第11話 旅立つ人々



「こりゃ一体、どうなってるんだ……理解してるか、直史なおふみ?」

「分かんねぇよ、光哉みつや……非常事態だろ、要するに」


 2人は興奮しながら、ぼそぼそと小声でささやき合う。事態は既に、結構な速度で進行している模様。彼らが意識を取り戻した時には、地下鉄ホームは既に騒然とした雰囲気に包まれていた。

 先生連中は、呆然自失の生徒たちを落ち着かせようと、躍起になってがなり立てている。もっともその努力も、滑稽なほどに効果は無いみたいで。

 話によると、ここを離れた連中も何チームか存在しているらしい。


「えっ、元からいないとかじゃなくて……? ここってつまり、異世界なんだろう? まだ意識を取り戻していない奴らも、結構な数いるじゃん!」

「物盗りが出たらしいな、知らない大人の3人組だってさ……そいつらが生徒の荷物を盗んで逃げて、それを生徒会の連中が追っ駆けていったって話だぞ。

 良く分かんないけど、明神みょうじんとか福良木ふくらぎいないだろ?」


 中年男性3人による物盗りは、割と熾烈だったとの事。まだ意識の無い、床に寝転んだ人々を人質と言うか盾にして。炎の魔法で威嚇しながら、人の群れの中を物色して回ったらしい。

 そうなると他の者も、迂闊うかつに手出しなど出来る筈も無く。先生連中も声を荒げるのみ、そんな中、彼らは悠然と立ち去って行ったそうである。

 地下鉄のホームに背を向け、階段を上って改札口方面へ。


 ここが本当はどこなのかはともかく、旅行中に荷物を失ったら大変だ。生徒会の面々は、先生たちを説得したうえ、有志を募って改札口の向こうへと追跡に旅立ったらしい。

 それを聞いた直史は大慌て、何しろ自分の旅行カバンが、さっきから見当たらないのだ。光哉のは何故か無事で、周囲を見渡すとまだ覚醒しない、友達の皆轟みなごう春樹はるきの鞄も無いみたい。

 ガッツリ持ち去られたらしい、何とも運の無い事だ。


「酷い……修学旅行用にって、新しく買ったばかりなのに……何て奴らだ、仕返ししてやりたいよ、全く!」

「俺の鞄は古かったからな、それで持って行かれなかったんだろ……春樹のも新しかったし、不運だったな。しかしどうするよ、ここを抜け出た連中も結構いるって話だぞ?」


 つまりは探索だ、それはこの地下鉄のホームにいるより、何倍も楽しそうな響きである。周囲の同級生の話だと、電車の類いは幾ら待っても全くやって来ないらしい。

 駅員も同じく、もちろん新規の地下鉄利用者とも遭遇していないそうだ。完全に孤立している今、救助の類いなど当てになりそうも無いと言うもっぱらの噂に。

 光哉と直史は、その知らせに顔を見合わせるしか無く。


 それでも大半がここに居座っているのは、外部の状況が全く判断出来ない為らしい。ここにいれば、少なくとも安全ではあるしトイレや水もある。

 あの白い部屋で与えられたスキルについても、同級生たちは何人かで実証しているとの事。その結果、探索に出掛ける者もいれば、やはり居座り続ける者もいるのだとか。

 光哉と直史は、再び顔を見合わせスマホを弄り始める。


「直史は、どんなスキル取った? ちなみに俺は、《幸運》と《俊足》と《水魔法》とかだな。後は、《探索セット》が凄いお得だって勧められた」

「凄そうだな、俺は《剛直》と《平静》と《平衡感覚》と、あと《双剣士セット》を勧められたよ。正直良く分かってないけど、俺のも凄そうじゃね?」


 などと話している間にも、他にも出発して行く集団がちょこちょこ。隣のクラスメイト達も、出発するなら一緒に行こうぜと2人を誘って来ている。

 光哉はスマホを弄って、試しに《水弾》なるモノを、ホームの路線に向けて放ってみた。それは確かに作動して、水の弾丸が派手に線路のレールにさく裂した。

 再び顔を見合わせる両者、これは凄い力を手に入れたかも?


