第110話 夢の中の来訪者(白の陣営)



 次の朝は平穏に訪れて、どうやら夜中の襲撃は全く無かった様子で何より。朝の支度を整えて、まだ眠りこけているマホロバを乱暴に起こしてやり。

 そもそもコイツと一緒に移動している意味ってあるのかなと、何となく疑問に感じつつ。とは言え言葉が通じる旅の道連れがいるのは、精神的に大きな安定剤でもあったりして。


 向こうも恐らく、そんな思いで俺について来ているのだろう。何しろ食糧など全く持ってないし、ただまぁ装備は略奪で出会った時よりはマシになっているマホロバである。

 自分の一族の元に戻れたら、たっぷりお礼はすると口約束だけは大きく出ているけど。軽薄そうな性格だし、俺はこの手の連中の言葉は信用しないようにしている。

 取り敢えず、食糧を分け与える位はするけれど。


「心配するな、ハルキ……俺の部族の傭兵団が、恐らくこの辺りの浅層を徘徊している筈だ。それに拾って貰って、それでめでたくこの放浪生活とはおさらばだ。

 ハルキもその傭兵団に雇って貰うといい、贅沢な生活が待ってるぜ!」

「いや、遠慮しとくよ……俺の就職先は俺が決める」


 傭兵団なんて冗談じゃない、そんな戦いばっかに狩り出されてたまるかっての。気の無い俺の返答も、マホロバはさして気にした様子もなく。

 そうして俺たちは朝食を終えて、倉庫のねぐらを後にして進み始めた。今日も探索日和だ、まぁ固定された領域では気候や時間帯は関係無いけど。


 そして最初のワープゲートを潜ると、そこは割と広大な異界風の大地が拡がっていた。灰の陣営の連中と遭遇した、あの荒野を思い出すけど。

 あの時も、次のワープゲートへと辿り着くのに結構な時間が掛かったっけ。今日は本当に探索メインと言うか、張り切って歩かないと変化が訪れそうにない。

 一口に移動と言っても、それはなかなかに大変で。


 道なんて無い段差ばかりの荒野を、マップを頼りにショートカットで進む作業はかなりの労力である。今日俺が従者として出しているのは、ジェームズとキャシーのみ。

 武器もヒドラ牙の短槍のみで、割と軽装での道中だったりする。何しろ途中に段差の酷い崖があったり、藪漕やぶこぎを強いられたりと移動が大変なのだ。


 両手を塞ぐと移動も大変だし、かえって危ない目に遭ってしまいそう。そんな訳で、大汗を掻きながら俺は先頭で荒野を進んで行く。

 それにしても大きな岩が多い、たまに木々の生い茂ったこんもりした森が視界に入る程度。後は荒れた大地が拡がってたり、まぁ変化には富んでいる。

 ひょっとしなくても、かなり広い領域みたいだ。


「おいおい、こんな移動の大変なエリアを彷徨う事も無いだろう……敵も多かったし、さっさと踏破してもっと快適なエリアに抜けようぜ」

「領域渡りは未だに慣れないからな、繋がりも不定だし一方通行も多いし。出た途端に消えるワープゲートもあるから、戻って選び直しも出来ないと来てる。

 他の陣営はよくこんな場所に、平気で訪れてるよな」

「そりゃあ、モンスターを別にしたら旨味の多いエリアも多いからな。大変なのは確かだが、どこの陣営も“道詠み”みたいな特殊な感覚を備えている奴は存在するって話だ。

 まぁそれだけ、俺たちの生活する下層は実りが少ないって証拠だけど」


 その辺を詳しく聞きたいよな、今は昼の休憩中で毎度の俺の食事当番である。俺に促されて、マホロバは飯を口にしながら下層の生活について語り出した。

 まぁ、あまり景気の良い話では無かったけど……要するに、下層は中層を追い出された部族の吹き溜まりみたいなイメージだろうか。更に新興の部族やら陣営の乱立で、領地の奪い合いみたいな事が頻繁に起きており。


 それ故に、浅層の固定化に期待する連中は多いそうだ。それがイレギュラーで固定化されたら、奪い取ってやろう的な派閥は常に存在していて。

 定期的に白の陣営の神様が産み出した浅層は、そうやって他の陣営に掻っさらわれて行くみたい。ちなみに下層の貧困は、太陽の光と密接に関連があるらしい。

 つまり、食物が元気に育つ程の光力は、下層には届かないそうな。


 それに比べると中層は緑豊かで、水も食糧も豊富なのだとか。その生活に憧れる下層の民は多いが、中層の陣営は軍事力も強力で争っても勝てる見込みは無く。

 要するに、中層の勢力に蓋をされた感じの下層の部族や陣営は。勢力の拡大に、互いに潰し合うか新たに安定しそうな浅層を頼るしかないって事か。


 そんな知識を入手しつつ、俺は暗澹あんたんたる思いになって行く。その一番の割を食っているのが、せっせと浅層を造り出している“白の陣営”って事だ。

 他の陣営にも、それに似た領地を拡げる能力を持つ神は存在しているらしい。ただし、ここまで無遠慮に産み出す能力は稀で、そしてこの白の陣営の神は戦闘能力が乏しいそうで。

 つまりは武神では無く、創造特化の神様って解釈で合ってるのかな?


