第58話 スライム迷宮



 いや、ビビった……まさか俺たち探索者が普通に使ってたスキルの正体が、過去に存在した探索者の戦闘やら探索技術やらのコピーだったとは。その技術の持ち主の大半の人物は、もちろん今は亡くなっているのだろう。

 それを死体から抜き取って、コピーして流用したのがあの各種スキルだとの説明を受けて。正直な話、落ち着いてはいられない感じはするモノの。

 だからと言って、今更全てを放棄など出来る筈も無く。


 今のところは、探索において生命線以外の何物でも無い訳で。それに頼らざるを得ない状況、それは俺だけでなく他の探索者たち全員に言える事だろう。

 ……いや、待て。スキルと言うのは技術である、何も死者から抜き取っている訳でも無いのか? 空間のコピーも、別に誰もいない死んだ空間に限られた訳じゃ無いんだし。

 そう思ったら、多少気が楽になって来たな。


 そうだな、余り深く考えないようにすべき事案なのかも。スキルも便利な道具として使う、先人に感謝しつつ。それで良いと割り切ろう、深く考えても仕方が無い。

 ここに来て新たな事実が幾つも出て来て、多少混乱が心中に渦巻いているのだけど。今からするのは、単純に浅層エリアの探索らしい。

 ってか、モンスターの巣くうエリアにガチ込みである。


「この前カクニンしたら、大ボスも湧いてる雰囲気だったニャ。ただしウチの仲間の中に、マホーが得意なヤツがいなかったニャ!

 《光魔法》を取得したウチとハルキなら、きっと楽勝ニャ!!」

「そ、そうか……まだちょっと混乱してるけど、このエリアは魔法が有効な敵が多いんだな? 雑魚で二刀流の練習しようと思ってたけど、まぁそれは我慢しようか」

「雑魚はきっと、エリアにいっぱい増えているニャ。刀で斬れるヤツも、きっと何匹かはいると思うニャ!」


 そうなのか、敵がいっぱい増えているエリアのようだ。そう言うエリアを弟子達のために、幾つも抱えているテンペストと言う管理者は凄いな。

 ネムの言葉によると、そんな弟子たちの中で《光魔法》を所有した彼女は、一歩リードしたエリート的存在らしい。いや使いこなせないと、宝の持ち腐れだと思うんだが。

 これも何かの縁だし、指導位は幾らでもしてやるつもりだけど。


 ジェームズもシルベスタも一緒なので、敵がある程度多くても対処は可能な筈。キャシーは戦闘では余り目立てていないが、それは体型的に仕方が無い。

 ついでに、ジェームズの覚えた闇系の大魔法の威力も確認しておきたいな。それについては、俺の《氷魔法》の新呪文も同じ。……これも、先人が苦労して編み出した必殺技なのかな?

 うん、考えないようにと思った途端にこれだ。


 ちなみに、俺たちは既にネムの案内で、エリア侵入を果たしている。白い部屋を幾つか通り過ぎた突き当りに、ネコ娘が器用にゲートを開いてくれて。

 そして入ったエリアは、じめっとした薄暗いダンジョンタイプ。いきなりの闖入者に、その場にいた雑魚の群れが一気にたかって来る。

 それを全員で、取り敢えずはノシて行く作業。


 襲って来たのは、巨大なナメクジやゴキブリ、それから噂のスライム達だった。ゴキ以外はスピードは無いので、数に反して楽勝ムード。

 そして途中から、新人魔法使いネムの《光魔法》による実戦練習へと移行して。魔法なんて、ターゲットを指定すれば簡単に当たると、それはある意味真理なのだけど。

 一撃で倒そうと思ったら、コツみたいなものが必要なのだ。


 例えば野球はバットでボールを打つ競技だけど、ホームランを狙って打とうと思ったら大変である。そんな感じで、ある種のテクニックが必要となって来るのだ。

 前衛職と同じく、或いはそれ以上にシビアな包み込むような、狙い撃つような感覚。乱戦なら当てるだけで牽制になるけど、魔法を主力に考えるなら止めを刺す威力は絶対に欲しい。

 いや、まぁ俺も10日程度の経験でしか無いんだけどね。


 それでもここ数日で憶えた技術的な感覚は、確かに俺の中に存在する。それを頼りにネムに助言をしながら、足の遅い敵の駆逐をやってみたり。

 代わりに俺も、ネコ娘から新スキル《オーラ纏い》の効果的な使い方を教わった。レベル1で使えるスキルは3つで、どうも纏うオーラの色で効果が違って来るらしい。

 そう言う意味では、多様性のあるスキルなのかな?


