第5話 窓口に並ぶ人々



 意識に白いもやが掛かっているのを、彼らは恐らく感じてはいるのだろう。それでも喜怒哀楽と言った感情を、抑え込めるこの空間ではあまり意味はない。

 大人しく言われた通りに、4つある受付け窓口に並んでくれる。民族的に従順で御しやすいのは、彼らを召喚対象に“選択”した理由の一つである。

 そして人選に外れが少ないのも、大きな利点でもあるね。


 それにしても今回は、いつもの倍以上の適合者を召喚出来た。嬉しい誤算だが、これでは受付け嬢たちも大変だろう。召喚者に適したスキルを一緒に選び、送り出す作業を何十回も繰り返さねばならないのだから。

 いやそれにしても、用意されたスキルセットは足りるかな?


 このスキル選択だが、基本的には召喚した人々の自由に任せている。それでも唐突なこの場の雰囲気に、呑まれて全く気が回らない者も多数続出する訳で。

 そこで受付け嬢の出番である、その相談者の性格や癖を考慮して、20P内にスキルを見事に抑え込むのだ。その手腕は評価に値する、その仕事振りを少しだけ眺めてみようか。

 どうせ暇な身だしね、どれどれ……おっ、早速癖の強そうな奴が来たな。



「ようこそ、韮沢にらざわ様……こちらのシステムはご理解頂けてますか? 不明な点があれば、私どもがスキルの選択をサポート致しますが……?」

「若い奴らは嫌いだ……だが修学旅行生、アレはいい。基本的におのぼりさんの上に、財布にいつもより多めに札を忍ばせているからな。

 こちらは稼ぎ時だよ、基本的に連中は周囲を警戒する能力が低いから」

「は、はぁ……」


 うははっ、いきなりとんでもない告白から入ったな! 意識の混濁こんだくが招いた、本音の吐露とろなんてのは割とある事態なので、こちらは驚かないが。

 若い受付け嬢が、ちょっと引き気味なのは致し方が無いのだろう。向こうの世界にも犯罪者はいる、それが召喚対象に紛れ込むのもままある事。

 さて、この若い受付け嬢はどう対応するかな?


 ふむふむ、無難に《盗賊》や《スリ》や《開錠》なんてのを勧めているけど……向こうはもっと、派手なのをお望みのようだ。結局は《炎魔法》も取ったみたいだな。

 中年以上の召喚者は、異世界ではあまり活躍は期待出来ないんだけど。今の奴はどうだろうね、列の最初の頃に並んでいたから、適合能力はあるとは思うけど。

 そう、意識の覚醒の早い遅いも、実は適応能力に関係あるんだ。


 この世界に召喚されて、意識の覚醒の早い者ほど、大抵は異世界に適応する能力は高い。ステータスも同じく、列の最初に並ぶ者ほど高い傾向にある訳だ。

 ほら、隣の窓口の若者なんて、まさにそんな感じじゃないかな? ベテラン受付け嬢が、嬉しそうに虎の子の《勇者セット》をプッシュしているよ。

 ステータスも申し分ないし、鍛えれば良い戦士になってくれそう。


「いえ、僕は生徒会長なので……勇者なんて、良く分からない役職には移る気はありません。それより、一緒に働く部下をしっかりと揃えて貰わないと……。

 仕事の遂行は、やっぱりチームワークですからね」

「その通りです、明神みょうじん様……ただし、こちらの世界ですとリーダーは《勇者》と言う称号になっておりますので。

 勇者の元に集う仲間も、当然優れた能力をこちらで選択させて貰います。その点は、どうぞご安心なさって下さい」

「あぁ、そうだったんですか……それは失礼しました」


 何とか上手くまとまりそう、さすがにベテランは口八丁が上手で見ていて面白い。まぁ何にしろ、《勇者セット》は10Pとスタートからお得なのだ。

 その癖、物凄く強くて便利だから、いわゆるチート指定なスキルである。


 ここら辺の強力なスキルは、大抵は最初の方で早々とさばけてしまうのは当然のことわりである。ただし、強力とは言え13P以上の重たいスキルは、受付け嬢も推薦しにくいようで。

