第60話 勇者チームとペナルティ



 事件は4階フロアの、競技場部屋前の小広場で起きていた。約一日振りにこの施設に戻って来た俺は、まずは1階や2階の共有スペースを覗いて回ってみたんだけど。

 そこには知り合いの姿も、ウチの生徒の影も全く無くて探索の空振りと言う結果に。エスカレーターで上へと進んで行った末に、ようやく目的の人混みを発見して。

 そこには同じチームの、玖子や静香もいる模様。


 いや待て、他にも新参の面々の姿もチラホラ……あれは恐らく、ウチの高校の生徒会長の率いるチームかな? 生徒会長の明神みょうじんと、副会長の福良木ふくらぎがいるから間違いないだろう。

 それから、騒ぎの中心にギャルっぽい女子生徒がいるな……女王様然として騒ぎ立てているのは、確か粕谷かすやという他クラスの生徒だった筈。

 取り巻きの女生徒2人と、周囲に喚き散らしている。


 それを生徒会長のグループがなだめようとしていて、それがこの喧騒の中心地のようだった。そして騒ぎの中心のもう一方にいるのは、もちろん幼馴染の静香である。

 何か騒ぎが起きてるなとの気配を感じた瞬間に、半ば覚悟していたオチではあるけど。ただしその静香の様子が妙で、放心状態でへたり込んでいる感じ。

 それを庇うようにして、玖子やチームの女子が粕谷に対峙している。


「やってくれたわね、福良木……!! あんたのチームには全く関係ないくせに、しゃしゃり出て来るんじゃ無いわよっ!

 余計な出しゃばりは、寿命を縮めるよっ!?」

「やめないか、人を奴隷化するようなスキルを悪用していたのはそっちだろ!? 副会長は、それをいさめただけだ……逆恨みで強硬態度に出るなら、こちらも容赦しないぞ」

「何を綺麗ごと言ってんだよ、明神! スキルを使ったのはこっちが先かもだけど、手を出して来たのは向こうが先だよ!?

 こっちは怪我人が出てんだ、簡単に納めようったってそうは行かないよっ!!」

「……自業自得でしょ、何ならその怪我も治して差し上げてよ?」


 相変わらず福良木は、相手の神経を逆撫でするのが上手いな。元が超の付くお嬢様だから、性格的には我儘な部分が昔から目立っていたけど。

 どうもこの騒ぎの根幹には、彼女が関わっているらしい。生徒会長の明神が矢面に立っているけど、明らかに面倒に巻き込まれた感が半端ない。

 俺と同じく、尻拭いをやらされパターンだな。


 粕谷の取り巻き2人も、学生時代から悪名高かった覚えがあるな。年上の悪い彼氏持ちをひけらかして、学校内でヒエラルキーの頂点を確立してたような。

 奴らのパーティは、この異世界でもその上下関係を持ち込んでいるのかも。改めて観察してみると、騒ぎの周辺には静香と同じように放心している人間が数人いる様子。

 良く分からない状況だ、誰か説明してくれないかな?


 放心状態の人の中には、ウチの生徒でない者も混ざっていた。とは言っても、同級生の割合いの方が圧倒的に多いけど。おや、俺の財布の中身を盗んだヤンキー3人組もいるな。

 そいつらも総じて呆けてるけど、奴らは一体どのチームなんだろう? 3人のみでやって行くつもりなら、この施設のルール的にきつい縛りを受ける事になるぞ。

 心配する気持ちは微塵も無いけど、ここで絡まれるのも嫌過ぎる。


 先立ってこちらの強さは示したので、再び絡んで来る確率は低いと思うけど。まぁ顔を合わせるのも腹が立つ連中には違いないので、この施設内では無視の方向で。

 それはともかく、現状の把握は早い段階でしておきたいな。などと思っていたら、いち早く俺の存在に気付いた人影が、こっそりと廊下の端を伝って寄って来てくれた。

 同じチームの佐々品ささしなさんだ、その目敏めざとさが今は助かる。


「皆轟君、今までどこに行ってたの……? 何かヤバい人が施設を訪れたから、避難してるって嶋岡君に訊いたけど……急に姿を消して、みんな心配してたのよ?

