第31話 勝負の神髄



 心配顔でこちらを窺う部長を尻目に、俺は手頃な場所に槍の穂先で大きな円を描いていた。大きいと言っても、競技が長引いても仕方が無いので。

 本物の土俵よりは、やや小さくしてある。何しろ相手は、総じて俺より大柄な大人たちだ。長引いて不利なのは、火を見るよりも明らか。

 こちらは向こうに無いテクニックで、早期勝負に持ち込む算段。


「なるほど、この円の中で肉弾戦の勝負をする訳だ……円から出た時点で、負けが確定なんだな、小僧?」

「それだけじゃない、地面に膝や手を付いても負けだ。もちろん尻や背中を付けても駄目、円から力尽くで押し出したり、相手を転がしたり力や技量を競う競技だ。

 肘や膝での攻撃も駄目、ただし張り手だけは認められている」

「ふむっ、パワーと組んでからの技を競う訳だ……先陣は誰が行く?」


 俺が行くと進み出たのは、恐らく向こうで一番若い戦士だった。腰の剣帯を外しながら、やる気満々でこちらに近付いて来る。

 体格は向こうの方が上だな、年齢も二十歳くらいか……厳しいが、相撲のルールを知ってる俺の方にも、幾らか分はあると思ってる。

 ここばトーンと、華麗にぶん投げてやろうか。


 俺は円の中央に陣取って、用意した賞品をこれ見よがしに連中に披露する。俄然、意気が上がる向こう陣営だが、こちらはぬいぐるみを失っても特に損とは思わない。

 目の前の兄ちゃんは、ニルムと言う名前らしい。年上の連中に気合の入った声援を受けているが、その眼は真っすぐに俺しか見ていない様子。

 こちらも同じだ、敵を見据えて部長に掛け声をお願いする。


「え~っ、それじゃあ……見合って見合ってぇ、はっけよい……のこった!」


 一応、のこったで動き出すと伝えてあるので有利不利は無い筈。実際、立ち合いの瞬間にかなりの衝撃が全身に響いて来た。薄闇の中、俺の手は敵のズボンを掴む。

 しっかりとした手応え、一々裸になっていないので当然だけど。ニルムはそこまで気が回らず、ただ力任せに突進して来ている。

 それを有言実行で、華麗に払い腰気味に投げ飛ばす俺。


「いっ、今のは無しだ……狡いぞ、何か奇妙な技を使っただろう!!」

「相手の言い出した闘技だからな、それくらいは覚悟すべきだろう。次は俺だ……そこをどけ、ニルム」

「おっと、次のおっちゃんは強そうだな……」


 続いて出て来たのは、ぬいぐるみに興味津々だった中年髭面のおっちゃんだった。渋るニルムを土俵から追い出し、その中央でどっしりと腰を落として構えている。

 それをされると、体格に劣るこちらは参るのだけど。つまりこのおっちゃんも、ニルムに負けず劣らず体格は良い。むしろ横幅は、俺の二倍はあるかも知れない。

 これを投げ飛ばすのは、ちょっと骨が折れそうだな。


 それでも無情な部長の掛け声で、第二ラウンドの闘いの火蓋が切って落とされた。俺はおっちゃんの懐に、低空タックルで潜り込む作戦。

 上から潰されると思ったが、向こうは逆に持ち上げようとして来た。それもアリだが、こっちはハナからむこうの脚狙いである。

 向こうの背が伸びた瞬間、片足を掛けて体重を全部預けてやる。


 おっちゃんは粘りを見せたが、結局は俺の体重を支え切れず、背中からむしろ清々しくぶっ倒れてくれた。勝負ありの部長の声に、何故か感心した喚声が敵陣から上がる。

 明らかに体格で劣る俺が、まさか連勝するとは思っていなかったのだろう。感心しながら出て来たのは、どうやら敵の大将格らしい。

 残りの2人は、どうやら荷物持ち的な非戦闘員らしい。


「どれ、真打登場だが……疲れているところ悪いが、そっちの売った喧嘩だしなぁ? 仲間の仇も討たねばならんし、さっさと始めようか……?」

「いやいや……ちょっとタンマ」


 たった2戦とはいえ、全力を出し切る戦いのおかわりはさすがにキツい。完全に息はあがっているが、向こうの言い分ももっともなので。

 さほど間を置かずの3戦目、しかも推定ラスボスである。今までの相手には無かった、歴戦の強者オーラみたいなものを感じる。

