第8話 探索2日目



 やけに空気に粘りのある空間で、俺は何者かの集団に追われていた。或いはすでに追い付かれてしまっているのか、身体には無数の傷を負っている。

 く感情に反比例して、足は一向に前へと踏み出してくれない。後方からは多くの気配が迫って来ていて、振り返るたびに俺の身体に傷が増えて行く。

 それ等は、薄汚いぼろきれをまとった“夢魔”達だった。


 何故そいつらの正体が分かったのか、それは夢の中の常識のせいかも知れない。やつらは総じて小柄で、赤く光る眼がギラギラとした、小汚い化け物だった。

 力は強くないらしいが、集団で狩る能力を備えているようだ。獲物はもちろん俺らしい、追い付かれたら引っ掻かれたり噛み付かれたりと、暴虐を振るわれ放題。

 俺はとうとう倒れ込み、背中に大量の夢魔たちに乗っ掛かられる。


 その感触の気持ち悪さに、俺は思わず身体を反転させて抵抗を示す。幸いその勢いを利用して、夢魔の一匹に肘撃ちを喰らわせてやれた。

 さらに暴れまくって、乗り掛かろうとしてくる奴らを強引に投げ飛ばす。


 ただし、反撃はそこまでだった。仰向けの姿勢は、防御には全く向いていないと思い知らされる。何匹目かの夢魔に馬乗りになられて、その冷たい指先で思い切り首を絞め付けられ。

 それだけに留まらない、無数の牙や指が肌を切り裂きに掛かる。


 窒息するまでの合間に、片方の目をえぐられた感触が分かった。どこかが食い千切られる感触も、闇へと落ちて行く意識の隅っこに確かに感じられる。

 絶叫を上げられたのは、ちょっとした奇跡だった。舌の感覚も曖昧だったので、とっくに千切られて失っていても不思議では無かったのだ。

 俺は身体を失った、次に喰われるのは精神に違いない……。



皆轟みなごう君、大丈夫……しっかり、ねぇ起きて!!」

「……っ!?」


 そこには心配そうにこちらを覗き込んでいる、寺島の顔があった。どうやらうなされていたらしい、あの悪夢の感触はっきりと覚えている。

 いや、それの本性も俺はハッキリ思い至ってしまった……確実に呪いの一つだ、うっかり失念してしまっていたが《悪夢》の状態異常なのだろう。

 安眠も出来ないとは、かなり殺意の高い呪いだ。


 俺はびっしょりと搔いた冷や汗を拭いつつ、寺島に礼を言っておく。ちょっと怖い夢を見ただけだと、そのまんまの言い訳を口にして。

 夜中に騒いで、相手を起こした非礼をびておく。


 それから身体に異常が無いか、こっそりとチェックに掛かる。……良かった、ちゃんと目ン玉もあるし欠けたパーツは無さそうだ。

 精神的には、しかしかなり参っていたけど。


 周囲を見回すと、奥からは平和そうないびきが聞こえて来た。ちょっと殺意が湧いたが、この呪いは教師陣には全く因果関係は無いと思い直し。

 ぐっと怒りをこらえつつ、次いで女性陣の方へと目をやる。普通に固まって寝ていて、その幸せそうな風景にまたも怒りが湧きそうになる。

 いや駄目だ、他人を妬んでも仕方が無いし。


 薄っすらとした灯りの中、ぼやけた思考で対策を考える。寝たら悪夢に襲われるのなら、起きたままでいれば良い。ただしそんな状態では、明日の探索中に酷い目に遭うだろう。

 或いは数日なら、徹夜の状態も我慢が利くかも知れない。ただしそれにも、当然ながら限界は訪れる。とは言え、根本的な対策は思いつかないし。

 夢魔に捕われるのは、要するに時間の問題か。


 俺は何となく笑い出しそうになるのをこらえ、そのままの姿勢で睡魔と戦い始めた。睡魔に負けたなら、今度は夢の中で“夢魔”の群れと戦えば良い話だ。

 抗う術があるなら、それを選択するだけ。簡単な事だったな、呪いなど糞くらえだ! いつか力を蓄えて、あの白スーツに仕返しをしてやる。

 これも“貸し”だ、奴の呪いとどちらが強いか、いつか試してやる――





 朝の迎えは、当然の如くに最悪だった。少しは寝れたのかも知れないが、恐らく俺の顔はくまの出来た酷い有り様になっている筈。敵の襲撃が無かっただけ、まぁ良かったとしよう。

