第28話 偶然出会った遺体と迷子
安らぎの空間を飛び出して、いざ再び厳しい探索の日々へ。これが今の日常だなんて、本当に嫌になるな。愚痴っていても仕方ないし、ゲートに飛び込むけど。
そして出た先は、いきなりの遺跡タイプだった。エリアは広そうだな、何と言うか障害物が多くて探索に苦労しそうな感じ。アーチや垣根、水を湛えた堀とかも道沿いにある。
景色は悪くないけど、何が潜んでいるかちょっと不安。
「いきなり広い空間だね、皆轟君……敵の気配はどう? 僕の初戦闘に関してだけど、最初はなるべく弱い敵を頼むよ……?」
「天井もかなり高いな、経験からすると相当広いと思う。敵は今の所見えないけど、無理はさせないからまずはリラックスな、部長」
ここ数日、本当の空なんて一度も見ていないと言う現実に。不健康だなぁと内心思いながら、敵の気配に気を付けながら進んで行く。右手には円柱が等間隔に
うん、空こそ無いけど限りなく外の景色なんだよな。
遺跡タイプって、そんなのが多い気がするな。現代建物タイプだと、照明付きの天井の建物が配置されてる場合が圧倒的に多いけど。
取り敢えずは樹木を目指して真っすぐ進んでいると、どうやら早速敵の気配が。隣の部長に合図を送って、俺は足元のジェームズに進めのサイン。
飛び出して来たのは、初見の犬顔のモンスター。
部長がコボルトだと叫んだので、コイツは推定コボルトに決定しよう。ゴブリンよりは体格が良くて、しかも装備がこなれている。
奴らの手にする小剣や槍は、錆など
腕もそれなりで、油断ならない相手かも。
もっとも、作戦も無しに突っ込んで来るから、頭脳的にはゴブと大差は無いのかも。俺の《罠造》のトラ挟みで、左右のコボルトは犬のような悲鳴を上げて、あっという間に行動不能に。
中央突破のコボルトは、細い足をジェームズに殴られて、思い切りバランスを崩している。とどめは部長に譲ろうかな、奥の弓持ちを先に始末したいから。
飛び道具は厄介だ、まずは《光弾》で牽制してと。
《光魔法》にはもれなく回復魔法も付いて来るので、怪我が基本の探索には外せないスキルだと最近気付いてしまった。まぁ、スロット枠が順調に増えてるので別に良いけど。
そんな俺の今日のスタートセットは、《平常心Lv2》《観察Lv2》《日常辞典》《投擲Lv2》《硬化Lv2》《罠造Lv3》《光魔法Lv2》となっている。
4Pが1つと3Pが2つ、2Pと1Pも2つずつと見事に16Pに収まってくれた。しかも主力が全部、きっちりとセットされていて感動的ですらある。
ほとんどのスキルがレベルアップしてるし、今の俺に死角は無い!
ちなみに《糸紡ぎ》でのコンボ技は、スピードも威力もまだまだ戦闘に使える感じでは無いので。当分は封印となる予定、暇な時間に練習はするけどね。
このスキルもレベルを上げれば、もう少し使い勝手が良くなるのだろうか? SPは余っているけど、無駄に実験に使う程に
ピンチの時の命種だから、SPは大切にしておかないと。
樹木の奥に潜んでいた、弓持ちコボルトも無事に《罠造》の技で始末を終え。嶋岡部長も、何とかジェームズと一緒に小剣持ちコボルトを退治出来たようで何より。
報酬の死体漁りは簡潔に、それでも何やら良さそうな品もボチボチ出て来た。武器や防具はさすがにゴブのドロップ品より品質は良いが、CP交換のお試しセットよりは劣る感じ。
それよりも、携帯袋の中身にお金らしきコインが少々!
「部長……これって、どこで使えるお金なんだろうな? コボルトの集落限定とかだと、さすがに萎えるけど……」
「どうだろう、コイツ等に貨幣制度レベルの文化体系とかあるのかな? 案外、他の探索者からブン盗った戦利品とかかも?」
それも引く話だけど、まぁ一応は貰っておく事に。他にも干し肉や良く分からない薬もあったけど、人間用に効能があるかは不明なので処分した。
その後、樹木の間を道なりに歩いて行くと、ぽっかりと広場らしき場所に出た。奥に石造りの建物らしき建造物があって、広場には一面に香りのきつい草が生えている。
部長がそれを見て、ちょっと興奮している様子。
「皆轟君、これって全部薬草だよ! うわっ、こんなに密集して生えてるとか凄くない!?」
「ああっ、部長は《薬品合成》のスキルで、薬草の種類の見分けもつくのか。んじゃ、ちょっくら採集して行く……?」
「是非っ! あっ、皆轟君はMP回復に休んでていいよ?」
さっきの戦闘で結構使ったし、そうさせて貰おうかな? MP回復の基本だけど、やはりじっと座って休んでいる方が回復も早いのだ。
取り敢えずジェームズには、薬草摘みを手伝うように命令しておいて。俺は腰を下ろす場所を求めて、奥の建物へと足を向ける。
そして微かな違和感、何かの気配が漂って来ている気が。
俺は戦闘態勢を取って、慎重に建物の影を窺いに掛かる。建物は恐らく、倉庫的な何かなのだろう。頑丈そうな造りだけど、人が住んでいる気配は無い。
一応大きな木枠の窓から中身を窺うが、人の気配は無……あれっ、奥の暗がりに転がってるのは何だ? さらに奥には、束になった旅行鞄のような物が積み上がっている。
暗がりに目が慣れると、やがてその惨状がしっかり認識出来た。
「……部長、ちょっと来てくれ!」
「ひゃいっ……!?」
今度こそビビった、部長を大声で呼んだ筈が、建物の外の端っこの茂み辺りから、謎の返答が。声は幼い感じの女の子っぽいが、こんな場所に人がいるとは思えない。
ってか、建物の中の惨殺死体と、今の声の主に何か関わりが? あった場合、かなり怖いので素早い排除を心掛けないとこっちがヤバい気が。
……いや、俺の呼び掛けに応じてる時点で、かなり間抜けか?
