第108話 事後処理に追われる人々
「いやいや、今回の案件は酷かったな……結局アイギスは、管理補佐官を2人も失った訳だ。十三期の召喚者は大量だと喜んでいたが、釣り合いは取れてるかい?
勝手にイベントを起こすのは構わないが、そのせいでこちらの戦力が目減りしてもね。前回の奇襲にしてもそうだよ、危うく陣地を大きく削り取られるところだった。
そもそも、たった1人の召喚者に関わり過ぎなのでは?」
「何にせよ、その“賞金首”が生き延びたのなら、これ以上の手出しは控えるべきだね。アイギスとアッシュ、君たち2人に言っているのだよ……?
私の師匠の“滅殺”のアングリーベアから、そのように通達が来ているし」
「ボクの師匠の“静謐”のシルバームーンからも、同じ要望が届いているよ。彼の持つ《夢幻泡影》の担い手として、今後引き抜いて自陣に招くお考えじゃないかな?
……そうそう、“虹の傀儡師”のエイリス様も気に掛けているとか?」
重厚なテーブルを囲う管理者たちが、その名前にざわめいた。上級管理者2人の名前とは違う、白の陣営にたった3名しかいない統率者の名前が出たのだ。
統率者は神官とか巫女とかも呼ばれていて、白の陣営の神様にお目通りが叶うのはこの3名のみである。そこまで登り詰めるには、物凄く険しい条件があるのは当然で。
統率者から見れば、彼ら管理者など吹けば飛ぶような立場でしか無いのだ。その名をテンペストに出されてしまっては、さすがのアイギスも引き下がるしか無く。
つまりは今回のイベントでも、彼は恥を
それは他の管理者との間に、痛烈な格差を生む事を意味してもいた。苦々しい顔で会議に参加しているアイギスと、押し黙ったまま発言しないアッシュ。
滅殺”のアングリーベアの名を出したグリフィンなど、それ見た事かと分かりやすく愉悦に顔を歪めている始末。管理者同士の権力争いは、こんな感じでいつもの調子だ。
それはテンペストも同様なのだが、まずは“賞金首”を生き残った十三期の召喚者の情報に安堵のため息。つまりは春樹の事なのだが、今後は手出し無用の処置がなされ。
これでひとまず、管理者からのちょっかい掛けは無くなったと見て良い。
それより“虹の傀儡師”エイリスの名が出た時の、グリフィンの驚きようと言ったら。テンペストは同僚を観察しながら、彼らの取るリアクションを楽しんでいたり。
元から彼ら管理者は、お互いあまり仲間意識は無い。縦の繋がりの方は大事にするが、陣地の運営はこんな感じで足の引っ張り合いになる場合が多い。
それが彼ら白の陣営の、割と致命的な弱点でもあるのだが。管理者から上級管理者になると、陣地の経営に興味を無くす者が多いのが難点で。
“滅殺”のアングリーベアや“静謐”のシルバームーンなどの上級管理者は、現在8名しかいないとは言え。召喚者や陣地の管理に熱心な者は、半数もいないと言う有り様。
お陰で、管理者たちの暴走がまかり通る結果に。
つまりは陣地運営に、構造的な欠陥はアリはするモノの。割と我が儘放題に、管理者たちが活動出来てしまう下地は出来上がってしまっている模様で。
かくして彼らは、自分が少しでも有利な状況になるよう、策を巡らして行く訳である。その為には多少の策やら犠牲やら、他人に背負わせるのも厭わないと言う。
それはともかく、白い部屋での議題はいつの間にか第十四期の中間報告に移行していて。十四期の担当のレイブンは、1人の欠落も無く第1集積所まで行くぞと意気も高い。
これまた、1か月足らずで既に半数以上が脱落している、十三期の担当のアイギスへの当てつけに聞こえて来て。会議室の空気が、物凄く微妙なモノへと変わって行く。
それに気付かぬ様子で、レイブンは楽しそうに説明を続けて行って。
――管理者たちの会議は、こうしてもうしばらく続くのだった。
玖子の率いる女子チームは、順調に探索をこなしていた。チーム内での経験値貯めも上手く行っており、生存の確率で言えば上昇中だと思われる。
ただし、その中心の人物である静香の落ち込み具合が酷過ぎて、何と言うか声を掛けるのも躊躇われるレベル。その原因だが、主に言うと春樹との別離にあって。
その要因と言うか主な主因は、静香の勝手なやらかしなのだから慰めるのも変な話だ。玖子などは放っておけと、幼馴染にはとことん冷たいし。
それでも戦闘での戦力は、やっぱり圧倒的に高い変な娘には違いなく。それも彼女が召喚した、2体の召喚獣の活躍がとっても大きい状況である。
そのフーちゃんとクゥちゃんだが、何故か最近は玖子の命令にもシャンと従うようになって来ていた。誰の召喚獣なのよって話だが、事実なのだから仕方がない。
彼らも生き延びる為の確率が、一番高い命令に従う傾向があるのかも?