 そのエリアに日の出の気配は全くなかったが、1人が起きるとそれに釣られて全員が起床に至って。時計を確認すると、朝の丁度良い時間である。

 女子組も起き出して、こちらにねぎらいにやって来た。


「おはよう、2人とも……大丈夫、皆轟君? 酷くやつれた顔してるけど、ちゃんと眠れてないの?」

「あぁ、ちょっと悪い夢を見てな……心配はいらない、昼の行動に支障はないよ」


 南野の言葉に、俺は精いっぱいの虚勢を張って答えを返した。まだ半徹夜1日目だし、大した事は無い筈である。身体はやや重いが、動こうと思えばちゃんと動く。

 精神の消耗の方が酷いかな、まぁMPは全快してるし問題無いか。


 それにまぁ、利点もあるにはあった。夢の中で夢魔を倒した分らしき経験値が、何故か入って来ていたのだ。これで俺も皆と同じくレベル2である、やったね!

 不思議な事はまだあって、4Pのスキル《夢幻泡影むげんほうよう》が、勝手にセットされていると言う妙な事態が。そして他のスキルは、全て予備の欄に追い出されていた。

 誰の仕業だ、夢の中で経験値を得た事と関係あるのかな?


 《夢幻泡影》の元の意味は、簡単に言えば『世の中は儚い』って感じの仏教語らしい。それがスキルになると、夢や幻を力に変えるみたいな能力となるとの説明文。

 うん、まるっきり意味不明だ……勝手にスロットに入っていた事象を含めて、スキルの暴走ってこっちの世界では、普通にあり得るのだろうか?

 こんな訳の分からない世界だし、何を常識と信じるのかって話ではあるけど。


 とにかく棚ぼた式にレベルが上がったのだ、さり気なくレベルアップに勤しもう。ピンポイントにMP増やすか、それとも普通に均等伸ばしかの二択だな。

 スロット増の希望も捨てたくないし、ここは2P消費で全体の底上げかな? 念を凝らして、俺は誰にも気付かれないようにスマホ操作。

 その結果、天は俺を見捨てていなかった事が判明!


 ラッキーな事に、スロット枠も増えてくれた。これほど消耗していなかったら、その場で小躍りをしていただろう……いや、冷静になれ俺。

 《平常心》をセットしていないと、心が変に浮き沈みしてしまうのは否めないな。女子組がトイレで部屋を出ている間に、色々とチェックしておかないと。

 いや別に、やましい事をしている訳じゃ無いんだが。




 皆轟春樹:Lv2   HP:12(24)   MP:11(21)

===-----------------------------

物理攻撃:13(20)   物理防御:7(14)

魔法攻撃:7(14)   魔法防御:4(8)