「そこに隠れてる奴っ、誰か知らないが3秒数えるうちに出て来い! 出て来ない場合、魔法を撃ち込むぞ!?」
「えっ、待って……出ます、何もしないで!」
「どうしたの……何かあった、皆轟君?」
大アリだ、呑気に歩きながら来ないで欲しい。何なら、今から尋問タイムなのだ。情けない表情で茂みから出て来た、この幼気な女の子を。
女の子は、どう見ても日本人では無かった……顔立ちは整っているが、見慣れない紋様が皮膚の至る所に描かれている。異世界人だろうか、こっちの言葉は通じるので助かるけど。
服装も変わっていて、しかも弓矢で武装もしている。
ここに至って、さすがに呑気な嶋岡部長も、ことの重要さに気が付いたらしい。その子誰なのとか、慌てて俺に訊かれても分からないけどね。
本人に尋ねるしかないが、向こうも相当に慌てているらしい。まずは武器を置けとの、俺の命令には素直に従ってくれているけど。
その慌て具合から、害意は無い事はある程度分かった。
「大人しくしていれば、これ以上近付かないし、傷付ける様な事はしない……取り敢えず質問をするぞ、この建物の中の死体はお前がやったのか?」
「ちっ、違います……」
「……それじゃあ、アレをやった奴を知ってるか?」
「し、知ってます……とても恐ろしい鎧のモンスターです。アレのお陰で、私は戻る道を塞がれちゃいました……」
「えっ、死体って何、皆轟君……?」
置いてけ
そんな少女は、名前をペジィと言うらしい。部長の横槍の質問で、素直に答えてくれたので本当だろう。俺は少女の面倒を部長に任せ、建物の中を検分する事に。
血の匂いはそれ程酷くない、結構時間が経った後なのかも。
死体の数は、全部で3人分だった……総じて怪力で潰されたような、原形を思い出すのに苦労する感じの死体である。着ている物は制服では無かったが、俺はコイツ等の正体に見当が付いていた。
見覚えは全く無いが、隣の旅行鞄の山に、見事に俺の鞄が紛れ込んでいたのだ。つまりコイツ等は、噂に聞いた物盗り犯の一味なのだろう。
因果応報とよく言うが、まさにそんな感じにしか思えない。可哀想になんて感想も、湧いて来ないほどに無感情でいられるって逆に凄いかも。
いや、俺の場合は《平常心》のスキルのお陰と思っておこう。しばらく死体検分していると、連中のスマホを発見した。これで名前とか分かるかな、ロックが掛かってたら無理だけど。
おっと、普通に覗けてしまった……コイツの名前は
スキルは《強盗》とか《スリ》とか《恫喝》とか、本当にどう仕様も無いモノばかり取っている。あの白い部屋の受付嬢、意外と洒落が効いているのかも。
戦闘能力に関しては、唯一《炎魔法》頼みだったらしい。スキルのレベル上げもしてないし、韮沢の最終レベルは4と、思ったよりも低いようだった。
他の仲間も似た感じ、良くここまで来れたと逆に感心してしまう。
などとやってたら、何故か部長がペジィを引き連れて、建物の中に入って来た。いつの間に仲良くなった、子供にこんなモノ見せるのは教育に悪いぞ?
韮沢以外の中年オヤジの死体も、似たり寄ったりで損傷はかなり酷かった。ちなみに連中のスキルで気を引いたのは、《空間収納(中)》くらいで、後は目ぼしいスキルは無し。
《時空Box》と、一体どう違うんだろうね?
戦闘系のスキルも極端に少ないし、悪さをしようと思ってのスキルビルドに、俺は思わず引いてしまった。一応部長にも目を通して貰って、ここでの情報を共有して。
それから俺は、奥に山となっていた、旅行鞄の検分に移る。他の人の鞄には興味は無いが、せめて俺が盗られた奴は取り戻したい……あった、良かったコレ新品だったんだよ!
無事に取り戻せ……念のために、これも“貸し”になるか試すかな?
