第32話 探索も4日目で頑張る人々



 死霊使いとして駆け出しの山之内やまのうち宏司ひろしは、異世界ダンジョン4日目にして大勢力を築きつつあった。何と言うか、スキル使いの上手さが功を奏した感は素晴らしい。

 最初は、ゴブリンの死体3つからのスタートでしかなかった。この死体を探し出すのには苦労したが、そこからの成り上がりは本当に称賛に値するもので。

 一応どころか、かなり順調な戦力補強を続けて行って。


 本当は《破壊王》のスキルで成り上がる計画の山之内だったけど、このスキルは13と非常に重い。それで仕方なく使い始めた、《死霊術師》と《死活術》の2つの予備的なスキル。

 これらの運用が、彼は非常に長けていたっぽい。


 《死霊術師》のスキルだが、最初に使役出来る上限の死霊の数は5体のみだった。多いように感じられるかもだが、ゾンビと言うのは大抵は生きていた頃より動きが鈍くて弱い。

 パワーに関しては脳のリミッターの関係か、多少は上がっている気もするけど。その分脆さも際立ってしまって、五体満足の手駒が揃った事は無いと言う。

 そんなゾンビ集団を操っての、ダンジョン探索の日々の中。


 山之内は器用にも、その手駒を徐々に増やして行った。まずは最大の5体、その軍団を《死活術》で強化して、出遭った敵を殲滅して行く。

 このコンボで、まずはレベルアップを繰り返して行き。貯まったSPで、最初は当然の如くに、自身の強化へと振り分けていたのだけれど。

 途中で行き詰まりを感じて、スキルのレベル上げへと進路変更。


 そこからの死霊王国の発展は、まさに劇的だった。《死霊術師Lv2》になったお陰で、操れるゾンビの上限数は5⇒10へと大幅に躍進して。

 《死活術Lv2》に至っては、死霊のパワーアップに加えて、余分に増えたゾンビを自身の経験値へと変換する能力が備わっていたのだ。

 お陰でSPも、あまり不足する事無く運用可能に。


 元々《死霊術師》は、ゾンビ1体の維持にも結構なMPを消費する。貯まったSPの使い道は、そんな訳でMPの一点上げに大半が消費されてしまっているけど。

 山之内自身は、今の今までゾンビに守られていたお陰で、戦闘では全く怖い思いをした事が無かった。本人はこの戦闘スタイルで、《破壊王》解放までは進めて行くつもり。

 何と言っても、10体のゾンビ軍団は相当に強いし。


 最初はゴブリンばかりのゾンビ軍団も、4日目の現在ではグンと多様性が増えていた。まさかゴーストまで使役出来るとは思っていなかった山之内だったが、出来てしまった事に文句を言うつもりもない。

 同じく襲って来たゾンビの軍団も、彼の《死霊術Lv2》の前では、呆気無く軍門に下る有り様である。アイテムも同様に、ソロの強みで山之内の独占となっている。

 必然的に、生き残ればその分、成長もダントツに早くなっていて。


 今では《死霊術Lv3》で、従えるゾンビの数は全部で15体となっている。内訳は、人型ゾンビ6体にゴースト3体。ゾンビ犬が3体に、サル型のゾンビが2体。

 それから超大物の、オーガのゾンビが1体となっている。


 オーガのゾンビは、拾い物で超ラッキーだったとしか言いようがない。死体の損傷は激しかったけれど、同じくレベル3へと上げた《死活術》で、ゾンビの修繕は可能となっている。

 本当に便利なスキルのお陰で、3メートルを超す体格の戦士をゲット出来てしまった訳だ。これを仲間に引き入れてから、探索が更にはかどる様になって。

 今では、どんな敵が来ようと軽くあしらえる戦力に。


「問題は、やはり遠距離攻撃と魔法に対する防御かな……?」


 最近は独り言の多くなった山之内だが、もちろんその問いに答えるゾンビは皆無。ゾンビに答えられてもアレだが、相談する者どころか話す相手もこの数日は存在しないこの状況。