 こちらの手の内も何度か見せたし、さてどうしたモノか。


 結局は、考えた末奇策で行く事にした。のこったの合図で、突っ込んで来た相手に対して不意打ちの猫ダマシを眼前で喰らわせる。

 こっちは小兵だしな、ついやってみたくなったってのもある。もっとも、俺の身長だって175は超えてるので、向こうの連中がおかしいんだけど。

 とにかくこの奇策は成功、俺は回り込んで相手の背中を取る。


 このまま土俵の外に押し出して……と思った瞬間、背中に物凄い衝撃が落ちて来た。思わず膝をついて、肘撃ちを喰らったのだと遅まきながら確認に至る。

 息が詰まった俺は、弱々しく崩れ落ちるのみ。


「わっ、スマン……つい反射的に反撃しちまった! わざとじゃないんだ、もう一度最初から……なっ!?」

「ガウト親方……親方の肘撃ちの後で再戦って、そりゃああまりに酷だ……」


 味方からもヤジを受けて、恐縮し切りのガウト親方とやら。どうやら本当に故意では無かった様子、良かった……こんなのやってられるかと、暴れ出すパターンじゃなくて。

 意外と紳士な連中だと、見越しての申し出ではあったものの。半分は賭けだったし、今も一応は介抱してくれているみたいだし。

 まぁ何と言うか、最初の目論見の『仲良くなる』は達成出来たかな?




 その後、少し時間をおいて、何とかお互いの距離感を正常に認識する作業を経て。その一環として、俺は在庫の食料の中からスパゲティを連中に振る舞う事に。

 パスタは割と大量に持ち出してあるので、少々の浪費は痛くは無いのだが。レトルトのソースは、持ち出しはそれ程多くは無かったりする。

 それでもまぁ、5人分くらいは良しとしよう。


「ほぅ、これは変わった料理だな……俺は食べた事は無いが、上手いのか?」

「麺を食べる習慣は、そっちには無いのか……? 俺たちはよく食べるけどな、温かいスープに入ってるのやら、こうやってソースを掛けて食べたりとか」

「……このカラフルな色の包みは何だ、何故お湯で温めている?」


 質問が多いな、いや……初めて見る異国の文化なら、それもまぁ当然か。俺はレトルトの説明をしながら、食事の用意を手伝ってくれている部長にパスタの茹で加減を尋ねる。

 調理に関しては、圧倒的に部長の方が上手である。今も大半が部長の手際、俺は湯を沸かしたり皿を用意したりで精一杯と言ったところ。

 そのうち部長は、茹で上がったパスタを均等に分け始めた。


 鍋がそんなに大きくないので、パスタも何とか5人分用意出来たかなって感じである。それでも連中は、さほど疑いもせずに差し出された食事に口を付けた。

 これ程信頼されたのも、恐らくは肌でぶつかり合ってのコミュニケーションがあっての事だと思いたい。実際、今でも背中が痛いし!

 苦労の甲斐はあったよな、ぬいぐるみも喜んで貰えたし。


 ほぼ部長が振る舞ったスパゲティも、割と好評で助かった。向こうはスープの味の違いを、しつこい程に尋ねてきたりしてたけど。

 それに懇切丁寧に答える嶋岡部長、料理の知識も豊富とはさすがである。ミートソースとカルボナーラの違いなんて、俺には具材の違い程度しか備わってない。

 などと考えている内に、連中の夕食は滞りなく終了の運びに。


 それなりに満足してくれたらしく、お礼に酒を振る舞ってくれるそうだ。未成年だからと辞退する部長は真面目だな、しかしせっかくの向こうの好意を無下に断る訳にも行かないし。

 俺はお呼ばれしようかな、別に酒が好きって訳じゃ無いけど。


「そんじゃ、こっちもボトル出そうか……何かためになるモノと、物々交換してくれたら嬉しいんだけど……」

「ほうっ、変わった色合いの……それも酒なのか? ニルム、何か交換出来る荷が無いか見繕って来い!

 異国の酒とは興味深い、ちょっと味見してもいいか、ハルキ?」

「ガウト親方、こっちの予備の装備品とか、この間チェストから拾ったがらくたも一応出しときますか?

