第55話 チビ黒猫の導き
いやしかし、今回の個人ダンジョンは特に個性的だったな……そんな感慨を浮かべつつ、俺は一息つくために自室へと廊下を歩いていた。
結局俺たちのチームは、午前中の団体戦の対戦は1回のみ。宗川兄妹チームは、闘技場を出て行った切り戻って来なかったのだ。ラグビー部相手に負けた事が、余程堪えたのかも知れないな。
何だかんだと、負けず嫌いな面々が揃ってるっぽいし。
その筆頭の宗川兄妹が黒星を
つまりは昨日と同じく、俺と静香は個人チケット消費へと赴いて。
おっと、その前に団体戦の結果を話しておかないとね。先鋒の俺の勝利の後、何とか次鋒の静香も勝ちを拾って。ダメージ軽減舞台だと、体格の差は結構なハンデだったんだけど。
何しろ剣の一撃を敵の身体に当てても、痛みが無いと怯んでもくれないのだ。ラグビー部の全体の戦法として、タックルから掴まれたらこちらは終わりなので。
相手が無手とは言え、割と相性が悪かったりして。
しかも向こうの次鋒は、恐らくは身体を硬くする系のスキルを持つ上島である。静香が剣で斬り付けても、痛みが無ければ突進を止める手助けにもならない。
それでも慌てないのは、静香の天賦の才の
そしてやって来る、恐ろしき部分破壊のダメージ。
よしんば、ダメージ軽減などがあるから自身の状況に気が回らないのだ。気が付けば相手を掴む腕力も、腕を上げる筋力すら失われていたラグビー部の次鋒。
そして一気にやって来る、対戦相手のHPの一気減衰。恐らくスキルが、時間によって切れたのだろう。その隙を見逃さず、一瞬にして勝負を決める静香も凄かった。
これで2連勝だが、ここから先が不味かった。
中堅と副将は、前回と同じく女子バレー部の宮島と持木だったのだけど。体格差を埋める事もかなわず、揃ってリングアウトで負けとなってしまった。
まぁ、割と粘れて戦闘の雰囲気は出せていたので、特訓の成果的なモノは出せていたと思う。ただ、俺や静香のような決め手を持ち合わせていないのが痛かったかな。
そして大将戦は、
体格差をものともせず、薙刀のリーチを武器に粘りを見せる玖子に対して。向こうの大将の浅井は、先ほどの戦闘の傷も癒えぬまま、持ち前の根性で何度もタックルで畳み掛ける。
炎を纏ったその突進は、傍目で見ても迫力がありまくり。それを延々と
結局は、試合制限時間が切れて引き分けと言う結果に。
少々勿体無かったけど、結果としては2勝+ボーナス分の2枚で、メダル4枚の獲得となった訳だ。その勢いのまま、俺と静香はお昼を挟んで別々の個人ダンジョンへと突入して。
今回も俺は、最大の5枚消費である。そう言えば、そろそろ特別チケットも使ってしまわないと。アレを無駄にする手は無い、ただメンバーの3人目が微妙に決まっていなかったり。経験を積ませたい後衛を、俺と静香の他に1人混ぜるのがベストなんだけど。
玖子が行くと言い張っているが、その提案は論外である。
前にも言ったが、奴はこのチームのリーダーだからな。何かあった時のリスクが高過ぎる、団体戦は途中棄権とか出来るからそのリスクは軽減可能だけど。
同郷チームとの対戦に限っては、ダメージ軽減の力場の恩恵も作用してくれるし。何にしろ、玖子には残りの面々の指揮を執ると言う重責があるのだ。
戦闘系の任務は、俺たちに一任して貰えればよい話。
そうして今回臨んだ個人ダンジョン、前述の通りに個性的と言うか何と言うか。侵入を果たしたエリアは、見渡す限りの砂の海と言うありさまで。
つまりは砂漠だ、当然出てくる敵は大サソリや砂トカゲと言った熱帯地方に特化した連中で。途中から蟻タイプの亜人が混ざって来たが、大きさも強さもそれ程では無かった。
良い経験値に変換され、ついでにアイテム類のドロップも良かった。
ただ、砂漠エリアは滞在しているだけで体力的に辛いモノが。ジェームズやシルベスタは平気な顔をしていたが、キャシーも俺と同様に大変そうだったな。
肝心な宝箱探索は、そんな環境に反して比較的楽ではあったけど。何しろ砂の山しかない場所なので、怪しいポイントは遠目でも一発で分かると言う。
つまりは砂の海に浮かぶ、電柱の列とか半分砂に埋まった電話ボックスとか。
世紀末の、砂に沈んだ街って設定でもあるのかと妙な想像を走らせたけど、実際にはビルや家屋の類いは砂の下には埋まっていなかった模様。たまたま
そしてその目印の下で、宝箱を回収するのに成功する事3回。無事にメダルやアイテムをゲット出来て、今回もまずまずの成果を出せた。
そして肝のダンジョン主戦、今回は巨大ワームがお出迎え。