 中盤まで残るのもザラで、そこら辺の駆け引きは見ていて楽しくもある。何しろ、最初のスキルスロットの平均値は8~10なので、交換で所持してもセットすら出来ないのだ。

 序盤に荷物を背負う事となり、当然その分苦労する破目に。


 だから中盤の見どころは、コスト的に苦労が分かっているそんなスキルを、誰が受け取るかの攻防である。今はまだまだ序盤なので、お得なセットの引き取り人に興味が湧くけど。

 おっと、これは聡明そうな女生徒だな……受付け嬢も、気合を入れて《聖女セット》をプレゼンしているぞ。女生徒も、貰って当然と言う顔をしているな。

 すんなり決まると詰まらないな、ひと悶着あった方が楽しいのに。


福良木ふくらぎ様、それでは《聖女セット》が10Pですので、残りのポイントで《時空購買》など如何いかがでしょうか?

 いわゆるネット販売ですが、異界のダンジョン内では便利ですよ?」

「そうね、じゃあそれを頂くわ」


 悩む事すらしないのか、却って潔いな……この女生徒も、さっきの勇者候補と同じ生徒会の関係者みたいだな。パーティを組めば、優秀な探索者になってくれそうだ。

 しかしなぁ、もっとこちらを盛り上げてくれる癖のある奴はいないモノかね。優等生ばかりじゃ、観察し甲斐が無いからねぇ。

 おっと、あの筋肉質の若者はどうだ?


「ボスに訊いてみないと……ワタシは特待生だから、勝手な選択すると、学校にいられなくなってしまいまスね」

「残念ながら、既に学校と言う枠は壊れて存在致しません。あなたの選択で、今後の人生が変わるのです。言うなれば、これは就職試験ですね」

「オー、ドラフトみたいなモノですか……? それは興奮しまス、ワタシの価値を貴女が決めてくれる訳でスね?」

「その通りです、ガブリエル・有働うどう様……この《騎士セット》なら、あなたの能力次第で素晴らしい未来が拓けます。

 ご一緒に、《剛力》と《瞬身》も如何ですか?」


 《騎士セット》も売れそうだな、しかしひたすら前衛肉弾戦のセットとは。確かに、あまり考えるのに向いて無さそうな生徒だが、偏見が過ぎないか?

 まぁ別に、受付け嬢のチョイスを批難する訳じゃないけど。召喚された連中って、元から魔法に不慣れと言うか、全く関わり合いが無い人種だからなぁ。

 魔法をもっとプッシュして行かないと、売れ残っちゃうぞ?



 などと思っていると、結構重めの《空間魔法》がけていった。オタクっぽい眼鏡男子生徒か、アレは時空Boxとかワープ移動とか、色々出来て便利なんだよな。

 それを分かっていて取ったみたいだ、さすがオタク眼鏡だな。いや知らないけどね、着眼点は大変に素晴らしい。重いのは勘弁してくれ、とは言え13Pだしレベルが上がる中盤以降にセットは可能だろう。

 他は《付与術》と《薬品合成》か……サポートに徹する感じかな?


 別のオタクが《深淵しんえん知識》を取得したようだな、この2人は同じ部活仲間らしい。さてさて、彼らで組むとして、果たしてどこまで異世界のダンジョンを進めるかな?

 前衛が全くいないな、オタク連中は頭脳労働には向いてるかも知らんが……当てでもあるのか、そんなに悲観はしていないようだけど。

 もっともこの空間では、感情は上手く働かないんだっけね。


 おっと、こちらもおススメの《召喚魔法》が、ようやく持ち主を得たようだ。案の定、女生徒だな……しかも、なかなか可愛い容姿をしている。

 ってか、受付け嬢が必死に別のスキルを勧めている。


「ですが野木沢のぎさわ様、あなたは剣術の方に才能がございますので……せめて《刀剣術》も、ご一緒に取得頂いた方がお役に立つのは請け合いかと!」

「えっと、ゲームとかでモンスターを仲間にするタイプのが好きで、私的にはそう言うのがしたいなぁって……」


 ほんわかしたしゃべり方だな、こんな娘が剣術に秀でているって? 受付け嬢の間違いじゃないのかな、素直に《召喚魔法》を渡してあげろよ。

 いや、アレは確か9Pのスキルだったから、予備のスキルの選定をアドバイスしているのか。確かに《召喚魔法》を使った戦いでは、召喚主は後ろにいた方が有利ではある。

 主が倒されると、召喚した魔物も送還されちゃうからね。


 だから基本的には、主は後衛で支援が望ましい。召喚した魔物と一緒に、肩を並べて戦うとかは、傍から見たら邪道ではあろう。

 それでもえて勧めるのは、よほど剣術に見どころがあるのだろう。渋々と言った感じで、それを受け入れる女生徒。まぁ、異世界はスキルが無くても、剣を装備して戦う事は不可能ではない訳だし。

