第25話 袂を分かつ



「理由は主に、3つあるわ……1つ目はあなたの所持スキル、他人から奪う系のを確実に持ってるわよね? 斎藤先生の《光魔法》も、いつの間にか使いこなしてたし。《高利貸》だっけ、あれも奪う系でしょ?

 それがいつ、自分達に向けられるか怖いの」

「あれは……俺は絶対に、仲間から奪う事はしない!」


 淡々と話す南野と、その会話に思考が追い付かない俺と言う構図。取り敢えずは否定してみたが、その言葉が向こうに響いた様子は全く無いのが悲しい。

 結論は、相手側にすれば既に出ているようだ……南野と、その向こうでこちらを窺っている女性陣を見て、そう察してしまった。

 言い分は分かる、強奪系のスキルを持つ者は、確かに心情的に信用は出来ない。


「2つ目は……これは本当に同情するけど、皆轟君の掛かっている呪いに関する事かしらね。あなたは気付いてないかも知れないけど、これは周囲にも影響を及ぼすみたいなの。

 私のステータス見る? 衰弱もしてるし、昨日の夢でも怪物に襲われたわ」

「えっ、マジか……それは本当に申し訳ない。大丈夫だったか、俺は抵抗するスキルを、偶然持ってたけど……」


 心配する俺を制するように、南野は片手をあげた。その点に関しては、一応問題は無かったようだ。しかし呪いって、周囲にも伝播するのか……。

 それは知らなかったし、周囲に迷惑を掛けてしまった事は大いに反省するも。だからと言って、パーティを解雇されるとは、あまりにも酷過ぎないか?

 俺を外すメリットより、戦力減退のデメリットの方が大きいような。


 仮に俺だけが外れるとして、向こうの前衛は寺島ただ一人となってしまう。それで今後の戦いを切り抜ける事が可能なのか、はなはだ疑問に思ってしまう。

 気の毒だが、これは事実だ……変異種を倒せたのも、こう言ってはアレだが俺の貢献度がダントツに高い。気の弱い寺島では、今後の先行きが不安過ぎる。

 それでも、俺を外すメリットの方が大きいのか?


 どうやらそうらしい、って言うかその強過ぎる戦闘力が、彼女たちの不安の根源にあったようだ。その強力な力と、強奪系の能力を持つ俺。

 か弱い女性陣では、決して抗えない猛威となり得る存在。


「3つ目の理由が、そう言う事なの……今まで戦闘では助けて貰ったけど、天秤にかけると皆轟君の存在は、私たち女性にとっては脅威にしか映らないのよ。

 それこそあの、押野先生たちと同じ程度にはね……」





 そのあと俺は、食事も取らずにそのキャンプ地を去る事に決めた。寺島は一言ゴメンと告げて来たし、細木は餞別にと蜘蛛の糸で強化済みの作業着をくれた。

 その表情は申し訳なさそうで、自分達の決定が必ずしも本意で無い事を示していた。ただし斎藤先生は何も言って来なかったので、彼女に関しては強硬派なのかも。

 こちらも不本意だが、仕方が無いと思う事に。


 何しろ、一度入った亀裂は、言葉や行動では容易に埋められるものでは無い。感情は厄介で、そう言う悪意のフィルターを外さない限り、何をしても無駄な結果に終わる事になる。

