第19話 夜襲



 一瞬で目が覚めた、周囲の慌ただしい雰囲気と、どこかから聞こえる唸り声。俺を起こしたのは嶋岡部長だったようで、手短に状況を話してくれた。

 襲撃して来たモンスターは、お馴染みの仮面サルと、初見の闇色のオオカミらしい。野犬とどう違うのかって最初は疑問だったが、この目で見たら納得。

 やせ細った野犬と全然違う、顔付きも一段と狂暴そうだ。


 そんなモンスターが徒党を組んで、こちらの臨時キャンプ地へと夜襲を掛けて来たそうな。この異世界に来て、寝込みを襲われるなんて初だな。

 まぁ、向こうも一々、こちらの都合に合わせてくれる筈も無いし。この手の奇襲は、作戦的には常套手段でもある。例えば相手側の数が多くて、その戦力を削ごうと思った時とか。

 相手もとうとう、本腰を入れ始めて来たかな?


 嬉しくも無い推測をしてみたところで、事態は良くなる筈も無く。とにかく行動だ、こちらの仮キャンプ地への入り口は2ヵ所しかない。

 トイレに行く細く長い通路と、俺達が寝所にしていたコンテナの隙間の通路である。ちなみに男性教師陣は、さらにその奥の突き当りに固まっている。

 こちらが突破されなければ、連中が騒ぐ事も無いだろう。


 ところがそうでは無かった。いつの間にか大コウモリが上空から、それから厄介な事に、大ゴキブリの一団がコンテナの隙間から奇襲に乗じて来ていたらしい。

 情けない大人の上げる悲鳴と怒号、それから《命令》込みの仁科の招集が、事態を一気に最悪のシナリオへと導いて行く。前線を張っていたオザキンと水っちが、急に敵に背を向けて仁科の招集に応じたのだ。

 おまけに細木も、コンテナの上から降って来た。


 上にいれば、一応は仮面サルと闇オオカミの攻撃は避けられると言うのに。《命令》に耐えられなかった者は、使用者の言う事を聞くしかなくなるらしい。

 既に仁科を守りに向かった文芸部員2人はともかく、細木は落下ダメージで動けそうもない。すぐ側に倒れていて苦しそうだが、治療して戦場に向かわれても厄介だ。

 向こうも気になるが、俺としては前線を構築する一手だろう。


「細木、治療してやりたいが、元気になって教師の元に行かれても危険過ぎる。済まんが、しばらく堪えてくれ……敵を全部倒したら、すぐに駆け付けるからな!」

「…………」


 話は通じたようで、苦しそうな表情ながら、細木は何とか頷きを返してくれた。非常に心苦しいが、彼女を回復して死地に向かわせる方が悲惨な決定には違いなく。

 このまま細木を足止めしておかないと、更に向こうもカオス状態に陥ってしまう。トイレ方向の細い通路は、幸い罠も張ってあるし、マネキン2体で守らせてある。

 俺は左手の、オザキンと水っちが放棄した側を死守しないと。


 そこを突破されたら、細木は簡単に敵に止めを刺されてしまうだろう。そうすると女性陣も恐らく全滅、仮面サルがとことん間抜けなら見逃してくれるかもだが。

 魔法職の2人は、コンテナ上に陣取って、きっちりと支援をしてくれている。割と目立つから、既に向こうの標的にもなってるのが心配だが。

 仮面サルが投げる、その辺の木切れやコンクリ片がコンテナにぶつかる音が凄い。


 その攻撃を、まずは止めさせなければ。俺は嶋岡部長に盾を渡して、自らは野犬に対する例のスタイルに。つまりは左手に上着を巻き付け、わざとオオカミの前に差し出すのだ。

 無論《硬化》を掛け……おっと、セットされてなかったよ。慌てながらも架空スマホを操作、そして夢オチの事態を避けられた事実に、ちょっと安堵などしつつ。

 たった一人で前線を死守している、寺島の隣に躍り出る。


「済まん、寺島……待たせたっ!」

「皆轟君、どうなってるの……!? 文芸部の2人が、急にいなくなっちゃったけど」

「仁科の《命令》で、奴のセルフ軍隊に編入された……俺たちは、ある程度慣れていたせいか、何とか耐えられたみたいだけどな」


 まさに獅子身中の虫だ、敵は内側にいたと言う良い例……良くは無いな、既に戦線は半壊しているし、このまま全滅したら間違い無く仁科のせいだ。

 向こうを気にする余裕など無いが、せめてオザキンと水っちは無事でいて欲しい。そして眼前に広がる敵の群れに、ちょっと騒然となってしまった。

 少なくとも薄暗闇の中に、1ダースは敵がいやがる!


