第10話 帰りたいけど帰れない



「へえっ、これが陳列棚にあったのか……確かに値札もバーコードも付いてないな。しかしどうだろう、それだけでこの異世界のアイテムって証拠には……」

「だから皆轟君の、鑑定スキルで見て欲しかったの。棚の奥に、商品で隠すように置かれてて気になったから。皆轟君は、チェストの中のアイテムも見たんでしょ?

 どうかな、どこか似てない?」


 スーパーの隅のサッカー台の近く、俺と南野と、ついでに寺島までやって来てのヒソヒソ話だ。細木と斎藤先生は、皆の昼食を作っている最中らしい。

 男性教師陣に関しては、何故かご機嫌に宴会を始めてしまっている。この店は酒も置いてあったのか、別にいいけど暢気な事この上ないな……。

 最初の救助演説はどうなった、本当に情けない連中だ。


 それでも、こちらの目論見から気が削がれるなら、この際何でも良い。もしこれに価値があって、どこか他に隠されているなら、俺達で全部せしめてしまおうって話だ。

 取り敢えず、お金を全て運に変えてしまったので、《購運》はもう用無しだな。俺は請われるままに、《購運》を外して《日常辞典》をセットする。

 そして判明する、その隠しアイテムの本当の価値。


「おおうっ、マジか……『マナポーション』だってよ、これ! 一瓶で、MPを25ポイント回復してくれるって書いてある……!」

「凄いっ、使えるアイテムで良かったね、南野さん……! こっそりと集めて回ろうよ、皆轟君……先生たちは、お酒の陳列棚のコーナーで酒盛りしてるし、今がチャンスだよっ!?」

「そうね、今後の戦闘で役に立ちそう……3人で、手分けして探しましょう」


 てっきり食料補給のラッキー部屋だと思ってたら、さらにお得なアイテムが潜んでいたとは……! 俺たちはテンション高く、散り散りになって探索を始める事に。

 しかもダミーに買い物籠を手にして、食料物色の振りをしながらだ。なかなかの小狡こずるい策士だな、南野の奴は。そして程なく発見、瓶は同じだが中身の液体の色が違うのをまずは1本。

 こっちは『ポーション』らしい、商品棚の奥に隠すように置かれていた。


 そんな余裕は無い筈だけど、宝探しみたいでちょっと楽しい。つい熱中して、あちこち見当をつけながらも、ほぼ勘を頼りに探索は続く。

 これもひょっとして、早速の《購運》の効果発動だろうか? いやまさかね、そんなに早く効果は現れないとは思うけど。

 結果、細木が食事出来たよと呼びに来るまでに、合計4本ゲット。


 南野と寺島も、それぞれ3本ずつ小瓶を見付けていた。最初の1本を合わせて、総本数は11本だな、内訳は『ポーション』4本に『マナポーション』3本、それから『毒消し薬』3本と『万能薬』が1本である。

 『万能薬』とか、凄くレアっぽいのだが。ほぼあらゆる状態異常を、打ち消す力があるそうだ。……ただし、呪いには効果が無いと、注釈が添えられてあった。

 呪われの身としては悲しいな、それでも貴重品には違いない。


 協議した結果、最初の3本はそれぞれ内緒で所有しておく事に。使う際もなるべく内緒で、教師たちには絶対にバレないようにと念を押して。

 万能薬と予備のポーションは、南野がまとめて管理してくれる事に。何よりこちらの世界のポーション瓶の形状が分かった事と、それを所有出来た心理的な安心感は大きい。

 当分食料にも困らないし、貴重な補給ミッションだったな。




 俺たちが細木の調理した割と手の込んだ昼食を終え、しばし食後の休憩を取ったのち。そろそろ戻りましょうと皆を急かしたのは、驚いた事に斎藤先生だった。

 ここまでこの女教師が、自分の意見を主張するのも珍しい。どうやら彼女だけは、真っ当な教師の立場を忘れていなかったようだ。

 ところが、そんな熱き思いも呑兵衛のんべえ軍団には通用せず。


 ぐだぐだと言い訳をかまして、明日出発すれば良いでしょうなどと抜かしている。押野に限っては、もう少し先に進めば何かあるかもと、この期に及んで逆張りを主張する有り様だ。