 特に野木沢さんとか、真野宮さんとか」

「いや、悪い……変な方向からの急なヘルプが出現したのと、ヤバい管理者がここを訪れるって情報が一緒に来ちゃってな。伝言を残す暇もなく、個人ダンジョンみたいな別空間に避難させられてたんだ。

 それより今の状況、一体どうなってるんだ!?」


 何となく小声での遣り取りだが、幸い周囲に感付いた様子は無い。別に感付かれても悪い事は無いが、変に視線を浴びるのは勘弁ではある。

 今の状況が、こっちには全く分からないって事情もあるけど。その辺を佐々品さんが、淡々と丁寧に説明してくれて行った。つまり俺が姿を消してから、たった今までの現状を。

 一日余りの不在だったのに、結構色々とあったみたい。


 まずは昨日の夕方過ぎ、粕谷率いる10人近いチームが施設に到着したのを確認。その後、それ程間を置かずに生徒会のチームも姿を現して。

 施設内の公共スペースが、一気に賑わいを見せた夕食時だったそうだ。とは言え、どこか異様な雰囲気を漂わせる粕谷チームには、玖子チームは接触を戸惑ったそうで。

 結果、生徒会長の明神と情報交換をするに留まったそう。


 彼らはこの異世界の常識に、大いに戸惑っていたようだ。先に出発した筈の彼らが、何故か後発の玖子チームに3日以上の遅れを取ってしまっていた事とか。

 現状のチーム分布とかこの施設での規則とか、そこら辺の情報は勿体ぶらずに全て手渡したようである。逆に、向こうのここに至るまでの境遇には目新しい点は無かったそうだ。

 まぁ、彼らもそれなりに苦労はしてたみたいだけど。


 それはこちらも同じ事、それより妙な雰囲気の粕谷チームの方が気になる両者だったけど。特に強硬に情報を収集する訳でも無く、その日はお開きとなって。

 そして問題が発生したのは、翌日となる今日のついさっきだったらしく。つまりは不気味な粕谷チームが台風の目となり、団体戦で他チームと接触を持ったのだった。

 つまりはその相手が、俺が不在の玖子チームとの事。


「皆轟君がいないから、どうかなって意見もあったんだけど……《重力魔法》と《捕縛術》で頑張ってみるって、バレー部の外木場そとこばさんが5人目に立候補してくれて。

 向こうもレギュラーは女生徒が多い感じだったし、時間も勿体無いって挑戦してみたのね。そしたら怒涛の5連勝で、何とメダル10枚ゲット出来ちゃって。

 ……そしたら、向こうのリーダーの粕谷さんが怒りだして」

「そりゃまぁ、怒る気持ちも分からなくないな。てっきり静香の天然パワーが、騒動の原因かなって思ってたんだけど。違うなら何よりだ、それより生徒会の連中はどう絡んで来るんだ?

 福良木がめっちゃ、噛みつかれてるような雰囲気だけど」


 福良木と俺を含む道場通いの生徒は、実は子供の頃からの幼馴染だったりする。特に俺と福良木の家は同じ番地で、交流はそれなりにあった訳なのだが。

 そう考えると、俺の知り合いは問題児ばかりな気もするな……などと思っていると、その辺の説明も佐々品さんは丁寧に補足してくれた。

 つまりは、その試合中に明神率いる“勇者チーム”も居合わせたようで。


 どうも粕谷チームの大半が、彼女の持つスキルで操られているのだとの懸念は、その場にいた全員が感じ取れたらしい。それ程の違和感が、“女王”粕谷のチームには漂っていた様子。

 そのちぐはぐさに付け込んで、玖子チームは全勝をもぎ取ったらしいのだけど。自分の意志で動いていたのは、粕谷の取り巻きの駒井こまい末次すえつぐという女生徒だけだったそうな。

 そして目立ったのが、足立と石貫という酷く怯えた2人の女生徒。


 自分の意志は有している様だが、明らかに威圧されての動向を余儀なくされていた感はバレバレで。学校内なら“いじめ”で済むが、こちらの世界では“奴隷”とでも言える状況。

 いや……“いじめ”も大概だけどな、スキルを使っての束縛も酷いとは思うけど。何しろこちらの命を刈るべく、容赦なくモンスターが襲い掛かって来る世界なのだ。

 意思を雁字搦がんじがらめにされて戦闘に追い立てられるのは、ちょっと倫理的にもどうかと思う。現に俺は、それで亡くなった友人を2人ほど知っているし。

 そんな危険を常に孕む、道徳観の皆無なやり方には違いなく。


 そんな訳で、揉め事は起きるべくして起こったそうな。まずは足立と石貫と面識のあった静香が、試合後にいつものお節介で話し掛けたそうだ。

 つまりはそっちのチームが嫌なら、こっちに来ない? 的な感じの勧誘だ。それを目の前でやられて、半ギレ状態だった粕谷が完全にキレたそうである。

 うん、まぁ……普通はキレるよなぁ。


「野木沢さんのアレは、優しさだから……でもそれで、完全に向こうのチームのトップ3が切れちゃって。言い争いみたいになって、その途中で粕谷さんがスキルを野木沢さんに使ったの。

