第26話 ジェームズ爆誕
あれから念願の久々の入浴に時間を使って、待っているのはフカフカのベッドである。俺と嶋岡部長は夕方まで適当にお喋りをして、夕食を食べ終えると、その日はすぐに眠る事に。
休暇指定日の特典である、今夜はバッチリ8時間の“安全領域”を、CPを消費して使ってあるので。夜の見張りも不要な筈だ、こんな便利機能を見逃していたとは。
パーティリーダーの資質って、意外と重要なんだと改めて思う。
とにかくお互い眠りにつくまでに、今後の指針を少々話し合ったりして。それで重要な決め事と言うか、優先順位の確認などを行った訳だ。
例えばお互いに重要なのは、まずは何をおいても『生き延びる』事に他ならない。その次は出口を探し当てるとか、知り合いに巡り合うとか。
知り合いと言っても、つまりは戦力的な含みもある。
つまりは、現状2人っ切りの探索は、やっぱりきつ過ぎるって事だ。敵が1匹ずつしか出て来ないならともかく、大ネズミやゴキなんか、群れでわんさか出現して来るからなぁ。
せめてチャールズが生きていてくれたら、負担も減ったのだろうけど。要するに、パーティ人数を増やしたいので、知り合いと巡り合いたいねって話である。
戦力補強は、生き延びる為にも大事だしな。
それから、俺にとって大事な目標は、部長に言わせれば“呪いを解く”手段を見付ける事らしい。どうやらスキルで、《浄化》とかそんな感じの奴があれば可能かもって事で。
それを持つ人も、同時に探すべきだと諭された。なるほど、自分の事とはいえ、俺は呪いの状況を簡単に受け入れ過ぎていたようだ。
解除する方法があるなら、積極的に探さないとな。
ちなみに、嶋岡部長の第一目標は、《空間魔法》を是が非でもセットに漕ぎつける事らしい。確かに尤もだ、これほど宝の持ち腐れって言葉が、ピッタリな案件は見当たらないだろう。
是非とも頑張って欲しい、まぁ経験値の入りは順当だと思うし。
このまま探索を続けて行けば、遠くない未来に可能になっている筈。そしたら部長も戦力だ、いや……そう言えばさっきのCP購入のリストだが、2人で少々話し合ったところ。
部長の強化案も、向こうに快く受け入れて貰った次第。つまりは、スキルが無くても前衛的な動きをするし、何なら装備を着込んで壁役にもなると。
2人の生き延びる確率が高くなるなら、多少の無茶はするとの事。
何しろ前衛だ後衛だと分担を決めても、敵がそれに従ってくれる訳でも無し。逆にある程度知能のある敵は、弱っちい方から仕留めに掛かる事だってある。
だから武器や装備の充実は、後衛だってやるべきだと思う。
その点は、明日起きてから色々と試してみる事となった。部長もCP購入欄を覗いてみたけど、俺の方みたいな驚きのアイテムは確認出来なかったみたい。
残念だが、こればっかりは個人差もあるみたいだし致し方が無い。それから俺の密かな目標である、あの白スーツへの仕返しはじっと伏せておく事にした。
こっちはまるで、ベクトルの違う目標だからな。
その後も諸々、今までの情報やこれからの強化案を、部長と2人で話し合って。その日は早めの就寝、贅沢にも別々の部屋のベッドを使う事に。
元の持ち主の事は、なるべく考えないようにしながら。布団をかぶった瞬間に、瞬く間に夢の中へ。ただし俺の場合、そこが安らぎの空間では決して無いと言う。
そんな訳で、既に馴染みとなった夢魔たちとご対面の流れに。
今回も奴らの数は少ないかな、昨日見た体格の良い奴も混じってはいるようだけど。さっさと倒して安寧を得ようと、俺はお気楽に戦闘の準備。
だって奴ら、やっぱり怯えてこちらに近付く素振りも無いし。とか思っていたら、急に魔法が飛んで来た! それは肩口に当たって、昏い瘴気を撒き散らす。
うわっ、皮膚が溶けて行く感覚が気持ち悪いっ!!
