第3話 ここは異界の入り口らしい



 なし崩し的に、俺は生徒指導の教師グループの、選抜探索部隊の一員へと組み込まれてしまった。普段の俺ならあらがうところだが、何故かそんな反抗心も打ち砕かれ。

 どうやらこれも呪いの一種らしい、改めて個室に逃げ込んで確認したところ、右手と左手首にも似たような紋様があるのを確認出来た。

 つまりは全部で3つ、あの白スーツの男の公約通りだ。


 その呪いの1つが、えげつない事に服従系の効果だったと言う感じ。上位者の命令、パーティリーダーの命令には逆らえないと言うね……。

 最悪だ、一番嫌な奴に命令権を握られてしまったじゃないか!




 ただし、こちらも素直に従った訳ではない。トイレにとつされた瞬間、俺は素早く個室へと飛び込んで籠城の構え。とにかく時間が欲しかったのだ、あれこれと今後について考える時間が。

 束の間の遣り取りだったけど、どうにか呪いの本質だけは判明させたい。その思いに突き動かされての行動だ、ってか今更教師面されても困るんですけど?

 ところが相手は、とっても面の皮が厚かったご様子で。


「おいっ、皆轟みなごう……何逃げてる、緊急集合だ!」

「ち、ちょっと具合が悪いんで……少しだけ時間を下さい、体調を整えたいので……」


 余り考える時間は無いみたい……ってか、奴に逆らおうとしたら、段々と本当に息苦しくなってきちゃってますけど?

 これは不味いな、明らかに首の紋様の仕業だろう。


 散々と知恵を絞って、俺はスキル2Pの中から《日常辞典》ってのを、まずはスキルスロットにセットしてみた。このスキルの説明だが、要するに小型辞典である。

 スマホの簡易説明よりは、少しだけ詳しい情報が得られるようになるそうで。こんな便利なのがよく残ってたと思うが、どうもこれの上位スキルは幾つも存在するらしい。

 例えば《鑑定》とか《自動認識》とか、その手のややチート級の奴が。


 それを入手した奴をうらやんでも仕方が無い、こちらは配られた手札で勝負するしかないのだから。扉を叩いている押野おしのがひたすらウザいな、こっちは忙しいんだ、放って置いてくれ。

 首の締まりを我慢して、まずはスキルの効能を体感してみる。確かに何かが体内に流れ込んでる気配がする、血の巡りが良くなったような不思議な感覚だ。

 これで俺のステータスの、状態異常の“呪い”の効果が解るかな?


 解った……呪いは全部で3つあって、一つ目が首の紋様の呪印っぽい。これはスキルで言うと《服従》を強要させられている感じらしい。

 上位者やパーティリーダーには逆らえない、かなり生死に関わる呪いである。いきなり詰んでないかな、奴隷スタートとか酷過ぎると思うんだけど。

 これだけは、何とか教師陣に存在を隠し通さないと。


 それから二つ目の呪いは、どうも《衰弱》の効果っぽい。いわゆる、自身のステータスが軒並み下がるって奴だ。そう言えば、最初に見たときの画面がそんな感じだったなぁ。

 ピークの6割程度かな、現状で力を発揮出来るのは?


 うん、酷過ぎる重荷だ……そして最後の一つは、どうも《悪夢》のバッドステータスと言う認識で良いのだろうか。寝ると必ず悪夢を見るという、精神をむしばむ系の呪いである。

 満足に休息も出来ないとか、本当に勘弁してくれ。


 全くどう仕様も無いな、そこまで嫌わなくても良いものを。何だか泣けて来た、さっきからトイレの個室のドアを叩く音がうるさくて集中も出来ないし。

 とんだ粘質者だな、首の締まりもそろそろ限界だ……俺は諦めて、ドアを開けて顔を出してやった。生徒指導の押野は、少し驚いた顔つき。

 そしてトイレの入り口に、仁科にしな田沼たぬま先生もいつの間にか陣取っていて。


 何の用ですかとの俺の問いに、押野は対面を整えつつも、緊急集合だとがなり立てる。どうも救助隊が当てにならないのなら、食料か出口を見付けるべきだとの考えに至ったらしく。

