第6話 先行き不安な集団行動



 斎藤先生のMPが回復したみたいで、再び出発が言い渡された。先ほどまでと同じフォーメーションで、俺たち生徒組が先行して安全を確保する隊列だ。

 俺が武器を取られて戻った際には、仲間からは少なくない不満が噴出した。とは言え、優等生ばかりの集団では表立って文句を言おうとする者はいない。

 崩壊まではいかないが、このパーティには亀裂が入りまくり状態か。


 それも仕方が無い、軽蔑に値する行動を取る年上の集団と、長時間一緒にいようとは思えないし。空中分解も時間の問題だろう、それは別に構わない。

 問題は、とにかくこちらの生存率を上げる事に尽きる。


 生徒指導の教師3人組は、もうどう頑張っても手の施しようのない腐れ具合だ。ただし、俺は呪いによって逆らえないと言う困った状況。

 自然に距離を置くのは問題無い筈なので、いずれは奴らから逃げ出す予定ではいる。問題と言うか気に掛かっているのは、斎藤先生の存在だろうか。

 好きであの集団にいるとは思えないので、何とか一緒に連れ出したい。


 何しろこの集団で、唯一の魔法治療師である。その存在感は、光り輝かんばかりとも言える。ただ、向こうの生徒指導の連中もその事を理解しているので、離そうとはしないだろう。

 ちょっと困った状況だ、斎藤先生の思惑はともかくとして。


 南野の話では、俺たちは現在押野がリーダーとなってパーティを組んでいる状態らしい。全部で8人の大集団パーティだ、そして恐らく経験値とCPは均等に配分されているそうな。

 CPはコアポイントと言うらしく、パーティ活動で貯まって行くみたいだ。その集団で休憩したり仮のねぐらを定める際に、ポイントを消費して色々と手助けして貰えるっぽい。

 良く分からないが、あると恐らく便利って話だ。


 それにしても、相変わらず先生の集団は、こちらから5メートル以上後方に離れてついて来ている。これだけ距離があると、いざと言う時に対処は出来ないよな。

 向こうがそれで良いと思っているなら、こちらもそう言う覚悟で臨むのみ。小鬼の出没したエリアを進みながら、そんな事を内心で考えていると。

 15分程度で、無事に端まで到達出来た。


 あのゴブリンの集団以外には、このエリアに敵は存在していなかった模様。見るべきポイントも、他には特に無かったような気もする。

 戦闘が無くて助かったが、先行きの不安が解消される訳でも無く。たどり着いた先には、不気味に示される3つの石造りのゲート。

 恐らくは、それぞれ異なった場所へと続いているのだろう。


「真ん中の扉を潜れ、安全を確保出来たらこっちが続いて入る」

「……はい」


 鬼畜な命令を平然と述べる押野と、弱々しく抗議する斎藤先生。一応女教師には、良心とか教師としての自覚の類いは残っている様子だけど。

 残念ながら気の弱さは、強面の男子教師の壁を打ち破る事は無かったようだ。それでもまぁ、斎藤先生の内心を確認出来たので良かったとしよう。

 それでは、2つ目の異空間へと突入だ――




 っと、次の空間に辿り着く前に、俺が所有するスキルの内容紹介の続きをしておこうか。俺が押野に使った《高利貸》は、3Pのスキルである。

 性能はその名の通り、貸したモノ(物で無くても心理的な貸しでも良いらしい)を、利子を付けて回収出来るスキルらしく。変わったのが混じってるなと思いつつ、腹立ち紛れに使ってみたところ。

 言質が取れて、それに伴い見事に“貸し”が増えてくれた次第。


 高利子付きで、貸しを返して貰う日が楽しみで仕方が無いな。今の所は押野だけだが、何とか工夫して仁科と田村にも貸し付けておきたいかな?