 かなり精神に来るモノはあるが、望んで得た死霊の護衛を手放すなど彼の選択肢には無い。それは野垂れ死にを意味しており、今までの苦労も水泡と化す愚策である。

 彼にとっては、学校生活より余程確たる目標が存在する現在である。


「もう少しだ……もう少しでスロット枠が13に届く……」


 再びの独り言……当然ながら死者の軍団は、それには全く反応しなかった。









 宗川むなかわ敏郎としろうは、周囲が思っているほどに不良では無かった。ただ少し家庭環境が複雑で、そのせいで中学時代から家に居付かず夜の街を彷徨っていただけだ。

 それにはもちろん妹のかおるも一緒で、夜の街では喧嘩の強い宗川兄妹の名前は有名だった。いつしか行動を共にする仲間も増えて、今に至ると言う。

 まさか異世界でまで、パーティを組むとは何たる縁か。


「兄ちゃん、沙也加さやかが疲れて来てる……どっかで休むか、歩くペース落として」

「そうか、悪い……少しペースを落として、それから休める場所を探そう」


 その裁量に、もちろん仲間からの文句も無い。むしろ心配する視線が、後方を歩く女生徒へと向けられている。合計6名のこの集団、チームワークはとても良さそう。

 そして皆から心配されている、紅一点……もとい、唯一戦闘能力に欠けるその人物だけど。宗川兄妹の幼馴染で、特に薫とは一番の親友である。

 そんな理由で、このチームと行動を共にしている沙也加だった。


 兄の敏郎を慕って出来上がったこのチーム、もちろん妹の薫と、その親友の沙也加との面識も充分にある。同学年で仲も良いし、喧嘩も強い集団だ。

 現にここまでの道中、当然ながらこの集団は無敗を誇っている。敏郎を始め、男子生徒の面々は、皆が戦闘系のスキルを所有していて。

 危なげない戦術を、交代で披露している次第である。


 そう、この集団はある意味個人の武を尊重している感が強い。モンスターを発見しても、戦う順番を決めて戦闘に当たっているようだ。

 ただし、集団と戦うのが得意な者とか、人型と戦う戦法に長けている者とか、所有するスキルによって得手不得手が存在するようで。

 その時々によって、戦うメンバーが変わる場合も結構ある。


 リーダー格の敏郎は、どうやらかなり対人型モンスターに特化しているようだ。妹の薫も似たような物で、ゴブリンやガーゴイル相手には容赦のない奮闘振りを見せている。

 その破壊力を見るに、実質この集団のトップ戦力はこの2人に間違いは無いみたい。それでも大ネズミやゴキなどの集団戦に長ける人員も、一応は備えているようで。

 なかなかに、バランスの取れたパーティではある。


 唯一、ゾンビやゴースト系に弱い一面があったのだが、これも仲間の1人がセットを弄る事であっさりと解決した。甘利あまりと言う名のゴツイ男子生徒で、《波動術》と言う4Pのスキルを使用したところ。

 死霊に対する効果はずば抜けていて、4日目にして彼は死霊対策人員に仲間から抜擢される始末。体格の良さの割に寡黙な彼は、甘んじてその役割を受け入れ。

 まさにパーティの、縁の下の力持ち的な存在である。


 その裏方的な存在は実はもう1人いて、それが倉沢くらさわ沙也加さやかだった。このヤンキー感漂う戦闘集団には、不釣り合いな華奢なメガネっ娘である。

 雰囲気的には、完全に野生の狼の集団に紛れ込んだ、子ウサギか小鹿がピッタリと当て嵌まる。それでも本人には、怯えた表情は全く見当たらない。

 薫と共に、和気藹々と言った感じで集団の中央を歩いている。


「今日は朝から歩きっ放しだったしな、沙也加の靴もスニーカーだったら良かったのにな」

「そうだね、失敗したなぁ……まさかこんな場所に連れて来られて、歩き回らされるとか思ってなかったよ! あっ、でも敏郎君や薫ちゃんや、他の人がいるから怖くは無いよ?

