第2話 与えられたスキルと呪い



 その男は意外に若く見え、真っ白な戦闘スーツ姿でいつの間にか俺のそばたたずんでいた。護衛らしき短髪のゴツイ男たちが、その男の左右に控えている。

 そいつがいつ現れたのか、俺には全く判断がつかなかった。本当にいきなり隣にいたのだ、まぁこんな場所なのだから何でもアリかとも思うけど。

 そいつの第一印象は、“目に見えない威圧感の凄い奴”だった。


 うん、間違いなく上役……少なくとも何らかの権限を持つ、この場のまとめ役だろう。今更だけど、窓口の受付け嬢もこの男と護衛役も、日本人とはかけ離れた容姿をしている。

 かと言って、西洋人にも見えないし不思議な印象だ。異世界人とでも呼べばいいのだろうか、いや全く分からないけど。背中に翼でもあれば、天使かなぁとか想像もつくのだけど。

 その男と視線が絡まり、俺は途端に委縮してしまった。


 これは格が違うな……幼少の頃から剣道をかじってたせいか、そこら辺の対面からの気の呑み合いは、少しは分かってるつもり。化け物クラスだ、俺の師匠かそれより上かも知れない。

 護衛なんかいらないだろうと思うが、或いは違うのかも知れない。周囲に対して、自分は偉い人物なんだぞとのアピールで、配下を従えているとも考えられるし。

 それとも、奴以上に手強い外敵でも存在してるのか?


 色々と推測は立つが、俺の相手程度には護衛がいらないのは純然たる事実。例えれば、ずぶの素人が野生の熊とか虎に、不意に野山で出くわしたような感じ。

 頭真っ白で、まず歯向かおうとか思えないよね。


「時間も残り少ないのに騒ぎ立てますね、どうやらトランス状態に陥っていない様で……毎回何人か出るのですよ、覚醒が遅くて騒ぎ立てる人物が。

 大抵は、こちらの世界と相性が悪いからなんですがね。たまに適合能力が高くて、トランス状態をキャンセルする者もいますが……。

 さて、あなたはどちらのタイプでしょうね?」

「アイゼン様……わざわざお越し頂かなくても、この程度のクレームなら内々で処理できましたものを。お手をわずらわせてしまって、申し訳ありません」

「いえいえ、この者はなかなかの食わせ者ですよ……こちらの戦力を図ろうと、わざと騒ぎを起こしたようですし? 興味深いので、わざとその手に乗ってみましたが、たかが人間の分際で無礼千万ぶれいせんばん

 さて、どう対応すれば面白くなりますかねぇ?」


 目の前のヤバい奴の名前は判明したが、どうやら性格も最悪らしい。追い詰めたネズミをいたぶる、性悪猫のような性質の奴だったみたいだ。

 不味いな、やぶをつついて蛇どころか体長3メートルの大鬼が出て来た感じだ。さっきまでの威勢はどこへやら、この男から一刻も早く距離を取りたくて仕方がなくなっている。

 生存本能の為せる業かも、こちらの拳が届くイメージは全く沸かない。


 アイゼン様とやらに話し掛けた受付け嬢は、俺を対応していた女性とは違っていた。この4人の纏め役なのかも知れない、割とゴージャスな妙齢美女である。

 この白を基調とした空間の中で、受付嬢の4人だけは淡いピンク色の揃いの制服を着ていた。ちなみに護衛の二人は青い揃いの制服で、バトルスーツ風で動き易さを重視している感じ。

 そこそこ大きな組織なのは間違いない、目的は定かではないけど。


「今回の第十三期メンバーの“探索者”選抜では、総勢178名と過去最多となっております。この者1名程度なら、アイゼン様の裁量でどうとでもなさって頂いて構わないかと……」

