第7話 真夜中の悪夢



 探索は続く、当然のように俺たちが引き続き先兵だ……この2つ目のエリアは、それ以降は敵もチェストも発見は出来なかったとだけ報告しておく。

 カプセル状のアイテム3つだが、案の定押野たちに没収された。不満の募る生徒側の感情はまるで無視、それは楽しそうに定位置の後方へと、戦利品を持って戻って行く野盗の如き行動振り。

 あきれ返る所業だが、面と向かって文句は誰も言えず。


 先生と言うよりは看守とか軍隊の鬼教官だな、まぁ俺は“貸し”を自然に与えられたから別にいいけど。それよりこちらの安全に知恵を絞ろう、その方が建設的だ。

 何しろこちらも4人いるのだ、欠ける事無く探索を遂行したい。


 その範疇はんちゅうに、生徒指導の男連中が入るかどうかは置いといて。程なくして、次のエリアへの扉を発見。合計2つあって、どちらも向こう側は見えない仕組み。

 この時点で、午後の6時近くとなっていた。普通なら宿に戻って、夕食に備えている感じなのだろうが。この異世界では、そんな常識は通用しない。

 だけれど、休息なくして安寧あんねいは得られない訳で。


 一応は、教師陣もその事については話し合っていたみたいだ。適当な所で寝床を探すと言ってるが、斎藤先生は残した生徒の元に戻るべきだと主張していた。

 残った人たちも、心細い思いをしている筈だからと。


 そこまで気が回るなら、人身御供の俺たちの現状も察して欲しいと思わないでもないけど。そこまで主張が至らないのは、やはり強面男教師が怖いのだろう。

 まだ若いし、元から気が弱いので仕方が無いとも思うけれども。四方が敵だらけの現状、こちらも余計に精神を消費してしまう。

 探索を始めて2時間、肉体的な疲労はそこまででは無いけど。


 とは言え、こんな逃げ場のないダンジョンの中で、一夜を明かすのは御免である。この2つのゲートの前は小さな広場になっているとは言え、扉から敵が出て来たら完全アウトだ。

 つまりは戻るか進むかだが、押野は斎藤先生の訴えを却下して、進む方を選択した。まぁ押野みたいなやからは、他人から指示されるのを極端に嫌うからなぁ。

 もちろん、食料や出口を探せてないって理由もあるけど。


 そんな訳で3つ目の異空間へと、俺たちを先頭に突っ込む事に。何だか外ればかりのくじ引きに参加している気分、当たりが実際にはあるかは不明ってね。

 などと考えていると、次の異界は大いなる変化が。




「うおっ、ここは……戻って来れたのか、少なくとも現代的な建物だよな……?」

「本当だ……古いオフィスみたいだね、皆轟君。人はいないのかな、かなり古びてる様子だけど」


 寺島の言う通り、3つ目のエリアは前の2つと較べて、モロに現代的なオフィス通路に見えた。古いってのも確かにそうで、真っすぐな廊下の右手には大きな穴が開いている。

 左手は、部屋が幾つか並んでいる感じだろうか。ドアが等間隔に設えてあるが、中がどんな部屋なのかは曇りガラスで分からない。

 俺たちは顔を見合わせて、しば逡巡しゅんじゅんする。


 そこに後衛の女性軍が合流、やはり驚き顔で周囲を見回している。誰か人はいないかなとは、恐らくは正常な思考の流れなのだろう。

 もっとも、この異世界では敵対勢力と対面しても不思議ではないけど。


 俺たちは、今まで以上に慎重に捜索を開始し始めた。何が出るか分からないストレスは、結構体力を消耗させる。そこに出現した先生軍団、現代風の建物に大いに盛り上がって騒ぎ始める始末。

 それに反応したかのように、廊下の穴ぼこから大ネズミの群れが出現した。そのスピードはまるで川の奔流の如し、前衛もへったくれもあったモノではない。

 俺は身体を駆け上られないよう、必死に石槍を振るう。


 実際は、十数匹の群れだったのだろう。一人頭に換算すれば、2~3匹を相手にすれば良かった筈なのだが。慌てる面々は悲鳴を上げて、ただただ取り乱すばかり。

 対応出来た者はほとんどおらず、混迷の度合いは増すばかり。それにしても大きいな、一匹がスイカの小玉くらいはあるぞ?