 結局、同じクラスのメンバーを募って、8人の集団が程なく出来上がり。意識の戻らない春樹には申し訳ないが、今を逃すと生徒指導の男性陣の見張りが厳しくなる。

 これ以上、連中のウザい制止の言葉を聞くのも飽きて来た。取り敢えずは春樹に伝言だけ残して、先に出発してしまおうと取り決めて。

 ――光哉と直史が出発するまでの経緯は、こんな感じだった。









「部員たちも身体を動かしたいと言ってますし、私も教師陣は二手に分けるべきかと思いますね。私は部員を率いて、出口か食料か、またはここより寛げる場所を探しに出ましょう。

 押野先生方は、ここに残って生徒たちを守って頂きたい」

「いやしかし、そんな勝手を仰られても……」


 生徒指導教師の押野おしのは、目の前の古河谷こがたにが苦手だった。古河谷は小柄で、とても荒くれ者集団と名高いラグビー部の、顧問が務まるとは思えない見た目なのだが。

 妙なカリスマと言うか、威圧感を持ち合わせて見事に監督業をこなしている。現に今も、筋肉逞しい部員たちが、監督の後ろで不動の構えを示している。

 まるで軍隊だ、その統率力は如何ほどだろうか。


 その軍団の中心にいるのは、身長2メートル近く、体重100キロのハーフ特待生。その名もガブリエル・有働うどうと言うナンバーエイトを担うキープレーヤーである。

 彼の入学と共に、元々強豪だったラグビー部は、全国でもその名をとどろかせ始めた。名高き名将との誉れも高い古河谷監督と、ラグビー部員6名での探索志願。

 正直止めたい押野だが、適当な理由が思い付かない。


 古河谷監督は、なおも持論を振りかざして探索の大切さを主張した。曰く、こんな場所で数日過ごしても埒が明かない。積極的に行動しないと、後で痛い目に遭うのは確実だと。

 幸いウチのラグビー部員ならば、戦闘力的にも申し分ない。少々の危険には太刀打ち出来るし、普段から鍛えているのでタフなのは保証付き。

 危険な外部の探索も、難なくやり遂げる事でしょう。


「えっ、ここの外は危険なんですか? どうやってそれを知り得たんです、古河谷先生?」

「馬鹿な質問をしないで下さい、押野先生……白い部屋で、我々は何を得ました? 危険を乗り越えるための、戦闘用のスキル各種ですよ?

 争い事を見越していなけりゃ、そんなモノを渡しっこ無いでしょうに」









 ヤンキー軍団の伊澤いざわ、それから野村のむら奥井おくいは、最初は静かに状況を見定めていた。なにしろ目が覚めたのは、他の生徒たちより随分と後である。

 何が何だかの部分もあり、なかなか行動に移れなかったのだ。


 聞き込みの結果、口煩くちうるさい生徒会の連中は、物盗り犯を追って改札方面へと向かったそうである。それが約3時間前、さらには目の上のたんこぶの脳筋ラグビー部も出発したとの事。

 他にもメンバーを募って、各々の判断で地上を目指す連中は後を絶たないらしい。生徒指導の押野先生の制止も、全く役に立っていない状況だそう。

 破綻した現状は、むしろ彼らの望むところか。


 彼らは仲間内で、まずはスキルの有用性を実証してみた。それが有効であるのを確信すると、少しずつ図に乗り始める。完全に乗れないのは、割と近くに本格派ヤンキーの一団がずっと居座っているから。

 そこのリーダーの宗川むねかわは、グレてる癖にスポーツ万能で、喧嘩も強い本格派と言う嫌な奴だった。伊澤たちの存在には無関心のようだが、どう動くのかは気になってしまう。

 それでも光哉と直史の2人がこっそり離反すると、彼らも行動に出る事に。


「ようっ、寺島……さっき水沢たちと、何を話していたんだ? しっかし皆轟の奴、まだ目を覚まさないとか、どっかおかしいんじゃないのか?」

「えっ、伊澤君……? あの、皆轟君がなかなか目を覚まさないから、伝言を頼まれて。先に行くから、目を覚ましたら追い掛けて来てくれって感じの……」

「そっか、奴らも薄情だな。もう少し位、待ってやってもいいのにな。よしっ、俺たちも伝言とやらを残して行こうぜ……何て言付けるかな?」

「そうだな……ちょっと財布から札でも拝借して、金を借りたから返して欲しかったら追って来いってのはどうだ……?」


 自分たちのジョークが余程気に入ったのか、伊澤と奥井は馬鹿笑いを始めてしまった。そしてそれを実行する野村、春樹の財布を探し当てて札を抜き取る。

 それを見兼ねて、座り込んでた生徒の群れから、立ち上がる人影が2人分。先ほどから警戒していた、ヤンキー軍団の頭を張る宗川と、隣のクラスの女生徒、野木沢のぎさわである。