いやはや、あんな大物と戦う破目になるとは……マジで大きかったな、大型トラック程度は確実にあったと思う。しかもそれは、砂から出ている容積での話だ。
接近戦などとても無理、下手に衝突でもすれば、それこそ大型トラックに撥ねられた衝撃をこの身で味わう事になりかねない。そんな訳で、前衛はシルベスタに一任する事に。
そして俺とジェームズで、離れた場所からひたすら魔法攻撃。
その作戦が功を奏して、十数分後には巨体を誇るワームも何とか沈んでくれて。いやはや接近戦は無かったものの、手に汗握る戦いには間違いなかった。
いや、たった1体で前衛を張ってくれたシルベスタの装甲はボロボロだったけどね。マジで呑み込まれずに済んで良かったよ、危ないシーンは実は何度かあったのだ。
とにかく、倒したワームからもメダル1枚+ドロップ品をゲット。
今回もマックスのメダル5枚には一歩届かず、4枚の獲得に留まったものの。1時間ちょっとで無事にエリア退出に辿り着けて、こちらには何の不満も無し。
エリアボスを倒したご褒美に、スキル7Pも貰えたし。レベルこそ上がらなかったけど、実入りは確実にゲット出来た次第である。
ドロップ品の類いは、今回も魔石や定番のジュエルやポーション等々。
静香の方も順調に終わったようで、こちらとしても良かったなと一安心の心境。ちなみに獲得したメダルは4枚、チケット4枚での入場だからフルコンプの計算になる。
優秀なのは果たして静香なのか、それともお付きのフーちゃんなのか。どちらでも良いが、新たに仲間となった召喚獣のクゥちゃんも、それなりに活躍してくれたらしい。
主に移動方面で、つまりこの召喚獣は騎乗可能との事。
羨ましいな……なるほど、そういう使い方の召喚獣も存在する訳だ。俺も欲しいが、《召喚魔法》のスキルをを上げるのは当分先になりそうな気配。
職業を召喚士に定めたのにね、悲しい話ではある。
などと考えつつ、風呂上がりの廊下を自室に向けて一人歩く俺。個人ダンジョンの疲労とダメージを、取り敢えずは大浴場で洗い流して。
皆に合流前に、着替えたりアイテムの整理とかを自室でしたかったんだけど。今回の大ボスのドロップは、大した事は無かったとはいえ考える時間は欲しかったのもある。
夢の中の自由時間まで待てば良い話だけど、女子チームに渡す品もあるしな。
獲得したスキル7Pの使い道は、夜でいいやと思いながら。ふと気付いたのは、廊下の端をこちらに歩いて来るちっちゃな黒猫の姿だった。
昨日の夜の猫かな、恐らくそう……ってか、向こうもこちらを確認した途端に、勢い良く駆け寄って来て。そしてその勢いのまま、その姿を人型へと変えて行った。
うわっ、ビックリ……猫耳獣人とか初めて見たよ!
「見つけたニャ、ヤバいヤツが来るニャ……おまえ、早く隠れないとヒドい目にあうニャ!」
「うおっ、喋った……さすが異世界だな、常識の通用しない事ばっかり起こるし」
目の前の猫耳獣人は小学生の高学年くらいの年齢で、可愛らしい女の子の容姿をしていた。黒髪金目で、ネコ耳も良く似合っている。そして噂に違わず、語尾にニャ付きと言うね。
ぴっちりとした異世界の服を着ているその猫耳娘は、何故か物凄く慌てている感じだった。何に慌てているんだろうね、ヤバい奴って言葉のヒントだけでは良く分からない。
何せここは、一歩外に出ればモンスターの徘徊する世界だからな。
「アイギスってやつが来るニャ、ご主人がヤバいことになる前にかくまえって言ってたニャ!」
「えっ、マジか……それは本当に不味いな、この施設内じゃ逃げ込める場所も無いし。殺される事は無いにしても、また変な因縁付けられるかも……」
「おまえはラッカン的に過ぎるニャ、向こうは怒りシントウだニャ! おまえに掛けられた呪いをルートにして、
おまえのせいだって、アイギスのやつがメチャ怒っているニャ!!」
橙の陣営って……ああっ、あの夢に出て来たオレンジ色の変な異種族の事か! ってか、あの出来事を俺のせいにされても困るんだけど……。
それでも間接的に、奴が掛けた呪いを解いて貰ったのも事実ではある。あの手のプライドの高そうな連中は、何に切れて激高するか分かったモノではない。
絡む必要が無ければ、それに越した事は無いんだけど。
急に現れた幼い猫耳娘は、俺の避難に協力してくれると提案して来る。それよりコイツのご主人って誰なんだとか、慌てている猫耳娘には答える余裕は無い感じ。
何かの魔法を使ったらしく、廊下の壁際に急に出現する空間の扉。うおっ、この猫耳娘凄いな……チビの癖に、意外と凄い力を保有しているのか?
