第18話 夢の中の大きな異変



 今夜を過ごす簡易キャンプ場に設定されたのは、巨大コンテナの隙間だった。俺達が車座になって座れる余裕はあるし、万一の敵の襲撃にも対応出来る……と思う。

 見張りに立つ場合、コンテナの梯子を登って上に登れば、視界は充分に確保出来るし。何より灯りが漏れる心配も低い、つまりこのエリアはほぼ真っ暗だったのだ。

 照明の類いは、高い天井の弱々しい光源のみ。


 今まで侵入して来たエリアの定番では、時間経過に関係なく光量は一定に保たれていた。ここまであからさまに薄暗いエリアは、実は初めてである。

 ただし、ここで出現した敵の数も、それ程に多かった訳でもなく。いつもの大ネズミの群れとか、後は初見の大コウモリが数匹襲って来ただけ。

 それでも寝ている所を襲われるのは怖いから、夜番は立てるけど。


 そもそも戦える人数は増えているので、戦力には余裕が出来ている。再びの倉庫エリアに、多少は思うところはあるけれど……蜘蛛の群れとか、罠仕込みのチェストとかね。

 ちなみに俺たちが寄りかかっているのは、列車の輸送コンテナみたいだった。中身は一応確認したけど、空っぽだったり穀物っぽい袋が積み上げられていたり。

 少なくとも、冒険の役に立ちそうなものは何も無い。


 ちなみに男子教師陣は、離れた場所で勝手にくつろぎ始めている様子。こっちは楽で助かるが、まぁ例の如く夜の見張りはこちらに丸投げである。

 好きに酒盛りをしても構わないが、うるさくされると敵を招き寄せてしまい兼ねないので。そこだけは本当に勘弁願いたい、不意打ちの怖さは向こうの方が分かっている筈だろうけど。

 学習しない連中だから、そこはかとなく不安だが。


 こちらは静かに夕食を終え、まずは女性陣で見張りをしてくれると言うので。男性陣の生徒組で、色々とスキルや戦術についての確認作業など。

 その前に、彼らは細木が《糸紡ぎ》と《裁縫》で製作してくれた、蜘蛛糸のマフラーを見て感動していた。同じく一反いったん木綿の死体が素材の、木綿のポーチの試作品も手元にある。

 驚いたのは、どちらも特殊効果が付与されているらしい事。


 俺の《日常辞典》では、そこまで詳しくは分からなかったんだけど。文芸部平部員の尾崎おざき、通称オザキンが、何と《深淵しんえん知識》と言うスキルを所有していて。

 部長によると、これは凄いチートスキルらしい。詳しくは分からないが、知識は力と言う事で良いのだろうか? いや戦闘力には、直接は結び付かないけど。

 とにかく彼の知識で、見事その特殊効果が知れたわけだ。


「この半透明なマフラーには、《空気浄化》の効果が付与されているね……口元に巻いてれば、ある程度までの散布毒とか平気かも?

 こっちのポーチなんて、どうやって作ったのかと問い質したいね! 何と、《収納倍加》の効果があるよ……この小さなポーチで、旅行鞄くらいの収納力になってる!

 僕も欲しい、皆轟君……細木さんに、作って貰えるように頼んで!?」

「おおっ、凄いな……試作品は全部俺にくれたけど、今後作られたのは皆に配る予定の筈だぞ? ただし一反木綿のポーチは、元の素材がそんなになかった気がするな」


 そんな殺生なと、騒ぎ出すオザキンだったけれど。部長が冷静に、静かにしろとたしなめてくれた。ここはモロに敵地だしな、慎重な行動は常に心掛けるべし。

 特に飛行能力を有する、大コウモリが厄介だ。俺の《罠造》で、地面に幾つかトラップは仕込んでいるが、さすがに空中に罠の設置は無理!

 ただし、オザキンの他のスキルは割と有効かも?


 平部員の尾崎は、9Pと重い《深淵知識》の他に、《影魔法》と《魔力微増》と《魔力感知》の3つのスキルを所有していた。チート知識以外は、魔法使いビルドである。

 この主力魔法の《影魔法》だが、影を自在に操る能力は正直凄い。飛んでる物体も関係ない、そこに影があれば操る事は可能なのだ。

 ただし、思いっ切り殺傷能力に欠けるのだと本人談。


 さすがに魔法もチートとはいかなかったと、残念そうなオザキンだった。気を逸らすとか軽い束縛程度が、今の所の精一杯だそうで。

 南野には、後衛を命じられていたが、俺もそっちで良いと思う。正直、文芸部の新規参入組3人は、皆が揃って眼鏡装備のひょろっと体型なのだ。

 前衛をやれるのは、辛うじて細身だが長身の水本くらいか。


 文芸部の平部員、水本こと通称水っちも、スキル所得にはロマンを感じて散々悩みぬいた1人には違いなさそう。オザキンのチート知識には及ばないが、そのスキルは全部で6つと、3人の中では一番多い。

 その並びは《風魔法》《非常食》《気闘術》《気配察知》《収集》《小物合成》と、前衛も後衛も可能なマルチ振り。しかも《収集》と《小物合成》で、生産も可能と来ている。

 俺的には、やはり《気配察知》が光り輝いて見えるけどな!