 そこまで無理してパーティに居座って、こちらも胃に穴をあけるのも馬鹿な行為に過ぎないし。身勝手な取り決めに、少々腹が立たない事も無いけど仕方が無い。

 精々元気にと、空元気を発動させるだけだ。


 幸いと言うか何というか、嶋岡部長は俺の方について来てくれると言ってくれた。その真意はどこにあるのかは不明だが、こんな異界で一人ぼっちにならずに済んだ。

 案外、部長の思惑もそんなところに落ち着くのかも知れない。それとも、功労者を追放するような礼儀知らずの集団に、居座り続けたくなかったのかも。

 元からの知り合いもいないしね、肩身が狭いってのもあるかもだが。


 それより、寺島の最後の言葉が奮っていた。奴も密かに、俺の事を怖がっていたらしい。何しろ一番“借り”があると自認していたのが、他ならぬ寺島だったから。

 確かにその思いは、心理的な圧迫を生むだろうな。俺との関係も、時間が経つにつれてギクシャクして行くのも目に見えるようだ。

 離れて正解なのかも、いや追放された身だけどな。


 どちらが正しかったなんて、それこそもう少し時間が経たなければ分からないだろうけど。俺がこの先で野垂れ死んでも、向こうは微かな痛痒しか覚えない気がする。

 まぁ、趣旨返しに死んでやろうなんて、さらさら思ってもいないし。精々意地汚く生き延びてやる、嶋岡部長もいるし、守ってやらねばなるまい。

 これからは前衛1人と後衛1人か、大変だな。


「さて、どっちのゲートを潜ろうか……向こうが追い付いて気まずい思いをしないように、複雑なルートを選ばなきゃね、皆轟君」

「このゲートって、行き先は結局ランダムなんだろ? どっちを選んだって、そんな変わりゃしないよ、部長」


 そんな訳で、2人ぼっちの異世界探索のスタートである。幸先はこの上なく不透明、不安だらけの行き当たりばったり道中である。それでも進むしかない、あるか分からない出口を求めて。

 昨日までと、まるで勝手が違うのは仕方の無い事。最初からスキルのセットは、戦闘特化で決めている。《罠造》をメインに、《硬化》や《投擲》や《光魔法》を駆使する予定。

 これだけあれば、どんな敵が出て来ても何とかなる筈。


 ちなみに新しく入手したスキルは、もう少し余裕のある時に相性とか使い勝手を調べて行きたいと思う。こちらも命が懸かってるし、無謀な事はしたくない。

 などと思いつつ、潜った先のエリアはなおも現代建築仕様のダンジョン。


「おっと、今回もコンクリの打ちっ放しのダンジョンだね、皆轟君」

「……蜘蛛の巣が見えるな、それからゴミのすえた臭いがする。敵は蜘蛛とゴキブリ、大ネズミと言ったところかな? 初見の敵もいるかも、注意して行こう」


 もう何日も探索に従事しているので、観察力は嫌でも研ぎ澄まされて来た。今日はLv2になった、《観察》と《平常心》もセットしてある。

 スロット枠15は素晴らしい、どんどん伸ばして行きたいな……とか考えていると、早速大ネズミの群れがコンクリの壁の穴から飛び出して来た。

 穴を発見した瞬間から予知していた事態、俺は慌てず対処する。


 《罠造》の投網から、動きを封じた大ネズミを手製のフレイルで潰して行く。今日も数が多いな、でも雑魚だからどうって事は無い……んっ、今壁が動かなかったか?

 穴あき壁の隣のコンクリが、不自然に動いた気が。


「皆轟君、今そこの壁がちょっとだけ動いたっ……! 何かの罠かも知れない、気を付けて!!」

「お、おうっ……? ってか、コイツは……ヌリカベ?」


 向こうも気付かれたと悟ったのか、堂々と姿を現せて迫って来ている。その姿はまさにヌリカベ、一反いったん木綿に続いてチビッ子ワクドキ×2の妖怪の出現だ!

 それにしても大きいな、槍で突いた位じゃ壊れないだろ、コレ。続いて転ばしてやれば、向こうも何も出来ないと気付いて、思いっ切り気が楽に。

 片足を《罠造》の落とし穴に掛けてやり、思い切りうつぶせに転がしてやる。


 派手な音とともに、大ネズミもついでに潰されてしまった。どう考えても戦闘向きの敵では無いが、良かったのだろうか……案の定起き上がれてないし、どん臭いと素直に思う。

 無視しても良いけど、《罠造》で倒せるか実験してみたくて。鐘突き棒を連続で落としてやると、3つ目で壁にヒビが。調子に乗って嶋岡部長が勢いよく飛び乗ると、呆気なく粉々に割れて行ってしまった。