「ふむ、今回はそんなに大漁でしたか! 三桁とは初めてじゃないですかねぇ、それじゃあそれを祝して3に関連したプレゼントをしてあげましょう。

 君の望みは叶えてあげよう、33ポイントのスキルを大盤振る舞いだ!」


 受付嬢たちは吃驚びっくりしている様子だが、俺もその言葉には驚きを隠せないでいた。ハッキリと断言するが、この白スーツの男は善意を振り撒いて回る性格にはとても思えない。

 むしろ、他人をわざと傷付けて喜ぶタイプだろうと、考えた時点で不味いと思考をシャットアウト。しかし時既に遅しで、ねっとりとした視線でその考えは読まれてしまった後だったみたい。

 心理戦など意味がない、一方的なサンドバック状態だ。


「こちらが求めているのは、戦う力を持つ大量の“探索者”なんですがねぇ……手札に持つ戦士の卵を、あまり弱体化などしたくは無いのも事実なのですが。

 こちらも管理職なので、あまり舐められても困るんですよ……そんな訳で、33ポイント相応の呪いも3つばかり受けて貰いましょうかね?

 おっと、そろそろこの力場を維持するエネルギーも切れそうだ。それじゃあ皆、撤収しましょうか……君も呪いに負けずに、頑張って生き延びてくれたまえ!」

「ちょっ、マジかよ……!?」


 俺が辛うじて発した言葉はこの程度、しかも掠れ声で情けない限りだが。ところが白スーツ姿の男は、何故か感心した素振りで俺の瞳を興味深く覗き込んで来た。

 それと同時に、身体の中に異質な何かが流れ込んで来た。強大なパワーの奔流と、物凄い物量を備えた洪水のようなソレは、俺の精神を押し流して抵抗力を奪って行く。

 その感覚に意識がリンク、次第に息苦しくてたまらなくなって。


 いつの間にか周囲の景色は、眩い白から暗闇へと移行していった。身体の感覚が無くなって行き、あれ程激しかった奔流も綺麗サッパリ意識の外へ。

 それは音も方向感覚も、何も感じない世界だった――









 コンクリートの冷たい感触に、俺は思わず悪態をついて意識を取り戻した。いつの間にか寝ていたらしい、ってかここはどこだと周囲を見渡すと。

 どうやら地下鉄のホームに、我知らず寝転がっていたっぽい。どう言う状況だと、必死に記憶を手繰ろうと努力していると。

 すぐ近くに人の気配、しかも結構な人数がいるみたい。


皆轟みなごう君、やっと気が付いたんだ……ちょっと大変な事になってるけど、どこまで覚えてる?」

「んあっ……おおっ、寺島てらしまかっ! あれっ、ここは地下鉄のホームだよな? どうなってるんだ、一体……あれっ、あの白い部屋……」

「そうっ、何か皆で揃って奇妙な体験したんだよ……そしてここに戻されて、良く分からないけど地上に出られなくなってるって。先立って探索に出かけた人もいるけど、今の所は誰も戻って来てないんだ。

 それから、電車も全く到着しなくなってて……」


 寺島は俺のクラスメイトで、まぁ多少の交流はあるかなって仲である。奴の話では、大抵の連中が目覚めてから、既に6時間以上が経過しているそうで。

 時計を見ると、確かにお昼を大幅に経過していた。


 寺島と話している最中に、色々と大事な記憶を思い出して来た。つまりはあの白い部屋だ、それからこの現状の把握も、同時にしておかないと不味いかな。

 連中が巻き込んだ召喚者は178名だと言ってたが、ホームを見渡してもその半分もいない感じ。視界に入る人影は一様に座り込んでいて、重い雰囲気を振り撒いている。

 人生を悲観した人の群れが、項垂うなだれて横たわっている感じだ。


 そんな中で、俺が一番遅く意識を取り戻したらしい……こっちでもか、変な事になってないと良いけど。そんな予想を裏切るように、寺島が申し訳なさそうに、幾つかの災難と伝言を伝えて来てくれた。

