人でも、別々に暮らすことを選択した。

 いつも深夜の公園でネタの練習をする。大きな公園なら、周りの住人に騒音の迷惑をかけずに済む。何度も警察官から職質をうけたけれど、そんなこともいずれ笑い話に……と頑張ってきた。

 でも、五年経っても芽がでない。事務所のスカウトすら来ない現状に、焦りを感じないといえば嘘になる。

 ネタのほとんどはボクが書く。八馬女はいわゆる天然系で、喋ると面白くて、笑いを誘うけれど、漫才を計算して書くことができない。フリートークで輝くタイプと言えるも、そのフリートークにさえ呼ばれない現状では、宝……というか、力の持ち腐れと言えた。


 焼き鳥屋のバイトを終えて、ボクも公園に向かう。

 母子家庭の母からは、大学に行かせたつもり……で赦してもらった芸人への道だけれど、四年を超え、浪人して大学に行った……と言い張ってみても限界の近さを感じさせる。これで事務所に登録して、劇場からも頻繁に声がかかるようになれば、また違うのだろうけれど……。

 夜見懸公園は散策路として整備された。元は湖沼だったらしく、埋め立てても軟弱な地盤は変わりなく、高い建物がつくれないからだ。

 夜の帳は顔の強ばりを隠してくれても、柵という縛りからは解放してくれない。頑張り、という言葉は仏教用語で〝我を張る〟が変化したもの。ボクたちの〝我〟が、いつまで張り通せるか? そんな不安は、夜にいっそう濃くなる。特に一人でベンチにすわっていると……。

「やっほ~、マロ~」

 そんな公園に、スーツ姿でコンビニの袋を提げて現れたのは、野々尾 小町――。

「あれ? 就職したら来られなくなるって……」

「忙しくなる……と思っていたら、今は研修とやらで、それほど忙しくないの。だからもう少し、アナタたちのバカに付き合ってあげるわ」

 小町はそういって、差し入れの缶コーヒーを差しだしてくれる。

 彼女はこちらの大学をでて、ふつうに就職した。二人の幼馴染であり、こうして練習をする公園にきては、ダメだしをする立場だった。

「ネタはどう?」

「三本書いたけれど、今ひとつで……」

「舞台に上げられない?」

「オチがね……。次は前座だけど、五分の持ち時間をもらえたから、しっかりとネタをしたいんだけど……。最近、しゃべくりにも限界を感じていて……」

「二人のしゃべくり、面白いと思うよ。でも、マロは必死さが前面に出過ぎ……って言ったよね? 特にマロは、すぐに緊張が顔にでるし、汗かくし、それがお客さんに伝わるんだよ」

「それもう、才能ないって言っているよね……」

「才能はあるよ。でも、まず緊張する癖を直さないと……」

 小町の意見は辛らつだけれど、自分でも弱点だと思っていた。だから余計に意識して、さらに緊張する悪循環――。


「遅れた~」

 そこに八馬女が現れる。貧乏で、交通整理のバイトで借りたオーバーオールが、春先にして異質な、真冬の装いをみせる。無造作ヘアは本当に無造作で、一見するとずぼらだけれど、元の端正な顔立ちと、生まれもった所作は、逆にそれをかっこいいと見せるから不思議だ。

「暑くない?」

 幼馴染の小町には、ただのだらしない男と映るようだ。

「夜はまだ寒い……と思ったんだけど、周りのオレを見る目の冷たさかに、逆に心が寒くなったよ」

「うまいこと言った、みたいな顔しているけど、その格好をみても、今から交通整理のバイト? と思われるだけだからね」

「交通は整理するけれど、心の整理はできていない自分……」

「そんな人に交通も整理して欲しくないわ」

 八馬女のボケも、小町には通用しない。でも、八馬女はすぐに真面目な顔で、こう言った。

「今日は、心の整理をつけにきた。オレたち……、もうダメじゃないか?」


 それは、これまで何度も考えていたけれど、決して口にしなかった言葉。賞レースで落選したとき、ウケなかったとき、心の中で何度も唱えた。でも口にした瞬間、それが現実になってしまうような気がして……。

「何を言っているのよ。この前、赤人だって手応えあるって……」

 小町が先にそう切りだす。こういうとき、ボクは言葉がでなくなることを、小町は知っているからだ。

 でも、八馬女はまっすぐにボクをみて、言った。「解散しよう」

 幼馴染で、互いに苦労してきたからこそ分かる。その決断が、八馬女にも重かったことを……。

「ねぇ、二人とも何で無言なの? これで終わっちゃっていいの? お笑いで結果をだすって、だから今の苦労を耐えるって、頑張ってきたんじゃ……」

 ずっと二人を見守ってくれた、小町の心配が分かるだけに、痛い……。

「オレ、もう帰るよ。結論はゆっくりと出してくれ。それじゃあ」

 ふり返って歩きだそうとした八馬女を、ボクも呼び止めた。

「帰るって……、どこに?」

「…………え?」

 八馬女の背後には、空気が澱み、蜃気楼のようになった空間が広がり、不自然な色合いをする。そこに八馬女は足を突っこんでいた。

「うわ~ッ!」

「赤人ッ⁉」ボクも慌ててその手をつかみ、小町がボクの体を抱えるも、凄い力で呑みこまれていく。

 そのまま三人とも、歪みの中に引きずり込まれていった。


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