 南無三、どうか成仏しておくれ。


「こんな敵が出るとは、凄いダンジョンだねぇ……」

「全くだ、ってかこいつSPジュエルを吐き出したな……それなりの敵だったって事かな?」


 ちょっと信じられないが、ランク的にはそうだったらしい。その後もアイテムを回収しながら、俺たちは蜘蛛や大ゴキブリの群れを駆逐して行く。

 しばらく進むと、再びコンクリの壁に穴が開いていた。それが結構大きかったので、油断せずに近付いたところ。続々と出て来たのは、何と大アリの群れだった。

 これが大ネズミよりも、遥かに強くて手強い敵で。


 とても一人では、戦線を構築出来そうもない。後衛の部長に、大きく離れているように指示を出して。ほとんど孤軍奮闘で、槍を振るって敵を駆逐して行く。

 細木に貰ったジャケットが、意外に役立ってくれている。ってか、初見相手にこんなに苦戦するとは。蟻酸はジャケットで防げているが、アリの甲殻が意外と硬い。

 《罠造》で工夫して分散しつつ、俺は敵の数を減らして行く。


 ステータスを上げていて良かった、少なくないダメージを受けながらそう思う。そして派手にさく裂するトラ挟み、既に周囲に5個も生えて来ていると言うね。

 前衛1人ってきついな、せめて嶋岡部長が攻撃魔法を持っていれは、少しは違って来たのだろうけど。いや、下手に部長がタゲを取っても不味いよな。

 現在は《付与術》のみで、俺をサポートしてくれている感じだ。


 足手まといでは決してないが、部長が凄いと豪語する《空間魔法》が使えるようになるまで、決め手が無いのは事実である。それまでは、やや過保護に育てて行くつもりではあるけど。

 俺だって、噂の《空間魔法》を見てみたいからな。


 そんな感じで、何とか大アリの駆除を終了……数えてみたら、10匹以上湧いて出ていた模様。《光癒》で自分の回復をしながら、減ったMPを休憩で癒す。

 嶋岡部長に、何とかマナポーションの生産が出来ないモノかなと愚痴りつつ。それが出来たら、かなり今後の探索が楽になるに違いない。

 休憩を30分ほど取って、その後も慎重に探索を続ける。


 その後も何度かピンチを切り抜けて、思うのは自分に地力が付いて来ているなって事。アイテムの貯まりも、2人で分けるから半端なくCPが貯まって行く。

 もちろんSPジュエルも、昼には2人で2個ずつ分け合える程には回収出来た。Pカプセルに至っては、5個ずつといつになくハイペース。

 ドロップはいつも通りだけど、分け合うのはたった2人だしね。


 そしてお昼休憩をどこで取るって話になった時、遂に見付けたマンションの通路型エリア。このタイプは初めてだが、もし部屋に入れたら休憩が一段も二段も楽になる。

 そんな期待で、まずは右手にある扉に慎重に手を伸ばす。生き物の気配は無いが、こちらは探知スキルも無しの勘に近いレベルである。

 取り敢えず、入り口に部長を待たせて先に室内の探索など。


 ちょっと空き巣の気分になってしまうが、持ち主の気配も敵の姿も幸いにも発見出来ず。もちろん、他の探索者もここにはいない様子。

 安心して部長を招き入れ、ここで休憩は確定したものの。この後探索に走るか、それともここでしばらく休みを取るか、事態は紛糾しそうな気配。

 何しろこの部屋、ちゃんとしたベッドもお風呂もある!!


「お風呂には入るべきだよ、皆轟君。少なくとも、2時間は休憩したい……もし許されるなら、今夜はここのベッドで眠りたい!!」

「いや、それは俺も同じ思いだけど……ここの入り口の扉、何故か鍵が掛からないんだよな。安全性がいまいちだから、ここで一夜を過ごすなら完全にこのエリアの探索を終えてだな」


 そんな訳で、2人で残りの扉の向こうを探索する事、約20分余り。2つは全く開きもしなかったが、もう2つの扉は最初の部屋と同じ間取りで、人の気配は完ぺきに無し。

 敵の出現は1部屋のみ、汚部屋で大ゴキブリが発生していたと言う嫌なシチュエーションで。それを5分掛けて駆除してやると、どうやらここのエリアの安全は確保されたっぽい。