スキル【11】《夢幻泡影》

予備スキル《観察》《平常心》《餌付け》《追跡》《時空Box(極小)》《日常辞典》《エナジー補給》《投擲》《高利貸》《硬化》《購運》《罠造》《借技》

獲得CP【12】   獲得SP【0】


状態異常:呪い《服従》《衰弱》《悪夢》

装備:石槍



 ふむっ、ステータスは平均的に上がってはくれたけど……衰弱の度合いが、確実に酷くなっている気がするな。武器を入手したお陰で、物理攻撃が辛うじて元の6割程度か。

 他は元の数値の、半分程度までに衰弱が進行している。これが半徹夜のせいだったらまだ良いが、日々進行して行く病魔みたいな設定だったら地獄だな。

 違うと思いたい、それだと詰んでるし。


 俺と寺島も、朝の支度を順番でつつがなく終えて。俺のスキル《エナジー補給》で出した簡素な朝食で、全員で腹ごしらえを終える。

 それにしても、専用の鞄を盗まれたのは地味に痛いな。着替えも歯ブラシも、タオルすら手持ちにないのは辛過ぎる。パンツとか、寺島に借りる訳にもいかないし。

 もちろんこのオフィスにも、生活用品の類いは落ちていない。


 取り敢えず朝の収穫として、今度は俺が男教師の元へと朝食を届けてやって。こちらの顔色の酷さにギョッとしていた連中だが、食事の分と合わせて“貸し”を作っておいた。

 最近は、システムの認証音声を聞くと楽しくて仕方が無い。どこから響いて来るかは不明だが、少なくとも他の人には聞こえないみたいで何よりだ。

 男性教師の“貸し”貯金、順調な貯まり具合だ。




「それでは探索を開始する、布陣は昨日と同じだ……見落としの無いよう、各々しっかり励むように!」

「皆轟、今後はモンスターを素通しするなよ! これは《命令》だ、しっかり壁になれ!」


 押野と仁科の有り難い言葉と共に、2日目の探索は開始された。仁科のヒステリック具合には、同僚の筈である教師陣もやや引いてたけど。

 何故に俺だけ責められるかは、全くの不明である……それでも集団は、のろのろと動き始めた。ってか、昨日と同じく俺と寺島が先頭なんだけどね。

 何しろきょうが乗らないし、体調は思いっ切り悪いし。


 来た道の向かいのオフィス通路の端っこに、異界へのルートは3つほど存在していた。上と下へ続く階段と、非常口の鉄製の扉である。

 階段はどちらも、途中で異界のワープ通路の様な幕が張られていて向こうの景色は不明である。非常扉を開けた先も、同じエフェクトが窺えたのは確認済み。

 押野は黙って、顎で下の階段を指し示した。


 その選択に、恐らく深い意味は無いのだろう。辿り着いた今日最初のエリアは、どこかの街並みの路地裏だった。外に出れたのかと沸き立つ一行だが、残念ながら空は窺えず。

 ここも迷宮仕様で、しかも野犬がたくさんお出迎え。


 幸い道幅が狭いので、男2人で壁役は充分にこなせそう。さらに今日の俺のスキルセットだが、《観察》と《平常心》を外して《罠造》と言うスキルをセットしていた。

 これは3Pのスキルで、どの程度使えるかは今の所は不明である。とは言え、数少ない敵のHPを削れそうなスキル、有効に使えればそれに越した事は無い訳で。

 ……あれっ、ひょっとしてぶっつけ本番?