 ただ必殺技が使えないだけ……うん、やはり持ってた方がいいかな。


 その威力は、手で持つ花火と打ち上げ花火程度には違うからね。華やかさもそうだが、使い方によっては多人数や破壊不可能な物体相手にも効果を発揮する。

 ほんわか女生徒も、それを知れば受付け嬢に感謝する筈。



 大物スキルも、そろそろ全て捌けて来たかな……うん、残っていた《覇王セット》も小柄なオッサンが持って行ったし、まずは良かったな。

 強力なスキルは、やはりダンジョンで活躍して欲しいからね。どうやらこのオッサン、さっきの生徒の部活の監督さんだったらしい。

 《カリスマ》や《統率》も取って行ったし、面白い並びかも。


 統率する生徒たちの当てがあるんだろう、向こうで一大勢力を築くかも知れないね。それは楽しみだ、数の暴力ってのはどこでも有効なのは確かなんだし。

 それはともかく、あれだけいた召喚者も随分と減って来たな。第13回目の今回は、総勢178名もの適合者が選出されたとの報告を受けたけど。

 半分は終わってるみたい、順調そうで何よりだ。


 それよりも、最初の奴みたいな癖の強い性格の召喚者はいないのかな。割と扱いが危険なスキルなら、まだたくさん残っている筈なんだけど。

 などと思っていたら、ついに《魔王セット》にご指名が入った。


「ねぇ、教えてよ……《勇者セット》は、一体誰が持って行ったんだい? 狡いよな、先着順なんて……おおかた、生徒会長かスポーツ特待生の誰かだろう。

 不公平だよな、勉強では負けてないのに、こんなところで差がつくなんて」

國岡くにおか様……先ほど申しました通り、先に選ばれたスキルは取得対象に選べません。ですが、勇者に対抗するためだけに《魔王セット》を選ぶと言うのは、私の立場的にはあまりお勧め出来ませんが……」


 なるほどね……学力主義のこの生徒は、学園生活でのヒエラルキーに、普段から不満を感じていた訳だ。だからと言って、自ら魔王になろうとは凄い執念だ。

 こちらとしては、そんな破天荒な人物を観察するのは楽しくて仕方が無いんだけど。精々頑張って欲しいよね、彼に組んでくれる友達がいるかどうかは別として。

 まぁ、いなくても魔王は配下を召喚出来るしね。


 他にもチラホラ、《痛み魔法》や《強奪》、《反抗心》や《疑心暗鬼》と言った危ないスキルが売れて行く。精々有効に使って欲しいよね、まぁ己の欲望を満たすのも可だけど。

 特に《強奪》は、ジャージ姿の中年の先生が、悪い顔で選んでいったからなぁ。あれは13Pと重いから、序盤はセットすら出来ないだろうけれど。

 任意の相手のスキルを奪える威力は、ピカ一で特に危険なスキルである。


 他にもギャルっぽい女子高生が、《魅了》や《美人局》を選んで行ったのは面白かったな。そのあとで受け付けに座った、背広姿の男の印象には到底敵わなかったけど。

 その男は、何と言うか生粋のサディストに感じられた。意識の希薄なこの空間では、それを隠す努力も無駄なのでハッキリと分かる。

 歯医者になったのも、案外患者の苦しむ姿を眺める為かも。


「それでは岸那部きしなべ様、選択されたのは《殺人術》と《並列思考》と《苦痛無効》でよろしいですね?

 全部で17Pなので、3Pほど余りますけど?」

「そちらで適当に選んで下さい、何か補助スキルのようなものを……それにしても楽しみだ、これから向かう異世界は、いわゆる無法地帯なんですね?

