第59話 巨大モール4日目



 今は元の場所に戻って一息、スライムのダンジョンで探索していたのは小一時間と言ったところ。ネムと一緒に、何も無い白い部屋に座り込んで、アイテム分配などしつつ。

 大ボスが落とした宝箱の中身は、実際余り大したものは入っていなかった。スライムジュースやSPジュエル、宝石が数個と『水妖のブーツ』と言う名の装備が1個だけ。

 装備が入っていただけ、まぁ当たりなのかな?


 分配だが、ブーツはネムが欲しがったのであげる事に。何か小さめのお洒落な感じだし、俺の足には合わなそうだったし。代わりに、宝石類は全部俺の懐へ。

 SPジュエルは丁度2個ずつで分けれたので、特に問題は無かった。ちなみに大ボスの討伐報酬に、いつの間にやらSP+4が貰えていた。

 これでスキルの強化も、また余裕が持てると言うモノ。


 スライムジュースに関しては、向こうがいらないと言うので俺が全部貰う事に。そもそも飲めるのかって話だが、自分では試してみたくはない。

 ジェームズが何やら錬金に目覚めた感じなので、彼に渡しておけば問題無いかな。薬品とかの材料にでもして貰えればと、内心では丸投げの俺だったり。

 とにかく、そんな感じで分配は終了して。


 夜もまだ半ばではあるが、他には特にする事も無くなってしまった。ネムにダンジョンでのドロップ報酬について尋ねるも、その辺は何と言うか曖昧で。

 エリアを創作する際の、予定調和的プログラミングなアレに前もって組み込まれているとかなんとか。もしくは使用した魔石の残滓、それが可能性としては一番高いのかも。つまりは報酬ありきで、探索者にそこにアタックして貰っている感じなのかな?

 って事は、創作されたエリア以外はドロップ報酬は無し?


 それは至って普通の事なので、今更突っ込む事案でも無いとも思う。つまりは白の陣営の神様が創ったエリアには、神様が訪れた人へのプレゼントとして報酬を用意してくれていると。

 ちょっと待て、それじゃあモンスターはどうなる?


「ハルキはアンポンタンだニャ、敵がいないと経験値が得られないから入るカチも無くなっちゃうんだニャ! それもプログラムのイッカンだニャ、神様はちゃんとゼンブ考えてくれてるニャ!」

「なるほどな、凄いな神様……それじゃあ、変異種は何なんだ? あれは言葉通りに、イレギュラーって認識で合ってるのか?」

「変異種なんて滅多に出遭えないニャ、あれは魔石の発する魔力のヨドミと選択エリアが偶然に重なった産物だニャ。浅層が深層に変わる確率よりは高いけど、創作されて間もないエリアには、ほとんどいる筈がないニャ」


 そうなのか、俺の感覚では探索中に結構出遭ってた気がするんだけどな。ネムの説明によると、エリア内の時間が経てば経つほど、大ボス的な存在も発生するし、変異種の発生する確率も高くなるそうだ。

 その稀な存在は、俺の予測通りにイレギュラーに分類されるそうで。出遭おうと思って叶うようなモノでは、決して無いのだとのネムの強い主張。

 まぁその代わり、討伐報酬は高く設定されてるみたいだけど。


 彼女の説明では、一番のご褒美は『称号』が貰えるか否かだそうで。仲間内でも、称号をゲットできた者は英雄視されるそうだ。

 ただし、そんなミーハーな目論見で変異種に挑むのは、割と自殺行為なのだそう。ネムの知り合いでも、蛮勇で命を落とした者も存在するとの事。

 確かにそうだ、俺も一歩間違えは命を落としていたからなぁ。


 そんな話をしながら、寝る前に何とか施設にいる仲間へと、手紙を届けて貰うようにネムに頼み込んで。何とかそれを了承して貰って、これで肩の荷が一つ降りた。

 他にも色々、雑多な悩み事はあったりするのだけど。取り敢えず今夜は寝てしまおう、空間収納から寝袋などを取り出して寝る準備を始めつつ。

 おっと、寝る前に子スライムに餌を上げなきゃ。


 ついでにスキル3Pを支払って、《餌付け》をレベル3へと一気に上げておく。スロット枠1Pのスキルだし、高ければ効果も上がるだろうと言う目論見だ。

 その結果、餌を与えられた子スライムの喜びようは半端では無かった。いや、スライムの感情なんて理解など出来ないんだけどね?

