第33話 学校エリア



 翌朝の目覚めは、ある意味最悪だった。深酒をしたつもりは無かったが、どうも俺は体質的にお酒を飲むのに向いていないのかも知れない。

 ふやけた思考で上体を起こして、しばらく周囲をぼーっと見つめる。俺の近くには焚火の炎と、やはりゴロ寝しているおっさん連中が数人。

 だらしなくも、みんな泥酔している模様だ。


「おはよう、皆轟君……昨日は彼らと一緒に、酒盛りとかしてたみたいだけど大丈夫? 何か品物を物々交換してた所までは覚えてるけど、途中で眠くなって先に寝ちゃった。

 結局はどうなったの、何か良いモノをゲット出来た?」

「あぁ、おはよう部長……どうだったかな、確かスキル書とかSPジュエルとか貰った筈。後は装備品だったかな、中古だけど良さそうな奴を交換して貰ったぞ。

 その代わり、食料品は半分くらいに減っちゃった」


 それは良いけどと、部長は今後の食料の心配はあまりしていない様子。まぁ、いざとなったら俺の《エナジー補給》もあるし、最悪飢え死にする事は無いだろう。

 それより中古で仕入れた、灰の陣営の普段使いの装備が凄い。腰帯は、ポーチやナイフを仕舞う機能もついているし、これだけで探索者の風貌に近付ける気が。

 今までは、本当に遭難者みたいな恰好だったし?


 フワフワした酒の残った思考で、昨日手に入れた交換品を部長と分け合う。SPジュエルとPカプセルは、部長と半分ずつの分配でいいかな。

 スキル書を《日常辞典》で見てみたけど、案の定分からない。そう言えば、もう1枚鑑定不明なスキル書を持っていたな……ここは《日常辞典》の、レベルを上げてみるべきか?

 そうしようか、一気に3レベルとしても2+4Pで済むからな。


 その結果、何とか目論見は成功……最初から持っていたスキル書は《空間収納(中)》で、4Pのスキルだったらしい。俺の持っている《時空Box(極小)》と、どう性能が違うんだ?

 これは確か、あの盗っ人集団から取り返した俺の鞄に入ってた奴だっけ。もう1枚、昨日の晩に交換で貰ったのは《耐性上昇》と言う3Pのスキル書みたいだ。

 よしよし、つぎ込んだSPが無駄にならずに済んで良かった。


「部長、2つのスキルの効果が分かったけど……どっちが欲しい?」

「ん~、《空間収納》は《時空魔法》と被るから、別にいらないかなぁ。《耐性上昇》も特にいらないなぁ、皆轟君が使うか持っとくかしとくでいいよ?

 ……ってか、その布の塊は何、皆轟君?」


 部長は物欲が無いなぁ……ってか、所有するスキル《時空魔法》に対する絶対的な信頼感があるのだろうか? 継ぎぎだらけのスキルで戦う俺とは、まるで対極だなぁ。

 もっとも俺の場合、そのスキル手段の多さで勝負な感じはあるけど。


 そして部長の指摘した、布の塊の正体なんだけど。案の定のジェームズが、俺の尻の下敷きになって暴れていた。スマン、全く気が付かなかったよ……。

 クマのぬいぐるみの外皮は、少し離れた場所にほったらかしにされていた。これに入る様に命令すると、何故か渋った感情を漂わせるジェームズ。

 気に入らないらしいが、これは人間の服のような物だ。


 俺がジェームズを着ぐるみに押し込んでいる間に、部長は朝ごはんの用意を始めていた。どことなく機嫌が良いのは、もう少しでスロット枠13に手が届きそうだかららしい。

 そうこうしている内に、向こう陣営も順次起き始めて来た。それに合わせて、少し離れた場所で見張りをしていた狩人風の男も、こちらに戻って来る。

 その男が、朝の挨拶と共に話し掛けて来た。


「よう、坊主……昨日はいい戦いっ振りだったな! それはそうと、そっちに薬品系の予備は無いか? 手元に少ないから、出来れば交換して欲しいんだが」

「薬品ならあるよ、俺の仲間が作るの得意だから……飲み薬系と塗り薬系、両方あるけどどうする? 部長、手持ちはどんだけある?」

「あれから結構作り置きしてるから、人に分けれるくらいはあるよ。どのくらい必要ですか……お代は結構ですよ、お分けします」


 部長は本当に欲が無いな、向こうの方が恐縮して代わりに渡せるものを差し出してくれたけど。俺は遠慮せず、欲しいモノを片っ端から貰って行く。

 それから新しいスキル《空間収納(中)》を、さっそく覚えて有効化。どれだけ入るか検証しようと思ってたけど、かなり広い空間収納力だと感覚的に理解出来た。

 《時空Box(極小)》よりも、十倍以上の収納力かも?