 ……足手纏いにはなってないよね、私?」

「沙也加がいなかったら、寝る時や食事が悲惨になっちゃうよ! 戦闘とか荒事は、兄ちゃんたちに任せとけばいいんだよ。

 可愛い沙也加の為なら、みんな死ぬ気で頑張るんだからさ!」


 そんな可愛くなんて無いよと、本人は謙遜の弁を漏らしているけど。周囲で聞き耳を立てていた野郎どもの大半は、心の中で揃って死ぬ気で頑張ろうと思っていたり。

 先頭を歩く敏郎が、振り返ってこの位のペースで良いかと尋ねて来る。幼馴染だけあって、彼らの中では信頼関係や結束力が、改めて問われる事も特に無い。

 宗川兄妹のパーティは、こんな感じで4日目も増々安泰だった。









 その集団でも、格差は簡単に見て取れた。春樹はるきのいた前パーティのように、前衛で命を懸けて働く者と、一方的に搾取する者……。

 その不平不満は確かに存在していたが、どういう力関係が働いているのか、不満の矛先は楽をしている連中に刺さる事は無いようだった。

 そしてその歪さは、4日目で既に完全に形を成していて。


 ちょっとやそっとでは揺るぎそうもない、上下関係を形成に至っていた。それを総べるのは、常に横柄な態度で、明らかにリーダー気取りの1人の女生徒だった。

 茶髪でギャル風のその女生徒は、粕谷そねや凛香りんかと言う名前だった。同じギャル集団の取り巻きが2人、それから護衛のように左右に屈強な男子生徒と一般男性の姿が。

 それから前衛に、同じ高校の生徒が数名。


 この集団は、男子が2人と女子2人の合計4名で形成されていた。揃って浮かない顔なのは、この現状が半ば強制で出来上がっているからだろう。

 何しろ粕谷凛香は、元の学園生活でも虐めっ子で名を知られる存在。虐められっ子側の女生徒2人は、何故かきっちりとこの集団に取り込まれていて。

 向こうの生活と、さほど変わらない待遇に甘んじていた。


足立あだち石貫いしぬき、さっさと進みな……! ちゃんと休める場所探さないと、キツイお仕置きが待ってるからね! 後ろの連中も、守ってやってるんだから恩に着な!

 さっきから泣きごと抜かしてる奴、嫌なら勝手に抜けな!!」

「凛香、めっちゃ女王様じゃん……本当はスキル《女王様》とか持ってんじゃないの!? 隠してないで、教えなよ!?」

「それより凛香、こんだけ人数が多いとさ……経験値の旨味が、全く感じられないんだけど。どうにかして人数減らすか、戦闘員だけでも強化しないとこの先不味いかもよ?」


 凛香の友達ギャル2人が、そんな事を言いながら彼女の判断を仰いでくる。最初に女王発言をしたギャルは、駒井こまいと言ってただのお調子者に過ぎない。

 長いものには巻かれろなタイプで、スキルも《寄生》や《役者》など変てこな奴を揃えている。一応は戦うスキルも少しだけあるが、戦うつもりは一切無い。

 楽してこの苦境を乗り切る、それに心血を注いでいる感じ。


 対する人切り発言をした末次すえつぐは、どちらかと言えば武闘派女子である。虐め女子の中でも、簡単に暴力を振るうキレやすい性格の女生徒である。

 この異世界で戦闘やレベルアップがあると知って、俄然張り切り始めたのは良いけれど。前衛を無理やり務めさせられる、同級生への当たりは当然強くなる。

 そして後ろに続く、寄生者への当たりも同じく。


「人数は必要だよ、この先何があるかも分かんないんだし! 女王でも何でもいいでしょ……とにかく安全に、この変な空間から出口まで辿り着かないと!!