「そうそう、だから他の陣営からは狙われ放題って寸法さ……まぁ、陣営を皆殺しにしたら神も滅ぶ。ちょっかいを掛けても、白の陣営を皆殺しにしようって奴等はいないだろう。

 その点は安心していいぜ、ハルキ」

「ちっとも安心出来ないけど、まぁ何となく陣営の力関係みたいなのは分かって来たよ。そんで浅層を固定化するっての、その辺がまだ分かんないんだけど。

 固定化した奴は、確か深層って呼ぶんじゃなかったっけ?」

「深層ってのは、特殊モンスターのせいで固定化した奴だよ、人間が住むには魔素が多くて向いていない。陣営ごとに儀式をしたり神様にお願いしたり、浅層の固定化には色んなやり方はあるかな?

 大抵は白の陣営が文句を言って来るから、そこで戦いさ」


 嫌な話だな、素直に譲って貰うために話し合いとか金銭トレードとかあるだろうに。ただまぁ、全部の陣営が金を持ってる訳では無いだろうし、力ずくが一般的なのだろう。

 土地を巡っての戦争ってのは、日本人の俺にもスンナリ腑に落ちる話だった。それこそ昔の日本もそんな感じ、現代の世界でも国境線でいざこざって話はよく聞くし。


 そんな話をしながら、俺たちは午後の探索を開始して。結局その日は追加で5つ程ワープゲートを潜って、どこも似たような領域を彷徨う破目に。

 なかなか珍しい体験である、現代建築エリアにすら巡り合えないなんて。補給ポイントは大抵がそっち方面なので、完全に当てが外れた格好ではある。

 いや待て、そもそも異界の陣営の人間と一緒じゃ無理なのか!?


 その可能性は大いにある、今までの遭遇を思い返してみるに。異界の住人と出会ったのは、全部遺跡エリアとか荒野エリアばかりだった覚えが。

 つまり白の陣営の領域作製の際に、何らかのプロテクトが掛けられているのかも。でないとせっかく用意された補給ポイントが、他所の陣営に荒らされ放題になってしまう。


 うぅん、考える内に俺の推測は的を射てる気がして来たぞ。ひょっとして、俺が玖子チームとの集合の場所にと決めていた第2集積所にも、マホロバと一緒では辿り着けないかも?

 これは困った、まぁずっとつるんでパーティを組むつもりは全く無いけど。そんな話を相手にしてみるも、向こうもずっといるつもりは無いと笑われてしまった。

 そんな感じで、その日の探索も終了して。



 良さげなキャンプ地を見付けて、この領域は日が沈むのを確認して。焚き火を用意しての夜の準備と、夕食の支度などを簡単に行って。

 何度目の野外でのキャンプだろうと、ちょっと憂鬱になど浸りつつ。それでも“監獄領域”みたいに、召喚獣を封じられていないだけ有り難いと言うモノ。


 彼らがいるだけで、こちらの安全度は格段に上昇するからなぁ。夜も幸いに、寝ずの番なんてのを立てなくて済むのは本当に有り難い。

 今日の探索も、結局はジェームズとキャシーだけを出しての索敵中心チームで過ごした感じ。本当は新入りの召喚獣を試すべきかもだけど、それはまぁ今夜でもいいや。

 幸いこの領域も、過ごしやすい気候で野外でも特に問題は無し。


 ってか、夕飯を食ったらマホロバはさっさと寝てしまった。こちらもさっさと寝て、夢の世界でレベル上げに勤しもうかな。昨日は塔に登れなかったから、今日は頑張るつもり。

 ちなみに浅層の夜空には、星など1つも瞬いていない。何とも味気ない宵闇が、周囲を支配しているだけ。これも浅層の宿命なのだろうか、ちょっと寂しいな。

 とにかく俺も、警護は従者たちに任せて眠る事に。




 そして夢の世界で、リラックスしながら色々と準備に勤しんで。それから従者たちを呼び寄せて、1日ぶりの“黒レンガの塔”の探索の続きをしようと計画しつつ。

 まず先に、スレイへの餌やりと鉢のチェックからやっておかなきゃね。それからシルベスタの回復具合の確認、こちらも割と順調そうで何よりである。


 これならもうすぐ、全回復なんじゃなかろうか。傷跡も全く目立たなくなってるし、ただし前の鎧の面影は無くなってしまったけど。

 『竜の心臓』を捧げた事で、ここまで劇的に姿が変わるとは。それをやったジェームスが満足そうなので、まぁ良い事にしておこう。

 それじゃそろそろ、塔で経験値稼ぎに移ろうかな。


 とか思ってたら、この空間にお客さんがやって来た。それを知らせてくれたのはジェームズで、俺は驚いて夢空間への来訪者へと視線を向ける。

 前回は“橙の陣営”の雀煉じゃくれんで、こちらも予期しない大物人物だったけど。今回もその点で言えば、同じく大物で俺にとっては初見の相手だった。

 ただ見た瞬間、何となくその人物の見当は付いていた。


「やあっ、こうして会うのは初めてかな……ボクの方は君がこっちの世界に来た時から、実はずっと目を付けていたんだけどね? 君のスキルのセット、決めたのはボクだったりするんだよ!