 食料は……もう残り少ないですね、売り物の毛皮や織物はどうします?」


 全部持って来いと、威勢の良い親方の返事は、異世界の酒の魔力の為せる業か。とにかくここからの交渉は、さっきの相撲の一戦よりも思わぬ熱を帯びる結果となった。

 俺も少ない交渉材料を元手に、損は出したくないので必死である。《日常辞典》をセットして、ついでに《観察》と《平常心》のコンボで相手の僅かな表情の変化も見逃さない構え。

 もちろんこちらはポーカーフェイス、諸々の情報はなるべく渡さない構え。


 とは言え、ムッチャ気になるのは連中が道中に発見した、チェストからの押収品である。奴らには無用としても、こちらからすれば喉から手が出るほど欲しいっ!

 あれっ、スキル書まであるですか、そうですか……SPジュエルも普通にあるな、それからPカプセルとポーション類が各種数本ずつ。

 割と豊富だな、出来れば全部こちらに欲しいけど。


 ニルムが持って来た予備の装備品と言うのも、なかなかに良さ気だった。こっちの世界の服装は、どう頑張っても切った張ったには不釣り合いである。

 対して連中の装備は、ちゃんと急所をガードする構造で作られているのだ。素材もなめし革やら硬質素材の練り込まれた繊維やら。

 恐らくこれが、長年の文化の違いと言う奴なのだろう。


 物々交換は白熱したが、お互いに欲しいものが分かってからは、割とすんなりと事は運んだ。ガウト親方は酒と珍しい食料品を、俺は連中にとっては無価値のチェストの中身を欲して。

 それぞれが望みの物を入手してからは、俄然場は和やかなものに。向こうが提供してくれた、濁った酒をみ交わしての大騒ぎ。

 こちらもつまみにスナックや柿ピーを差し出して、夜を徹しての無礼講へ。


「いやいや、アンタ等のところの酒も、なかなか美味しいじゃないか……ちょっと酸味があるけど、それがまた舌に残って……」

「この酒受けは、変わった食感だなぁ……でも旨いよ、お土産用にもっとないか?」

「お前の相方、もう寝ちまってるな……今夜はこっちで夜番立てるから、お前さんも眠くなったら寝ていいぞ? 心配するな、寝込みを襲うような真似は、我らが灰狼神はいろうしんに掛けてしないと誓う。

 我らの神は、不善を好まないからな」


 そういう事なら、まぁ信頼しよう……実際のところ、彼らの神様とは面識など無いんだけどね。神かけて誓うは、日本人にも馴染みのある言葉だし。

 相撲勝負以降、ニルムがやけに馴れ馴れしくなっているけど。気を許した証拠だろうし、悪い奴ではないみたいなので良しとしよう。

 それより気分が良くなって来た、ひょっとして酔いが回っているのかな?





 気が付くといつもの夢の中だった、いつもと違って景色が揺れているのはアレだけど。酔った影響だろうか、グラグラと地面も揺れている気が。

 夢魔は相変わらず、そこら中を徘徊していた。近い奴はこちらを威嚇して来るけど、単体で襲い掛かってくる奴はいないみたいだ。

 俺は千鳥足ながらも、一応戦う準備を進める。


 取り敢えずは《光魔法》と《硬化》をセットしてと。他にもいるかな、ハッキリ言って夢魔は既に雑魚だからなぁ……そうだ、ここ生まれのジェームズを呼ぼう。

 ついでに南野の置き土産の、魂入れの儀式もしてやりたいところだけど。うん、普通に地面から這い出して来たな、しかもクマの外皮を脱ぎ捨てて来ている。

 仕方のない奴だな、ひょっとして気に入らないのか?


 いやいや、まだジェームズには魂は入っていないんだから、そんな心配は無用な筈。それより《魂魄こんぱく術》が上手くセットされるかどうかが問題だ。

 まずはそれを試さな……うおっ、何だこのでかい夢魔はっ!?