 ただこのスキル、セットで3Pスロットを消耗している訳で。探索で前衛を務めている現状、そのスロット塞ぎが後々響く可能性も。

 パズル感覚だな、どれをメインにしてどれを外すか。


 最初は候補に入れていた、スキル2Pの《追跡》は結局セットには入ってない。押野がリーダーとなって行き先を決める現状、使い道が無いのが理由だ。

 2Pであと説明してないのは、《時空Box(極小)》と《投擲》と《エナジー補給》だったかな? 《投擲》は言ったっけ、戦闘に役立ちそうなので最有力候補なんだけど。

 《高利貸》をセットした現状、既に隙間が無い!


 取り敢えずは、同じ2Pの《日常辞典》を外して《投擲》をセットしておくべきだろうか。セットした奴を外すと、再セットに数時間のクールタイムが発生するそうなので。

 さっき生徒組で試行錯誤しながらも、スマホ操作で南野から情報共有された内容がそんな感じ。高ポイントのスキルほど、クールタイムは長くなる設定らしい。

 色々セットは気を使うが、生存率を上げる為には仕方ないな。




 皆轟春樹:Lv1   HP:12(21)   MP:10(17)

==========-----------------

物理攻撃:9(16)   物理防御:5(9)

魔法攻撃:6(10)   魔法防御:3(5)


スキル【10】《観察》《平常心》《投擲》《高利貸》《硬化》

予備スキル《餌付け》《追跡》《時空Box(極小)》《日常辞典》《エナジー補給》《購運》《罠造》《貸技》《夢幻泡影》

獲得CP【6】   獲得SP【0】


状態異常:呪い《服従》《衰弱》《悪夢》



 これで戦闘に向かうセットスキルは決まった、《日常辞典》と《観察》のコンボは、何気に有効だったんだけどな。戦闘中は気付かなかったけど、敵の名前とかも判明出来たかも?

 ゴブリン所有の巾着袋の中身の有用性を確認するのには、地味に役立っていたし。これを封印するのは勿体無い気もするが、まぁ《投擲》の威力を確かめる為と割り切ろう。

 幸い、歩いている内に小石を数個ほど確保出来たし。


 《時空Box(極小)》は、2Pにしては凄く有用な気がする。ただし、極小と書かれているので、恐らく収納容量は期待出来ないのだろう。

 それが売れ残っていた理由なのかな、分からないけど戦闘には関係ないので今はスルーで。寺島によると、時空収納は異世界小説モノでは、定番の必須スキルらしい。

 極小とは言え、入手出来たのはラッキーだったかも?


 《エナジー補給》は、サバイバルには有用なスキルには違いない。説明を読むと、自分の手の平から、ゼリー状のエネルギー補給食を生み出せるスキルらしく。

 味とか量は書かれてないが、これを食せばスタミナとか疲労を回復する事が可能らしい。この探索で食料が見付からなかったら、お世話になる事決定である。

 そう思うと、結構素晴らしいスキル選択だなぁ。


 3Pのセット済みの《高利貸》と《硬化》の説明は、もう終わっているから良いとして。ただし両方とも底が知れないので、今後も検証が必要だろう。

 以上、残りの3Pと4Pスキルの説明はまた後ほど。





 まだまだこの異世界情報が足りない中、一番割を食っている感の生徒組4名であるけど。指定されたゲートを潜って、次のエリアへと潜入する。

 まだ2つ目のエリアとは言え、何となく異界を通り抜ける感覚と言うのを理解し始めて。この世界はひょっとして、箱型の空間がルービックキューブのように繋がって出来てるのか?

 ここは異世界なのだし、妄想とも言えない推測かも。


 2つ目の部屋は、モロにダンジョン形式だった。石造りの遺跡からダンジョン突入……みたいな、ゲームなら納得のシチュエーションなのだが。

 表の遺跡の様式とは、明らかに異なった造りの石壁が迷路を形成して並んでいる。何と言うか物凄くカラフルで、こんな色の石あるのかって物も壁に組み込まれている。

 赤青黄色、オレンジ緑紺色とまぁ極彩色豊かである。


 寺島がダンジョンなら、罠や隠し部屋、それにモンスター配置は当然あるよねと不吉な言葉をこぼしてくれた。なるほど、ゲームならそんな感じなんだろうな。

 武器を没収された俺には、どこも似たような難易度だけど。


 当面はさっきの戦闘と同じく、《硬化》させた左手の制服盾と右手のネクタイ棒で対処するしかない。今の格好もそんな感じ、ただしMPが勿体無いのでスキルはまだ使っていない。