 何しろ、俺と寺島の前衛コンビには、そっち系のスキルに全然縁が無いからなぁ。今までも苦労したし、あれば絶対に心強いのは確実、間違いがない。

 そんな訳で、明日以降の探索では、水っちは前衛に組み込まれる事に。《気闘術》でガード的な動きも可能って話なので、一応は前衛でも大丈夫な筈。

 だってほら、俺なんかも前衛系のスキルを1個も持ってないし。


 それなのに立派に前衛を張ってるのだ、まぁ剣術道場に6年間通っている実績はあるけどね。やはりそういう元がある方が、戦闘スキル持ちの奴より使えるのかな?

 もちろん、両方ともあった方が良いに違いは無いだろうけど。生憎だが、水っちは戦闘に関しては、漫画の知識しかないって胸を張って告白してくれた。

 威張るところじゃないぞ、そこは。


 まぁ、オザキンも水っちも、そんな感じでそこそこ活躍してくれそうだ。こちらには、新たな下僕のマネキンズ2体も仲間にいるしな。

 そうそう、部長のスペックを紹介する前に、俺と南野で密かに行った怪しい儀式について語っておこうか。いや、ぶっちゃけ《魂魄こんぱく術》を使っただけなんだけどね。

 俺についても、同じく《借技》でその真似をしただけ……ただ、他の今まで借りて来たスキルと違って、借りた時の異質感は半端無かったとだけ言っておく。

 そう、《魂魄術》はどこか異質なスキルだった。


 しかも発動まで延々と30分近く、マネキンの胸に手をかざした状態を崩せなかったし。それが成功して、勝手に動き始めたマネキンもやはり異質だった。

 それは当然だ、勝手に動き回る人形ってホラー以外の何物でもないし。


 ところがやはり、使ってよかったと思わせる改善点が、幾つかマネキンたちに新たに出現していて。まずは動きがスムーズになった事、それからこちらの指示をある程度自分たちで解釈して動いてくれる事。

 この2つの点だけでも、充分に助かる。


 ただし、喋れないので意思の疎通は難しい。色々と、文芸部員3人を交えて実験したのがついさっき。今はチャールズ達は、寝ずの歩哨に立ってくれている。

 マネキンは睡眠も必要無いし、凄く便利には違いない。自我意識があるって事は、戦闘中にもこちらが一々指示を飛ばさずに済むって理屈だし。

 南野も最初は、マネキンへの指示出しに苦労してたからな。


 何しろ慣れない前衛の動きを指示を出してさせなければならないのだ。普通に考えても、どこか無理が生じるのは必然だ。それが今後は、マネキンに壁に徹して貰いつつ、自分は魔法で援護すら出来る訳で。

 つまりは単純に、戦力が2倍になった計算である。


 もちろんそれは、俺のチャールズにも同じ事が言える。彼の服装も俺と同じく、迷彩柄を取り入れた、戦闘マシーンに見えない事も無い装いだし。

 武器のハンマーも、当たれば骸骨やゾンビ程度なら、一撃で粉砕出来るパワーを秘めている。今後は2体のマネキンが、最前列を務めてくれる予定である。

 だってほら、万一進んだ先に罠とかあったら嫌だし?


