第9話 やっとの事で食料確保



 今日3つ目のエリア探索だ、ここも昨日と違って現代建築っぽい風景が垣間見えるのは良いとして。スパイスとして、何故かやたらと蜘蛛の巣があちこちにくっ付いている。

 ちょっと、普通に歩くのにも苦労してしまう。参ったなぁと、石槍で蜘蛛の巣を壊しながら歩を進めるも。さっきから隣の寺島が不吉そうに、上を見上げていて心落ち着かずな様子。

 どうやら大きな蜘蛛が、上からバンッて出現を恐れているらしい。


 ゲームではあるあるらしい、そう言われたら俺も怖くなって来た。蜘蛛って元から嫌いだし、あの生き物離れしたデザインからして鳥肌が立つ!

 倉庫のようなエリアに配置されているのは、鉄製のコンテナや大きな木箱とかそんなモノばかり。間違っても持ち去れる大きさでは無いし、ここはスルーして移動に集中だ。

 それにしても、生き物の気配は無い……?


 その予想が外れたのは、慎重に移動を始めて5分程度経った、倉庫の広場みたいな場所だった。ひときわ大きな蜘蛛の巣が、何故か複雑な迷路を形作っていて。

 どちらに進むか混乱していたら、案の定の頭上からの襲撃が。大小3匹……いや、横の繭のような巣穴からも中くらいの脚の長い蜘蛛が数匹出現して来た。

 ちょっと、集まってくれてないと《罠造》のコスト的に最悪なんですけど!?


「でっ、出たよ皆轟君っ……! どうするのっ、罠とか今回も出せるのっ!?」

「敵が固まってないし、今回は上からだからなぁ……あの一番大きいのだけ、罠で始末してみるよ」

「おっ、お願いね……僕は正直、蜘蛛とか苦手なんだ……!」


 おっと、ここにも同志がいたか。さっきのエリアで実験した結果、MPコスト2で半畳位の大きさのトラ挟みを、地面に作製出来る事が分かっている。

 それで捕獲、あわよくばハサミのダメージで倒してしまおうか。ちなみにMP1では、俺の腰位までの深さの落とし穴+槍衾やりぶすまのトラップを召喚可能だ。

 MP4以上は、まだ試していないので分からない。


 横から来る中型の一体を、矢弾の《投擲》で牽制しつつ。俺は大型の蜘蛛が、地面に降り立つタイミングを見計らう。おっと、こっちからも来た……忙しいな、勘弁してくれ。

 毒とか持ってないよな、実は昆虫の種類とか、あんまり詳しくないんだけど。派手な色合いの奴に限って、実は毒は持ってないんだっけ?

 いや、それは蛇だったかな??


 とか考えている内に、ボスっぽい体格の大蜘蛛が、糸を伝って地面に到着。そのタイミングで、俺はMP2を消費して、《罠造》でボス蜘蛛を確保に掛かる。

 ……うん、蜘蛛の外殻程度では鉄製品の噛み付き攻撃に、対処は難しかった様子。そのままぐしゃっと潰れてしまった、明らかに安堵した表情の隣の寺島。

 俺もお役に立てて光栄こうえいだ、いや前衛ぜんえいだけどね?


 残りの蜘蛛に対しては、南野の《闇魔法》を含めて、何とか生徒組で最後まで対処出来た。南野も、魔法の使用に慣れてきた感が出て来たな。

 良い事だと思う、未だに数が出て来たら、たった2人の前衛陣では処理が追い付かないし。そして遅ればせながら、広場に入って来た男先生の集団、蜘蛛の死体に青くなっている。