 スキルを使って人を殺めても、誰にも罰されないのですね?」

「えっ、ええ……その通りです、岸那部様」


 まぁ、こんな輩も紛れ込む可能性はあるよね。案外こんな常識外れの奴が、生き延びで最高の戦士になる可能性だってあるのだし。

 つまりは、こちらは飽くまで無干渉と言う事で。




 そろそろ、人の列も少なくなって来たな……おやっ、ようやく最後の一人が意識を取り戻したみたいだ。随分と暢気のんきな奴もいたもんだ、毎回何人かは、この手の出遅れ者を見掛けるけど。

 しかも、意識拡散のフィールド効果も、全く効いていないみたい。ちょっと珍しいな、しかもそのせいで悪巧みを始めているよ。

 ほぅ、なかなか好奇心をそそる人物だな。


 そいつは、今まで散々眺めていた学校の生徒には違いないが、この状況を見極めようと画策していた。うむっ、悪い手では無いな……自分の置かれた状況を、正確に把握するのは重要なポイントだ。

 ただし、顔を拝んで殴ってやろうとか、結構物騒な思考に傾いているのは戴けないな。何しろこちらの陣営の、管理人たちは歯向かって来る連中には容赦が無いから。

 ここはアドバイスを……いや、既に遅かったか。


「おいっ、もうほとんど高ポイントの強力スキル残ってないじゃんかっ!? 不公平だ、話が全然違うぞっ!

 これじゃあ“探索”とやらの手助けにもなりゃしない!」

「あら、先ほどまで気を失っていた方ですね……そのぅ、低いポイントのスキルも使い方次第ですよ? 安いスキルも、成長次第では強力な物へと変化する可能性もありますし。

 むしろ序盤では、安いスキルを数多く揃えられた方が有利ですし?」


 騒ぎという程のモノでもないが、この場での異変はすぐに直属の管理者に知らせられる仕組みになっている。そして今回の責任者は、あのアイゼンだからなぁ。

 下手に横から口出ししようモノなら、さらに厄介な事態になり兼ねない。ここは静観するべきか、こちらがこっそり覗いているのを知られるのも不味いし。

 それにしても、あの生徒のゴネる演技は下手だな。


「とにかくそちらの不手際だ、安いスキルしか残っていないのなら、20Pと言わず倍は欲しいね! それが誠意ってモノでしょ、違う?」

「そっ、それは……私の判断では出来兼ねますし、残り時間ももう少ない事ですし? 一度落ち着いて、20Pで良いセット内容を一緒に考えると言う事で……」

「残り時間が少ないのに、じっくり考えてる暇も無いもんでしょ? それじゃあ妥協案だ、文句は言わないから残ったスキルを全部詰め合わせてくれ!」

「それこそ無茶ですよ……!!」


 うん、本当に残り時間はあと少ししかないみたいだ。それを過ぎれば、この空間を維持するエネルギーが尽きてしまう。自然と、この白い部屋の機能も全て閉じてしまう事に。

 それまでに、何とか事を収めるのが受付け嬢の腕の見せ所なんだけど。既に自分の持ち場を終わらせた、ベテラン受付け嬢がフォローの構えを見せている。

 それが叶わなかったのは、アイゼンが姿を現したから。


 二人の護衛を従えて、まぁ偉そうに佇んでいるな。その場に《威圧》をバラ撒きながら、好き勝手に自分の理論で采配を振るっている。

 どうやら、初の召喚者数三桁にあやかって、33Pのスキルと3つの呪いを付与する事に決定したようだ。相変わらず底意地が悪いな、しかし最後に意外な反応が。

 藪蛇だと内心で後悔していた若者が、言葉を発したのだ。


「ちょっ、マジかよ……!?」


 それはこちらのセリフだよ、アイゼンの《威圧》はLv9だった筈! 同僚も驚いた様子で、多少はその若者に興味を抱いたようだけど。

 すでに決定はなされたと、呪いを刻み込んで護衛を連れて退場して行った。この部屋での時間厳守は、何をおいても守らなきゃならない絶対のルールだしね。ふむっ、あと1分半か……確か、33Pのスキルだっけ?

 手出しするなら、今しかないな!





「ねぇ、受付け嬢君……彼のスキルの選別は、私に任せてくれないかい?」







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