 ここが異世界ダンジョンだと言う事実、時折忘れてしまいそうになるけど。寺島の推測が本当なら、今後のエリア攻略はどんどん難しくなって行く可能性もある。

 敵だって強くなるし、トラップの類いが配置されて来る可能性も。確かスキルの中にも、それを察知したり解除したり出来る奴が、あったように記憶してるし。

 それを持たない俺たちは、勘か罠に掛かってくれる者に頼るしかなく。


 つまりはマネキンだ、彼らはこちらに絶対服従のようなので。そこは感覚で分かるし、意思が芽生えたと言っても、どうやら感情までは発生していない模様。

 そんな風変わりなスキルを、感心しながら見ていた嶋岡部長だったけど。自分のスキルも自慢したくなったらしく、告白するように小声で告げて来た。

 まるでちょっとした秘密を、打ち明けるような表情と共に。


「……実は僕、《空間魔法》持ってるんだ!」





 今夜の夢の中だけど、いつもとは様相が違っていた。いつもは気付けば夢魔の群れに追われていて、恐怖と苦痛で酷い状況がパターンだったのに。

 当の夢魔の集団が、何かに怯える風で近付いて来ないと言う。


 これはどうした事だろう、幾つか推測は出来ない事も無いけど。例えば前回のオレンジ髪の逆襲にりて、今もその時のトラウマが残っているとか。

 案外、呪いの元のアイゼンが、あの時の騒ぎで弱っているのかも知れないな。そう思うと愉快だが、そもそもそんな因果関係があり得るのかも不明である。

 何にしろ、奴らはこっちを物凄く警戒しているのは事実。


 就寝の際に、細木に貰った浄化付きマフラーを巻いて寝たのが原因かも知れない。でもあれ、《空気浄化》って話だし、関係ない気もする。

 しかしまぁ、奴ら見事にこちらを警戒してるな。


 ちなみに俺の就寝だが、夜中に見張りに立つために皆より早めである。万一うなされたら起こしてくれと言ってあるので、夢魔対策も一応は出来ている。

 そして眠った途端に、この異変である……状況の変化に、戸惑っているのは俺も同じ。ちなみに俺の見張り番は最後、起きたら俺はチャールズと見張りをする事になっている。

 事実上のボッチである、切ないね!


 男が5人と奇数なので、まぁ仕方が無いけどな。何故か皆に一番信頼されていて、戦力的にもチームトップ扱いである。多少器用なだけなんだが、まぁいいや。

 文芸部のメンバーは、軒並みレベルが4と俺たちより低いみたいだし。今の時間は、部長と水っちが見張りにコンテナの上に陣取っている筈だ。

 その次予定の寺島とオザキンも、交代に備えて就寝してる筈。


 嶋岡部長の話題が出たついでに、あの後の顛末をちょっと語っておこうか。告白に対するこちらの反応の薄さに、部長は戸惑ったと言うより、何だか傷付いた表情になって。

 この凄さが分からないのと、エキサイティングする部長を部員たちが宥め。どうも異世界小説モノでは、チート認定の定番らしい……うん、分からないな。

 熱く語る彼は、どうやら《空間魔法》を凄く愛している模様。


 それじゃあ使って見せてと迫る俺に、今は使えないと目を逸らす嶋岡部長。どうやらスキルが重過ぎで、現状ではセットが無理との話である。

 確かに13Pとか、普通に考えたら凄い能力なんだろうな。ちょっと聞き及んだところ、無限インベントリとか長距離ワープの使える可能性とか、夢が拡がるのは俺でも分かる。

 でも13P……果たして、性能が確かめられる日は来るのか?


 ちなみに嶋岡部長の残りのスキルは、《付与術》と《薬品合成》のたった2つである。戦闘では辛うじて、《付与術》で戦士のサポートに徹する事が可能って感じ。

 かなり歪な取得だが、本人は満足しているらしい。ってか、《薬品合成》はレシピもある程度、頭の中に閃いてくれるスキルなのだそうで。

 自作のポーションを、わんさか提供してくれた。


 すごいな部長……恐らく生産系の方が、彼の性に合っているんだろうな。色々と話を聞いて、俺も部長の愛する《空間魔法》の可能性に賭けてみたくなって来た。

 今後の成長に期待だ、スロットを増やせば良いだけの話なんだし。


 もっとも、それが一番難しいのも確かなんだけどね。それにしても夢魔の奴、今夜は全く襲って来る気配が無いな……安眠出来て、こちらは嬉しいけど。

 ってか、逆にこちらからちょっかいを掛けたくなって来た。いや、観察を続けるに留めているけど。奴らの弱点とか、弱みを握れば次に襲われた時に、必ず助けになる筈だしね。

 パッと見て感じるのは、まぁ光魔法には弱そうって感じ。


 とは言え、斎藤先生から借りたのは既に随分前の話。とっくに時間切れで、使えなくなってしまっている。第一、夢の中でスキルを使用するなんて無茶な話だ。

 ……いや待て、果たして本当にそうなのか?


 俺の所有する《夢幻泡影》を例えに出すと、まぁ訳の分からないスキルこの上ない。効能すら意味不明だし、性能なんて論じる事は不可能に近いと思う。

 そんなスキルに、こちらが上限を定めるなんて愚の骨頂である。出来るか否かは、まずやってから示せって話だ。いや、出来てしまえば棚ボタなんだけどね。

 うん、何だか出来る気がして来たぞ!