 さっきの遺跡地帯で拾った石ころは、ズボンのポケットに仕舞い込んでいる。《投擲》で先制出来れば言う事は無いが、こんな分岐や角の多いダンジョンじゃなぁ。

 取り敢えずは、注意しながら進むしかない。


 人生初のダンジョン攻略だが、生憎と浮かれた感情は湧いて来なかった。後ろを気にする余裕もなく、とにかく前方に注意を払って黙々と歩を進めて行く。

 二度目の敵との遭遇は、分岐を適当に進んでいたら割とすぐに起きた。ここでも敵はゴブリンらしい、さっきと似たような装備で互いの存在に気付いたのはほぼ同時。

 気を張っていた俺は、素早く手にしていた石ころをぶん投げる。


 驚いた叫び声と、敵を発見した興奮が向こうの敵の群れに沸き起こる中。石ころは大した成果を上げる事無く、敵の薄い胸板に当たって虚しく跳ね返った。

 あれっ……これは、スキルの効果が反映されていない? 疑問に思う間もなく、向こうも前衛が突っ込んで来た。今回の群れは3匹で、しかも弓使いも混じってる。

 これは不味いな、ちょっと練習しておくべきだったか。


 俺はもう一度、スキル《投擲》を念じながら、突進して来る小鬼相手に石ころをブン投げてみる。今度は距離も近くなっているし、スナップを利かせて下手投げ気味に。

 突進の勢いを削げればラッキー的な策だったけど、今度は上手くいってくれた。さっきと違ってMP消費、その勢いは小鬼の突進を止めた上に相当なダメージを与える程。

 ソロで突っ込む事になった前衛の片割れゴブは、俺と寺島で迎え撃つ。


 寺島は元々、体格が良いのでパワーもそれなりに持っている。俺が相手の剣の一撃を左手の簡易盾で受け止めると、相棒が錆びた小剣で横から殴り掛かってくれた。

 即席のコンビプレーだが、何とか上手く回っている感じ。ところがそれに水を差す、弓矢での後衛ゴブの援護射撃が飛んで来た。

 驚き慌てるが、何とか撃ち落としには成功。


 今度はこちらが距離を詰める番だ、寺島に声を掛けて、途中うずくまっている小鬼の始末は相棒に任せる。どうやら顔面に小石がヒットしたらしく、鼻血を出して戦意喪失している感じ。

 俺は何とかその側を走り抜けて、弓矢使いゴブリンに接近戦を挑む勢い。遠距離合戦で片が付けばよいが、小石程度で殺傷に至るとも思えない。

 いや、安全を考えるなら投擲を込みで接近もアリか?