「それでもさっ、ハルちゃんが“賞金首”になったんだよっ? 私たちが助けに行かないと、きっと今頃は酷い目に遭ってるよっ!
クーコちゃんが駄目って言っても、私だけでも行くもんねっ!」
「安心しなさい、静香……その“賞金首”だけど、3日間限定の処置だったみたいよ? 今は外れてるし、3日目が終わって外れたって事は、生き延びたって証拠でしょ。
今頃はきっと別ルートで、第2集積所へと向かってる筈よ」
あくまで冷静な幼馴染の言葉に、しかし静香は納得していない様子。それもその筈、この3日間はそんな問答が2人の間でずっと続いていたのだから。
それでも春樹の元に近付かなかったのは、まぁ
玖子だって、団体戦の最終日での彼らとの戦闘力の差は、嫌と言う程に身に染みて知っていた。春樹や静香でも傷1つつけられなかった存在に、例え何人掛かりでも敵いっこない。
下手すれば全滅だし、そうなったら巻き込んた仲間に申し訳が立たない。玖子は真面目に9人チームのリーダー業をやっていて、尚更に静香に対しては冷淡だった。
つまりは、こうなったのも静香の暴走のせいでしょうと。
「まぁ、確かにチームのメダルが足りなくなったのは、静香ちゃんの優しさが原因かもだけどさ。そんなに責める事無いんじゃない、玖子ちゃん?」
「別に責めてないわよ、木乃香……木乃香は敢えて優しさって言ったけど、そのせいで春樹は居残りの罰を受ける事になった。
今も静香の我が儘で、今度は私たちが危ない目に遭うかもって考えないのって話よ。静香がこのチームを抜けたせいで、私たちは敵との戦いに敗れて全滅するかもね?」
「そ、そんな……クーコちゃんっ!」
泣いたって駄目だ、そもそも幼馴染の我が儘を今まで何度聞き流して来た事か。扱いにも既に慣れて来て、抱きつかれて泣かれても今や何も感じない玖子である。
いや、少々の
最近は弓矢使いも魔法使いの運用も安定して来て、戦い振りもかなりこなれて来ている。お金を出してまでトレーナーにサバイバル術を学んだのも、今になって効果が分かる。
ワープゲートの安全な渡り方も教わったし、遺跡に設置された宝箱も1日1個は見付ける幸運さ。元の世界に戻れる希望こそ無いが、探索失敗からの全滅の絶望は遠ざけられている。
今はそれが精一杯、チームリーダーとして玖子はそう思う。
結局、嶋岡部長はこのチームへの同行を取りやめたけれど。女子の中に男1人は無理と言っていたけど、確かにそれはデリケートな問題かも。
彼が春樹の、良き水先案内人になってくれれば玖子としても満足だ。皆が言う程に、彼女は決して春樹の事を嫌っている訳では無かった。
それは玖子が敢えて取得した、《
それは、春樹の事が大好きと言って
卑怯な自分にぴったりの、背徳のスキル。
――そして玖子は、今日もチームの存続のために冷淡に知恵を絞るのだった。
浅層領域の崩壊に巻き込まれて、南野は斎藤先生と完全に逸れてしまっていた。どことも知れない暗い雰囲気の領域エリアに、何とかたまたま堕ち延びる事が出来て。
その点は恐らく、なけなしの偶然に感謝するべきなのだろう。何しろ確率的には、次元の果てに飛ばされる事も大いにあり得たのだから。
そうなると、生きたまま次元の裂け目を永遠に彷徨うなんて事態も起こり得たのだ。まぁ、大抵は崩壊のショックで息絶える目の方が大きいかもだが。
とにかく南野は生き延びた。そしてガタガタ震えながら、目の前の殺し合いの最中、ずっと身を潜めていた。それは“橙の陣営”と“白の陣営”の、局地的な戦闘だった。
その熾烈な戦いは、1時間以上も続いて戦死者も多数。
南野にとって幸いだったのは、結局は最後まで誰にも見咎められなかった事だろう。残った数少ない陣営の戦士たちは、ワープゲートを開いてこの領域からさっさと去って行き。
