第16話 初のダンジョン探索を味わう人々
最初の敵との遭遇を、彼らはある程度は予測していたようだ。何しろスキル《勇者セット》を使ったところ、武器や防具が目の前に出現したのだから。
つまりは、これらを使って敵を駆逐しろとの、そんな嫌な指示が透けて見える。実際、ほんの数分後には、その推論は本当の出来事になった。
その戦闘は、もちろん彼ら自身の身で対処する事に。
戦った敵は、初級の敵のゴブリンだった。ゲームに詳しい仲間が、自信満々に仲間にその名前と生態を告げている。
ここはそういう世界らしい、この先が思いやられる。
《狩人》のスキルを持つ仲間が、このルートを先に通った人間の痕跡は無さそうだねと冷酷に告げた。どう言う理屈か、物盗りの一味を追って来た筈が、全く別のエリアへと出てしまったみたい。
困惑していると、《聖女セット》からローブや杖を出現させて、同じく着込んでいた副生徒会長の
嫌な推測だが、ありそうな話に皆の顔色が一斉に変わる。
「まさか、そんな……それじゃあ僕ら、進むしかないって事ですか?」
「試してみよう……おっと、敵が出る事は確定したんだ。武器の無い者は、積極的に敵の落とした装備を拾ってくれよ。
魔法を使える者は申告してくれ、隊列を決めよう」
そうして行った実験結果は、まさに嫌な方へ大当たりと言った感じ。地下鉄の改札口に出る筈が、再び見た事も無い遺跡エリアへ排出されてしまった。
今度敵が出て来たら、後衛陣で魔法を試して良いかしらと、福良木の呑気なコメント。何だか動じてない者もいる、見たところ半数の仲間がそんな感じらしい。
先行きが不安だってのに、緊張感の無い連中も混じっている。
幸い、勇者明神に同伴した同級生たちの所持スキルは、戦力的に充実してくれていた。同じ生徒会のメンツもいるし、知り合いばかりなので心強そう。
面子的には、勇者を含めて男子が4人ほど。女生徒は福良木と、もう1人書記の
庇護欲をそそる娘だが、今は福良木にピッタリ寄り添っている。
《勇者セット》を見事引き当てた
彼はそもそも、勇者などと言う訳の分からない役職にも不満を抱いていた。自分は生徒会長で、それ以上の重荷とか役割は必要無いのだと。
言うなれば、学園生活に適応した人種である。
ゲーム好きな仲間が必死に、勇者と言うのは剣も魔法も使える万能タイプの戦士だと説明している。ほとんどの武器防具が装備可能で、レベルの伸びも早いのだと。
もっともそれは、ゲームの中での話なんだけど。
仲間達は懸命に、勉強もスポーツも何でもソツなくこなせ、家柄も申し分ない明神をヨイショしている。何より現時点で、一番装備も良く頼れる人間なのだ。
だだし、家柄においては副生徒会長の福良木の方が、遥かに上なのも皆が知る事実。今もその当人、神楽坂と男子生徒の1人に、自分の護衛を言いつけて。
まずは安全な場所と、快適に休める今夜の宿を探しましょうとお嬢様発言。
「明神君、もちろん分かっているわよね? 私を野宿なんてさせないで頂戴、もし約束を破ったら……承知しないわよ?」
「勿論だ、福良木……君が生徒会副会長を受けてくれた恩と義理は、決して違えはしないと約束しよう。
それでは皆、出発するぞ!」
別に物盗り犯を捕まえようとか、生徒会の役に立とうとか、そんな殊勝な思いは微塵も無く。ただ単に、あの息苦しい場所からトンズラこいただけである。
特に生活指導の
「それにしても、
「べ、別に関係ねぇよ……奴はレギュラーだけだぜ、可愛がるの? 俺らの事なんて、名前さえ覚えちゃいねぇって!」