 噛まれたら大変だな、鼻や耳くらいは簡単に持っていかれるかも。


 つい足が出て、蹴り上げた重たい感触とヂュッという甲高い鳴き声。冷静に対処すれば、さっきのゴブリンの群れよりは楽な敵なのは間違いはない。

 石槍で蹴りで転がった奴にとどめを刺して、次の敵に対処する。そして踏みつけた先には、体重を乗っけられて動けなくなった哀れな次の犠牲者が。

 これも簡単に倒して、俺は隣の寺島の援護に。


 と思ったけど、武器を持って大暴れしている大男に不用意に近付きたくは無いので。スッパリと諦めて、後方の女生徒2人の手助けに入る。

 こちらも恐慌をきたしていたが、下手に暴れてはいなくて助かった。俺は身体に集っていたネズミを蹴り飛ばして、落ち着けと激励を飛ばして回る。

 しかし石槍って便利だな、簡単に敵を行動不能に出来てしまう。


皆轟みなごう君、早く取って……いやっ、足元にまだいるっ!!」

「取ってやるから下手に動くなよ、二人とも……ほら終わった、後は壁にくっついてろ!」


 追加で4匹、こちらに注意を払っていない小動物を始末するくらいは、衰弱を喰らっていても容易たやすい作業である。これがゴブリン程度のサイズだと、かなり大変だろうけど。

 何しろ彼らの標準サイズの石槍が、今の俺には丁度よい重さと言うのも皮肉でしかないな。せめて筋力と体力くらいは、元に戻ってくれないと辛くて仕方が無い。

 おっと、寺島も何とか窮地きゅうちを脱したか?


 声を掛けたら、何とか呆然とした感じの返事が戻って来た。そして先生軍団の方だが、もはや駆け寄るのも躊躇ためらわれる体たらく振り。

 押野はともかく、俺から長剣を奪った仁科は顔に手を当てて奇声を発していた。どこかをかじられでもしたのか、指の間から血が滴っている。

 そしてその振り回す刃に、仲間のはずの田沼が被害を受けていて。


 阿鼻叫喚あびきょうかんの地獄絵図である、腹を抑えてうずくまる田沼は顔面蒼白状態。さすがの斎藤先生も、仁科の振り回す刀が怖くてすぐさま治療に駆け付けられない。

 押野も多少は流血していたが、数匹は始末していたのは流石だろうか。パニック状態の仁科を怒鳴りつけて、何とか事態を収拾しようと努めている。

 だから戦闘経験は必要と、あれ程言ってるのにね。


 とにかく穴から飛び出した大ネズミは、取り敢えずは全部やっつけた。俺は静かに穴の前へと移動して、耳を澄ませて後続の有無を確かめる。

 良く分からないが、どうやらこれ以上の集団は潜んでいない様子。お次は反対の小部屋を調べようか、どちらにしろ休む場所は必要だし、先に進むのも大変だろう。

 越権えっけん行為だが、まぁ向こうがあの調子だし許される筈。


 ここまで俺が平静を保てているのも、スキル《平常心》のお陰だろうか。たった1Pのスキルなのに、何とも使い勝手が良いモノである。

 とにかく行動だ、敵が潜んでいると危ないので、寺島を呼んでサポートして貰いつつ。小部屋の扉は全部で4つ、どれも別空間になど繋がっておらず、中は普通に会社のオフィスのような造りだ。