 そんな束の間の躊躇ちゅうちょも、相手は見逃してくれなかった様子。完全に接近中の俺が、次の標的に指定されているのは視線で分かる。

 《観察》が発動してるのかな、どこを狙っているのかも何となくだが分かってしまった。それならこちらも《投擲》の準備だ、もう少し検証したいしな。

 今回もスナップスロー、放たれたのは敵の射撃とほぼ同時。


 相手の弓矢の一撃は、狙い場所を推測していたお陰か素早く避ける事が出来た。逆に向こうは、完全に無防備な状態手で石つぶてを顔面に受ける破目に。

 なかなかいいな、このスキル……後は、悲鳴を上げてうずくまる弓ゴブに接近して、行動不能に追い込むだけ。

 人型の生き物を殺すのは抵抗あるが、始末しないとこちらがやられる。


 非道ではあるが、戦意喪失した弓ゴブに《硬化》させたネクタイで突き掛ってみた。衰弱状態の俺の筋力をかんがみて、体重をのせておおかぶさる様に。

 この実験は失敗、ネクタイは途中でクタッとただの布に戻ってしまった。


 ゴブリンにそれなりに、ダメージを与えはしたみたいだけど。少し気分が悪くなって来た、命の遣り取りに爽快感など入り込む余地など無いな。

 とにかく《硬化》は万能で無いことは実証された、残念だが当然とも言える。所詮は3Pの安いスキルだしな、あんまり期待はしていなかったのは確か。

 しかしそれだと、敵にとどめを刺すのが難しいって問題が。


 目の前の弓ゴブは、胸板に強烈な打撃を受けて完全にグロッキー状態。取り敢えずは、そいつの武装解除と使えそうな装備を物色に掛かる。

 背後の状況は、既に確認済みで問題はない。寺島は無事に、前衛ゴブにとどめを刺し終えていた。青白い顔色なのは、この際だし仕方が無いと思う。

 俺も似たような状況だし、まぁ戦闘経験を積めて良かったと思おう。


 前向きに事柄を処理しないと、精神的に行き詰ってしまうからなぁ。それより自分のステータスを確認したところ、HPに変化は無いが、MP消費が半端無い。

 《投擲》2回と《硬化》で、半分以上の魔力を消費してしまっている。《投擲》の威力は牽制には申し分無いのだが、こちらは衰弱の呪いでMP総量がネックだったりするのだ。

 戦闘が長引くと、かなり不利になってしまう気配がプンプン。


皆轟みなごう君、こっちは終わったよ……そっちはどう?」

「鋭利な武器が無いから、とどめが刺せない……剣か何か貸してくれ、寺島」


 そう告げて、ネクタイで絞殺する手もあったなと、今更ながら気付いてしまったけど。新たに石槍と錆びた長剣をゲットしていた寺島は、躊躇ためらった後長剣を渡して来た。

 女性陣も合流して来て、ゴブリンの死体を漁っている。こんな時は女性の方がタフだと言うけど、果たしてどうなんだろうか。

 とにかく、今は少しでも動ける人間は大歓迎だ。


「終わったか……おっ、良い武器手に入れたな、皆轟! 俺のと交換してくれ」

「……貸しですよ、仁科先生」


 動けない人間筆頭の仁科が、入手したての長剣をさらって行った。短い付き合いだったな、それでも手元には錆びた小剣2本と石槍が残った計算だ。

 弓ゴブからも、弓と矢弾を7本入手出来たし。これを《投擲》で飛ばせば、石ころよりは殺傷能力が得られそうだ。それから石槍も俺用に貰って、取り敢えずは無手からは解放された。

 当然ながら、仁科にも貸し1つ付与だ。


 返事こそ無かったが、システムはちゃんと貸しを作れたと提示してくれたので問題は無し。回収の時が楽しみで仕方が無い、そして再出発したこのダンジョンエリアで、新たな発見物が。

 何とチェストが、カラフル通路の突き当りに置いてあったのだ。寺島の発言によると、これの正体は宝箱ではないかとの事で。

 湧き上がる一行、と言っても俺と寺島のみだけど。


 女性陣は割と冷ややかに、遠目に眺めているだけである。俺にしても、何か見つけても先生に没収される確率を思って今一つ盛り上がらない。

 それでもこう言うのは雰囲気だ、せめて中に何が入っているのかは確かめておきたい所。ちなみにチェストの大きさは、両手で難なく抱えられる程度。

 中身もそんなに、大きい物は入っていないだろう。


 罠とか鍵とか、そう言うのは一切無さそうな雰囲気だ。横で心配する寺島をよそに、俺はおもむろに古惚ふるぼけたチェストのふたを開けに掛かる。

 中には全部で、3つのアイテムが入っていた。子供の手でも握れるカプセル状の筒が、チェストの底に転がっている。何だろうな、武器でも食べ物でも無い事は確かだけど。

 異世界の常識……ああっ、スキルの《日常辞典》で分かるかもな。





 ――とか思っている間に、押野たち先生軍団が近付いて来た。





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