慌てて俺は、《光癒》を自分の左肩に注いで行く。この蛮行の主は、どうやら夢魔の群れの中心にいる奴っぽいな。髑髏の付いた杖を持って、他の連中よりも小柄だ。
だから気付かなかったってのもあるが、ボディガードのように体格の良い夢魔が、しっかりと2匹で守っている様子。ソイツ等は珍しく、手に棍棒を持っていた。
精鋭部隊かな、まるで気付かなかったよ。
「っとお、危ねえっ……!!」
再びの魔法攻撃に、俺は地面を転がって何とか回避行動。お返しの《光弾》は、護衛に身体を張って防がれてしまった。思い切り弱点属性の攻撃に、怯みまくってる護衛の夢魔。
続いての銀の槍を出現させての投擲に、雑魚の夢魔たちは叫び声をあげて逃げ惑う。それで始末出来たのは、残念ながら雑魚の1匹のみだった。
護衛の夢魔は、それを見てこちらに襲い掛かる素振り。
なるほど、こちらが武器を手放したのを見て、勝機と感じたらしいけど……《光付与》を自身に掛けて殴り掛かってやれば、一気に立場は逆転だ。
次々に蹴散らされて行く、哀れな夢魔の群れ。
いつの間にか、厄介者認定をしていた魔法使いも、流れで退治していたようだ。趣味の悪い魔法の杖が、近くに転がってこちらを憎々しげに見上げている。
髑髏は人型よりは、半分程度の大きさだろうか? うん、恐らくは人間のモノでは無い筈……むうっ、これって何かに使えないかな?
例えば人形の、頭の部分とか……。
さすがにそれは嫌過ぎるか、しかし目の玉部分に水晶が嵌め込まれてたり、凄く凝ってるアイテムなんだよなぁ。そうだ、《日常辞典》で鑑定すればいいのか。
調べてみたら、魔力の増幅効果が付いていたっぽい。素直に凄いけど、俺が使っても効果が出るのだろうか? 《光魔法》が強くなれば、確かにこの夢の世界では有り難いけど。
む~んっ、やっぱり人形素材の方が面白い……?
俺は近くに転がっていた夢魔の死体から、
ってか、こんな端切れで人形を作る方が大変だな。出来たとしても、精々がテルテル坊主みたいな風貌になってしまう。どうしようかと暫し悩んで、やがて良い事を思い付いた。
先に細木に借りた、《糸紡ぎ》を再現してみようか。
幸い襤褸切れは幾らでもある、1枚ほど糸にばらして縫い糸を確保してしまおうか。後は手と足のパーツ、それから胴体のパーツ、頭は髑髏をくるんだ布をあてがってやって。
特に縫わなくても、形にはなってくれそうで良かった。物凄く大雑把な人型ではあるが、ロール巻きの布を手足に使った人形の完成である。
うむっ、全然可愛くないな。
むしろ不気味ですらある、使ったボロ布素材もそうだけど、髑髏が被せた布越しに浮き出て来ちゃってるんですけど? これは酷いな、使役したくない……。
ってか、今気付いたけど……《光魔法》を外しても、スロット枠に《糸紡ぎ》と《人形使役》の両方は入らないみたい。4Pと8Pのスキルだもんね、更に4Pの《夢幻泡影》だけは外しちゃいけない気がするし。
合計で15Pだ、つまり1Pほど足りない。
迷った挙句、均等上げでスロット枠を増やす作戦に。今夜も例の如く、夢魔との戦いでレベルが上がっていたし。ここまでになると、呪いって何だろうって考えてしまうよな。
まぁ、別に良いけど……そんな訳で、3回目でスロット枠が無事16に増えてくれた。そして《人形使役》の儀式である、これはそれ程には奇妙ではない。
そして数分後には、無事に成功!!