 別にいいけど、不用意には騒ぎ立てないでくれよ。


「……おっ、あそこに置かれているのはチェストじゃないか? 取って来ましょう、どうせしばらくは休憩でしょう、押野先生?」

「……そうですな、あまり無理をせんように、田沼先生」


 珍しくヤル気な発言をしたのは、《忍術》持ちの田沼先生。コンテナの上の方に置かれていた、少し大き目のチェストを偶然発見したらしい。

 自分が行くと言い出したのは、点数を稼ぐためか、良さそうな中身を独り占めするためか。どっちにしろろくな考えでは無さそうだが、俺たちには関係ない。

 横から得た物をさらわれるのは、既に分かっているので。


 それよりこのたくさんの蜘蛛の巣、何とか有効利用出来ないかな? 罠に配置出来れば、今後出てくる敵に対して凄く有効そうなんだけど。

 それとも押野や仁科を突き飛ばして、絡まったのを確認してから逃げ出すとか? 凄く良い案だが、俺に掛けられた《服従》の呪いがどう反応するか……。

 違反と判断されて、首が絞まったら全てがお終いだ。


 むうっ、それよりも……素材として、この蜘蛛の糸を回収出来ないかな? どこかで糸系のスキルを、最近この目で見た気がするんだが……。

 そうだ、生産ビルドの細木のスキルの中に、それっぽいのが紛れていたような。俺は周囲を見回し、女性で固まっていた集団から細木を呼び寄せる。

 そして確認、そのスキルの可能性について。


「えっ、そんな事が出来るのかな……? 《糸紡ぎ》でしょ、どうだろう……ちょっとやってみるね、どうせスロット余ってるし」

「おうっ、ダメ元で良いからやってみてくれ……蜘蛛の糸なら、他でも使い道があるかも知れないからな」

「へえっ、面白そうだね……さすがの目の付け所だよ、皆轟君! ……ところで、昨日に続いて2度目のレベルアップしちゃったんだけど、僕!」

「おおっ、良かったな……今後も戦闘続くかもだし、しっかり強化しといてくれ!」


 何と、寺島たちは、早くもレベル3へと上がったらしい。俺はもう少し掛かりそう、つくづく呪われ境遇が恨めしい今日この頃である。

 それより、何やらスマホを弄って試行錯誤していた細木が、突然手の平を蜘蛛の巣に向けて難しい顔をしていたと思ったら。蜘蛛の巣がどんどん解けて、細木の手の中でまゆ状態に!

 これは凄い、ってか意外と使えるスキルじゃね?


 他の面々も、これは凄いと興味深げに細木の手腕に見とれている。正直、ここまで彼女が注目を集めたのは、このパーティ結成以来初めての事かも知れないな。

 それはどうでも良いのだが、その作業を見て俺も同じく興味が湧いて来た。この蜘蛛の巣を大量に集めたら、ひょとして細木が優秀な防具とか作ってくれるんじゃね?

 それならば、集めるのに協力するのもやぶさかでは無いな!


「上手く行ってるみたいだな、細木……ついでに提案なんだが、俺のスキルで《借技》ってのがあってな。細木のその《糸紡ぎ》を俺が借りれば、作業効率が上がると思うんだ。

 ってか、ぶっちゃけ実験だな。ちょっと俺の《借技》のお試しに付き合ってくれ」

「えっ、いいけど……スキルってどうやって貸せばいいの? あれっ、それを貸したら私は使えなくなるのかな?

 それとも、データのコピーみたいなモノ??」


 さて、どっちだろう……それを含めての実験だ、まずはこちらに《借技》をセットして、と。スキル4Pの奴だから、スロットに入れると重くて仕方が無い。

 取り敢えずは《投擲》と《硬化》を外しておこう。再セットに数時間が必要だから、実はちょっと怖いんだが。押野も本格的に腰を下ろしてるし、まぁ良いか。

 田沼も大量の蜘蛛の巣のせいで、まだチェストに近付けてさえいない。


 そして待望の《借技》を使用、俺のスキルの中では、たった2つしか所有していない4Pスキルである。他の皆は5Pとか10Pとか、平気で所有している中で、俺の最高は4Pなのだ!

 涙が出る話だろ、うんちょっと泣けてきた。


 それから細木と試行錯誤、その隣では南野と斎藤先生が、興味深そうに俺たちの実験を眺めている。そして細木が《糸紡ぎ》を貸しますと、小声で口にした瞬間。

 俺の中に流れ込む、今までに感じた事の無い異質なスキルを感知。それと同時に、何となく《糸紡ぎ》の使い方が、頭の中で理解出来るようになった。

 なるほど、これでこちらは問題無しだ。


 向こうも全く問題は無かった様子、引き続き蜘蛛の糸を回収し始めている。つまりは借りる=コピーと言う事になる。こちらも同じく、見よう見まねで蜘蛛の糸を回収し始める。

 しかしここで誤算が、明らかにこちらの回収率の方が劣っている。


 いや、確かスキルの説明に、7割程度の能力しか発現しないとか書いてあった筈。つまりはこれで正常だ、確かにそのままの能力でコピーとかチート臭いしなぁ。

 取り敢えずはきりの良いところまで、この回収作業を行ってから休憩しよう。考えてみたら、俺は戦闘にも結構MPを使う訳だし。

 リンゴ3個分の玉を作ればいいかな、そうしよう。



 細木は作り終えた蜘蛛の糸玉を、大切そうに自分の鞄の中に仕舞い込んでいた。後で何かを作る予定か、その辺はまだ分からないと言ってたけど。

 それよりチェストを求めて旅立った、田沼はようやく念願のご対面と相成った様子。しかし《忍術》スキルの中に、鍵開けとか罠感知とかあるのかね?

