第67話 団体最終戦にとんでもない相手が登場



 殺人鬼の逃亡より、ある意味大事な団体戦の結果だけど。玖子と森脇の大将戦は、15分にわたる大熱戦の末に引き分けと言う結末に。

 悔しそうなチームリーダーだが、時は戻せないし仕方がない。これで1勝2敗2引き分けで、我がチームの獲得メダルは1枚となった。

 計算が狂いまくりで、静香もさすがにシュンとしている。


「まぁ、仕方が無いよ……次の1戦頑張ろう、静香ちゃん」

「うん、でも……私が勝たないと、本当は駄目だったと思う……」


 仲間に慰められているが、反省はしっかりして欲しい。その上で更に、人間的な成長を遂げるのを期待する。元はと言えば、静香のメダル贈与がこの苦労の元凶だしな。

 そう言えば、静香がメダルを渡した足立あだち石貫いしぬきの2人の女生徒だけれど。相当なトラウマを生じているらしく、今後の去就がなかなか定まらないそう。

 大人数チームは怖いそうだが、かと言って少人数だとまた狙われる可能性が。


 こちらが気に掛け過ぎても仕方ないが、身の振り方は早めに考えて貰わないとな。こちらも明日には、順当に行けばこの施設を去る予定なので。

 ちなみに隷属を強いていた方の粕谷かすやチームだが、完全にパーティは空中分解を起こした様子。虐め主犯の駒井こまい末次すえつぐはともかく、他のメンバーはチケットも全部取られて茫然自失状態との事である。

 酷い話だが、こちらが口出ししても恐らくは無駄だろう。


 取り締まり機関が無いと、やりたい放題な良い例だ。法も秩序も、この迷宮内には存在しないって改めて思い知らされた。それに対抗するには、自身が強くなるしか無いってか。

 チームの女子もこの件には憤っているが、さすがに悪い奴は退治してしまえとは言い出せない。それだと自分たちも、同じ穴のムジナになる事を理解しているのだろう。

 嫌な自立を強要されている気分、そんな理屈で生きて行きたくなどない。



 そんな俺達だが、未だに団体戦の会場に居座って、生徒会チームVSギャル&チャラ男チームの対戦を眺めていた。順番待ちと言うか、次は恐らく俺たちの番だ。

 この2チームの対戦だが、意に反してなかなか白熱していた。3人しか戦う者がいない生徒会チームと、クセの強い集団のギャルチームと言う構図。

 結果は、3勝を挙げたギャルチームの勝利となって。


 意外……でも無いのかな、森脇もここに来るまでの道中は、凄く苦労したって言ってたもんな。その苦労が身について、こちらとしては良かったなと思うのだが。

 実はそんな余裕は、ウチのチームには全くないと言うね。そしてその場を去って行く両チーム、あれっ……ウチとの対戦はどうなった?

 約束してた訳じゃ無いけど、昨日のリベンジと燃えるとこじゃね?


「ゴメンなさいね、ハル……チームの都合で、あなたのチームとの再戦は拒否する事になったのよ。こちらもメダルを貯めたいし、作戦は大事でしょ?

 そっちは最終日だっけ、残りのバトル頑張ってね」

「おっ、おう……」


 そうらしい、そしてポツンと残される俺たちのチーム。暫く皆で相談した結果、アナウンスで対戦チームを募って貰う事になった。

 何しろ時間が無い、とにかくさっさと対戦してしまわないと。俺と静香が、個人ダンジョンも控えている身なのだから、この決定は仕方がない。

 そして制限時間内に、対戦希望チームは現れず。


 つまりは施設の方で、対戦相手を用意して貰う流れとなって。ところが進行役の若い男は、今回用意する相手は一段以上強さが上がるけどとの前口上。

 そんなご無体なと口にしても、相手が変わる訳でも無し。仕方ないので了承すると、進行役の審判と似たような若い男が扉から出て来た。

 ってか、そいつ1人きりってどう言う意味?