 プルプル震えるその容姿から、勝手に推測しただけである。


 生ハムもパンも、既に残り少なくなって来た。あの食堂が懐かしい、まだ半日程度しか離れていないと言うのに。戻れたら、また摘めるモノを補充しておかないと。

 そしてどうやら、この空間も暗くなる事は無い様子。創作されたエリアの、ある意味欠点でもあるよな……寝るのに苦労しそうだが、致し方あるまい。

 そうこうしている間に、ネムが帰って来た。


「ちゃんと言われた人に、お手紙を渡して来たニャ! これでハルキに貸しひとつだニャ、ちゃんとウチにカンシャするニャ!」

「おっ、サンキューな、ネム……向こうも心配してただろうから、これで安心して眠れるよ。ただこの空間って、どうやっても暗くなってくれないんだよな」

「空間が馴染んでくれば、明と暗も段々と動き出すニャ! この空間に使ったコアと魔石は安物だから、ソコまで行く事はまずないニャ」


 なるほど、今日は本当に色々と濃い情報と触れ合ってるな。コアや魔石にも安い高いがあって、安い奴はすぐに空間が崩壊を起こす感じなのかな。

 逆に高い性能の奴になると、何週間か後に安定して時が動き出す感じなのか? 面白い情報を貰ったな、今後の探索に役立つかどうかは微妙だけど。

 とにかくこれは、嶋岡部長にも忘れずに話しておかなきゃな。





 周囲が明るくて熟睡出来ないと思ってたけど、意外とすんなりと眠れてしまった。起きたらネムが、黒猫の姿に戻って俺の懐で眠りこけてたけど。

 それくらいは許そう、とにかく施設での4日目の朝……いや、実際は白い部屋で隠れてるんだけど。もう安全だとしたら、施設に戻って皆と合流しなきゃ。

 部長や静香たち、今頃どうしているだろう?


 ちなみに、さすがに2度目の睡眠なので、今回は《夢幻泡影》は作動しなかった。何だか久し振りに、夢すら見ない完全な熟睡をした気がする。

 そんな事を考えながら、もぞもぞと寝袋から抜け出して。幸いな事に、この白い部屋にはちゃんとトイレもコピーされていて存在する。

 元はちゃんとした、どこかのマンションとかなのかも知れない。


 家具の類いは全く無いけど、まぁそれは仕方が無い。ベッドとかあったら、もう少し夜を快適に過ごせたんだけど。ただ一部屋がやたら広いので、元は高級マンション系なのかも。

 それも今日限りと言うか、ネムのゴーサインが出たらすぐにでもおいとまする予定ではある。考えたら勿体無いな、これほどの広い空間を、たった1日の使用で破棄するなんて。

 保護してくれたテンペストと言う管理者には、取り敢えず感謝しなきゃ。


 CPが順調に貯まってくれるなら、コアを自分で買って空間コピーの実験とかもしてみたい気もするけど。あれだけお高いポイント交換品、おいそれと手出しなど出来ない感じ。

 トイレも手洗い用の蛇口も、普通に水が出てくれるのが有り難い。この辺の理屈も知りたいけど、まぁ知ってどうするとかも野暮な気もするし。

 取り敢えず、朝食の準備でも始めようか。


 そうこうする内にネムも起きて来て、あっという間に人間の姿に変化を果たして。この仕組みはどうなっているのか、そっち系のスキルも持っているのかな?

 戦闘には役立たないだろうが、潜入工作とかには役立ってたな。どちらが本来の姿なのか、聞くのは怖いので触れないようにしておくとして。

 こっちの世界に獣人とかがいても、まぁ不思議では無いかもな。


 実際、変な他の部族とかにも探索の途中に遭遇した覚えもあるし。モンスターも色んな種族がいるし、深く考えても仕方が無い気がする。

 異世界の常識は、今後も存分に俺を驚かせてくれるのだろう。それは良いとして、肝心の帰還許可がネムから出てくれない。朝食後にフラリと様子を見に行った小娘だが、どうももう少しだけ様子を見るべきと判断した模様。

 慎重なのは仕方が無い、万が一を考えると俺も同意見だ。


 そんな訳で、またもや暇を持て余す事になってしまった。ここから直に個人ダンジョンに潜れないか訊ねてみたが、管理者同士の権利が干渉しあって駄目らしい。

 それならばと、俺は道場で習っていた剣道の型をおさらいし始める。道場での日常を思い出しながらの特訓、すぐに武術の動きは身体に馴染み始めて。

 気持ちの良い汗を掻きながら、しばし無心に身体を動かす。


 今は《氷魔法》で剣を出してるけど、二刀流を続けるのならちゃんとした刀が欲しい所だ。俺も《等価交換》を持っているので、適当な素材から自作してみようかな?