 これはかなり嬉しい高性能だが、向こうが交換に提示して来たものは鮮やかな織物や手触りの良いシーツのようなものばかり。

 どうやら向こうの集落の特産品のようで、他の仲の良い陣営との交易に使っているらしい。取り敢えずは貰っておくが、俺としてはその後の情報の方が嬉しかった。

 つまりは、彼らが交易にと集合するエリア情報である。


「いいか、坊主……この辺のエリアの繋がりは、一見ランダムのようだが実はちゃんとした法則があるんだ。それを見極めるのが、俺達案内人の仕事って訳だ。

 何も荷物持ちだけが仕事って訳じゃないのさ、こうやって他陣営の連中と交渉もするし、戦士たちを無事に目的地に案内もする。

 どっちが優秀とか、偉いって間柄じゃないんだよ」

「なるほど……それで、ゲートの見極め方ってどうやるの?」


 それを一言で説明するのは、どうも難しいらしい。ゲートの奥の雰囲気を盗み見る様な感覚らしいのだが、そう聞いても全くピンと来ない。

 或いは灰の陣営の、特定人物の持つ特殊スキルなのかも知れないな。それとも、感覚を磨いて行けば、誰でも覚えられる類いの能力なのかも。

 いやほんと、分からないし適当な事言ってるけど。


 色々と話し込んでいたら、ニルムやガウト親方も起きて来た。あっちは俺より深酒していたし、起き抜けからかなり辛そうな顔付きを晒しているな。

 両者とも挨拶も早々に、用を足しに草むらへと消えて行き。その頃になると、部長も朝ごはんの支度が出来たと言って来た。どうやらパックのご飯を朝粥あさがゆにしてくれたみたい。

 灰の陣営の分も作ったそうで、皆でどうかと誘っている。


 それを有り難く受ける、昨日酒を飲まなかった見張り組の面々。胡椒が効いてて旨いな、部長の料理の腕は、ひょっとして細木より上かも知れない。

 相手側の評判も良い様子、これも食べた事の無い異国の味らしい。それでも挑戦する漢気は素晴らしいな、それに釣られて深酒でダメージを喰らってる連中も箸をつけ始め。

 残った粥は、あっという間に無くなってしまった。


 残念、お替わりをしたかったのに……まぁいいか、昨日の夜からの取り引きを含め、それなり以上の収穫はあったし。それから他陣営と言えども、決して仲が悪いばかりでは無い事も理解出来た。

 仲良くキャンプ地の片付けと出発の準備を進めながら、ついでに集会所まで一緒に行くかと意外なお誘い。ちょっと楽しそうだが、それは丁重にお断りして。

 色んな陣営の者と顔を合わすって、トラブルを招きかねないもんな。


「確かに争いになる場合もあるな、一応厄介事は禁止って不文律はあるんだが。そもそもお前さん方“白の陣営”は、新参者だから下に見られがちだからなぁ。

 絡まれる事態は必至かもな、下手な面倒は避けるが吉かも知れん」

「また会った時の為に、色々遺跡を回って旨いモノ仕入れておくよ。そっちもチェストとか見付けたら、俺たち用に取っておいてくれ。

 まぁ、ゲート前まではご一緒させ貰うよ」


 そんな感じで話はまとまり、途中までは話をしながらの緩い道のり。これだけ大人数での探索は久し振りだな、しかもモンスターが出て来ても彼らが一方的に駆除してくれる。

 その戦闘力を間近で見させて貰ったけど、何と言うかえげつないの一言だった。とにかく急所しか狙わない、道具を刃こぼれとかさせる奴は、半人前なのだそうで。

 いかにして最短で敵をほふれるか、動きがそれに集約されてる感じ。


 勉強になるな、派手な動きの戦闘の方が、一見格好よく見えるけど。獲物を狩ると言う行為は、派手な動きを削ぎ落したその先にあるんだなぁ。

 無駄に動けばその分体力を消耗するし、連戦になった時に一気に不利になる。本当に勉強になるな、今回一番の収穫かも知れない。

 もっとも、その狩り集団の親方はさっきから愚痴モードだけど。


「いいか、神様は愛でるものなんだよ……あの神官連中みたいに、金儲けに利用するために崇拝するモンじゃねえんだ! 全く、連中と来たら虎の威を借る狐の如く、神の名をかたって威張り散らしやがって!!