皆轟春樹:Lv11 HP:46(74) MP:61(99)
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物理攻撃:54(80) 物理防御:46(75)
魔法攻撃:39(64) 魔法防御:33(54)
スキル【16】《夢幻泡影Lv2》《糸紡ぎ》《人形使役》
予備スキル《餌付け》《平常心Lv2》《観察Lv2》《日常辞典》《追跡》《投擲Lv2》《時空Box(極小)Lv3》《エナジー補給》《購運》《硬化Lv2》《罠造Lv3》《潜行》《高利貸》《借技》《剛力》《剣術》《光魔法Lv2》
獲得CP【1508】 獲得SP【19/8】
『称号』:《安寧》
状態異常:呪い《衰弱》《悪夢》《陽嫌》
装備:銀の槍、手作りフレイル、工具の盾、蜘蛛糸のマフラー《空気浄化》、木綿のポーチ《収納倍加》、蜘蛛糸の作業着
持ち物:ポーション×4、マナポ×3、毒消し薬、架空スマホ
むっくりと起き上がる、襤褸切れで作った不気味なお人形さん。そしてこれまた無事に、スロットに収まってくれている《糸紡ぎ》と《人形使役》のスキル。
次の時には《魂魄術》も試そうかな、しかし《夢幻泡影》って半端無いな……《借技》とのコンボがえげつないと言うか、知らなければそれで終わりだっただろうけど。
これを与えてくれた人物は、ひょっとして知っていた?
後の問題は、この2つのスキルを現実に持って帰れるかどうかだ。こっちで作った人形も、持って帰れるのなら至れり尽くせりな感はあるけど。
取り敢えず、する事も無いし人形の操作の練習でもしてるかな? 派手に動かすと、糸がほどけて分解してしまう恐れがあるのでアレだけど。
やはり縫い付けないと、強度が不味い事に。
《光魔法》を外してしまって、ちょっと不用心かなとも思っていたんだけど。幸い臆病な夢魔たちは、逃げ出したまま第二陣の攻撃はなされなかった模様。
こちらは安心して、人形の操作練習に没頭出来たのだった――
そして起き抜けに、臭いの酷い不気味な人形を抱いて寝てたのに気付いたショックと来たら!! ちょっと心臓の負担が洒落にならない、勘弁してくれと言いたいな。
誰に対してとかは問題じゃない、とにかくコイツの容貌を何とかしないと。見た目と言うのは重要だ、第一印象で好き嫌いが決まってしまう場合だってあるんだし。
そんな訳で、寝起きの頭をフル回転させる俺。
この部屋の持ち主は、恐らく女性だったのだろうう。部屋の至る所に、大小の可愛いぬいぐるみが置いてある。その中で特別大きな、クマのぬいぐるみと目が合って。
……コイツを拝借出来ないだろうか、つまりは外皮と言うかそんな感じで。中身の綿を抜いてやれば、夢魔の
ってか、この人形は本当に俺の配下なのか?
うん、間違いは無いようだ……夢の中での《人形使役》からのスキルで、ちゃんと俺の配下になっている。その動きはスムーズで、ちょっとチャールズを思い出してしまった。
短い間だったけど、お世話になったなぁ……。
よしっ、お前の名前はジェームズにしよう! まだ全然、人形のガワの梱包作業は進んで無いけどね。だけどサイズ的には充分余裕があるし、この中身の入れ替えは成功と言えよう。
問題は、背中の縫合なんだけど……。
俺は自分のスキル欄をチェック、《糸紡ぎ》は無事にセットされているなぁ。後は……そうだっ、このスキルを使ってやれば、針いらずで縫合出来ないか?