 内訳は、仮面サルの方が8匹かその位、俊敏な闇オオカミが少なくて助かるな。とか思っている間に、闇オオカミに躍りかかられる俺。

 不味いっ、《硬化》のスキル発動が……何とか間に合った。


 現在の俺のスキルセット内容は、《夢幻泡影》《光魔法Lv2》《投擲》《硬化》となっている。俺の戦闘での主力スキルの、《罠造》が外れてしまっていて再セット不可能が痛過ぎるな。

 どうやら外れて間もないようで、もう数時間待たないと無理みたい。寝ている間に、《夢幻泡影》が勝手に暴走してしまうのは、言ってみればいつもの事だけど。

 こんな事態に遭遇してしまうと、整理が追い付かない。


 そんな《罠造》で予め仕掛けていた罠は、綺麗サッパリ使用済みになっていた。どうやら全て、仮面サルと闇オオカミが引っ掛かってくれていたらしい。

 その傷ついた連中は、寺島が全て倒し終わってた様子。そんな現状、前線に参加した俺は、左手に噛みついた奴を銀の槍できっちり処分して。続いて襲って来た仮面サルは、寺島が棍棒でぶん殴って足止め。

 おおっ、何か寺島の動きがいつもと違うな!


「皆轟君にも、僕の魔法《ステータス上昇》を掛けるね……いつもと動きが違って来る筈だから、慣れるまで気を付けて!」

「随分動き易くなるよ、皆轟君! それより、この後どうする……?」


 部長の《付与術》を身に受けて、さてこの後の作戦を寺島に尋ねられてしまったけど。普通なら、得意の《罠造》を牽制と足止めに使用しながら、打って出たいところではある。

 ただし、今はセット出来ない苦しい状況……代わりに《光魔法Lv2》があるけど、さすがにコイツ等はゾンビやゴーストみたいに、光弾のたった一撃では倒れてくれないだろう。

 さて、どうして減らして行ったものか?


 仮面サルは知性が高いのか、群れてはいるけど不用意に突っこんでは来ない。半分は後ろに位置していて、物を投げたり甲高い声で威嚇したり。

 消耗戦だと、確かにこちらも色々と不味い。向こうに増援が来る当てがあるなら尚の事だ。闇オオカミも飛び掛かっては反転の繰り返し、どうやら隙を伺っている感じだ。

 不味いな、《光魔法》を頼りに打って出るか?


「皆轟君、また何か来た……敵の後方で争ってる気配がする!」

「はあっ……!? さらに増えるとか、マジかよっ!!」


 敵陣営の後方の喧騒は、ハッキリと俺たちにも確認出来た。それを気にして一瞬気を散らせた目の前の仮面サルを、俺は光弾と槍の一撃で始末する。

 盾を部長に貸してるから、壮絶な殴り合いに移行しそうになってたんだけど。何か向こうも浮き足立ってるな、ひょっとして相手も予期せぬ事態だったりするのか?

 俺は少しずつ前進しながら、南野に続報を迫る。


「どっちか《暗視》持ってただろ。それを使って、詳しい状況を確認してくれ! 寺島、相手が浮き足立ってる間に、もう少し前進するぞ!」

「分かったわ……ちょっと待ってて!」

「りょ、了解!」


 闇オオカミにじゃれつかれながらも、もう少し視界の確保出来る前方へと向かう俺たち。部長も何とか、おとり役程度はと俺の左に位置してくれている。

 そうでもしないと、俊敏な闇オオカミにでも突破されると、後方の仲間が危ないのだ。既にコンテナの隙間は、車がすれ違える程にまで広くなっている。

 俺と寺島、2人で塞ぐにはかなりキツい。


 そうこうしている内に、ようやく戦況が安定して来た。余裕が出て来たせいで、ポーチから取り出した尖り物を一斉に《投擲》で飛ばしてやった結果もあるが。

 明らかに怯み、傷付いて行く敵の群れ。夜襲した事を後悔させてやると、こちらは追撃の手を緩めない。もう少しと前進し始めたところ、明らかに悲鳴と分かる仮面サルの鳴き声が。

 それからその本体が、放物線を描いて飛んで来た!