 今更感はあるが、元気な生徒を募って探索に出ようとの事らしい。彼らの弁によると、言う事を聞かずに先に出発した連中は、既に自分らの管轄外との認識らしく。

 それよりは、残った可愛い生徒の保護を優先するそうだ。


「……俺も体調不良なんですけど、探索隊からは外して貰えませんか……?」

「ふざけるな、皆轟……残った60名の生徒たちの為にも、お前が働け」


 強制労働じゃんとか思いつつ、命令に逆らうと首が閉まって呼吸困難とか勘弁してくれ。今や味気ない雰囲気の、地下鉄ホームに連れ立って戻ると、国語を担当する斎藤さいとう先生が出迎えてくれた。

 この女教師はまだ若くて、生徒には割と人気があるのだけれど。気の弱さは傍から見ても分かるレベル、生徒指導の強面こわもての連中には、どう頑張っても逆らえそうにない。

 そしてその女教師の隣に、2人の女子生徒の姿が。


 隣のクラスか、少なくとも同じクラスでは無さそうだ。女子の一人は小柄で眼鏡を掛けていて、聡明と言うか、やや生意気そうな顔付きだった。

 斎藤先生が、こちら南野みなみのさんと紹介してくれた。今回の探索に同行してくれる、同志と言う訳だ……ちなみに斎藤先生も、同行する事になってるらしい。

 それからもう一人、こちらはかなりふくよかだった。


 縦にも横にも大柄なこの女生徒、名前を細木ほそきさんと言うそうだ。おどおどしていて、半ば斎藤先生の後ろに隠れるようにしているけど。

 隠れ切れてないのは、まぁ愛嬌と言う事にしておこう……何とも頼り甲斐のありそうな一行だ、本気でこのメンツで、未知の異世界を探索するつもりなのだろうか?

 おっと、よせばいいのに寺島も近寄って来たよ。


 まぁ、ここに取り残されても不安なだけなのは気持ち的には分かるけど。どっちもどっちな気がするな、それなら知り合いのいる方にって判断なのだろう。

 俺と寺島だけど、普段はそんなに話をする事も無い。だからと言って、別に不仲でも無いって程度だ。いるなら心強いかもな、教師陣が精神的に全く頼りにならない前提で。

 奴ら心底、腐った対応をするからなぁ……。


 そんな押野と仁科だが、地下鉄ホームに力無く座り込んだ面々に、何やら熱く語り掛けていた。電車も救助隊も来ない中で、食料も無いのはジリ貧だ。だから急遽、探索隊を募ってこの先に何かないか探しに行ってくる。

 決して見捨てる訳ではない、食料が見つかればそれを持ち帰るので、希望は捨てないように! 先に出掛けた連中は当てにするな、あれは自分達の事しか考えていない!!

 先生たちを信じろ、信じる者は救われる!!!


 全く、どこの宗教家だよ……こんな臨時のパーティで、本当に上手く探索が進むと思っているのだろうか。だとすれば御目出度おめでたい、しかし俺は逆らえないと言うね。

 せめて光哉たちの進んだ方向へとの、俺の期待は10秒で崩れ去った。しかも、俺と寺島が列の先頭の役目らしい、武器も何も無いってのに世知辛せちがらい話である。

 その次はやはり生徒の2人、さっき紹介された南野と細木だ。


 肝心の生徒指導の面々は、悠々ゆうゆうとしんがりを務めるフォーメーションらしい。若い者の方が、適応力があるからとの有り難い言葉を頂いて、本当に涙がこぼれそう。

 善意の塊の斎藤女教師も、強面で年上の彼らには面と向かって意見は言えない様子。大人しく後ろをついて来ている、力関係は既に出来上がって揺らがない感じ。

 その癖、進む方向は押野の独断で決定されると言うね。


「この先は、まだ誰も進んで無い筈だ……他の連中が通った後を進んでも、あまり意味は無いからな。出口か食料、或いは救助隊に出会えれば儲けものだ。

 さあっ、行くぞ!!」

「自分たちが先頭任されてますけど、危険は無いんですかね……?」

「知るかっ、そこは自己判断だろう……とにかく、何か見つけるまではこのまま進めっ!!」


 いい身分だな、おい……自己判断と来たか、つまり自分の身は自分で護れってね。こちらは生憎、良く分からないスキルしか貰えて無い訳で。

 とは言え、この状況を生き延びるには、やはりスキルしか頼れない。せめて木の棒でも落ちてたら、剣道の経験も活かせるとも思うけど。生憎と、地下鉄のホームには、都合良くそんな物は見付かりそうもない。