 全て敵の姿は見えず、机と椅子と書類棚が置かれているのみ。


 その中で比較的、居座り心地の良さそうな小部屋を選択して、俺は怪我を負った先生に入って貰う事に。これ以上騒がれても迷惑だし、斎藤先生も治療に専念出来ない。

 それから他の部屋から、寺島と2人掛かりで大きな書類棚を廊下へと運び出す。別に重ければ何でも良かった、ネズミの巣穴を塞ぎたかっただけなので。

 これで一晩位なら、恐らく持つと思いたい。


「これで何とか、一晩の寝床にはなるかな……? 細木、給湯室に何か食べ物はあったか?」

「御免なさい、お茶とコーヒー位しか見付からなかった……。電機は使えるから、お湯は沸かせられるけど……どうする、皆轟君?」

「他の部屋にも、食べ物の類いは無いみたい……毛布も無いし、もちろんシャワー室も無いわね。贅沢は言えないけど、本当にゴロ寝するしか無いみたい」


 何とも遣り切れなさそうな南野、文句を言ってるつもりは無いのだろうが、不満そうではある。ここまで働いているのは全て生徒組、先生軍団は部屋で治療中である。

 目上への不信感は、かつてない程に高まっているモノの。誰も見捨てて先に行こうと言わないのは、こちらも疲れ果てて休息が欲しいからに他ならない。

 とにかく精神的な疲労は、判断力の低下を招くからなぁ。


 俺は細木に頼んで、とにかく飲み物を人数分、拠点予定のオフィス部屋へと運んで貰う事に。それを手伝う南野と、自然と護衛に立つ寺島と言う図式。

 俺はもう少し、単独で周囲の探索へと時間を費やしてみる。小動物はちょっとした隙間からも、屋内に侵入するって言うからな。大穴を塞いだからと言って、全く安心は出来ない。

 こちらも命が懸かっているのだ、慎重にもなろうと言うモノ。


 オフィス部屋の奥にも、当然ながらガラスの窓が設えてあった。標準的なサイズの透明な窓で、しかし外の風景は真っ暗と言うか存在していない感じ。

 最初からだのオブジェのように、窓は開きもしなかった。ここを通り抜けるのは、恐らくはモンスターでも無理かな……その点では安心だ、窓から奇襲は考えなくて済む訳だから。

 取り敢えず、一晩の宿にはなって欲しいよ、本当に。




 ようやく落ち着いたオフィス部屋の中だが、ハッキリとした図式に勢力は二分されていた。奥まった安全そうな机の影に居座る先生軍団と、入り口付近に追いやられた生徒組。

 取り敢えずは相変わらずの生徒の率先で、着々と今宵の宿泊準備が進められて行く。そこらで見つけて来たダンボールを床に敷き詰めて、さらには入り口に簡易衝立を設置。

 そこそこ広い部屋なので、居心地はまぁ悪くない。


 どんな理屈なのか、普通に電気が使えるのも不思議ではあるな。異世界あるあるなのかな、そう言うのは今年知り合った文芸部のオタク友達が詳しかった気がするんだが。

 異世界1日目だと言うのに、既に懐かしいな……部長の嶋岡しまおかと、平部員の尾崎おざき水本みずもとが、確か修学旅行で同じ観光予定ルートだった筈。何げなく寺島に尋ねたら、ホームで俺の確認には来ていたそうだ。

 意識が戻らないのを知ると、何人かで先行して探索に出たみたい。


 知識的には水を得た魚っぽいけど、戦闘能力はどうなんだろう。スキルの有利性も判断出来るとしたら、そんな悪くない戦闘力を保有している筈なんだけど。

 それとも細木みたいに、生産特化ビルドにしちゃってるとか? この探索中に逢えるとも思わないが、仲間にいたら頼もしかっただろうに。

 それから光哉と直史、今も無事でいるだろうか?


 こっちは好待遇とは言い難いが、何とか初日は生き永らえた。食事と言うか飲み物の支度を甲斐々々しくしている細木は、今一番輝いていると思う。

 だけど食べ物が全く無いよねと、寂しそうな細木の呟きに。俺の所有スキルに、補給食を生み出す奴があるけどと返してみると。

 それじゃあ人数分、お願いできるかなとオーダーを頂いて。


「食器は私の《調理セット》で用意出来るから、それに乗せて行ってくれるかな、皆轟君?」

「オッケー、8人分か……MPが持つかどうかか問題だけど、何とかなるかな?」


 何とかなった、何もしていない教師たちにも用意するのはちょっと業腹ごうはらだったけど。細木が飲み物と一緒に向こうに持って行ってくれて、こちらもようやく貧しい夕食の時間に。