 居残り組の救済計画はどうなった、本当に助ける気はあるのかね? そんな胡乱うろんな考えは、どうやら斎藤先生も同じだった様子で。

 それなら自分だけでも、食料持参で戻るとの発言。


 それを聞いて、俺はさり気なく隣にいた寺島を肘で突っつく。それを過敏に察した寺島、それなら自分たちが護衛について行くとの優等生発言。

 この作戦なら、合法的に生徒指導の連中とたもとを分けられる。何て嬉しい提案だ、しかしそれは不味いと向こうも察したのだろう。

 彼らも自由の利く兵隊を、みすみす失いたくは無いらしい。


 すったもんだの挙句、結局は8人全員で帰路につく事に。それが決まった俺の心情を、果たして分かって貰えるだろうか。残念至極、無念で血の涙を流しちゃいそう。

 酔っぱらいで千鳥足の男性教諭たちは、定位置の後方からついて来る事に変わりは無いようだ。ただし以前と陣形が決定的に違うのは、斎藤先生が女子生徒組に合流した事。

 ふぅむ、これは悪くない変化だな。


 パーティ唯一の治療魔術師を、こちらに取り込めたのは何気に大きい。まぁ、引き抜いたと言うよりは、向こうの駄目さ加減に斎藤先生が自主的に抜け出した感じだけど。

 戦闘フォーメーション的には、治癒士が近場にいてくれる安心感は何よりも得難い。さらに、このスーパーで入手したアイテムで、俺たちの武器事情は一新した。

 取り敢えずだが、戦闘力と安全度は増したと思いたい。


「それじゃあ行こうか、みんな……! 今度から私も戦闘を手助けするけど、くれぐれも無茶だけはしないでね、皆轟君、寺島君!」

「了解です、斎藤先生……俺たち男の前衛と、女子組後衛の距離感、間違えないで下さいね。前へ出過ぎると危険なので、そこだけは充分に注意願いますね」


 壁役を担う前衛としては、一応は言っておいた方が良いとの釘差しをして。何しろ足手纏いになられても困る、斎藤先生は戦闘未経験者だからな。

 それから元来たゲートを、俺と寺島を先頭に通り抜けて行く。合計5つか6つのエリア突破だっけ、順調に進めば夕方には地下鉄ホームに戻れるかな?

 そんな思いは、目の前の景色に綺麗にくつがえされて――





「あれっ、ここはどこだろう……僕らが来たのって、路地裏の突き当りからじゃなかったっけ? 何か、全然違うエリアに見えるんだけど……」

「違うな、ここは完全に遺跡のエリアだな……いや、どっちかと言うと古墳みたいな感じがするかな?」

「……あれっ、ここはどこ?」


 遅れて入って来た女性陣も、この景色には驚いている様子。異界のエリア結合は、どうやらランダムなのかも知れない。それとも、時間経過で、行き先が変わるとか?

 良く分からないけど、分からない事をいつまでも考えていても仕方が無い。要は進むか戻るか、その二択でしかない。ってか、生憎と選択肢は待ってくれなかった。

 もう一つ臨時追加だ、戦うか逃げるか。


 それは噂に聞くスケルトンだった、要は骸骨のモンスターだ、それが数匹武器を持ってやって来る。周囲は確かに地下古墳のような雰囲気だし、まぁいてもおかしくは無い。

 俺が最初にそいつ等を見た感想は、スッカスカだなぁって妙な安堵感だった。筋肉などありゃしない、あれじゃあパワーのある攻撃は到底無理だろう。

 ただし、こちらの石槍での突きも当たり難いのは確か。


 スケルトンは、生意気にも棍棒や木の盾を装備してヤル気は充分な様子。こちらは興奮した寺島が、スケルトン凄いと変なテンションをかもし出している。

 いや、今は戻る道を見失って、シリアスな場面……もういいや、とにかく先に殲滅してしまおう。石槍は不利だし、ここは新しい武器を試すべきか。

 俺はおもむろに、腰に引っ掛けた手作りフレイルを取り出す。


 これはさっきの休憩時間に、細木に頼んで作って貰った殴打武器である。昔どっかで耳にした知識で、小銭をストッキングとか靴下に入れてぶん回すと、威力が凄いとか聞いた覚えがあったのだ。