 面倒事を押し付けてくるのは、常にああいう中間&神官職だよ!」

「……まだ酔ってるのか、おっちゃん?」

「スマンな、いつもの発作みたいなものだ……親方は上から権限で、威張り腐って命令する神官連中が大嫌いなのさ。

 この探索のアガリも、大半が連中の懐に消えて行くしな……」


 そうなのか、お互い上司には苦労しているな……こっちなんて、お茶目な我儘の代償に、呪い3点セットを押し付けられたもんなぁ。

 或いは灰の陣営の中間職の連中も、その程度の力を有していて、それ故に我儘放題なのかも知れない。走り回って汗を掻くのは、いつも俺たち下っ端の仕事だ。

 愚痴でも言ってないと、本当にやってられないよな。


 俺がすかさず同意を示すと、ガウト親方もその境遇に染み入った様子。お互い頑張ろうなと、いざと言う時の証明証替わりになる木札を渡してくれた。

 向こうの陣営では、御守りとしても有効な有り難い木札であるらしい。灰狼神の霊験もあらたかで、他陣営の連中に手渡すなど滅多にない事のよう。

 それを聞いて、俺も思わずジーンと感動。


「おっちゃんたち、絶対にまた会おうな! 俺と部長の事、忘れないでくれよ! 今度会った時は、一晩と言わずに飲み明かそうぜ!」

「ああ、また会おう……達者でな! 灰狼神の導きが、お前たちにありますように」

「ハルキ、これは俺からの貸しだ……戦士の頭は一番狙われやすい、これで守っておけ」


 次のエリアへのゲートを呆気なく見つけて、これでお別れで盛り上がっている最中に。最後に近付いてそう言ったのは、連中の中で一番若い戦士のニルムだった。

 何だかんだで、一番年が近くて仲良くなった印象はあったけど。ニルム自ら俺に被せてくれたのは、彼の愛用らしい簡素な革帽子だった。

 帽子と言っても、頭のガード機能は結構ありそうだ。


 しかも帽子の背後の紋様のようなマークは、魔力が込められているっぽい。《日常辞典》で調べたら、どうも《感知》系のスキルのようだ。

 これは大事なモノだろうと、俺が素に戻って遠慮すると。今度会う時まで貸すだけだと、どうやら彼なりの誓いの儀式みたいなモノらしい。

 本当にいい奴らだなぁ、俺も何かお返ししたいけど。


 それは今度会えた時で良いと言われ、改めて絶対に再会するぞとの約束を交わして。何かこの異世界に来て、初めて別れが辛いと思っちゃってるな。

 パーティを首になったり、奴隷のように扱われたり、こっちに来てからの集団行動には良い思い出が無かったからな。ようやく最近、少人数になって好き勝手振る舞えるようになった感じ。

 案外俺は、そっちの方が向いてるのかも?




 感涙……とまでは行かないが、灰の陣営の連中との別れも済ませて。お互い再会を誓い合いつつ、別々のゲートへと飛び込んで行って。

 そんな感じで、現在俺たちのいる次の進出エリアなのだけれど。遺跡エリア⇒現代建築エリアへと推移していったようで、今は何と学校の校舎内にいる。

 どこの学校かは不明だが、懐かしいと言うより不気味な感じしか受けない。


 中学校か高校か、まぁ小学校では無いみたいだな……長い廊下がいきなり続いていて、左手には無数の教室の扉が窺える。

 奥の方には、階段があるようだな。今回は立体的なダンジョンなんだろうか、今までとは少しだけ趣が違って来ている。そしてモンスターも、結構な数が配置されている様子。

 気配は主に、教室の方向から漂って来ているようだ。


 例えばすぐそこの教室の中とか、何かが歩き回っている音が聞こえて来ている。さて、敵のレベルが高いようだと、こちらも余ったSPで強化するべきなんだけど。

 どうするべきかな、今までと勝手が違うみたいだし、少しだけ均等上げしておこうか? ポイントも余っているし、戦闘になって慌てるのもアレだし。

 それじゃあ2~3回、ステータスを上昇しておこうか。



 皆轟春樹:Lv13   HP:82(82)   MP:118(118)

===============-------------

物理攻撃:142(88)    物理防御:130(83)

魔法攻撃:108(72)    魔法防御:108(61)