 何事だっ、元は仮面サルと思われる物体は、コンテナの壁面に衝突して血の華を咲かせている。随分と狂暴な奴が、敵陣の後方に潜んでいるようだ。

 寺島がこちらも引いた方が良くないかなと、ビビり口調で提案して来た。見れば、残り僅かな仮面サルと闇オオカミの群れは、何かに怯えるように逃げ去って行く。

 う~ん、俺たちに怯えてる訳じゃ無いよな?


「見えた……皆轟君、ゾンビが数匹かしら? いえ、ウチの生徒の……制服姿が混じってる! マミーみたいな包帯巻いた大きな奴が、たぶんボスじゃないかしら!?

 こっちに気付いてる、来るわよっ!!」

「ウチの制服姿が、ゾンビに混じってるって……」

「奴だ……皆轟君、ゴメン……僕たちが連れて来た変異種だと思う。別のエリアで遭遇した奴が、死んだ仲間を下僕にして追って来たんだ。

 かないっこない、逃げなきゃ!!」


 南野の使った《暗視》で、ようやく敵の正体が分かったみたいだが。どうも嶋岡部長の、例のトラウマを植え付けた変異種の可能性が高いっぽい。

 マミーみたいな容貌らしいが、そんなに強いのかな? 逃げてもずっと追い掛けられるのなら、ここで始末をつけたいとも思うけど。

 荒ぶる死霊部隊は、尚もこちらに接近中。


 俺はコンテナの上の、斎藤先生に声を掛ける。先生のMP残量の確認と、出来れば細木の回収をお願いしたいと告げて。ボスを相手取るなら、雑魚は皆にお願いしたい。

 つまり俺はボスと一騎打ちだ、燃えるね!


 こちらは覚えたての《光魔法》をメインに、所持する銀の槍も死霊には効果が高い。《罠造》の不在は痛いが、《硬化》で防御力を上げれば何とかなるだろう。

 ボスは俺がヤルから雑魚は頼んだと言うと、寺島も部長も観念した様子。お供するよと勇ましい台詞と、部長から再び《ステータス上昇》の付与が飛んで来た。

 そして薄明かりの広場に、ようやく浮かび上がる敵の姿。


 確かに大柄だな、寺島とどっこいな背丈だが……ミイラの内側には、特に筋肉は感じられない。ただし、さっき仮面サルを吹き飛ばした奴がコイツなら、油断は全く出来ない。

 俺や寺島より、少なくとも倍以上はパワーがある事になる。間違っても殴られたくないな……よしよし、良い感じにアドレナリンが湧き出て来た。

 剣道の試合前のあの高揚感、久し振りに味わえるな!


 奴の咆哮は、或いは試合開始の合図だったか。マミーもどきが動くのと、こちらが間を詰めるのはほぼ同時だった。スピードに乗った槍の突きは、しかし包帯の表皮に弾かれる。

 見た目とは違うな、さすが変異種と言ったところか。それより隣の制服姿のゾンビが気になる……嶋岡部長の仲間だった、亡くなったウチの生徒たち。

 死んでも働かされるとか、可愛そうで仕方ない。


 マミーもどきからは、狂おしい程の強烈な意思が、さっきからビンビンに伝わって来ている。殺意と言うか怨嗟と言うか、生きている者に対する猛烈な恨みの念だ。

 こっちだっていい加減、現状に頭に来ていると言うのに。ウチの生徒たちを手に掛けた癖に、自分だけ可哀想アピールしてんじゃねぇ!!

 俺だって呪われたり、色々苦労してんだよっ!!