 俺の《エナジー補給》と言うスキルは、2Pと安い割には秀逸だ。MPコストも1人分が1と少なく済むが、元のMPに不安のある俺には負担が大きかった。

 何しろ衰弱して、総MP量はたったの10だからなぁ。


 ちなみに、補給食はゼリー状の透明なお餅みたいな形状のモノ。右手の拳を握りしめた隙間から捻り出す感じで、見た目的にもあまり美しくない。

 とは言え我慢して欲しい、他に食べ物は見付かってないのだから。さすがの南野も、ゴブリンから取り上げた携帯食を食べようとは提案して来なかった。

 干し肉にしても、何の肉だか分かったモノでは無いし。




 食事が終わると、生徒組の話題はレベルアップ問題へと移っていた。2度目のゴブリン討伐で、経験値バーがいっぱいになったらしい。

 俺のバーは、生憎と大ネズミの討伐後もフルにはなっていないと言う。呪いのせいだろうな、本当に厄介な境遇で泣けてくる。

 彼らの本題は、そのレベルアップの方法らしい。


「SPってのが2ポイント入って、それを普通に消費して全部を均等に上げる方法がまず1つ。1ポイントを、特定の値の強化に使う方法が2つ目。これをすると普通のレベルアップより大きく数値が上がるみたいね。

 3つ目が、3ポイントを消費してスキルスロットを増やす方法。これは次のレベルアップを待って、SPポイントを貯めておく必要がありそうね。

 そんな感じみたい、異世界スマホ情報によると」

「なるほど……それじゃあ、1ポイントずつの消費で前衛特化とかも可能なのか。でも前衛もMPは必要だし、それも微妙だな」

「そうね、意外とMPは重要かも……それに平均レベルアップでは、スキルスロットが増える可能性もあるそうよ。

 やっぱり一番価値が高いのは、スロット増みたいだしね」


 なるほど、色々と為になるな……もっとも、俺にはもう少し経験値が必要だけど。彼女たちは相談の結果、全員が普通の均等レベルアップを選択した模様。

 そしてスロットが増えたのは、細木だけだったとの報告を得て。案の定、スロットの増える確率はあまり高くない様子で残念である。

 しかし羨ましいな、俺もせめてMPを増やしたい。


 もちろんHPも大事だが、今の所は強敵と遭遇していないので、生徒組はほぼ無傷で済んでいる。先生軍団も、小声で騒いでいる所を見るとレベルアップしているのかも。

 このパーティ、2つの集団に情報共有とか思いやりの概念が存在しない。ってか、斎藤先生が男教師から距離を置いて、女生徒2人に物言いたげな視線を送っている。

 なるほど、身の危険を感じるので夜を一緒に過ごして欲しいらしい。


 改めて女性3人の寝所をダンボールで作っていたら、仁科が青白い顔をしてやって来た。苦々しい顔はともかく、唇の端が切れて無くなっている。

 どうやら大ネズミにかじられたようだ、これは治療魔法でも元には戻らなかった様子。ざまだが、その憎しみをこちらに向けられても困る。

 そんな思いは、もちろん向こうには通じず。


「入り口の警護は、お前たち2人でしっかりやれ……これは《命令》だ、今度モンスターを招き入れたら承知しないからな!!」

「……いいですけど、貸しですよ?」

「やかましいっ……!!」


 言いたい事を吐き出した仁科先生は、憎々しげな表情のまま安全地帯へと戻って行った。奴の貸しの返事は『やかましい』だったが、システムはしっかり“貸し”をカウント。

 嬉しいね、何しろ夜通しの見張りは重労働だもの。


 とは言え、さすがに明日に差し支えるので、俺たちも扉の側で寝るけどね。その夜は皆が早めに就寝するようだ、もちろん風呂など無いし、寝る場所も床に雑魚寝だ。

 灯りは半分付けたままにして、周囲の情報は確保出来る状況にしておく。今日は本当に色々とあったな、扉側の壁に背を預けてそう思う。

 とにかく精神的に疲れた、少し休もう。


 先ほどの仁科の《命令》は、明らかに強制スキルで拘束力を込めていた。向こうも苛ついて、なりふり構わずに自分の安全を確保しに掛かって来ている感じ。

 可愛い生徒を盾にしようとするその態度は、決して褒められたモノでは無いけれど。自分の身の方が可愛いという心理は、確かに誰しも持っている感情だろう。

 ただし、他人を犠牲にはやり過ぎだ、そんなの憎しみしか生まないだろうに。



 いつの間にか寝ていたようだ、静寂の支配する仮の休憩所に気が緩んだせいもある。外の気配もずっと異常は無いし、隣の寺島も先に眠りに落ちていたし。

 さすがに寝ずの番は無理なので、それも良しとしよう。





 ――そしてその夜、俺の元に呪いによって予告されていた悪夢が訪れた。







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