 昨日見た魔法使いの護衛の夢魔より、また更に体型が逞しい奴がいる。そしてその手には巨大な大剣が、血に濡れたような鈍い光を放っている。

 酔っているとは言え、こんなところで下手に殺されたくなどない。夢の世界で死んだら、果たしてどうなるのかは定かでは無いけど。

 ろくな事にはならないだろう、ここは全力であらがうに限る。


 俺は取り敢えず《罠造》をスロットにセットする。何故なら巨大夢魔の勢いに乗じて、雑魚たちも調子づいて突進して来たからだ。

 ついでにジェームズにも働いて貰おう、右手の敵の足止めを命じておいて。左手の奴らは《罠造》のトラ挟みで牽制しつつ、巨大夢魔は《光弾》で近付かせない構え。

 あまり勢いは殺せて無いな、簡単に接近されてしまった。


 おっと、後ろに魔法使い夢魔もいるな……連携されると厄介だが、こちらはこれ以上手を増やす手段がない。取り敢えず銀の槍を召喚、武装して近接戦に備える。

 そいつのパワーは、確かに申し分無さそうだった。唸りをあげて、俺のすぐ側を大剣の刃が通り抜けて行く。何とかかわしながら、敵の脇腹に槍の一突き。

 確かにこれは、酔ってなどいられないな。


 そう思った瞬間、神経がシャキッと正常に戻った。大柄な相手の死角に入りつつ、近付く雑魚を《光弾》で焼き払う。後方から魔法が飛んで来たが、それは敢えて無視して。

 当たった左腕が痺れるが、大剣持ちの夢魔の圧力こそ無視出来ない。低くとどろく唸り声は、恐らくそいつが放ったのだろう。

 そして頭のすぐ上を、物凄い暴風が通り過ぎて行った。


 おおっと、危ない……さすがにくせ者2体同時は無理、魔法使いがウザいので《罠造》で動きを封じておく。そして接近している大剣持ちに、大技の《光爆》を撃ち込んでやって。

 巨体がぐらつくほどのダメージは与えたが、まだ倒れてくれそうも無いな。その反対に、魔法使いはすっかり大人しくなった。トラ挟みのダメージが思ったより大きかったのか。

 これなら、目の前の大剣持ちに集中出来そうだ。


 結果、初めての大柄夢魔は、《光爆》3発でようやく倒れてくれた。倒れた拍子に、大剣も真っ二つに折れた様子。いや、剣の柄と刃が外れてしまったみたいだ。

 その形状は、何と言うかジェームズの胴体に埋め込むのに、ちょうど良さ気な形と大きさ。埋め込み武器シリーズその2だ、骨の代わりに貰ってしまおう。

 夢魔の群れもいなくなったので、それでは儀式に移ろうか。


 幸いにも、《魂魄術》はそれ程違和感なく俺の中へと入って来てくれた。そこから儀式をする事約30分、無事にジェームズの中に魂は宿ってくれた感触が。

 そして勝手に動き出す不気味なぬいぐるみ、やはり見た目は重要だな。


 最初に誕生したチャールズは、意外と薄命だったので。ジェームズは、頑張って長生きして欲しいものである。そして活躍してくれれば、言う事無しだな。

 当の本人は、魂を得てから早速変な行動を取り始めた。周囲に倒れている夢魔から、ボロ布やら何やらを剥ぎ取り始めて。

 魔法使いの持っていた、髑髏の杖も自分の物にしている始末。


 集めたボロ布は、自分の身体に水増ししたり、マントみたいに身に纏ったり。自由だな、こっちは大物との戦闘で疲労困憊だよ。

 生まれたてのジェームズはまだまだ元気、自己の強化に夢中になってその辺を走り回っている。どうも自分の体形が不満なようで、大きくなりたいのかも知れない。

 そんなジェームズが、何かを俺に差し出してくれた。


 どこで取って来たのか、それは何とSPジュエルだった。それからマナの果実と言うのが1個と髑髏マークの指輪が1個。

 《日常辞典》をセットして、マナの果実の効能を確認すると、どうやらMPの最大値を上げてくれるアイテムらしい。早速食べてみると、MPが10ほど上昇した。

 これで三桁に乗ったな、自分の成長は嬉しい限り。


 髑髏の指輪は、どうも魔法防御を上げてくれる効果があるらしい。魔法使い夢魔辺りが持ってたのかな、何にしろ有り難い追加報酬である。

 一応ジェームズに礼を言うと、彼は小さな体躯をいっぱいに使って、大威張りポーズを取った。褒められて嬉しいのかな、人形の気持ちは良く分からないや。

 何にしろ、夢の中でパワーアップとはチート臭い。


 別に強くなる手段は、幾らあっても不都合は無いけどね。生き延びるための道しるべだ、当然多い方が確率も上がると言うモノ。

 さて、それじゃあ朝が来るのを横になって待つとするか。





 ――俺は呑気に構えながら、この先の試練に思いを馳せるのだった。







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