後には両陣営の死体が、数十体転がる戦場跡地のみと言う。不意に吐き気に襲われ、南野はその光景に背を向けた。当然だ、周囲は死臭に満ちており、五体満足な死体などどこにも転がってなどいないのだから。
ちょっと前まで普通の学生だった人間には、強烈過ぎる現場には違いなく。南野は胃が痙攣する程吐きまくって、それからようやく少しだけ落ち着きを取り戻した。
2つの陣営は、本当に憎しみあって殺し合いをしたらしい。お互いが流した地で、その戦場跡地は悲惨な様相を呈している始末。
特に活躍したらしい、機神兵も今は動きを止めており。
それは戦車のような、小型トラックより大きな甲殻を纏った機動兵器だった。まさかの砲塔までついていて、何を射出するのか不明だがとっても強そう。
それは以前は“白の陣営”の兵器だったのだが、もちろん南野は知る由もない。既に放置された2台は、破損も酷く再起動も無理だと分かる程。
ただし南野は、そうは思わなかった様子で。人形としては、多少壊れているとしても充分使用に耐えれる形状を保っている。そして《人形使役》で、その答えはちゃんと出た。
きしみながらも、再び動き始める甲殻ガーディアンに思わず笑みを浮かべる南野。
「これで1体……ううん、2体の戦力が増えた。まだやり直せる、私は絶対に間違って無いっ! 細木さんより、私の方が正しいって証明してやるんだ」
――南野の昏い誓いを、2体の壊れた機神兵がじっと聞いていた。
紫炎の陣営の傭兵“地獄の煉獄”団に、1つ厄介な依頼が舞い込んで来た。下層のベースキャンプを出発した50騎の騎馬隊は、それを受けて浅層へと旅立っていく。
それはまるで、1つの巨大な生き物のような動きで。大きな律動と不気味な脈動を孕んだその集団は、かなりの速度で浅層の領域を移動して行く。
傭兵団の隊長は“鬼面”のドルバンと言って、強面の巨漢である。彼が請け負った依頼だが、紫炎の一族の族長の息子を探し出してくれとの事で。
生きていれば探すのもある程度意味もあるが、死んでしまっていては遠征損である。しかも当てと言えば、恐らく浅層の深い場所などと曖昧な感じで。
これで探し出せと言われても、普通に無理な相談なのだが。
騎馬隊である“地獄の煉獄”団は、その機動力で不可能を可能にしてしまう。1日で20~30程度の領域を移動し、探索する能力は伊達では無い。
部隊には“道詠み”のスペシャリストもいるし、運が味方をすれば1週間程度で片が付くだろう。族長の息子が見付からなくても、その時はその時である。
その事を報告して、別の稼ぎへと赴くだけだ。
「それにしても人探しとは、厄介な依頼を受けたものだな……まだ殺して回った方が楽だし、簡単に終わるってのに」
「そうですね、団長……まぁ、のんびり行きましょう。急いでも捜索相手が死んでいたら仕方が無いし、獲物の狩りのついで位に思っていれば」
「それもそうだな、まずは食糧確保が先決か」
彼らも食って行かねばならぬ身だし、そもそも養う団員の数が多いので経営は割と大変だ。そのせいで、彼らが通った後には雑草すら生えないなど揶揄されるのだが。
“強欲”のイメージは勝手に先行しているが、その資質はこの傭兵団には常に存在する。彼らが今まで血祭りに上げて来た敵の数は、そんな訳で数知れない訳だし。
そもそもこんな平和な依頼など、滅多に彼らは受けたりはしないのだ。これも血族のしがらみだけど、それが今回は妙な方向へ未来を捻れさせて行く事に。
それがまさか、春樹にまで絡み付く事になろうとは。
――世界を動かす歯車は、ひょんな事から厄介者同士をぶつけ合うのかも。
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