 嶋岡君が言うには、彼女は洗脳系のスキルを持ってるんじゃないかって事なんだけど。まさか試合外でスキルを使うとは、誰も思っていなくて……。

 そしたら副会長の福良木さんが、騒動を見兼ねて乱入してきて」


 いや、アレは騒動を見兼ねてなんて殊勝な思考は持ち合わせて無いと思うけどな。完全にその場のノリとか、最悪騒ぎを楽しんで参加した可能性すらある。

 その後始末を、他人(この場合は生徒会長の明神)に丸投げも昔から変わっていないよな。とにかく福良木は、その場に乗り込んでナニやら清浄なる光を放ったそうだ。

 つまりは、彼女もスキルを使ったらしい。


 怪我人がどうのこうのは、まぁ完全にオマケみたいなものだ。光を放つ前に女王粕谷に張り手を喰らわせた福良木に、忠実な下僕のマッチョ男性が襲い掛かろうとしたのだ。

 それを明神が慌てて阻止して、慌て過ぎて壁際まで吹っ飛ばしたみたいなのだが。そのマッチョ男性も、今や粕谷のスキルから解放されて放心状態の様子。

 つまりは福良木のスキルは、その場にいた全員の束縛系スキルを解除した模様。


 さすがにこれは、相手からしたら笑えない状況だな……どう落とし前つけるんだとの反論も、分からないでもない。逆恨み感は満載だが、向こうからすれば生命線を断たれた訳で。

 廊下と言うか、試合会場の入り口で乱戦模様なのも頷けると言うモノ。今やその矛先は明神率いる勇者チームに向いていて、こっちにはさほど関係無いのも良い点だ。

 既に1勝してるって報告も含めて、俺的にはまぁ良いんじゃね? てなモノだ。


 メダル10枚追加だしな、ここでの滞在残り日数を考えても、これは大きな吉報には違いない。今日は個人ダンジョンでも少し稼いで、それで終わらせてオッケーかな?

 などと考えていたら、不意に目の前に影が差した。


「静香や玖子がいるのに、見掛けないなと思ってたら……こんな所にいたのね、ハル? ご機嫌如何いかがかしら、あなたがいないから静香が余計な騒動に巻き込まれてたじゃないの。

 しっかりしなさいな、この過酷な世界では悪意は必ずしもモンスターの形を取ってる訳じゃないのよ?」

「騒ぎをここまで大きくしたのは、聞いた感じじゃお前だろ、聖子せいこ……そっちも仲間ともども元気そうで、まぁ一安心だよ。

 ところで、お前が使ったのは何てスキルなんだ?」

「《聖女》の浄化魔法ってところかしら……生憎、そこまで熱心に勉強する意欲は湧かないんだけど。

 あなた達に貸しを作れるなら、今後は頑張ってモノにしようかしら?」


 うげっ、聖子が《聖女》とかマジかよ……逆に洒落が効いてるのか、良く分からないけど。コイツは人の瘡蓋かさぶたを見付けては、嬉々として剥がす様な性格の持ち主だぞ?

 今も騒動を起こした本人なのに、その渦中から抜け出して駄弁だべってるし。明神も可愛そうだな、俺は静香だけで手一杯なので、コイツの相手は勘弁願いたい。

 ってか、向こうの激論は既にピークを迎え、今や一触即発の雰囲気だったり。


 血の気の多いギャル2人、駒井と末次が武力行使へと向かうのは時間の問題に見える。そして悪目立ちする福良木聖子の存在のせいで、俺の出戻りもチームの面々にばれて来た模様。

 それは別に構わないのだが、余計な騒動には巻き込まれたくないのも確か。などと考えていたら、新たな乱入者が威圧を放ちながら近付いて来た。

 その場を取り仕切る気満々の、その自信に満ちたオーラたるや!