「彼の名はビンクス、フォレスト様の管理補佐官のうちの1人です。あなた方のレベルが補佐官見習い程度ですので、確実に1ランク上の存在です。

 真正面から戦っても結果は見えてますので、ルールを多少弄って貰って構いませんよ。何なら5対1でのバトルロイヤルでも、こちらは受けて立ちましょう。

 それでもそちらが勝てば、メダル5枚……いえ、10枚進呈します」

「おっと、随分な強気だな……どうするよ、玖子?」


 楽して10枚メダルを獲得出来るなら、それに越した事は無いんだけど。ビンクスと言う管理補佐官は、明らかにこちらの生まれって感じの容姿をしていて強そう。

 うろ覚えだが、確か管理者がレベル50以上又はスキルMaxが1個以上だったか。管理補佐官は、だとしたらレベル30~50で、スキルレベル5~8程度か?

 補佐官見習いって、つまりは猫娘ネムみたいな連中かな。だとしたらレベル30以下で、スキルレベルも4以下って感じだろうか。

 確かにその差は歴然かも、5人集まっても敵うかどうか。


 何しろこちらは、こっちの世界に召喚されて10日かそこらのひよっこである。準備期間とか、全然足りないと言っても過言では無いのだ。

 ハンデを貰えるならそうしようと、俺の提案は玖子に敢え無く打ち砕かれた。真っ直ぐ過ぎる幼馴染は、そんな卑怯な真似が大嫌いらしい。

 いやでも、相手をモンスターって思えば平気だよな?


うるさいわね、ハル……敵はたった1人しかいないのよ? アンタが勝てば、団体戦はそこでお終いじゃ無いのよっ! 

 つべこべ言わずに、勝ってくればいいじゃないの!」

「それが難しいから、作戦で何とかしよ……いいや、もう。取り敢えず、敵の力量をその目に刻み付けとけ。そんで今後、敵わない相手に遭ったら逃げる算段でもしとけ。

 それが恐らく、一番生き残る確率が高いだろ」


 何だか自棄になってる気もするが、戦うからには何か土産を持ち帰りたいよな。無駄に疲れるよりは、こんな化け物みたいな敵もいるんだぞって皆が知れたら僥倖ぎょうこうだ。

 始まる前から敵を持ち上げ過ぎとは思うが、管理者からしてああなのだ。それを1ランク落としたとても、今の俺たちの敵う相手では決して無いだろう。

 問題は、従者を出すかどうかの問題だけど。


 ジェームズとシルベスタは、破壊されると嫌だから出したくは無いな。再召喚の可能なキャシーだけで挑戦してみよう、そして魔法も剣技も全てフルパワー解禁だ。

 《氷華》も初っ端にぶち込んでやろう、勝てるとしたら唯一そのパターンしか無い気がする。作戦を立てつつ舞台に上がる俺を、ビンクスとやらは興味深そうに眺める素振り。

 どうせ女の尻に敷かれやがってとか、思っているに違いない。


「本当に1人ずつ戦うつもりかな、蛮勇でしか無いと思うが……こちらは無手だが、得意なスキルもしっかりと使わせて貰うぞ?

 恐らく、一瞬で勝負は決まるだろう」

「ご心配なく、粘って精々見せ場は作るつもりだから。ちなみに訊ねるけど、そちらのレベル及びメインスキルのレベルを伺っても?

 一応は、今後の参考にしたいので」


 あの堅物のフォレストの部下にしては、砕けた性格のビンクス何某なにがし。自分のレベルは38で、メインスキルの《獣化》と《群狼》のレベルは7と6だそうだ。

 他にもぼちぼち、レベル5を超えるスキルも持っているそうで。見込みがあるなら見習いに取り立ててやると、どうやらここはそういう場でもあるらしい。

 つまり彼らにとっての、優秀な探索者の青田買いの場だ。



 そんな事に感心してる間に、唐突に始まる団体最終戦……闘いの合図と共に、キャシーが目晦まし役に一直線に突っ込んで行く。俺は魔法の詠唱を始め、やや敵と距離を置く構え。