 そんな訳で、俺たちはスキップする勢いで最初の部屋へ。


 まずは昼飯だ、いやお風呂を先に入りたいなと2人の意見は一致して。何日振りだろう、今日に至っては髭も剃らずにキャンプを出発していたし。

 朝食も取らずなので、大いに腹も減っている。じゃんけんで風呂の順番を決めて、俺は後番になってしまった。まぁいいや、時間を気にせず長風呂出来るし。

 それより飯だ、大いに腹が減った。


 異世界の7不思議なのだが、毎度の如く電気もガスも水道も通じている。キッチンを無断拝借、そして物色した結果のカップラーメンを昼飯にして。

 この味も本当に久し振り、カップ麺は意外と嵩張るので、スーパーでの補給からは外していたのだ。ちなみにこの部屋だが、掃除が行き届いてとても居心地が良い。

 キッチンも同じく、せめて汚さずに立ち去りたい。




「それじゃあお先に、皆轟君……なるべく早く上がるけど、あんまり期待しないで」

「ゆっくりでいいよ、部長……疲れと汚れを、思いっ切り落として来てくれ」


 食事も終わって、風呂へのお湯張りもやがて終わって入れる用意が出来た。部長は伝言を残して、楽しそうにバスルームへと消えて行く。

 羨ましいが、今夜はここに泊まると決めたのだ。戦士の休日、一週間にも日曜と言う完全休養日がある様に、何日も連続で人は働くべきではないのだ。

 ……別に言い訳は必要無いな、急かす者などどこにもいないし。


 取り敢えず、部長が風呂を空けてくれるまで、架空スマホでも弄っていようかな。SPジュエルとPカプセルのお陰で、またポイントも貯まって来ているし。

 とは言え、昨日の今日でステータス欄は余り弄りたくはない。前にも言ったけど、成長はそれなりに身体の感覚が変わると言うリスクもあるのだ。

 そんな訳で、久し振りにCP購入欄を眺める事に。


 これを使ったのは、この架空スマホを購入した時以来だな……しばらく見ない内に、品数は半端なく増えていた。薬品交換や日常品はもちろん、架空スマホのような異次元品も多い。

 日常品に関しては、頭痛薬や傷薬のような薬品もリストに加わっていた。上着やズボンのような、洋服の一覧も結構ある。靴やスプレー缶や寝具なども、一気に増えていた。

 日用品は、ひょっとしたらこれで一通り揃うかも?


 異次元用品に関しては、何故か“お試し用品”が増えていた。お試し武器セットとかお試し防具セットが、平均200Pで交換出来るみたいだ。

 面白そうだな、後で交換してみようか……部長にしても、後衛だからと何も武器を持たないのは危険な気がするし。防具も同じく、完全に攻撃を受けない保証などどこにも無いのだ。

 後で部長と、少し話し合った方が良いかもな。


 それから便利機能、これはずっと放置していたっぽい……いや、元のパーティを離れた事で出現したのかも? スマホを確認したら、俺がパーティリーダーになっていた。

 なるほど、リーダーならではの機能なのかも。どうもCPを支払って、安全領域やヒーリング水晶を出現させたりが可能らしい。

 どちらも8時間で80Pだから、そんなには高くない。


 Pカプセルを1個拾えば、確保出来るポイントなので、使わないのは損な気もする。もっとも自分には、自前の《罠造》での安全確保も可能ではあるけど。

 今も玄関には、モロに罠を張り付けてあるし。アレを潜り抜けるのは、ゴキブリでも苦労するだろう。万一ゴキブリが、扉を開けられるとしての話だが。

 その次の扉はバリケードで塞いであるし、まぁ平気な気もするけど。


 一応夜に寝る時には、使ってみるのも悪くは無いかも知れない。何しろ安全に代えられるものなら、80Pなど問題にならないほど安い値段だ。

 それからさらに、俺はリストを眺めて行く。1万Pで交換出来る、コアって何だろう? 核って意味なら、何の核なのかがさっぱり分からない。

 むう、後で《日常辞典》で調べてみよう。


 それからリストの一番最後の辺り、これを目にして俺は思わず驚きの声を出しそうになった。身に覚えはあるが、まさか交換リストに載っているなんて……。

 アイテム名は『マミーの心臓』『オーガの角』『オーガの爪』の3つ。そのまんま、俺が討伐した変異種の名前のアイテムである。ドロップ品だろうか、交換に100P掛かるけど。

 CPの新機能なのかな、倒した死体から剥ぎ取ればこのリストは無かったとか?


 異世界ダンジョンの仕組みなんて、こちらは完全に理解などしていないのだし。何があっても不思議ではない、こんな便利機能も気付かなければ無価値だった。

 本当に説明不足な主催者だな、あの呪いを俺に掛けた白スーツの男を始めとして。スマホの説明文を、もう一度じっくり読み込むべきか?

 いや、そもそもが大した情報は乗っていなかった筈。





 ――色々と振り回されるよな、この説明不足の死の迷宮アトラクションには。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る