 明らかにそれは、彼らの身勝手な行動をとがめようと言うモノ。


「おい、そん位にしとけ……意識の戻って無い奴から金を巻き上げるとか、お前らどこまで腐ってんだ? 金が欲しけりゃ、俺が立て替えてやるよ……」

「はっ、ハルちゃんのお金を返しなさいっ……!!」


 緊張した感じの女生徒の叫び声で、何となくその場は微妙な雰囲気に。野木沢の隣にいた女生徒が、慌てて彼女を座らせようと躍起になっている。

 見せ場を濁らされた宗川は、取り敢えず彼女の言葉を無視する事に決めたらしい。伊澤たちを挑発して、反論がありそうなら拳で決着をつける気満々の様子。

 学校のタガは既に壊れている、それを彼は肌で感じ取っていた。


 伊澤たちも、こんな大勢に見咎められて、さらにこんな大きな騒ぎになるとは思ってもいなかったらしい。或いはそれが、この集団に踏ん切りをつけさせたのかも。

 ヤルぞとの掛け声で、まずは伊澤が動いた。宗川に向けて、凄い勢いで《氷弾》が飛んで行く。同じく、野村が皆轟の財布からくすねた小銭を、弾丸のように弾き撃つ。

 それを涼しげな顔で、全て避けて見せる宗川。


 悲鳴はそこかしらで上がっていた、そして案の定な、生徒指導教諭の怒鳴り声。驚いたヤンキー軍団は、思わず手近な荷物を掴んで電車の路線へと飛び降りる。

 伊澤を先頭に、線路沿いに逃げ去って行くヤンキー軍団。それを呆れた目で見ていた宗川は、周囲にいた仲間に行くぞと一声だけ号令を掛ける。

 それを合図に、立ち上がる6人の男女。


 女性の1人は宗川の双子の妹で、本人にはヤンキーの自覚はまるでない。それでも気合の入った学園生活で、似たようなカテゴリーに分類されているのを本人は知らない。

 周囲も喧嘩っ早い連中が占めているが、別に自らヤンキーだと思っていない連中が大半だ。ただ一つ共通点があるとしたら、皆が一様に宗川の人柄に惚れ込んでいるって事だろうか。

 無論、この後の探索も一緒に行くのは決定事項だ。


「兄ちゃん、奴らを追うの? それとも、改札口から地上を目指す?」

「既に人の通った道は好かんな……連中とは反対の路線を進もうか」


 教師たちの怒鳴り声を完全に無視して、他称ヤンキー派閥の宗川兄妹はこうして出発を果たした。周囲の感想は、厄介者がようやく出て行ってくれたと言う安堵が半分。

 もう半分は、先生への対抗勢力が消えたなぁと言う不安だったとも。









静香しずかっ、あんたナニ悪目立ちしてんのっ!? 今は非常事態なのよ、少しは自重しなさいっ!!」

「だって、くーちゃん……ハルちゃんの財布が盗まれて……」

「あんな馬鹿は放っておきな、師匠だって突然高校の部活を辞めた事を怒ってたじゃん! 罰が当たったんだよ、あんたも当分はアレに近付くんじゃないよっ!?」


 小声で激しくののしられているのは、さっき立ち上がって発言した女生徒だ。目のクリっと大きな、それなりに容姿の整った美少女なのだけど……今は友人に小言を貰って、シュンと縮まっている。