スキル【16】《平常心Lv2》《観察Lv2》《日常辞典Lv3》《投擲Lv2》《硬化Lv2》《罠造Lv3》《光魔法Lv3》

予備スキル:《餌付け》《追跡》《時空Box(極小)Lv3》《エナジー補給》《購運》《糸紡ぎ》《潜行》《高利貸Lv2》《剛力Lv2》《借技》《剣術》《夢幻泡影Lv2》《人形使役》《空間収納(中)》

獲得CP【1862】   獲得SP【26/3】 


『称号』:《安寧》《天真爛漫》

状態異常:呪い《衰弱》《悪夢》《陽嫌》

装備:銀の槍、手作りフレイル、工具の盾、蜘蛛糸のマフラー《空気浄化》、木綿のポーチ《収納倍加》、蜘蛛糸の作業着、髑髏の指輪、古びた腰帯、ニルムの革帽子《感知》

持ち物:ポーション×4、マナポ×3、毒消し薬、薬草軟膏×4、架空スマホ、コイン袋×2、灰狼神の木札



 取り敢えず2回の均等上げと、それから《高利貸》をレベル2へと上げてみた。残念ながらスロット枠はあがらなかったけど、結構な強化にはなったと思う。

 スキルのレベルも同じく、最初から持っていたスキルは、全部レベルを上げて行こうと思っている。あと残っているのは、《借技》と《エナジー補給》と《追跡》くらいか……。

 《追跡》は一度も使ってないな、それから《餌付け》ってのも同じく。


 まぁ、ここらはスキルPが1とか2の奴なので、上げるにしてもそれ程の浪費でも無いと思う。今後の活躍は不明だけど、せっかく持ってるスキルだし上げておくのも悪くない。

 それより、俺の装備がまた少し変わって来ている。夢の世界から『髑髏の指輪』を、灰の陣営から腰帯と革帽子を貰って装備しているのだが。

 迷彩模様の作業着とはアンマッチだが、探索者の風格が多少は出て来たかも?


「懐かしの学校の校舎みたいだけど、敵は普通にいるみたいだね、皆轟君。さて、教室の中にいる奴は無視して進む?

 それとも、手始めにやっつける?」

「手始めに、ちょっと戦いを吹っかけてみよう……何だあれ、木の人形みたいな奴らだな。槍で突くのは不向きだし、おっちゃんに貰った斧で行くかな?」


 部長は教室をうろついてる木の人形を、パペットじゃないかと口にした。改めて《日常辞典》で調べてみても、似たような名前の表示だったので。

 パペットの群れに斧装備で突っ込んで行って、その強さを肌で感じてみたのだが。見掛けと同じく、ひょろっとした体躯で繰り出す攻撃は全く強くない。

 一応は棒っ切れを持ってるけど、その技は稚拙で振り回すだけ。


 完全に経験値稼ぎの相手だが、数がそれなりに多いので駆逐は大変だ。急所も良く分からないし、完全に壊したと思った奴が立ち上がろうともがいてたりしてるし。

 貰った斧は1つしか無いので、部長は盾を構えてひたすら突進して戻るを繰り返してる。転がった敵は更に蹴っ飛ばして、とことん戦場に復帰させないように。

 なかなかに足癖が悪いな、部長も段々と戦闘慣れして来てる。


 こちらも慣れない斧を振るうけど、その感触は悪くない。リーチは短くなるけど、踏み込んでの打撃は基本変わりようが無いのだ。

 それよりも、称号の《天真爛漫》での身体能力の変化がヤバい。これに早急に慣れて行かないとな、そんな訳で積極的に身体を動かしている次第である。

 何というか、解放された感が素晴らしい。


 戦闘でのプレッシャーより、思う以上に身体が動くのが楽しくて仕方が無い。敵のパペット集団には悪いが、リハビリには丁度良い敵だな。

 取り敢えずこの教室の敵は全て殲滅、雑魚だけにアイテムは回収ならず。


「……教室にたむろっているとか、生徒の代わりなのかな、このパペット達って。全部の教室にいるとしたら、ちょっと厄介じゃないかな、皆轟君?」

「まぁ、適当に間引きしながら進んで行こうか……アイテムも落とさないみたいだし、半分はスルーでいいと思うよ、部長」


 そんな話し合いで、昼飯休憩までこのエリアを探索して行く俺たち。教室の中は一応は確認して行くけど、半分は無人のスペースだったりする。

 それも何だか物悲しいけど、敵が密集しているよりマシか。俺と部長は、言葉通りに適当にパペットの群れを間引きながら学校エリアを進んで行く。

 敵は今の所パペットのみ、意外と単調なエリアだな。





 ――そんな規則性が崩れたのは、それから間もなくだった。





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