そいつは俺の手を取って、その扉に素早く潜り込んで行く。
行く先も分からないし、実は少々怖かったモノの。アイギスと鉢合わせる可能性を考えれば、選択肢の幅は狭まって来るのも事実ではある。
俺は覚悟を決めて、小娘と共に異空間へと飛び込む。そこは果たして、白く清潔そうな部屋だった。幾つかの仕切りに細かく区切られてはいるが、奥行き的にはそこそこ広そうである。
居心地も悪くなさそうだ、何よりアイギスと言う危機から遠ざかった安心が大きい。
「ご主人から特別にコアを借りたニャ、この空間は一週間くらいもつから安心するニャ。……ふうっ、ナンとか一仕事終えてウチはまんぞくニャ!
おまえもクツロぐといいニャ♪」
「いやちょっと待て、仲間に言伝するのを忘れてた……そもそも現状、お互い名前すら知らないのな? あと、さっき話に出て来たコアって何だ?
ついでに、お前のご主人様についても教えて貰いたいんだが」
「コアも知らないとは、おまえはアンポンタンだニャ! ウチがユウシュウだから、ご主人も快く貸してくれたんニャ……。
アイギスがあの建物からいなくなるまで、ここで姿をくらますニャ!」
うむっ、確かに遥かに格上のアイギスに対して、こちらが取れる手段はトンズラ戦法しか無いだろう。それは良いとして、イマイチ会話の噛み合わない猫耳娘から最低限の事情は聞き出したい。
何しろ、身を隠している間は暇を持て余すだろうしな。取り敢えずは下手に出て、こちらから名乗ると向こうも簡単に話に乗って来た。
猫耳娘の名前は、どうやらネルと言うらしい。
猫は本当に寝てばっかりだからな、そんなイメージから取ったのだと勝手に解釈しつつ。そのネルのご主人は、どうも白の陣営の管理者の一人らしい。
立場的には、アイギスと敵対しているのだろうか。テンペストと言う名前に心当たりは全く無かったが、取り敢えずは感謝すべきなんだろうな。
それを伝える手段を、全く持ち合わせていないにしても。
コアについては、どうもこの手の空間を安定させる魔法アイテムみたいなモノらしかった。どこかで聞いた覚えがあったが、果たしてCP交換で貰えるものリストの中にあった気が。
馬鹿みたいに高かったけど、あれって個人で持っても活用可能なのか? この情報不足の異世界放逐については、本当に腹が立って仕方が無いのだが。
情報源と期待した猫耳娘、一仕事終えて昼寝する気満々の様子。
まぁこの空間の主に逆らっても、仕方が無いと諦める事にして。何とかこちらの事情を記した手紙を、後で仲間に届けて貰う約束だけは取り付けて。
白い部屋の隅っこに丸くなって、眠り始めるネルを横目で見ながら。今は大人しくしているしか無いなと、それでも今出来る事を脳内で検索する。
う~ん、それじゃあ収納内の整理でもするか。
それからついでに、スキル上げもしておこうか。何しろ色々と雑多な品を探索で入手して行った結果、《空間収納(中)》の収納スペースが手狭になって来ていたのだ。
スキルを上げる前に、念の為にと収納内のアイテムを全部外に出してみる。シルベスタを始めとして、モンスターの素材やら魔術師夢魔の所有物だった作業机やらが白い部屋に溢れ出して行く。
思ったより多いな、そして整理整頓は大事かも。
ちゃっかり一緒について来ていたジェームズは、夢魔の作業机に狂喜乱舞の様子。良く分からないけど、早速それに取り付いて何やら作業を始めてしまった。
それは放って置いて、俺はシルベスタを助手に素材の整頓を始める事に。カテゴリー別に分けておいて、必要なさそうな品は施設で売ってしまうべきか。
おっと、そう言えばガーゴイルの鉢植えの存在を忘れていたな。
驚いた事に、それは石の隙間から芽らしきモノをにょきっと出していた。植物では決してない、何やら硬質な角のような物体である。
育ち始めている事実に驚きながら、さてこの後はどうするべきなのか。普通なら水を与えたり日光を浴びせたりが必要なのだけど、収納空間に置いていても芽を出す強者振りなのだ。
このまま放置でも、普通に良い気がしないでもな雰囲気。
ちなみに《空間収納(中)》は4Pのスキルだったので、Lv2に上げるのも4スキルPで済んでいる。これで体感的に、2畳程度の空間が4畳にまで広がった模様。
ついでに2Pで均等ステ上げも行って、自己強化はこれでお仕舞い。
今回は、残念ながらスロット数は上昇せずの結果に。まぁそれは仕方が無い、また今度に期待しよう。それにしても雑多な素材には参った、今日の大ボスのドロップ品なんて特にそう。
ワーム肉なんて、どうやって処分しろって言うのだろう?