 MP消費は当然として、まずは赤のオーラは攻撃力アップ。青は癒しと言うか、自己回復の効果があるっぽい。それから黄色が、敵の注意を使用者に惹きつける効果があるそうだ。

 それぞれ個性的で、確かに戦闘の流れによって使い勝手は良さそうな。ただし同時に使用は不可能らしく、練習によってその事実が判明した。

 まぁ、スロット枠3Pの軽いスキルだし、仕方ないか。


 その割には使用感は良さげなので、これも伸ばす候補に入れて良いかも。ネムの話では、ご主人の弟子仲間に限っては、このスキルを通常装備らしいんだけど。

 他の主力スキルは、それぞれに合ったものをご主人のテンペストが選んでくれるそうだ。この小娘に合ってたのが《格闘術》ってのも、何と言うか妙な感じに思えるけど。

 取り敢えずは、ネムも頑張って成長して欲しいと思う所存。




 その後の探索も割と順調で、手古摺てこずる敵は出現して来ない。このダンジョンは巨大ナメクジや大コウモリ、大ゴキブリに巨大ヒルがメインの敵で。

 一番多いのが、スライムと言う超初心者向け風味なエリアだったり。経験値の入りも割とショボいし、このまま深奥にまで到達しても大した敵は出て来なさそう。

 まぁ、戦闘訓練には丁度良いレベルなのかな?


 ここで一番強かったのは、巨大透明カエルだった。透明と言っても表面だけで、何故か内臓はくっきりハッキリ窺える。そして大きさは大型トラックのタイヤサイズ。

 さすがにネムは無理だろうけど、ジェームズ程度なら簡単に呑み込めてしまいそう。実際に一度丸呑みされて、大慌ての場面もあったけど。

 狭い場所での待ち伏せだったので、ジェームズを責める理由も無かったのだけど。いたくプライドを傷つけられた彼は、次の小部屋の敵にいきなり必殺技を放ったのだった。

 闇色の暴風に切り裂かれ、そこにいた敵の姿は確認さえ出来ずに没。


「うわっ、エグい威力だな……これがジェームズの新しい魔法か。確かに宝珠って、凄い必殺技が込められてるみたいだな……」

「そうだニャ、羨ましいニャ! この分だと、ハルキの覚えた必殺技もきっと凄いニャ!」


 確かに希望は持てるな……ジェームズも結果に満足したのか、敵の落としたアイテムをちょこまかと拾っている。ここでもSPジュエルやCPカプセルが、たまにドロップするのだ。

 後でネムと分配するとして、まぁ実入りは悪くない感じ。ダンジョン自体も、そんなに入り組んではいないので迷う心配も無いし。

 そんな道端で、突然しゃがみ込む小さな臨時パートナー。


「どうした、ネム……ひょっとして、お腹でも痛くなったか? さっきお昼に、食い慣れないもの食べさせちゃったからな」

「お腹と違うニャ、スライムの子供を見付けたニャ! ……ウチの仲間内では、こっそり飼って育てるのが秘かなブームなんニャ」

「えっ、モンスターを育てるのか……?」


 それって異界では普通なのか、スライムとは言えモンスターだろうに。大きくなって育て切れずに放流とか、日本でも生態系破壊の大問題になってるぞ。

 いや、元々住んでる生物なんだから、特に問題にはならないのかな? 問題があるとすれば一点、モンスターが飼い主に懐くかどうかだろう。

 ただ前例があるとすれば、それも可能って事?