 それならば、《等価交換》のレベルも上げておくのも悪くは無いな。防御の事も考えれば、装備を自分で充実させるのは良い案にも思えて来る。

 いや、戻って佐々品さんに相談するのもアリかも。


 最近は後衛的な動きが多かったので、そこら辺の強化はお座なりだったな。シルベスタと言う強力な前衛も増えてくれたし、俺自身の危険は避けるに越した事は無いんだけど。

 そうは言っても、やはり前衛技術は出来るだけ伸ばしたい。昔取った杵柄って訳では無いが、道場で培った技術が俺にはあるのだから。

 職は『召喚士』でも、俺の気分は『魔法戦士』だったりするのだ。


 ひたすらゴロゴロしてるネムを尻目に、身体を動かす事数時間余り。気分転換にシルベスタに相手をして貰ったりと、訓練相手に事欠かないのが嬉しい。

 途中、趣旨を変えて《糸紡ぎ》と《硬化》を使った例の戦闘方法の訓練など。やっぱりこれは《剛力》とセットでないと上手く行かないが、何にしろ仔竜を倒した戦法である。

 スパ〇ダーマンごっこと言うなかれ、敵の意表を突くには格好のセットなのだ。


 運よく奥の部屋に、天井に出っ張りのあるタイプが存在していて助かった。この戦法は、こんな感じで場所を選ぶのがネックではあるけど。

 決まれば格上相手でも、奥の手として有効なのは実戦経験から証明済み。たまに練習しておいて損は無い、幸いな事に蜘蛛の糸はまだストックがあるし。

 いつまた難敵に、巡り合うとも限らないのだし。


 それから時間がまだあるとの事で、結局は《等価交換》をレベル2へと上げる事に。それから収納の中の素材を漁って、『金剛石』なるモノを材料に刀剣の形をイメージ。

 果たして上手く行くのかなと、練習がてらのスキル検証だったんだけど。何とか綺麗に刀の形にはなってくれて、しかも俺の手にしっくり来る感触が嬉しい。

 なるほど、合成スキルって色々と便利だな。


 新しく出来た『金剛剣』は、なかなかの硬度の切れ味良さそうな片刃の剣だった。左手で扱うにも丁度良いサイズで、少々重いがそれは仕方が無い。

 簡単に折れる武器など論外だし、このくらいの自重が無いと威力的にも不安だし。いや、本物の刀など持った事も振るった事も無いんだけどね?

 でもこの武器は、静香が持ってる奴より格段に良さげ。


 ついでに防具も、ちょっと弄っておきたいな。収納に入ってた『竜の鱗』を盾に……との目論見は、スキルが足りないとの告知をスマホに受けて断念。

 どうやら、竜のドロップ素材は圧倒的にレアカテゴリーらしい。それならと暫し頭を捻り、現在使っている工具用の盾と『ワニ革』をミックスしてみる事に。

 形は手首に固定の、手甲タイプが良いかな?


 今後二刀流も使って行くのに、左手がフリーになる利点は計り知れない。いちいち盾を捨てるのは、戦術的にも宜しくないからなぁ。

 そんな訳で続けて《等価交換》を使用、どうでも良いけどこの合成スキルは結構なMPを消費する。続けて使うのは、余程暇な時じゃ無いと辛いかな。

 それでも出来上がり品には、満足の俺であった。


 名前は『ワニ革の手甲』となって、目論見通りに左手首に装着が可能となっている。その分盾の面積は小さくなってるが、そこは仕方が無いだろう。

 表面を触ってみたが、ごわごわした盾の面はなかなかに強度がありそう。早速、出来立ての手甲を装着して、その左手に金剛剣を握ってみる。

 重さは感じるが、振り回せないって程では無い。




 気分を良くして、暫くは新装備に慣れるための型の動きを続けて行く。流れる汗が心地良い、ここ最近はチームの訓練も見ていたから、自分のは割とお座なりになってたけど。

 集中力が研ぎ澄まされて行くのを感じる、それをネムに中断されたのは残念至極。ってか、既に時刻はお昼に近いそうだ。気付かなかった、もうそんなに経っていたとは。

 そして突然下される、もう戻っても大丈夫との許可。


「えっ、マジか……もう安全って事だよな、アイギスの姿はどこにも無し?」

「どこにもないニャ、もう戻っても平気ニャ! ウチはご主人に報告に行くから、この先はハルキに付き合えないニャ。

 無事を祈るニャ、お互い強くなってまたいつか逢うニャ!!」

「そ、そうだな……世話になったな、ネム」


 こんなニャ~言葉を使う小娘相手でも、一応は感謝をすべきだろう。とにかくアイギスと言う台風は去った、戻ってチームと合流しようか。

 短い別れの言葉を交わし、ネムに帰還用のゲートを開けて貰って。シルベスタを収納にしまって、軽く猫娘に手を振った後に暗いゲートの中へ。

 そして懐かしい……って程でも無いけど、元の施設へと戻る俺。


 無事にジェームズとキャシーも付いて来れて、そこは俺の部屋の前の廊下だった。つまりは本当に元の場所だ、さて今から女子チームと合流しなきゃ。

 今の時間だと食堂かなと、ちょっと覗いてみたがチームの姿は無し。


 それなら訓練所か競技場のある4階かなと、俺はエスカレーターに飛び乗る。ネムの仕事を疑う訳じゃないが、自分が行方不明扱いになってるとも限らないので。

 多少そわそわしながらも、目的の階に辿り着いてみると。何やら廊下が騒がしい、結構な人数がそこに集合して騒いでいるようだ。

 ちょっと見、知らない生徒も混じっている。


 つまりは、また新しいパーティがこの施設に辿り着いたのかな。それにしても、この喧騒は何だろう……なにやら女子同士が喚き合ってるような、そんな感じ。

 嫌な予感がする、ひょっとして玖子か静香が元凶じゃ無いだろうな?





 ――果たしてその予感は、ピタリと当たっていたのだった。






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