 確か、車に閉じ込められた時の、脱出の手口に使えるって話だっけ? 窓が開かず、かと言って殴っても割れない場合の知恵的な流れでの紹介だった気がするけど。

 どっこい、ちゃんと鈍器として充分に機能してくれた。


 しかし細木の裁縫技術は、なかなかに侮れないな……持ちやすい取っ手付きだし、元はエコバックか何かを流用したらしいけど。

 耐久性も問題無さそうだし、スケルトンの頭を一撃で粉砕した威力も充分だ。相手が弱かったってのもあるかも、衰弱した俺の筋力的にやや重いが、弱い骸骨相手なら何とかなりそう。

 いやしかし、この武器確か正式名称あった気がするんだが。


 今は、なんちゃってフレイルの呼び名でいいか……しまったな、寺島の分も作っておくべきだったかも。案の定、錆びた剣での切り合いも、スカスカ相手に相性は悪いらしく。

 寺島はやや苦戦中、その間俺がキルマークをひたすら伸ばして行く。


 しかし筋書き通りでは決してないけど、随分と順調に事が進んでいる気がするな! フレイルがピンポイントに骸骨相手に役立ったり、治療師が戦闘参加を表明してくれたり。

 これはひょっとして、先ほど使った《購運》スキルの効果なのだろうか? この戦闘で、ようやく俺もレベル3へ……やっと皆に追いつく事が出来たよ。

 それでは早速、2P支払って均等レベル上げを実行っと。




 皆轟春樹:Lv3   HP:15(28)   MP:13(25)

=---------------------------------

物理攻撃:17(25)   物理防御:9(18)

魔法攻撃:9(17)   魔法防御:6(11)


スキル【11】《観察》《平常心》《日常辞典》《高利貸》《罠造》

予備スキル《餌付け》《追跡》《時空Box(極小)》《エナジー補給》《投擲》《硬化》《購運》《借技》《夢幻泡影》

獲得CP【17】   獲得SP【0】


状態異常:呪い《服従》《衰弱》《悪夢》

装備:石槍、手作りフレイル



 ……残念ながら、今回はスロット増加とはならずでショボン。本当に運は上昇しているのかな、ってかスロットから外したら駄目だったりするのか?