 ネムが熱心に眺めている子供スライムは、確かに可愛かった。ビー玉の様に小さくて、子供と言うより赤ん坊って感じがする。それがプルプル震えて、こちらから身を隠そうとしている。

 生憎と石で出来た壁際の隙間には、赤土が塗り込まれていて入れそうに無い。それでも必死に逃げようとする姿は、何とも愛らしくて確かに母性本能をくすぐる。

 なるほど、人気が出るのも分かる気がするな。


 ネムはなかなか立ち去ろうとせず、俺も釣られて暫くの間観察する破目に。飼育ケースになりそうな容器なら、俺の《空間収納(中) 》に幾らでもある。

 スライムって、普段は何を食べるんだろうな……俺の悪戯心が、再び首をもたげて来た。施設の廊下でハムを黒猫にあげた時のように、スキル《餌付け》をセットする。

 そして同じく、《時空Box(極小)》から生ハムを取り出して与えてみると。


 意外と簡単に食いついてくれた、しかしスライムの食事風景って初めて見たな。食べ物を体内に取り込んで溶かす、至ってシンプルながら見応えは充分だ。

 そしてスキルの効果も、ほどなく現れ始めて。俺の足元に這い寄って来た、ベビースライムの可愛らしい姿。試しに指で掬い取ってみるが、指先が解かされる気配は無さげ。

 良かった、これなら本当に飼えそうだ。


「無事にナツいたみたいだニャ……この子はハルキが、セキニンをもって育てるニャ!」

「《餌付け》ってスキル、凄い効果だよなぁ。……そう言えばこのスキル、施設で黒猫姿のお前にも使っちゃったけど平気なのかな?」


 俺の告白を聞いて、ほのぼのしていたネルの表情が途端に驚き顔に。口元に手を当てて、ワナワナと震え始めるその姿を目にして、俺はやっちゃったのかと冷や汗をかく破目に。

 そして次の瞬間、プッと噴き出す猫娘。


「ハルキはアンポンタンだニャ、知性の高い生物に《餌付け》のスキルは効果なんてないニャ!」

「なんだ、そうだったのか……お前位なら、効果が出そうかと思っちゃったよ」


 殴られた、思わず口が滑っただけなのに。意外と凶暴な娘だな、ちょっとした冗談にそんな目くじら立てなくても。俺は掌の子供スライムを護りながら、ネムの暴力から逃げ回る。

 暫くして気が済んだのか、唐突に始まった鬼ごっこは終わりを迎え。それから俺は、新しいペットの簡易住処をジェームズと一緒に作り始める。

 彼のお勧めは、何とシルベスタの鎧内らしい。


 そんな場所が果たして居心地良いのかとか、これまた常識が覆される思いだったけど。バカっと開いた鎧の胸の中、確かに布が綺麗に鳥の巣のように形作られていて。

 シルベスタも全く文句を言わないので、俺は予備の食器に子スライムを移して。そっとその中央に差し入れて、これでペットの住処問題は解決っぽい。

 お前たち仲良くするんだぞと、俺の言葉にそれぞれ頷く従者たち。


「スライムは環境によって、色んな成長の仕方をするニャ。ウチも飼ってるから、成長したらその内お互いの子を見せ合いっこするニャ!

 レアの種族に育ったら、みんなに自慢出来るニャ!!」

「それは楽しみだな、スライムには全く詳しくないけど。まぁ忘れず餌をあげてれば、勝手に育ってくれるんだろう?」


 ネムの話では、スライムの世話は超簡単で済むそうだ。それは助かった……俺がうっかり忘れても、最悪ジェームズが何とでもしてくれるだろうし。

 そして再び移動を開始する俺たち、雰囲気からして最奥は近い感じ。


 ネムの《気配察知》は、俺の装備についている《感知》より優秀らしい。もう少しでボス的な奴の間だと予告され、それは違わず真実になった。

 このダンジョンで一番大きな広間に、そいつは堂々と鎮座していた。っていうか、ここに来て巨大スライムがダンジョン主なんて出来過ぎな気もするけど。

 そんな事を一切気にせず、魔法を撃ち込み始める猫娘。


「先手必勝ニャ……ちょっと前までコイツと戦う方法が無かったけど、今日は魔法でボコボコにしてやるニャ!!」

「おいおい、ネム……相方がいる時は、ちょっと位は気を遣え。ってか、作戦を練る時間を取るなり、ちょっと位は頭を使え」


 戦闘突入で頭がハイ状態の猫娘は、ろくに返事もせずに巨大なゲル状のモンスターに少しずつ近付いて行っている。前衛が染み付いていて、適度な距離を取る思考が無い様子。

 こちらはシルベスタには待機を命じて、ジェームズと共に魔法を撃ち始める。敵は相変わらず、移動速度が遅いので何とでもなる感じ。

 一人突出しているネムは、さてどうするべき?