 驚いたかな、まぁ目立つ探索者に目を掛けるのは毎度の趣味なんだけど」

「……アンタが、ネムの主のテンペスト? なるほど、《夢幻泡影》やら《高利貸》やら良く分からないスキルの詰め合わせには、最初苦労はしたけど。

 それなりに役に立ったし、生き延びれた要因の1つには違いないよ、有り難う」


 俺のお礼に、どういたしましてと笑って応えるテンペスト。女性と見紛う長髪と容姿だが、か弱い印象はまるで無い。それどころか、策士と言うかやり手のオーラが凄いかも。

 そんな彼は、チラッとまずは“黒レンガの塔”に目をやって。それだけで、事情を察したかのように目を細めて思案顔。ヤバい、こちらと“橙の陣営”の繋がりがバレてる?


 ただまぁ、こっちだって欲しい手助けはどこからでも貰わないと、あっという間に潰されてしまうか弱き身の上だし。助力に関して、云々うんぬん指示されるいわれは無いと思う。

 向こうもそれを察したのか、今度の言葉は“白の陣営”の管理者がやった事への謝罪だった。それから今後は、自由が保障されたとの嬉しい報告が。

 まぁ、俺からしたら何を勝手言ってんだって話ではあるけど。


「君の怒りはもっともだし、ボクもあの2人を厄介に思ってるのは事実だよ。派閥争いって程でも無いけど、自分の不手際を君になすり付けてるアイギスは哀れですらある。

 ただまぁ、彼は同僚だし面と向かって争う訳には行かない。既に聞いているとは思うけど、ボクの所属する“白の陣営”は外敵が多いのも本当でね。

 内部分裂なんてした日には、あっという間に領地を取られてしまうんだよ」

「そっちの事情は関係ない、元々が無理やり連れて来られた身の上なんだから。生き延びる為には何でも利用するし、危険があれば及ぶ範囲で除外する。

 影ながらの援助には感謝するけど、今はどの陣営にも積極的に関わりたくはないね」


 まぁそう硬いコト言わないでと、テンペストは何だか軽いノリである。それから塔を指差して、コアがあれば自分も似たようなのを造れるよとこちらのご機嫌取り。

 それから俺の《夢幻泡影》のレベルを聞き出して、自分の造った“試しの迷宮”も積極的に利用してくれ給えと朗らかな遣り取り。

 白いコインを数十枚とSPジュエルも貰えて、何と言うか懐柔されてる雰囲気が。


 そうなのかも知れないが、こんなサービスなら俺は甘んじて受ける心構え。誰からとかどんな下心がとか、そんなのを詮索しても腹の足しにもなりゃしないしね。

 ついでに本当に、コアと魔石とモンスター素材を没収されての塔造りも請け負ってくれて。これで夢の中とは言え、自分専用の塔2つ持ちである。


 凄いな俺、まぁこれもコアを持ってたお陰ってのもあるけど。恐らく明日の夢空間には、塔が2つ並んで立つ姿を見る事が出来るだろう。

 ちょっと嬉しいかも、しかもテンペストは帰り掛けに『転職の書』なるモノまでくれて。これはレア度はまぁまぁ高いけど、レベルが下がるので人気は無い魔法の書らしい。


 そのマイナス点を口にして、テンペストは使うも使わないも自由と微笑みながら言って来た。まぁ、レベルが下がっても別にステータスが弱体化する訳では無いらしい。

 ただ単に、陣営側の評価が低くなるだけの模様で。それを懸念しなければ、転職した方がずっと有利であるらしい。ちなみに陣営の評価と言うのは、管理補佐官とかのレベル条件の事らしい。

 そんなのなりたくない俺にとっては、良い条件かも。


 取り敢えずは、白の陣営からこれ以上の追手が掛からないって情報を得たのは良かったな。それからテンペストから、迷惑料と言う事で新たな塔の設置とアイテムを融通して貰ったのも嬉しい点だった。

 今回俺の元に訪れたテンペストは、自分が良い上司の器があるよと示しただけに終わった。どうやら強引な勧誘は逆効果だと悟って、深くは言って来なかった模様。


 それもプラスのイメージには違いない、自由にさせて貰えるのは本当に有り難い限り。今はとにかく自己流でも、力を付けてあらゆる苦難に抗う術を手に入れるのみだ。

 さて、それじゃあ早速『転職の書』を使ってみようか。





 ――新たな職は何にしよう、楽しみで仕方が無いよ。






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