 それが全くの無駄だったのは、ビンクスが目の前に瞬間移動して来た際にようやく気付けた。奴の上半身は狼の獣人化を果たしていて、殴られた俺は敢え無く詠唱中断。

 いやビックリ、勢いでリングアウトせずに済んで良かった。


 その位の殴りの衝撃が、追加で何発か見舞われて。舞台下からの情報では、既にHPが半減したらしい。全く見せ場が無いのは腹が立つな、何とか小技で盛り返したい所。

 《光弾》で牽制しつつ、再び距離を取ろうとするけど。スピード自慢のキャシーでも捕まらない相手に、俺の魔法も全て空振りと言う結果に。

 もちろん槍の穂先も、全くかすりもせず慌てるだけの俺。


 それでも何度か連続で斬り掛かると、相手は大きく飛び下がって距離を開けてくれた。そこに俺の最大レベルの光魔法の《光の矢》を撃ち込むと、何とか1発だけ掠ってくれた。

 4発の連弾だったのに、世知辛い結果である……とにかく《獣化》モードのスピードが厄介だ、目で追えない程では無いが攻撃がとにかく当たらない。

 そして今度近付かれたら、多分そこで戦闘終了だ。


 これは考え直す必要があるな……スピード自慢の宗川兄との対戦で、俺は何をした? その瞬間に思い付いた戦法、咄嗟に周囲に氷の壁を幾つも発動させてやって。

 これには向こうも、少し戸惑った様子。自在に動けるエリアを、俺はそうやって切り取って行ってやる。その途中に、果敢に突っ込んで行ったキャシーは爪に切り刻まれて敢え無く没。

 よくやってくれた、お陰で貴重な詠唱時間を稼ぐ事が出来たよ。


 満を持しての氷魔法氷華の呪文だが、生憎と空中に逃げられて直撃はしなかった。奴の反射神経なら、そうなるかなって気はしていたけど。

 本来は弱らせて止めの一撃なのだろうけど、その弱らせる術を全く思い付かない敵なのだ。それでも3割程度は削れただろうか、さすが宝珠で覚えた呪文である。

 但し俺は、逆襲に遭ってその後簡単に倒されてしまったけど。


 今の精一杯の戦法なので、これ以上追い込む手段はこちらには無い。ジェームズとシルベスタがいれば、もう少しHPを削れたかもだが。

 とにかくこれが今の実力差、恐らくは何度やっても結果は同じだろう。



 そして2戦目に上がった静香も、俺に倣って召喚獣を連れての戦闘となって。善戦するかなと思ったのだが、向こうも狼の群れを召喚すると言う荒業を使用。

 あれが恐らく《群狼》と言うスキルだろうか、そのスキルで出現した狼の群れは、フーちゃんとクゥちゃんを封じ込めるのに成功して。その間に本丸の静香が、精神波攻撃を受けて沈没すると言う流れに。

 どうやら敵は、こちらのデータを完璧に揃えている様子。


 静香ですら弱点を知られ、3分掛からず倒された相手に、持木ちゃんも宮島さんも完全に戦意喪失。壇上に上がらず負けを宣言しての戦闘回避で、残るは玖子ただ1人となって。

 無理をするなと忠告するも、わざわざ舞台に上がる責任感の塊のチームリーダー。とは言え、明らかな格上に敵う筈もなくノックアウト負けを喫して。

 団体最終戦、何とメダル0枚と言う悲惨な結果に。





 どんよりとした空気になるのは仕方が無い、何しろそんな状況に追い込まれたのだから。計算が大いに狂って、今は全員で昼食を取りに1階の大食堂にいるのだか。

 他のチームとの交渉も芳しくなく、玖子も珍しく途方に暮れている様子。


 ミーティングでさっきまで話し合っていたのだが、個人ダンジョンの突入は俺と静香の2名で決定。玖子も一緒に潜ると立候補したのだが、余り良策とは言えないと断った所である。