「ネム、前に出過ぎるな……そこにいたら、ジェームズの必殺技に巻き込まれるぞ。そもそも魔法使いは、積極的に前に出るモノじゃないからな!」

「ハルキはうるさいニャ、戦いってのは最後に立ってた奴の勝利だニャ!!」


 駄目だコイツ、話にならないな……元々のイケイケの性格のせいで、前衛の動きが身体に染みつき過ぎている。それを急に方向転換は、確かに難しいだろうな。

 こちらがそれに合わせれば済む話だが、こんな巨体な敵相手に前に出るのも馬鹿らしい。何しろ相手は、6畳部屋を埋め尽くす感じの体積を誇るのだ。

 お陰で動きは、そんなに速くはないけど。


 魔法で与えてるダメージも、巨体ゆえにそれ程効果も無い様子。思ったより厄介な相手だが、近付かなければ危険は今のところ無いとみて良い。

 問題はネムだが、あの娘のレベル2に上げた《光魔法》では、威力も充分ではない感じ。なのに何故近付くかな、危なっかしくて見ていられないよ。

 ただし、こちらのレベル4の《光の矢》なら、奴を八つ裂きに出来そうだ。


 おっと、それより新たに伸ばした《氷魔法》のレベル3呪文を試してみよう。1つは《氷盾》と言う防御用の呪文だが、もう1つの《氷砕》は攻撃用っぽい。

 それから……《氷華》と言う呪文、これは何だ? MP消費がやけに大きい、これもどうやら攻撃用だな。ってか、これが例の宝珠で覚えた必殺技なのか!

 そうと分かれば、俄然やる気が出て来た。


 まずは巨大スライムを指定して《氷砕》を唱えると、途端にスライムの表層が固まって砕けて行った。その際のダメージで震え始めるゲル状の物体、結構なダメージが通った様子。

 その隙を逃さず、気勢を上げて傷口に《光弾》を撃ち込むネム。コイツは戦いっ振りは無謀な癖に、戦況を敏感に感じ取る勘だけは鋭いんだよな。

 そして巨体を誇る奴の震えが、益々大きくなって来た。


「もうちょっとだニャ、こんなデカブツなんて畳んでツブして、噛み砕いてやるニャ!!」

「覚えたばかりの大技行くぞ、ネム……巻き込まれないように、ちょっと離れてろ!!」


 俺の勢いに、今度は素直に距離を取ってくれる小娘。なるほど、こんな感じでコントロールしてやれば良いらしい。先行して、ジェームズの《闇の渦嵐》が巻き起こる。

 奴の巨体が、まるで洗濯機に放り込まれたシーツの様な有り様へと変化して行く。ちょっとした見モノだが、このまま手柄を取られたら俺の面目丸潰れである。

 さて、それでは新しい呪文の威力を確かめようか。


 《氷華》を唱えた途端、ごっそりと俺の中からMPが吸い取られて行った。MP消費の少ない呪文に較べて、発動がやや遅いのは致し方が無い。

 そして、周囲の空間に展開する魔方陣は、濃密な魔力をはらんでいた。


 その呪文の影響で、巨大スライムの体内に劇的な変化が。最初それは、小さな蕾の出現に過ぎなかった。透明なスライムの体内で、それはやけに目立っていたのは確かだけど。

 それが急に、花が咲くように育ち始め。


 内部から氷の華によって破壊された巨大スライムは、断末魔を上げる事も許されずその体積を縮めて行った。いや、元から奴には発声器官は無いんだけどね。

 それにしても凄いパフォーマンスと言うか、強力な魔法である。一撃で仕留めたのを確認して、ネムが飛び上がって喜んでいる。

 この部屋には他の敵の姿も無いし、これでクリアかな?





 ――大ボスのいた位置に出現した宝箱を見て、俺はニンマリと笑うのだった。









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