 そんな怒り交じりの2回目の突きは、やっぱり効果無し。お返しの長い腕のぎ払いは、辛うじてバックステップでかわす事に成功。

 怨念のこもった視線が、こちらを執拗に追尾して来る。そんな俺の隣では、仲間の寺島と部長が、雑魚のゾンビを片付けて行ってくれている。

 例の制服姿のゾンビも、何かが抜けるように崩れて行った。


 それを気にし過ぎたのが、或いは不味かったのかも知れない。急な接近戦に持ち込まれ、奴の鋭い爪の襲撃は避ける事が出来たものの。

 その距離で、まさかの怨嗟のこもった咆哮を受け。それに俺の脳内が、物理的に搔き乱されて攪乱かくらん状態に。こちらは霞む視界で、必死に奴の動きを見守るのみ。

 辛うじて、横殴りの爪撃に合わせて自ら飛ぶ事が出来た。


「皆轟君……っ!?」


 こちらは平気だ、まだ死んでない……致命的な一撃とはならなかったが、派手に飛ばされたのも事実。その距離を利用して、俺は架空スマホの画面をチェック。

 うわぁ、HPが半分に減ってる……さすがのパワーだな、相手が殴り攻撃だと、《硬化》がそれ程の効き目じゃなくなるんだよなぁ。

 ポーションで回復しておこう、そして試合中の情けは禁物だ。


 マミーもどきは、自分の下僕の損失など一切関係無いとの素振り。大股で真っすぐに、俺の方へと憤怒をまき散らしながら歩いて来ている。

 それでいい、俺も貴様には恨みがある……いや、これは部長と半壊したパーティの分の恨みだな。その“貸し”を、この場で返して貰うぞ……。

 そう思った途端、心の中を奔流が駆け巡った。


 その抗えない力は、目の前のマミーもどきをも巻き込んだ様子。対面したまま震える両者の姿は滑稽だが、力の奔流は間違い無く奴から俺へと、滝の流れのように降り掛かって来た。

 それはまさに“パワー”そのもので、俺は最初、何が起こったのか全く理解出来なかった。向こうも同じ筈だが、何かを抜き取られたのは察したのだろう。

 怒り狂って、我を忘れて掴み掛って来た。


 槍を横にしてそれを防ぐが、奴のパワーは抜き取られても健在だった。拮抗したのは数瞬で、あっという間に押し倒されてし掛かられる体制に。

 槍の棒の防御は、あまり効果は無い様子。奴の喉元を締め付けてはいるが、何しろ相手の方が腕が長い。奴はこちらの首を、完全に絞めに掛かって逃げられない!

 フリーになった寺島と部長が、攻撃を加えても微動だにせず。


 目をえぐられそうになるのは、辛うじて顔を背けてかわす事が出来た。奴の爪で俺の顔が傷だらけ、段々と苦しさよりも、腹立ちの方が大きくなって来た。

 調子に乗った奴は、両手と共に噛みつき攻撃まで始めようとする始末。そんなに欲しいならくれてやると、俺はその昏い洞窟のような口腔に《光弾》を撃ち込んでやる。

 絶叫は、やけにくぐもって聞こえて来た。


 拘束から逃れて俺が最初にしたのは、大きく息を吸い込む事だった。目の前がチカチカする、いや……道場の師匠との実技練習で、絞め落とされた事もあったけどさぁ。

 漏らしてないよな、失禁とかこの年で勘弁して欲しい。絞め落とされたら仕方の無い事なのだが、パンツが貴重品のこの世界では嫌過ぎる蛮行である。

 などと思ってたら、奴に再度突っ掛かって来られた。


 うわっ、懲りない奴だな……文字通り怨念の塊とでも言おうか。寺島がしつこい程殴り掛かってるのに、まるで無視している。遠くから、斎藤先生の声も聞こえるな。

 どうやら視界が届かなくて、コンテナを降りて参戦する構えの様子。敵はもう、コイツだけなのかな? マミーもどきは、かなりダメージを喰らってる様子。

 先生が来るまでには、恐らく倒しちゃってるよ?


 しかし奴は、最期に異様な粘りを見せた。ってか、その腐った口から紡ぐのは、どうやら呪いの言葉らしい。五月蠅いな、俺は呪いには既に慣れっこだよ。

 それでもこんな腐敗野郎に、いつまでもマウント取られている状況は嬉しくない。俺はMPの続く限り、《光弾》を奴にぶっつけ続ける。

 それでも奴は、呪いの言葉を止めない様子。


 終いには、最後の手段と《光付与》を奴自身に掛けてやった。俺にではなく、奴の呪われた身体に直接だ。これにはさすがに痺れた様子、俺から飛び退いて苦しみ始めるマミーもどき。

 結局はそれが決め手で、奴は数分で灰になった。





 ――そして俺は、新たな呪いをこの身に得たのだった。




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