 まぁ良いか、取り敢えず強くなれた事に変わりは無い。そして定番の、敵の落としたアイテム拾い……最近は何だか、この死体剥ぎが楽しくて仕方が無い。

 いや、骸骨は最初から死体だけどね。


 今回の敵は棍棒と木の盾を持っていたので、そのセットを合計4つ入手出来た。とは言えそんなには使わない、邪魔なのは放置すれば、押野たちが勝手に拾うだろう。

 後ろで騒いでいる教師陣は、この帰り道が分からない問題を、斎藤先生のせいにして騒いでいる。おおかた、宴会を中断された勝手な恨みをぶつけたいのだろう。

 それでオロオロする斎藤先生も、どうかと思うが。


「取り敢えず進みましょう、斎藤先生……向こうの連中は無視で良いです、何も手伝う気が無さそうですから」

「そうですね……進んで行く内に、何か繋がりの法則が分かるかも知れないですし。諦めちゃ駄目ですよ、斎藤先生。

 勝手の分からない異世界探索、根気が無いとやって行けませんよ?」


 南野は良い事言うなぁ、確かに法則とか見付かれば、今後の対処もしやすくなりそう。ただまぁ、完全ランダムとの落ちもありそうで怖いけどね。

 生徒に言い含められている斎藤先生もどうかと思うが、年上だからと威張られても堪らないし。リーダシップのある奴が、この集団を仕切ればそれでいいと思う。

 生存率アップの法則だ、その点は南野に期待だな。


 俺に関しては、自分の事で精一杯なので他人の面倒まではちょっと無理。それでも色々と相談を受ければ、元が気安い性格なので簡単に応じてしまう。

 そんな訳で、隣を歩く寺島からの相談事だ。さっきスケルトンの死体の側で、カプセル状のアイテムを2個拾ったけど、何だか分かるかなって内容。

 ちなみに寺島は、棍棒と木の盾に装備チェンジしている。


「相談しようとしたら、押野先生たちが近付いて来たから……これ以上、アイテム巻き上げられるのは御免だし、今なら向こうと充分距離が離れてるから。

 ひょっとして、また有効なアイテムかな、皆轟君?」

「ほうっ、小さいけど中は宝石みたいで綺麗だな……さっき《日常辞典》セットして、そのままだったから判別可能だぞ。えっと……おおっ、これは『Pカプセル』って言うらしいな!

 指で潰せば、中のポイントを入手出来るみたいだぞ!?」


 凄いな、こんなドロップ報酬まであるとは……本当にゲームみたいだ、まぁ命懸けではあるけどね。俺と寺島は、物は試しと示し合わせて、同時にPカプセルの効果を試してみた。

 ……うん、確かにポイントが加算されたっぽい。


 さり気なくスマホを取り出して調べてみたら、CPに20ポイント、それから何とSPも1ポイント増えていた。レベルアップ以外に、SPって獲得可能なんだな!

 ちょっと新鮮な驚きと興奮、ちなみに前衛のスマホ操作は、よく地図の確認で行ってるので不自然さは無いと思う。それから寺島と顔を見合わせ、やったぜの合図を送り合う。

 これは思わぬボーナスだ、もっと骸骨ちゃん出ないかな?


 このエリアの大きさも、前回のとそんなに違いは無かった。俺たちは慎重に進んで行き、似たようなエリアを合計4つほど超えて行く。

 モンスターに関しては、新たにスライムが出現した。寺島はひたすら感動していたが、南野は無慈悲に俺に整髪スプレーを手渡して、再び後衛に戻っていく。

 つまりは簡易火炎放射器だ、その威力と来たらもう!


 しかし不憫ふびんな生き物だな、スライムって……ひたすら移動力が無いので、こちらの不意を突かないと何も出来ないと来ている。

 ただし、その体内に取り込まれると厄介なんだと、寺島は熱弁を振るっていた。俺の《日常辞典》でも、同じ説明が出て来るので、その溶解能力はたぶん本物なのだろう。

 だけど捕獲能力が、それに追いついていないよね?


「だから、トラップ的にどこかに潜んでるとか、壁の小さな隙間から飛び出て来るとか……ああっ、燃え尽きちゃった!」

「不遇だよな……小動物相手なら、そこそこ捕獲も可能だろうけど。おっと、コイツもカプセル落としたぞ、寺島」


 そう、この辺りのエリアの敵は、どんな雑魚でもPカプセルを落とす可能性があるみたいで。その後も何度か戦闘をこなし、結構な数を収集出来ている。

 後で女性陣と、均等に分ける予定で俺のポーチに纏めてあるけど。この4番目の古墳エリア、雑魚敵に混じって厄介な大ムカデが出現するみたい。

 毒持ちのこの強敵には、さすがにチーム総当たりで挑んでいる。


 つまりは俺と寺島が何とかコイツを抑え込んで、その間に南野の《闇魔法》と斎藤先生の《光魔法》でダメージを与える作戦だ。2人とも普段は使わないが、一応は魔法でのダメージ技も持っているらしく。

 弱ってきたらしめたモノ、毒攻撃に注意して手持ちの武器でも痛めつけてやる。慌てる事は無いのだ、数の優位を最後まで保って仕留めれば良い。

 うん、この集団も段々と闘い慣れて来たかな?



 それから、ちょっと聞き逃せないコメントが、4つ目のエリアの探索中に寺島の口から洩れ出た。何となく考え込んでいる、隣のゲーム脳の相棒に水を向けてやると。

 昨日からのエリアを通じて、何となくモヤモヤした違和感を、寺島はずっと感じていたらしい。それを言葉にすると、つまりは始めたばかりのゲームと同じと言う事になるらしい。

 定番の弱い敵が何種類か、さらには休憩や補充の出来るエリアが数か所。





「つまりここって、チュートリアルのエリアなのかもね?」





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