出来ちゃった、《硬化》させた糸の先端がスイスイとクマの背中を縫い上げて行く。これは新たなコンボを発見してしまった、余った糸を使って実験してみるかな。
俺はベッドの上に下着姿で座り込んだまま、スキル操作を試し始める。
「わっ、何をどうしたの、皆轟君……部屋にゴキでも出たの? ってか、その踊ってるクマのぬいぐるみは、一体ナニ?」
「あぁ、いや……ちょっとスキルの練習を……」
暫く時間を忘れて熱中していたようだ、嶋岡部長がわざわざ起こしに来てくれた。そして俺の寝起きした部屋の惨状を見て、扉の前でフリーズ状態に。
うん、ちょっと不味かったかも……クマのぬいぐるみはベッドの端で踊りまくってるし、その中綿は部屋中に散乱しているし。
おまけに《糸紡ぎ》の攻撃練習に、ズタボロになっているクッションとか。
さすがにぬいぐるみを犠牲にするのは、少々気が引けたのでこの結果である。まぁ、中身が飛び出す無残さは、ほぼ一緒なのであまり関係ないとも思うけど。
何があったのと問う部長は、至極当然な反応だと思う。俺は夢の中の顛末から、自力で発見したコンボ技の数々について説明を行う。
途中腹が減ったねと、場所を台所に移したけど。
ちなみに、さすがにあの惨状のまま部屋を去るのは気が引けたので、部屋の掃除だけは朝食後にしておいた。ズタボロのクッションはどう仕様も無かったけど、それは仕方が無い。
朝食は、久し振りな気もするホットコーヒーと焼きたて食パンで済ませて。たったそれだけが、凄く贅沢な気がするのは、失った日常の大切さ故だろうか。
今も切実に感じるのは、この部屋を出たくないなぁと言う思い。
別に引き籠りじゃないけど、現実から目を背けたいってのとはちょっと違う。どっちが現実か、はたまた悪夢の仕業なのか、判別出来ない気分に襲われると言うか。
特にこんな現実的な、休憩所を用意されたら既にトラップでしかないと思う。或いは本当に引き籠ったら、一体どうなるんだろうね?
恐らく強制的な、追い出し工作が発動する気はするんだけど。
部長も概ね、それには同意見らしい。百名以上を拉致するような連中が、そんな甘い見逃しを許す筈が無いって読みだ。それは奴らが、この異世界ダンジョンを管理している事が前提だけど。
推測の域を出ないけど、恐らく彼らの何らかの手は入っていると思われる。そしてそのふるいに掛けられた探索者の何割かが、既に脱落しているだろう事も。
水っちとオザキンの例を挙げずとも、自然と推測出来てしまう。
それだけ異世界ダンジョンがハードで、多少の運と機知が無ければ突破出来ないって事でもある。俺達がここまで来れたのも、半分以上は運が良かったからだろう。
間違っても実力ではない、そんなのがあればもっと上手く立ち回れている。仮にあったとしても、パーティを放り出される程度の男の実力って一体何だって話である。
やめよう、何だか虚しくなって来た。
とにかく俺たちは、引き
チャールズから回収した工具ハンマーは、残念ながら背丈に合わなかったモノの。リュックは何とか背負わせる事が出来て、傍目には可愛く見えない事も無い。
そんなクマさんが、鋭利なバールを振り回すってね。
それはまぁ良い、どうせぬいぐるみが自在に動いているだけでシュールなのだ。マネキンよりはマシかなって思ったけど、見た目はどっこいどっこいだったのは伏せておく。
体格的にパワーはチャールズより劣るけど、素早さはジェームズの方が上な気がする。どちらにしろ、そこまで活躍は期待していない。
精々、敵の1体でも足止めしてくれれば充分満足。
部長の武装に関しては、200CPを支払って、お試しセットを一通り試して貰って。四角い盾と小剣に、皮鎧っぽい装備を着込んでの武装に落ち着いた。
これで見た目は、いっぱしの見習い剣士である。それ系のスキルも無ければ、修得した武芸も持ち合わせていないけど。人はこれを、ハッタリと称する事もある。
当の部長も、かなり不安そうな表情。
「大丈夫かな、こんなので……」
「まぁ、割と似合ってるし何とかなるでしょ。ゴブリン程度なら、その武装に騙されてくれるかも?」
「うん、今の僕はゴブリンと互角の戦いくらいは出来るかもね……?」
アレと互角とか、凄く評価が低い気がするけど。とにかく頑張って欲しい、せめてジェームズに負けない程度には。そう俺が口にすると、部長は足元のぬいぐるみを一瞥する。
そして再び、情けない表情に。
「ヤバいな、皆轟君……コイツにも、勝てる気が全くしないんだけど……」
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