 あんた達も油断してないで、周囲の警戒位はしてなさいよ!?」

「はいはい、女王様……仰せのままに」


 相変わらず軽口を叩く駒井と、鼻息を荒くして前衛へと向かって行く末次。その前衛では、気弱そうな女子生徒2人と、どこか生気の無い男子生徒2人が先行偵察していた。

 そこに入り込み、いきなり威張り散らし始める末次。


 虐められっ娘の2人は、名前を足立と石貫と言った。どちらも部活動は無所属で、学校生活での立場は元々弱かったのだが。

 それはこの異世界に来ても、少しも変わる事が無く。無理やりにこの集団にスカウトされて、一番危険な先行偵察を言い渡されてる身分となっていた。

 そして、この4日の探索で随分と疲弊ひへいもしていて。


 何より怖いのは、同じく先行隊にいる男子学生の異変である。中衛の護衛役もそうなのだが、生気を抜かれたような操り人形に見えて仕方が無いのだ。

 それが可能だとしたら、恐らくリーダーを気取っている粕谷凛香の仕業だろう。一体どんなスキルなのかと、2人の女生徒は血の凍る思い。

 精神操作は、人間の尊厳を失うようで絶対に勘弁願いたい。


 それなら完全服従の方がまだマシと、足立と石貫は考えて従っていた。戦闘は辛いけど、幸いにして戦えるスキルを2人とも取っていたので。

 何とかこの4日間、無難に生き延びて来れた次第である。特に石貫の方が、意外と戦闘力が高くて助かっている感じ。とは言え、彼女のメイン使用スキルは《同調》と《共鳴》と言って、他人の戦闘力に依存する訳なのだが。

 とにかく《同調》で、その戦場で一番強い者の力を借りる。味方だろうが敵だろうが関係ない、それが石貫の戦法である。そして《共鳴》で特殊技まで借りられてしまうと言う。

 なかなかに凶悪で、使い勝手の良いスキルと戦法である。


 一方の足立は、《刺突術》と言うスキルで闘いを頑張っていた。主に刺突剣で威力を発揮するスキルで、レベルを上げる事で既に必殺技も覚えている。

 大抵はそれでモンスターの群れを押し切る事が可能なので、それについては問題はない。問題なのは、この粕谷凛香が率いる集団について来てしまった事。

 ただ、あの異様な雰囲気の地下鉄ホームに留まるのも危険だったのも事実で。


 苦渋の決断と粕谷の圧力に屈して、この集団での奴隷扱いに甘んじているけど。襲い来るモンスターに勝てている内には、変な扱いは受けないだろうと言う計算もある。

 歪な相互依存だが、これはもう仕方が無い。彼女たちの望みは、安全に後腐れなくこの集団から離れたい、ただそれだけだった。

 何となく分かるのは、その願いは自力では到底無理だと言う事……。









 そこは確かに、この異世界の出発点の地下鉄ホームで間違いは無かった。異様に感じるのは、周囲に飛び散った赤黒い多大な染みのせいだろう……。

 そこは百名以上が居た頃に比べると、完全に様変わりしていた。今や、そこには生き物の気配は皆無である。全ての居残った人々が、物言わぬ骸と化していた。

 生き残った者は、完全にいない様子。


 いや、その死体の中を悠然と歩いている人影があった。学生服は着ていない、元は一般人の地下鉄利用者だったのだろうか。それなりに若く、カジュアルな服を着ている。

 その服も返り血に染まって、かなり悲惨な様相になっているけど。表情だけは上機嫌な、うっすらとした笑みを浮かべている。

 この男が、この惨劇の張本人なのは確定みたいだ。


「……称号って欄に『殺人鬼』と『同族殺し』が追加されたって、どういう意味だ? まぁいい、これらを《供物捧》で奉じれば、更に俺は強くなれる……」


 男はそう呟きながら、奇妙な儀式を続ける。濃い血の臭いにまみれたその儀式は、一体どの神に捧げているのか。その数は20にも及び、その男の手際と蛮行を際立たせた。

 やがて、周囲の影に変化が起き始めた。男がスキルを駆使しながら、色々と試しているのは確かだった。その成果が、地下鉄ホームに何らかの影響に及ぼして来たのだろう。

 男以外の気配が、不意に2つほど湧き出て来た。


 それは逞しい体躯の、鬼の形をしていた。肌は浅黒く、上半身は何もつけていない。ざんばら髪で、頭頂には雄々しい角が生えている。

 身体のサイズこそ違えど、2体の得体の知れない雰囲気は似通っている。ソイツ等は、のっそりと影から出て来ると、男の前で揃ってひざまずいた。

 それを見て、満足そうな表情を見せる男。


「これで《陰陽術》のスキルも確認出来たな……《供物捧》の効果も知れたし、殺傷力は間違い無く上がって行ってる……。

 後はこの異世界で、己の力を知らしめるのみ」





 ――昏い決意は、ただその不気味な空間を通り抜けて行った。







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