 そして押野が選んだのは、ホームの端の鉄製の扉だった。


 こんなの駅員専用の扉だし、しかも恐らく小部屋で行き止まりだろうに。などと馬鹿にするのは早計らしい、スマホを確認していた南野が、ここは出口の一つだと請け合っている。

 彼女はここでの待機時間に、割とスマホ情報や他の出口を観察して回っていたそうだ。おおうっ、今まで残ってた奴らの中では、何ともアクティブな部類だな。

 その報告によると、本当に異界エリアの繋がりを確認出来たとの事。


「例えば建物の境目があるでしょ、そこから急に別空間になるの……出て行った連中の後を、少しだけ尾行して行ってみて判明したけど。

 危険な生物もいるみたいで、戦闘騒ぎにもなってたみたい。私たちも充分に気を付けるべきね、後ろに控える先生たちは当てにならない感じだし」

「えっ、私……実は、戦闘向きのスキルはあんまり持ってない……」

「俺も同じくだが、まぁ何とかするしかないな。取り敢えずは、俺と寺島で前衛をするから……なるべく女性陣でフォローを頼む」

「分かったわ、気を付けてね」


 何と言うか、南野は小さい割には度胸があるな。助かるけど、その分細木は、見かけ通りに気が小さいみたいだ。寺島も、でかい身体の割に気弱な感じを受ける。

 それでも前衛は、最低でも2人は欲しい……俺1人ですべてを受け持つのは、恐らく無理だと思うし。指示された異界への扉の前で、短く打ち合わせをする俺たち。

 後ろからのヤジなど、構ってなどいられない。


 早く進めとかサボるなとか、本当に煩くて嫌になるな。それなら先にどうぞと、南野が尊敬の念の欠片もない口調で対応するけど。

 今度は年長者は敬えとか最初の取り決めは絶対だとか、向こうに都合の良い理論を振り回す有り様で。生徒を守るって演説、あれは嘘だったのかと言いたいね。

 まぁ、こんな腐った連中に守られるのは御免だけど。


 それよりスキルだ、さっき考えてたのは2Pの中の《投擲》ってのを上手く活用しようって計画だったんだけど。考えてみたら、投げるものが全く手元にない!

 急遽予定を変更して、3Pの中から何とか戦闘に使えそうな奴をチョイス。どんな敵が出現するかは不明だが、この《硬化》ってスキルなら何とかなる……かな?

 おっと、これは生物には効果は無いのか。

 