それでも巨大なモンスターが消えた後に、残っていたのだから持って帰らない訳には行かない。一緒に残っていた流鳴砂というアイテムは……う~ん、ガーゴイルの鉢に入れてしまえ。
肥料替わりだ、全然必要ないかもだけど。
作業をこなしながら、それとなくこの白い空間の奥行きを眺めてみるのだけど。繋がった先の部屋も真っ白で、何の面白味も無さそうなのが分かっただけ。
意外と広くて、もっと奥まであるみたいなのだけど。下手に探索して迷子になるのも馬鹿げているので自粛する事に。それより、果たしてこの異界への引き篭もりは、ちゃんと理に適っているのだろうか?
まぁ、
先ほど聞いた話では、白の陣営の兵士にも多大な犠牲が出たらしい。具体的には死傷者が2桁との事らしいのだが、それがアイギスの子飼いの兵士達だったようで。
その間接的な原因が俺だと知れたら、下手をしたら殺される可能性だってあるだろう。うん、俺だったら抹殺案件だ、この辺の事情は玖子への手紙にしっかり書いておくべきかな?
変に言い訳染みていて、弱みを晒すようで本当は嫌だけど。
余計な心配を掛けるよりは、素直に事情は説明しておくべきか。仲間にまでは、この案件での怒りの矛先は向かないとは思うけど。
用心を呼び掛けるべきだろうか、とは言え相手は遥かに実力が上の相手だし。積極的に関わらないようにする位しか、対処法は思い付かないのが悲しい所。
こちらもそれに抗える力が、欲しいモノだと切に願いつつ。
気付けば結構な時間が経過していて、ジェームズの工作もひと段落着いた模様である。作業机の上には、瓶に入った各種用途の知れない怪しい薬品類が幾つか。
途中からシルベスタも手を貸していたのだが、鉄製の手甲の癖になかなか器用に動いていて感心してしまった。それは良いとして、あの薬品の正体は一体何だろう?
ジェームズの作業は終わったので、作業机も回収オッケーらしいのだけど。
彼の創作能力とか、レシピの類いは一体どこから湧いて来るのだろうか? 問い質したいところだけど、如何せんジェームズは全く喋れないときているし。
そもそも《
ってか、これをレベルアップさせたらどうなるんだ?
その辺の検証も必要かも知れないな、スキルPが余る事は無いけど、いつか伸ばして確かめてみよう。ひょっとしたら、ジェームズやシルベスタの能力アップに繋がるかもだし。
それにしても、ちょっとのつもりがガッツリ働いてしまった。
朝からの戦闘の連続で、少々疲れが溜まっていたのだろう。団体戦に加えて、1時間以上の個人ダンジョン探索である。そのせいで、強烈な眠気が襲って来た。
俺は部屋の隅っこで丸まって呑気に寝ている、今は黒猫姿のネムの側に腰かけて欠伸を噛み殺す。俺の傍らには、ズンと
ジェームズも同じく、作業を終えて今は護衛モード。
見慣れない場所とは言え、恐らくここはこの猫耳娘の占有エリアだ。危険なモンスターの類いは、湧かないと信じたい。それでも護衛に立つこの2体に、俺は絶対の信頼を寄せつつ。
襲い来る眠気に抗いもせず、そっと瞼を閉じるのだった。
――いやもうね、自分じゃどう仕様も無い事だらけで辛いですよ。
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