 MP効率とか、罠を設置するスピードを先に確かめようと思ってたんだけどな。駄目だ、半徹夜のせいで頭が上手く働いてくれない。

 取り敢えずは真っすぐ突っ込んで来る野犬の前の通路に、スキルと念を込めて《罠造》を作動させる。途端にMP消費を尋ねられ、俺は咄嗟に3Pを提示。

 何となくだが、発動のコツは掴めたっぽい。


 そして無事に作動した罠は、なかなかに派手で結構な威力だった。2畳はありそうな大きな重り付きの投網が、急に宙空から降って来たのだ。

 対応出来ずに掛かった野犬は3匹、半分の敵があっという間に移動不能状態に。驚いたのは、隣の寺島も同じく。それでも敵に躍りかかって、俺と一緒に殲滅に勤しみ始める。

 この2日で、何とも頼もしくなって来た相棒である。


「罠の中の奴は後回しだ、先にフリーの奴らをやるぞ!」

「分かった、左からくる奴はまかしておいて!」


 相方とのコンビプレーも、少しずつこなれて来始めた感があるな。小鬼よりは素早い動きの野犬を相手に、最初は2人とも戸惑いはしたモノの。

 《硬化》の掛かった左手の制服を、わざと噛ませてやれば敵に次の武器は無い。剥き出しの急所の腹に石槍を突き刺して、一丁上がりだ。

 寺島も強引にだが、何とか1匹を抑え込んでいる。


 残りのフリーの野犬は、南野の《闇魔法》で意識を喪失してくれていた。押野がリーダーのこの集団の結束力に反して、生徒組の戦闘技術は上々だな。

 動けない敵を始末して回って、今日最初の戦闘は終了。


 昨日より手際が良いな、新たにセットした《罠造》も結構な威力を示してくれたし。何よりあのスピード対応と、MPコストによって罠の威力が変えられるっぽいのが良い。

 待ち受けの本来の罠としても当然使えるし、咄嗟に襲い掛かって来た相手にも使えそうだ。要はこちらの反応次第かな、石槍と矢束に次いで新たな武器を手に入れた。

 ただし、MPコストは少し気になるところ。



 路地裏の迷路は、実際はそれほどの分岐は存在しなかった。野犬の群れも、最初の6匹以降は大きな群れは存在せず。たまに大ネズミの群れが、巣穴から飛び出して脅かして来る。

 距離が充分なら、こいつらはさっきの投網で完璧に対応出来る。文字通りに一網打尽で、後方に居座る馬鹿な連中に文句を言われる事も無い。

 寺島によると、経験値の入りも充分らしい。


 【衰弱】状態のこっちは、ようやく経験値バーが半分程度である。ただし動き回ったせいで、少しだけ血の巡りは良くなって来た気がする。

 生き物を手に掛ける気持ち悪さと、まぁ半々かな。


 ここの探索は1時間程度で終了、そして次のエリアも似たような造りだった。路地裏に加えて、コンクリのトンネルが加わってより複雑な迷路になっているけど。

 昨日のカラフル迷宮よりは幾分かマシ、そして出てくる敵も野犬と大ネズミのセットであまり変わらず。細い通路には、回収出来るようなアイテムは何も無し。

 寺島は、ポリバケツの蓋を盾に使えないかなとか言ってたけど。


 悪くはない案だが、見た目がちょっと不遇過ぎる気が……ちなみに、ポリバケツの中は残飯ばかりだった。少なくとも、今後の食料に持って行こうとは思わないレベル。

 恐らくは大ネズミの餌なのだろう、或いは野犬も食べているかもだが。とにかく見慣れた風景がダンジョン化しているって、何だか新鮮で面白い。

 いや、敵の来襲はちっとも面白くないけど。


 そんな2つ目のエリアは、なかなかにアスレチック風味だった。階段や梯子を使わないと、エリアの奥へと進めない場所があるのだ。そして梯子を登っている最中に、初見の大カラスが襲い掛かって来ると言う。

 いや、襲われたのは教師陣だったので別に良いけど。


 相変わらず騒がしくしていて、そのお陰か第2陣の来襲も招いてしまっていたけど。本当に懲りない連中だ、ただし田沼先生の《忍術》とやらを初めて見れて面白かったな。

 こちらも飛び火したカラスの襲撃を、《投擲》で矢弾を飛ばして撃ち落としてみる。これも目論見通りに上手くいった、威力もコントロールも申し分無しだ。

 安い2Pのスキルの癖に、かなり強力だなっ!


 しかし、移動が大変なエリアだった……途中に公園のような休める場所もあったが、敵のうろつく場所なので敢えてスルーする事に。

 大ネズミだけならまだしも、野犬やカラスの相手はしんどいし。


 そして辿り着いたエリアの奥、コンクリのトンネルの突き当りに3つのゲートが。今日は朝からの探索なので、昨日とはペースがまるで違うな。

 ここを潜れば3つ目のエリア、MP回復に休憩を取らせて貰って。


 さすがに鬼畜の教師陣も、この程度の生徒の我儘は許してくれて助かっている。MPを使ってのスキルは、もはや俺や先陣生徒組の肝になってるからなぁ。

 年若い連中の方が、新しいモノに簡単に馴染むとよく言われるけれど。教師陣の頭の固さは、年齢なとを差し引いてもフォロー仕様も無いと思う。

 ハッキリ言って、俺達が手助けしないと早々に命尽きるレベル。





 ――やれやれ、何で憎たらしい奴らの世話をしなきゃならないの?





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る