 幼馴染の彼女を叱っているのは、これまた清楚系で眼付きの鋭い美少女だった。長髪をポニテに纏めて、色白な肌が今は紅潮して興奮している模様。

 要するに、春樹と彼女たちは同じ町道場の門下生なのだ。


 先ほどから苦言を発しているのは、真野宮まのみや玖子くこと言う薙刀の有段者。白い部屋でのスキル分配でも、それ系を貰って戦力は高い部類の筈なのだが。

 その彼女からすれば、静香の方が戦力としては格上だと認識している。それと同時に、性格的にはかなり危なっかしいとも思っていて。

 逆に春樹は裏切り者認定だ、それは揺ぎ無い程の信念で。


 元からそんな、世話焼き性格の彼女の近くには、結構な人数のスポーツ系女生徒たちが集まっていた。そしてここに留まるか、はたまた危険と断じて逃げ出すかを論議中で。

 何しろこんな状況だと、女性はとことん不利である。絶望しオオカミと化した周囲の男共に、襲われる心配をしなければならないので。映画とか小説では、まさに王道パターン。

 今の所、大きなパニックが起きていないのが幸いしているけど。


 それも時間の問題かも知れないし、どうしようかと不安は拡がるばかり。バレー部エースの女生徒が、長身を苦労して縮めながら近付いて来て、玖子に相談を持ち掛ける。

 こんな状況が長く続くのはゾッとしない、出来れは一緒に逃げてくれないかと。幸い、ついさっきお土産屋さんで、何となく木刀を買い求めちゃってさ。

 これでどうか、私たちの清い身を守って下され。


「いや、アンタの純潔とか興味ないし……でもそうね、木刀は静香に渡して頂戴。この娘の戦闘力なら、男の5人や10人なら簡単に蹴散らせるし。

 比較的、先行人数の多い改札口を、脱出ルートに選ぼうか?」

「オッケー……それじゃあ、ついて来る連中は準備して! 先生が向こう向いてる隙に、ダッシュでそこの階段を駆け上がるよ!」









 古野橋このはし桜子さくらこは、いわゆるギャルだった。格好も化粧も、雰囲気からして周りからそう見られている。口から出て来る言葉も、だりぃコメントが半分を占める。

 ってか、今がまさにそんな状況だった。今使わずしていつ使うと、友達とだりぃを連呼する。しかもお腹が空いても、手持ちのスナック菓子程度しか食べるものが無いと言う最悪の状況。

 省エネするしかない上に、しかも地下鉄ホームに直座り。


 生徒が密集して座ってて、周囲は皆のストレスで異様な雰囲気となっている。正直苦手な空気の中、助けは来なさそうと言う情報が伝播でんぱして行く。

 そりゃそうだ、だってここ異世界なんでしょと桜子は思う。


 何で皆信じないかなと、友達の頭の固さに辟易へきえきしながら。かったるいと思っていた修学旅行が、さらにかったるい事態になってしまった、と言う笑えないオチ。

 異世界観光でもしろってか、どうすりゃいいのよって訊かれても、桜子にだって分からない。ただし、先生や周囲の大人たちが当てにならないのだけは確実みたい。

 だからと言って、自分でこの状況を変える事も出来ないし。


 いや、本当に不可能なのだろうか……桜子もあの白い部屋で、スキルをしっかりと貰っている。周囲の友達は秘密主義で、互いに見せ合いっこなど提案しないので助かってるけど。

 いや、まだ大半の生徒は信じてないのかも? 彼女自身は《魅了》とか《美人局》なんて、他人に見られたらヤバいスキルを取ってしまって、間違ってもスキル公開など無理。

 勧められるまま取得したけど、今では後悔している桜子。


 あなたにピッタリですとか、今考えると酷い事を言われた気がするよね。あの時は何とも思わなかったけど、まぁ一応は闘えそうなスキルも付けて貰ったし。

 《爪操術》とか《演舞法》とか、趣味と実益のダンスを使えるのも良いかも。もっとも現代の女子高生、もちろん戦闘経験などありはしない。

 この状況で、どの選択肢が正解かなど、誰にも分かりゃしないって。


 それでも仲間たちの話し合いでは、グループ作ってここを抜け出そうとの結論に至りそう。何しろ生徒指導の教師の面々がウザい上に、当てにしたくないという心理が働いて。

 それじゃあ一気に抜け出そうかと、一同6人で話が決まったところ。急に近くに座っていた見知らぬ男性が、桜子たちに話し掛けて来た。

 一緒に同行したいそうだ、向こうは同じ学校の生徒ですらないのだが。


「私は医者でね……あの白い部屋で、治療のスキルも取得しているから役には立つと思う。大人が一人も同行しないのも、君たちは不安だろうし。

 どうかな、この提案……?」






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