 心配だけど、まぁ俺らの言う事など向こうはどうせ無視するだろう。


 寺島たちは、次なるレベルアップについて熱く語り合っていた。スマホ情報では、新スキルもダンジョンの中で入手可能との事らしく。

 ダンジョンとはつまり、このエリアの事で合っているのだろうか? つまりは、あの田沼が開けようとしているチェストの中にも、何か入っている可能性も?

 ……などと思っていたら、派手な炸裂音が響き渡った。


 そして中年男の怒声と、チェストからモクモクと湧き出る黒い煙。炎も上がっているようだ、アレじゃあ中身は無事な訳も無いよな……。

 押野も呆れた顔付きで、その同僚の様子を眺めている。コンテナの上の田沼は、どうやら怪我か火傷かを負ったようで酷い有り様。

 やれやれ、斎藤先生の仕事がまた増えたよ。





 当然の如く、田沼を迎えに俺と寺島が労働を強いられたのは、教師陣への“貸し”と言う事で片付けておく。考え過ぎると、怒りに我を忘れて奴らをぶん殴ってしまい兼ねないし。

 うん、前から目を付けられていたのも分かる気がするな。確かに要注意人物だ、だからと言ってここまで酷い仕打ちを受ける云われは無いけどな。

 そしてようやく休憩が終わって、次のエリアへ進む俺たち。


 何しろ斎藤先生のMPは、怪我人の多い俺たちパーティには文字通り生命線なのだ。いや、俺と寺島はまだ治療を受けた事は無いけどね?

 まぁ、一般的な話では一番直接戦闘を行う俺たちが、怪我をしやすいのは当然の話。だから斎藤先生の回復待ちは、俺たちにとっても大歓迎だ。

 ただし、次のエリアは全く関係なかったけど。


 つまり、敵の姿はどこにも無かったって訳だ。スキルセットを弄ってしまった俺には、物凄く有り難い話。石槍と《罠造》だけで、出て来る敵の対処をするつもりだったので。

 巨大な安全地帯……と言えば聞こえは良いが、何だろうねここ? いや、この場所の目的は分かっているし、俺も利用した事はあるんだけど。

 要するに、それがこの異世界にある意味が分からない。


 それは丸々、スーパーの店舗1つ分だった。エリアを抜けた途端に、目の前に広がる日常の景色……ただし、店員どころか客の姿も全く窺えないと来ている。

 つまりは貸し切り、商品を盗み放題だ……いや、倫理的によろしくない言い方になってしまったな。まぁ、非常事態に加えて異世界なのだし勘弁して貰いたい。

 実際、商品をガメ始めたのは教師たちが先だったし?


 俺はもう少し慎重に、この異界エリアの探索に当たっていた。おっと、このスーパーは歯ブラシやら日常品も扱って……いやいや、安全の確保が先である。

 それは地方にある、ごく普通のチェーン店型のスーパーに間違い無かった。品揃えは完璧で、開店当初の陳列棚の並びではあるけど。

 さてさて、本当に自由にパクッて良いモノやら?


「皆轟君、どうする……? 先生たちは、普通に商品盗って行くつもりらしいけど。確かに背に腹は変えられないし、食料確保は当面の目的だった訳だし……」

「そうだな、恐らくここは異界だし遠慮はいらないだろう……俺も《時空Box》で、出来るだけ食料を詰め込むよ。そっちも手持ちの鞄に、入るだけ選別してくれ。

 見て回った限り敵はいないが、用心は忘れるなよ?」


 分かったと言い残して、南野と細木は目ぼしい陳列棚を探しに去って行った。俺と寺島も、買い物籠を用意して、レトルトやパックご飯を中心に隙間なく詰めて行く。

 しかし連続して、スキルセットを弄る破目になってしまったな……《罠造》だけは外さないように、最低限の戦闘能力は残しておかないと。

 しかし俺のスキル並びって、割と万能に使えるなぁ。


 それが向こうの意図した事なのか、はたまた窓口のお姉さんが単に優秀だったのかは判然としないけど。取り敢えずレトルト中心の買い物籠1個目は、無事に収納に入ってくれた。