「それはそれで寂しいよな……藤谷なんて、このガタイでレギュラー取れねえのかよ?」
補欠なのはお互い様だろと、真っ赤になって反撃する藤谷。確かに彼の身長と胸板は、補欠に甘んじさせておくには惜しいかも。
野球部に所属している
そんな4人は、普段から気が合うのも確かで。
取り敢えず、皆が一様にテンションだけは高めである。何故なら新しくタダで貰った
まずはそれぞれ、子供のように自慢の逸物を見せ合う。
「何だよ、おめーらのスキル……武器とか装備が無いと役に立ちゃしねーじゃんかよ! 俺のなんて魔法だぜ……《毒魔法》とか、格好良くね!?」
「なんだそりゃ、魔法ならせめて爆発とか隕石落下させてみろよ!? いやでも、確かに今の状況だと反町頼りになっちまうのかな……?」
「そうだな……まぁ、ぶん殴って済む話なら、俺たちラグビー部に任せときな! 何せ、筋肉は絶対に裏切らないからな!!」
ガハハと笑い合う脳筋軍団、その姿はむしろ潔いとも言えるけど。彼らが果たして、この異世界ダンジョンで生き延びていけるかは全くの不明である。
何しろ、揃いも揃って考えるのが苦手な連中の集まりなのだから。
異世界ダンジョンを、唯一ソロで進む者がいた。その姿はおっかなびっくり、何度か雑魚らしき敵に遭遇しては逃げての繰り返しの結果である。
彼の名前は
見事に行き詰って、こうして逃げ回っている。
まず最初に、やたらと重い13Pもするスキルを取得したのが間違いの元だった。その名も《破壊王》と言って、優しそうな受付嬢には凄く反対されたのだが。
一応念の為にと説明を聞いて、ますます欲しくなって取得してしまったようだ。何しろ破格の攻撃性能、これならクラスのヤンキーや虐めっ子も敵じゃなくなる。
特に伊澤たちのグループには、必ず仕返ししてやる。
そんな思いで取った《破壊王》だが、当然の如く最初からスロット枠の不足でセット出来なかった。仕方なく、予備にと勧められた《死霊術師》をメインに添えたのだけど。
宏司にしてみれば、当然不服なスキルである。別に同級生を呪うほど恨んで無いし、そっち方面を極める気もさらさら無いのだけれど。
他に頼るスキルが無いので、当面これに頼るしかない。
そして念願の、小鬼の死体を道端で発見! スキルの使い方は、事前の説明と同時に、セットした途端に何となく自然と分かっていたので。
とにかくまず最初に、自分の身を守れるようにならないと。そう思う宏司だが、それにはまず何かの生物の死体が必要だったのだ。
何も持ちえない彼が、モンスターを倒せる筈もなく悶々としていたのだが。
偶然にも、しかも3体も同時に見慣れぬ小鬼型生物が死んでいるのを発見して。あちこちと進んでいる間に、どうやら他の探索者の通った後に出くわしたみたいだ。
つまりその探索者は、上手に敵を倒して進んだ事になる。
生憎と、武器の類いは持ち去られた後だったけど。同じくセット済みの《死霊活性》と言うスキルが役立ってくれる予定。つまりはゾンビを作成して、強化するコンボ技だ。
上手く行くと良いけど、ドキドキしながら宏司は術を発動させる。
どこか昏い色合いの魔法陣が、束の間現れて贄となる遺体を覆った。生暖かい風が巻き起こり、地獄の底からかと思われる、底冷えする誰かの叫び声の幻聴の後。
術は無事に成功となった様子、おもむろに起き上がる3匹の小鬼の死体。まずはここがスタートライン、それから自分だけの王国を築き上げてやる。
人生に明確な目標があるって、とっても良い!