 恐らくは、そいつの所持スキルが関係しているのだろう。青と白が基調の制服に身を包んだそいつが、軽く手を叩いて静寂を促しただけだと言うのに。

 周囲の喧騒もギャルたちの怒気すら、あっという間に霧散してしまったような静けさが訪れて。レベルの違いと言うのは、ここまで酷なのかと皆が実感する破目に。

 なるほど、コイツは確かにあのアイギスと同類だ。


「私はここの施設を任されている、白の陣の“管理者”の一人、フォレストと言う者だ。君らの育成は別の管理者が担っているが、この場での揉め事の処理は私に一任されている。

 部屋に置かれたしおりに書かれていたと思うが、この施設内での所定の場所以外での戦闘行為は、全面的に禁止されている。他人へのスキル使用についても、もちろん同じく。

 それに反したとして、以下の2名に厳罰を処す」


 名前を呼ばれたのは、もちろん粕谷凛香と福良木聖子の女生徒2名。その罰の内容は、この施設内の滞在中におけるスキル強制剥奪はくだつとの事だった。

 粕谷はともかく、浄化の魔法を使った福良木への処罰はきつ過ぎるような気もするけど。更に追加で、真野宮玖子チームに対してメダル10枚没収のペナルティが言い渡されて。

 愕然とする俺と、気まずそうに顔を背ける佐々品さん。


 どうやら、さっき敢えて語らなかった真実があるらしい。戦闘終了後に手を出したのは、どうやら隣の福良木だけでは無かったようだ……まぁ、玖子なら遣り兼ねないなと俺も思う。

 それにしても、あげた筈の完全勝利が丸々無かった事にされるのは相当痛いな。11人分で55枚が必要なんだけど、本当に足りるか微妙になって来た。

 それでも、その裁定に面と向かって文句を言える者は誰もいない。


 まぁ当然だろう、親や教師に歯向かうのと訳が違う壁がそこに確かに存在するのだ。傍若無人を絵にかいた様な性格の福良木でさえ、顔を蒼褪めさせて返す言葉も無い様子。

 生徒会長も同様で、同じく厳罰に処せられた粕谷も反論も無くただ茫然と突っ立ったままである。その手下ギャルに至っては、さっきまで放っていた威勢はどこへやら。

 完全に委縮して、今にも逃げ出しそうな雰囲気だ。


 俺に関して言えば、初日のアイギスとのやり取りで耐性が出来ていたのかも知れない。そこまでの威圧は感じず、まじまじと初対面の“管理者”フォレストを観察していた。

 猫娘ネムの話だと、確か管理者の条件はレベル50以上かスキルMaxを1つ以上だった筈。戦闘系の技は大抵の管理者は所有しているらしいし、強さ的に言えば、ここにいる全員で束でかかって行っても敵わないと推測出来る。

 厳格そうな雰囲気なのに、殺戮さつりくの匂いを漂わせる“管理者”フォレスト。


 むしろ若くてハンサムな容姿なのに、こちらを睥睨へいげいする目は見下し感が満載である。まるで俺たちが商品か何かみたいな、余計な手を煩わせるな的な威圧が凄い。

 そんな相手の様子に反骨心が刺激された訳では無いが、俺は思わず異議を申し立てていた。悪い癖だと分かってはいるけど、不条理な罰則には抗うべきだと性根の部分が囁いて来て。

 それに素直に従って、大抵はいつも酷い目に遭うのだけど。


「福良木へのペナルティは、ちょっと重過ぎるんじゃ……彼女はただ、友達を助けただけなのに。公共の場でスキルを使ったと言っても、浄化の魔法だったって話だし」

「ほう、この私に面と向かって口答えするとはな。……お前は確か、テンペストのお気に入りの小僧だったか?

 アイギスにも、別の意味で気に入られている様子だったが……」


 いやいや、まぁそうなんだけどね……嫌な笑みでこちらを伺う管理者だが、俺の反論に対しては特に気を悪くしていない感じ。ってか、取り消すつもりは最初から無い様子だけど。

 向こうも恐らくは、虚空に表示されているデータをチェックしているのだろう。暫く何やら考えていた様子だが、幸いにもアイギスのように怒りに身を任す様な所業は示さない様子。

 周囲の同級生は、固唾を呑んで見守っているのが雰囲気で分かる。


「生憎だが、私の決定に変更は無い……スキルを自己防衛に使用するのは、誰もが認められている権利だしな。それを一方的に妨害した者も、当然だが罰せられる。

 お前たちの育成担当のアイギスは、どうも放任主義で説明の類いは一切無かったようだな。この世界でお前たちに必要とされるのは、生き抜くために必要なスキルを与えてくださった、白の神への信仰である。

 それから、こちらの陣地を切り取ろうとする他陣営の排除だな」





 ――そのために必須なのは圧倒的な力なのだと、奴の瞳は雄弁に語っていた。








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