 感覚的には、あと2つは行けそうだ……これで極小なら、中とか大ってどんだけ入るんだ? 良く分からないが、持っている奴は普通に羨ましいな。

 それよりも、2個目の籠は缶詰中心に行こうか。


 寺島がカップ麺を物欲しそうに眺めて、知らない銘柄があるよと知らせて来た。地元には売って無いそうなので、このスーパーは少なくとも俺たちの地元の店舗では無いのかも。

 色々と推測するのは面白いが、時間を有効に使いたい。って言うか、ぶっちゃけ自分専用の生活用品を、せっかくのこの好機に揃えてしまいたい。

 なので、3つ目の籠は寺島に丸投げに。


「あんまり変な商品ばかり集めるなよ、寺島。お前は荷物を、これ以上持てないんだから……共同購入だからな、金は払ってないけど」

「分かってるよ、日持ちする物で嵩張らないモノでしょ? こっちは任せて、安心して生活用品を揃えて来てよ、皆轟君」


 ちょっと不安だけど、まぁ収納時にチェックすれば問題あるまい。それから昼食はここで取るそうだ、斎藤先生がさっきそう言付けて来た。

 先生も、多少は後ろめたそうだったが、背に腹は変えられないと思っているのだろう。地下鉄のホームに残っている生徒を思えば、致し方が無いと言ったところか。

 女性陣も、食料確保に精を出しているみたいだ。


 だが、男性教師のバンディット振りを見れば、まだまだ甘いと言わざるを得ないな。あの暴虐振りは、ちょっと他の者には真似出来ないだろう。

 ってか、あの量を本当に持ち出せるのか、甚だ疑問ではあるんだけど。馬鹿なのかな、無料だと思って頭のネジが外れているとしか思えない。

 まぁいいや、俺は自分の生活用品を選択に掛かろう。


 スーパーによっては、生活用品を売って無い店舗もあるし、その点は本当に大助かりだ。歯ブラシや髭剃り、石鹸にタオル……さすがにパンツやシャツの類いは無いなぁ。

 残念だが、その代わりに百均コーナーでナイフやフォークの尖り物を見付けた。これは《投擲》用の、なかなか良い弾代わりになりそうだ。

 嬉しい事に収納ポーチも発見、百均って本当に何でもあるな!



 さて、日用雑貨は近くに置いてあったエコバックに、纏めてから時空収納に放り込んでと。投擲用の武器は、ポーチに入れて腰のベルトに括り付けておく事に。

 ついでに、可燃性のスプレーとチャッカマンで、簡易火炎放射器とか出来ないかな? 昨日の南野の戦い方からヒントを得たが、ライターは百均で発見。

 これもポーチに入れて、さてスプレーを探しに行こうか。


 おっと、さっき少し閃いたんだけど……俺のスキルの中に、まだ陽の目を見ない《購運》と言う名前の奴があって。この聞き慣れない名前のスキル、何とお金を運に変換出来るらしい。

 つまりは『運を購入する』らしいんだけど、かなり変わったスキルには違いなく。とは言えこんな不遇な現状、運にでもすがらなければやってられないっての!!

 そんな訳で、ついでにレジ荒らしも決行する事に。


 良い子はマネしちゃ駄目シリーズだな、幾ら無人の異世界店舗とは言え、俺も人の事は批難出来そうもない。ってか、最近のレジはそう簡単には開かな……あっ、開いてるよ。

 鍵が付いてました、万札こそ無いけどお釣り用の小銭がたんまり。


 そう言えば、小銭をストッキングに入れて鈍器にするなんて小技も聞いた覚えがあるな。それも試してみようか、小銭を《投擲》で飛ばして、銭形〇次ごっことかも良いな!

 それより《購運》だ、スキルにセットは……もうぐちゃぐちゃだ、いやでも《借技》を外せば何とかピッタリ嵌まってくれそう。

 現在のスキルは《高利貸》《罠造》《時空Box(極小)》《購運》の全4つ。


 しかしこのスキルは面白いな、小銭もお札も手の平を向けると露と消えて行く。これで俺の運はうなぎ登り……なのかな、良く分からないがそうであって欲しい。

 教師陣にいちゃもんを付けられてもアレなので、なるべく見付からないように。この店舗はレジが5つあるのか、小銭を少し残して全部運に変換しちゃうかな?

 などと思っていたら、不意に後ろから南野に話し掛けられた。





「皆轟君、ちょっといいかしら……陳列棚に変なアイテムが混ざってたの、鑑定してくれる?」










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