生き延びる、そして仕返し出来るだけ強くなる。暗い執念を燃やしながら、不気味に佇む即席ゾンビたちの前で、そう誓う宏司だった――
春樹の昔馴染み、同じ道場に通っていた
何しろ子供のような体格の相手である、武器の使い方も素人っぽいし、負ける要素がまるで無い。近付いた相手の小手を打ち、すれ違いざまに脚を掛ける。
そして転がった相手の
こちらは木刀なので、それくらいは勘弁して欲しいと願いつつ。悶絶する1匹目を無視して、
そいつらの手元には、同じく既に武器は無し。道場で習った
後はさっきみたいに、急所に突きを見舞えば良い。
「終わったよ、みんな……後はぁ、武器を奪って……踏んづける!!」
「えっ、踏ん付ければいいの? 女王様プレイとか、そう言うの好き?」
「静香が言ってるのは、自由を奪えって事ね……ほら、こうすれば相手はひっくり返った亀のように動けない」
なるほどと、体格自慢のスポーツ部所属の娘さんたちが、
瞬く間に戦闘は終了、そんな中静香だけが、なおも転がした敵への攻撃方法を指南している。要するに、急所さえ
それを何となく聞いている、制服姿の女生徒たち。
その数、総勢9人と大所帯である。内訳はバレー部員5名を始めとして、スポーツ部所属の女生徒が大半だ。静香と玖子は、学校の部活にこそ所属していないが、道場通いで現時点では最強の戦闘能力を有している。
バレー部エースの木乃香の音頭で、この集団のリーダーは玖子へと委ねられた感じ。その玖子が自信をもって送り出した静香が、いきなり無双を見せたものだから。
女生徒たちは大興奮で、静香への評価は自然とうなぎ登り。
「すっごいね、野木沢さんっ……いつも教室ではパッとしない娘なのに、こんな特技を隠してたなんて!」
「素敵……チューして!」
「あっ、狡い……私も!」
「チューは駄目です……はしたない!」
友達の茶々入れに、真っ赤になって“はしたない”を連呼する静香。からかわれているのを分かってない幼馴染に対し、玖子はため息をついてスルーする。
戦闘能力は飛び抜けているが、性格的にはかなり幼い静香。もちろん捕らえた小鬼を、これ以上虐めるような素振りは無い。急所の説明も、実践抜きで言葉で伝えるだけ。
いやしかし、この捕らえたモンスターをどうするの?
「あっ、そっか~……野木沢さんは、好きな人いるもんね~?」
「ああっ、さっき
「「「ハルちゃんの財布、返しなさいっ!!」」」
静香の顔は、真っ赤を通り越して蒸気を上げる程に。きゃははと笑いながら、大好物の恋バナを堪能する女生徒たち。何やってんだかと、玖子の表情は
元々、静香が春樹に思いを寄せている事すら気に食わない彼女である。この冷やかしコールも、相当腹に据え兼ねている。それ以上に、この小鬼の処理を本当にどうするの?
こうやって背中に乗っかっているのだって、限りがある。
悩んでいたら、静香の恋バナに参加しなかった女生徒が進み出て来た。玖子はあまりよく知らない、確か静香の去年の同級生とかそんな感じの娘だった筈。
スポーツ部所属ですら無かった気がするが、静香とはやたら親しかった覚えがある。あのマイペース娘と上手に付き合えるのだ、相当な変わり者なのだろう。
などと思った、玖子の予想は大当たり。
「……みんな、スマホのステータス欄を開いて、どこか変化が無いかチェックをお願い。宮島さん、その小剣を1本貸して貰える?」
「えっ、うん……いいけど、どうするの
そして桐子は実行する、捉えた
「ええっ、桐子ちゃん……殺しちゃうの? だって、人の形してる子だよっ!?」
「ゲーム的には、この形状はゴブリンって言う小鬼タイプの敵でしょう? ここは明らかに、殺さなきゃこっちが逆に殺される世界だし……。
私の家は農家だから、昔から
それよりステータスに、何か変化はあった?」
「えっと……名前の下のバーが、ちょこっと増えたかな?」
「あっ、私のも同じ……ああっ、そっか! レベルの概念が存在するって事は、ゲームみたいに経験値の入手方法もあるって事ね、佐々品さんっ!?」
なるほどとの認識が、女生徒の間に拡がって行く。モンスターから流れる血に、騒然とする者も何人か存在するけど。それは当然だろう、玖子も多少引いている。
それでも、今後も何度もこんな目に遭遇するなら、彼女のような命の摘み取りに手を下せる者は必要である。ところが、桐子の示す行動はそれだけでは終わらなかった。
ゴブリンの死体に手を
次の瞬間、死体は綺麗に消え失せていた。出現したのは、粗末な木製の薙刀である。玖子が最も得意とする得物、しかし何故唐突に出現したのかが不明。
魔法のような出来事に、周囲は驚きの喚声に湧き返る。
「私のスキル《等価交換》は、所有した物を価値の同じ物と交換が出来るの。MPを結構使うから、あまり乱発は出来ないけど……皆も使えそうなスキルの、チェックをお勧めするわ。
これをどうぞ、真野宮さん。リーダーはあなたで、私も文句は無いわ……でもこの先、食料の補給とか敵の討伐とか、色々と大変そうだから。
皆で力を合わせましょう、もちろん私も協力する」
「そっ、そうね……女の子だけのパーティだけど、皆で協力してここを脱出するわよ!」
――そうして先行き不安ながらも、女生徒たちは異世界探索に乗り出すのだった。
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