 それならこんな感じで工夫して、これならどうだ? ふむふむ、スキルの使用にはMPを消費するのか……きついな、衰弱状態の俺の総MPは、たったの10しか無いってのに。

 寺島にも使えそうなスキルはあるかと尋ねたら、一応《肉体強化》とか《棍棒術》とかを、窓口のお姉さんと相談して取得したらしい。

 素直に羨ましいな、使えそうなスキル持ってて。


「でも、肝心の武器がないよ……棒っ切れすら無いんだ、ホーム内を探してみたんだけどさ。皆轟君、どうすればいいと思う?」

「そうだな……敵が出て来たら、取り敢えずネクタイを外して右手に持て」


 そんな感じで、短い打ち合わせは終了して。スタート地点の地下鉄のホームから、鉄の扉の向こう側へ。そこはまさしく異界だった、機械のひしめく小部屋では全く無い。

 地面は土だった、そして湿気を含んだ生暖かい室温。綺麗に揃えられた石碑が並んでいて、屋根も石造りみたい。石碑の半分は蔦が生い茂っていて、どこからか鳥の鳴き声が。

 そして別の生き物の気配も、確かに感じられた。


 腰を低くして、石碑の影へとゆっくりと進んで行く。まるでゲームの中に紛れ込んだみたい、誰か《探知》系のスキル持っていないかと尋ねるも。

 生徒の中には皆無みたい、生徒指導の先生連中は急な異界の出現に驚き騒ぎ立てている。役に立たないな、ってかその騒ぎで不要な危険を招き入れたみたい。

 それは小柄な、角の生えた人型の生物だった。


「うおっ、寺島っ……上着を脱いで左手に巻け、スキルは使えるようにしておけよ!」

「えっ、あっ……皆轟君っ、向こうからも来てる……!!」


 おっと、挟み撃ちと言う奴か……向こうは闘い慣れているな、小柄だと言え油断は出来そうもない。とは言え、俺たちの目の前にも粗末な服装の小鬼が4匹。

 敵の装備が貧弱なのは僥倖ぎょうこうだ、身体の動かし方も手慣れた兵士とまではいかない様子。こっそりセットした《観察》のお陰か、この程度の情報は簡単に入手出来た。

 《平常心》もいいね、敵の接近にも心が不用意に波立たないし。


 その点、隣の相棒の寺島は舞い上がっていて不味いレベル。俺が親切にも、ネクタイに掛けてやった《硬化》の効果に(洒落じゃないよ?)気付いているのかいないのか。

 俺が見本を見せて、まずは戦闘の手順を見せてやろうか。左手に巻いた上着にも、同じく《硬化》を掛けて簡易盾を作り上げ。右手には、剣のように掲げた派手な赤の縞ネクタイ。

 ……どれだけ時間が持つか、それだけが心配だな。


 強度的には、恐らくは問題は無いと思いたい。少なくとも、木のバット程度はあるんじゃないかな? 贅沢は言わないので、その位はあって欲しい。

 他に替わりになる武器も無いしね、寺島も何とか俺の叱咤しったで、近付く敵と向き合えそうだ。それでいい、せめて壁役にはなって貰わないと。

 後ろからも襲撃があるみたいだが、こちらは既に手一杯。


 何しろ相手は4匹だ、最初の交錯で数減らしをしないと突破されてもおかしくない。幸い道幅はそんなに広くないので、充分に通せんぼは出来ると思うけど。

 小鬼の戦闘力は未知数だし、あなどってはいられない。


 ところが、相手はその体格通りに、力も無くてヘボい感触だった。敵が手にしているのは、粗末な石槍や錆びた小剣が精々のレベルで。

 それを左手の簡易盾で防いでしまうと、無防備な体制でまごつく小鬼。俺の数年(6年程度かな)かじった程度の剣術でも、苦も無く急所に一撃お見舞い出来てしまった。

 ただ忘れていた、俺の呪いの衰弱具合……。


 これには参った、普通に強打をしたつもりが、友達とじゃれる程度の打撃に成り下がっている始末。当然致命傷にはなり得ずに、俺は咄嗟とっさにそいつに肘鉄を押し付けて、体重を掛けて倒れ込む戦法に。

 力は弱体化していても、体重までは落ちてはいない。こちらの全体重を乗せた倒れ込みは、目論見通りに小柄な小鬼を、再起不能にぺしゃんこに押し潰せた。

 これで一匹撃墜げきついだ、ただし倒れ込んだ俺は不味い状況に。


 計算していた訳ではないが、俺に突き掛って来た2匹目に、南野さんの牽制が見事に決まった。しかもそれは、制汗スプレーの一吹きと言う何ともエコな手法。

 俺しか見ていなかった槍持ち小鬼は、スプレーを目に受けて酷い有様に。俺は素早く相手を槍ごと手繰り寄せ、2匹目の小鬼をグランドに持ち込む。

 これなら衰弱した筋力でも、割と楽に制圧可能だ。


 ってか、相手の関節を捻じ曲げた勢いで、嫌な音が鳴り響いてしまったな。痛そうな叫び声だ、許せ……命の取り合いに、情けは無用。

 寺島も初戦闘にしては、なかなか見事に敵と遣り合っていた。こちらから攻勢には出れないものの、何とか壁役はこなしている感じ。

 とは言え、せっかく持っている筈の《棍棒術》は勿体無いかな?


 敵が落としてくれた石槍と錆びた小剣、ちゃっかり回収してしまえばこちらの有利は揺ぎ無い。一応俺の《硬化》はまだ有効だが、そもそも元はネクタイだしね?

 3匹目を、文字通りに俺が横槍を入れて始末すれば、後の残りは1匹のみ。最後の1匹は、どうやら南野が魔法で無効化してくれていたらしい。

 ボーッと突っ立った姿勢のまま、挙句に簡単に片が付いた。





 ――おっと、そう言えば後ろの先生方も戦闘中だっけ?







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