……どうやら可能みたい、《高利貸》が無理にスロット枠に入ろうとして来たので、慌てて俺は《硬化》を枠から外してやる。良かった、間に合ったけど効果が今一つ判然としない。
とか思ってたら、手にした旅行鞄が急に重くなった。アレッと思いつつ中身を窺うと、良く分からないアイテムが俺の下着に混じって入り込んでいる。
どうやら利子の取り立ては、死人にも容赦は無いらしい。
そう考えると、怖いスキルだな《高利貸》って! パッと見た限りでは、コインの入った袋が2つほど、それからSPジュエルとPカプセルが仲良く並んで替えのパンツの上に。
丸い木の実も数個あるし、奥のはひょっとしてスキル書かな?
スキル書は、このダンジョンの中では1度しか見た事無いからなぁ。意外とレアなアイテムなのだろうか、それとも他の探索者は結構見つけ出してるのかな?
良く分からないが、まぁラッキーと思っておこう。詳しい中身は後で検分するとして、今はこの惨殺死体を作り上げた敵についての対策が先だ。
ペジィから、詳しい話が聞けると良いけど。
「部長、俺が
「うん、スマホの情報見て何となく分かった……《空間収納》に放り込んで、ここまで逃げて来たのかな?
何と言うか、スキルの無駄使い……」
嶋岡部長の言いたい事は良く分かる、ただ、隣にいる少女の落ち着き具合は良く分からないな。死体を無視している少女は、鞄の1つを貰って良いかと部長に訊いている所。
仲良いな、ってか何でそんなに部長に懐いてるんだ? 少女は銀色の髪を後ろで束ねた髪型で、褐色の肌は夏休みの小学生を思わせる。
年齢も、小学生の上学年か中学生位だろうか。
部長の話によると、さっき薬草の話題で盛り上がって、身の上などを訊き出したらしい。ペジィの住むエリアは、ここから割と近いそうなのだけれど。
どうも鎧姿のモンスターが、ゲート近くをうろついていて、帰るに帰れず困っていたとの事。そこで時間潰しに、薬草の追加採集をしていたら、俺たちに出くわしたそうで。
思わず隠れたけど、見付かって今に至ると。
「そんな感じで、可哀想な子なんだよ……相手は変異種らしいけど、どうかな皆轟君。僕たちでやっつけて、彼女を家に帰してあげようよ!」
「そりゃいいけど、鎧の化け物って……俺たちで倒せるのか分かんないし、あんまり安請け合いすんなよ、部長?
まぁ、いざとなったら、
それを聞いて、ペジィは大喜びで俺たちに自分のお昼ご飯を振る舞ってくれた。帰りの道筋が不透明なので、本当は節約しようと思っていたらしいのだが。
保護してくれるのならば、出来るだけのお礼はしてくれるそうな。現金な気もするが、たしかに道理には
惨殺死体を眺めながら、昼食なんて御免被る。
ちなみに彼女は、まんまと旅行鞄の1つを部長の計らいで貰っていた。彼女の見立てでは、俺達の利用する鞄は、随分と立派な収納道具であるらしい。
お陰で薬草の持ち帰りも、いつもの何倍も効率的になりそうだと喜んでいる。確かにそうだな、ここまで喜んで貰えるなら、元の持ち主も本望だろう。
それより、ペジィに少しこの世界の常識を尋ねておきたい。
「ペジィはこの異世界ダンジョン、いつも彷徨い歩いてるのか?」
「うん、薬草摘んだり、木の実や魚をとったり……危ないエリアは避けながら、色んな場所に行くの。
……でも、探索者が増える時期は、危ないから近場だけ」
「まさにそれって、今なのかな……それでペジィは、この巨大ダンジョンの脱出口ってどこか分かるのか?
つまりは、本物の空の見える土地って意味だけど」
「うちの集落にも1個あるけど、他の陣営の人は入れちゃ駄目な決まりなの。それを破ったら、
なるほど、厳しいな……ちなみに彼女は“
小さないざこざや、大掛かりな戦闘が過去から今に至るまで、彼女が知る限りでも頻繁に起きているみたい。だからと言って、出遭う他陣営の者を皆殺しにする程でも無いらしく。
生きて行くための“協定”も、色々と結ばれているそう。
例えばこんな不用意な出会いの場合、不利益を被りそうならお互いスルーするとか。やられたらやり返すけど、それ以外なら目的に準じた行動を取るとか。
普段もお互いに、刺激するような行動は慎むとか。なるべく波風を立てず、流血沙汰は止むを得ない場合のみって感じだろうか。
それなら良かった、事前にその情報を得られた事を含めて。
ペジィのくれたチーズのサンドイッチは、結構癖はあったけど美味しかった。こちらも微炭酸のジュースを振る舞ったら、その刺激に彼女は終始驚き顔。
ちょっと笑えたが、異世界交流は変に深入りしない方が、お互いの身のためだ。そのあと少しだけ、薬草や木の実の採集を手伝って。
さて、支度が整ったら問題の鎧モンスターの顔を拝んでやるか。
――実際のところ、そいつを倒す方法など全く浮かんでいないとしてもだ。
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