 ノリだけで行動している気もするけど、何しろ夢の中とは言え待ちの姿勢は疲れてしまう。待ちと言うより睨めっこだな、夢魔の煮え切らない態度に苛ついていたのも確か。

 向こうから来ないならこっちからだと、俺は心の中で《光弾》のイメージを紡いでみる。起きてる間に何度か使っていたので、この作業は割と簡単。

 そして何と、俺の手の中に輝く光球が出現!


 やっふー、ここまで上手く行くとは、夢の世界の自在性万歳だ! それともこれも、スキル《夢幻泡影》の為せる業なのだろうか?

 分からないけど、急に魔法を使って攻撃して来た俺に、夢魔共は蜂の巣をつついた様な大騒ぎ。逃げ出す者に向かって来る者、魔法に当たった奴は一撃で消し炭だ。

 やはりコイツ等の弱点は、光属性に間違いなかった様子。


 暫くは魔法の遠距離攻撃で無双していたが、奴らもヤケ糞で突っ込んで来始めた。余裕のある今では、接近戦もドンと来いな心情なのだけど。

 どうせなら、《光魔法》のLv2の《光付与》も使ってみようか。これも起きている間に、一度だけ自分に試してみた事があるけど。

 これも使えたら、夢無双が本格的になってしまうな。


 ってか、普通に使えてしまった。スムーズな光属性の付与効果で、俺の身体は光輝かんばかり。いや、本当にピカピカ輝いてるんだけどね?

 これはステータス系のアップ効果なのだけど、もちろん光属性が苦手な敵には特効が発動する。夢魔にしてみれば、俺に近付かれるだけで嫌な気持ちになる筈。

 昨日まで好き勝手してくれた恨みだ、逃がしはしない。



 などとヤンチャをしていたら、夢魔の姿は周囲からほとんどいなくなってしまった。遠くに逃げた奴はチラホラいるが、追い掛けて行くのも大変だし。

 結構な数をソロで倒したので、経験値も貯まったんじゃないかな。架空スマホ……夢の中でも出せるだろうか? うん、出せたし操作も問題無いみたいだ。

 おおっ、やっぱりレベル上がってる!


 これでレベル6だけど、果たして夢の中でステータスアップ操作して良いモノだろうか。起きたら夢オチでした……なんて事になったら目も当てられない。

 でも操作しちゃうもんね、何事も実験してみないと分からないし……ってか、スキル欄が凄い。《夢幻泡影》と《光魔法Lv2》が並んでいる、両方ともセットした覚えは無いのにね。

 これって、起きても存在してるのかな?




 皆轟春樹:Lv6   HP:25(41)   MP:10(46)

===============--------

物理攻撃:28(38)   物理防御:25(31)

魔法攻撃:17(27)   魔法防御:13(20)


スキル【13】《夢幻泡影》《光魔法Lv2》

予備スキル《餌付け》《観察》《平常心》《日常辞典》《追跡》《投擲》《時空Box(極小)Lv2》《エナジー補給》《購運》《硬化》《高利貸》《罠造Lv2》《借技》

獲得CP【241】   獲得SP【1/0】


状態異常:呪い《衰弱》《悪夢》

装備:銀の槍、手作りフレイル、工具の盾、蜘蛛糸のマフラー《空気浄化》、木綿のポーチ《収納倍加》

持ち物:ポーション×5、マナポ×2、毒消し薬、架空スマホ、



 均等上げを選択した結果、見事にスロットも増えてくれた。これで13か……上手くやれば、平均5~6個はセットで同時活用出来るかなぁ?

 それにしても貧弱なステータスだ……いや、元の数値は順調に増えていてくれてるんだけど。呪いの《衰弱》のせいで、活用出来る数値は精々が6割程度。

 物理攻撃や防御は、装備で辛うじて上昇を見せてくれているけど。何とかしたいのだが、夢魔を幾ら倒しても大元の解決には至らないと言うね。

 いや、経験値の入手は嬉しいんだけどさ。


 しかしまぁ、後は検証だな……起きてみて、この状態そのまんまだったら万々歳だ。夢の中では、時間の推移はボヤけていて分かり難いが、まだ見張り番は回って来ないかな?

 などと思っていると、タイミング良く衝撃が夢の世界に走った。覚醒の前触れだ、この感覚は誰かが揺り起こしに掛かっているのかな?

 次いで慌てたような、誰かの呼び掛ける声が。





「……皆轟君、起きて! 囲まれてる、敵の襲撃だ!!」





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