 何しろあのエリア、やたら広い上にメダルが隠されて置かれている意地悪仕様で。何かしらの探索系のスキルが無いと、とっても辛いし命を落としかねないのだ。

 長居をするだけ、敵が強くなる鬼仕様然り。


 帰還用の魔方陣が見付からないと、本当に長居は不味い。幸いにも、俺と静香でワンマンアーミーのメダル獲得パターンは出来上がっているので。

 個人チケット8枚使用で、7枚ゲットまでは何とかなりそう。それを3回こなせば21枚……丁度、目標の55枚に到達する計算である。

 6時に時間切れとの事なので、時間がちょっとアレだけどな。


「そんな訳で、何とか俺と静香で21枚ゲットを頑張って来るよ。念の為に部長に5階の突入口に待機して貰って、何か異変があれば玖子に知らせに行くでいいかな?

 万一団体チケットが揃っても、俺と静香抜きで頼むな」

「それはそれで大変だねぇ、でも頑張るしかないか……こっちで1枚でも2枚でも稼げたら、2人の負担も少なくなるもんね?」


 磯村さんの言う通りだ、そして6時に時間切れだとしたら、急がないと不味いのも確か。いつまでもランチを摘んでいる静香を急かして、俺は立ち上がって探索に向かう構え。

 慌てて付いて来る幼馴染に、周囲からは頑張ってとの温かい励ましの言葉が。何だかんだで愛されているな、俺とは大違いでため息が出ちゃう。

 一応俺にも、嶋岡部長から応援の言葉が掛かったけど。


 華やかさには欠けるよな、いや別にどうでもいい事ではあるか。とにかく個人ダンジョンを頑張ろう、3回突入って地味に大変そうだし。

 そして初めての体験でもある、体力と精神力が持つかとても心配だ。


 やれる所までは頑張るけどね、逆に静香の方が心配ではある。取り敢えずは5階フロアに到着した段階で、俺は《耐性上昇》スキルをコピー札で複製して、静香に使うように指示する。

 驚いた表情の静香だが、お前は精神系の攻撃にとても弱いんだよと忠告を飛ばして。これを覚えて、スキルPが余ってたらすぐにレベル2に上げろと命令する。

 素直にそれに従う幼馴染、この辺は毎度の事なので心配ない。


「上げたらセットするのを忘れるなよ、ステータスの均等上げはちゃんとしてるか? ダンジョンに入る前に、そっちのチェックは抜かりなくしろよな」

「えっ、セットしなきゃダメなの……そしたら《召喚魔法》が外れちゃうよ?」


 そんな重いスキル、最初からセットするなっての。確かに外した状態だと、再召喚とか出来ないけどな……それより静香は、自己を強化した方が良いに決まっている。

 自分も剣で前に出るスタイルなのだ、《刀剣術》と《耐性上昇》と《直感》で、余ったら《使役強化》を突っ込めばよい……ほら、丁度良い感じに収まっている。

 静香のスマホを眺めながら、約5分で打ち合わせは終了。


 本当に世話の掛かる妹みたいな存在だ、だから福良木みたいに一人っ子が妹認定するのだろう。ちなみに俺も一人っ子だから、あいつの態度を悪くは言えないけど。

 ともかく3回も連続で入るなら、1度に掛ける時間も割とシビアになって来る。隣にいる部長と相談するが、間の休憩時間を考慮して1時間と20分が限界だろうとの意見。

 確かにそうだな、それ以上長引くと3回目の突入に響いてしまう。


 とにかく2人で3回突入しないと、目標の21枚には到達しないのだ。静香のチケット枚数を、3から4~5枚へ弄る手段もあるにはあるけど。

 下手に設定を変えて、静香がへまをしたら目も当てられないので。いつも通りに、俺が5枚で静香が3枚で潜りますと受付嬢に告げる。

 そして開いた丸くて黒く揺蕩たゆたうゲートの中へと侵入して行って。





 ――クリアを信じて疑わず、俺たちは攻略を開始するのだった。










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