 その中で、まずは伝言だけど……俺の友達の光哉みつや直史なおふみは、一向に目覚めない俺にごうを煮やして、一足先に仲間を集めて探索に出掛けたらしい。

 それが約3時間前の事、目覚めたら追って来てくれとメッセージを残して。


 実際、光哉のようにここを離れて行った者は結構いたみたい。だいたい3人から10人程度で固まって、どこか地上に抜けれるルートは無いか調べに出たそうだ。

 ここに居座っても、食料も寝所も無いのだから行動は当然だと思う。ただし、明かりは何故か灯っているし、トイレもちゃんと機能するそうだ。

 水も一応、トイレの蛇口から摂取可能との事。


 逆に未だに残っている連中は、物見遊山と言うか腰が重いと言うか。それでも救出隊が必ず来てくれるのなら、待ちの姿勢も悪くは無いと思う。

 その場合、あの白い部屋の出来事をまるっと無視する事にはなるけれど。確かスキルと呪いを得たんだっけ……思い出したく無かったな、どうやって調べればいいんだ?

 確かスマホに、専用アプリがって話だっけ?


「あっ、僕も皆も真っ先に、スマホのアプリ調べたよ……何故だか知らないけど、他の機能は全部使えなくなってて、異世界情報のみが表示されるようになってた。

 電話もラインも、他のアプリは綺麗に全滅だったよ」

「それは酷いな……それで寺島は、本当にスキルとかっての使えるようになってたのか? うわっ、本当に出て来たよ……夢オチじゃなかったみたいだな、スキルとやらを使うにはどうすればいいんだ?」

「セットすれば使えるようになるみたい、スロットの上限を超えたら無理だけど。他の人の会話を色々聞いてたけど、皆の大体の平均値は8~10くらいみたいだよ?

 僕も9だったし、まぁ平均だよね。4とか5ポイントのスキル持ってたから、2つだけセットしてみたよ」


 そうらしい、ちなみにセットはスマホから可能だし、自分のステータスも閲覧可能との事。試しにスマホを操作して、その項目をクリックして起動してみる。

 そしたらちゃんと出て来た、現在の俺のステータス。それから俺が結局、直接は選択出来なかった大量のスキル群が……数えたら、恐らく33P分あるのだろう。

 ……ちょっと待て、それじゃあ呪いはどうなった?




 皆轟春樹:Lv1   HP:12(21)   MP:10(17)

----------------------------------

物理攻撃:9(16)   物理防御:5(9)

魔法攻撃:6(10)   魔法防御:3(5)


スキル【10】―

予備スキル《観察》《餌付け》《平常心》《追跡》《時空Box(極小)》《日常辞典》《投擲》《エナジー補給》《購運》《高利貸》《罠造》《硬化》《借技》《夢幻泡影》

獲得CP【0】   獲得SP【0】


状態異常:呪い



 うん、しっかりちゃんと呪われていたよ……状態異常らしいけど。確かあのアイゼンって男は、3つの呪いを与えるとかって言ってたような気がする。

 どうやって確認すればいいんだろう、ってか本当にスキルも33P分、しっかり貰えてた。今後の“探索”とやらの生命線らしいし、それは割と重要な問題だ。

 呪いが嘘か冗談だったら、もっと良かったんだけどね?


 まずはどちらをチェックするべきか、スマホを弄りながら暫し熟考する俺。周囲の雑多な視線や気配も気になるな、何か見定められているようで不快で仕方がない。

 今後の行動方針はともかく、身元はしっかり固めておかないと。などと思って、自分の旅行鞄をチェックしようと思ったら……無いっ、アレどこ行ったっ!?

 慌てる俺を見て、寺島が済まなそうに申告して来る。


「その、ゴメン……何かよく知らないオッサン連中が、意識の戻らない人達の鞄を漁って行って。一応抗議したんだけど、炎の球をぶつけられそうになって。

 それから同級生の伊澤いざわ君が、君の財布の中身を盗んで行って……」

「はあっ、何だそりゃ!?」


 いきなりフリーダムな無法地帯になってたのか、この地下鉄ホームは。意識の無い奴相手に、盗みを働くとか最低な連中だなっ!

 とは言え、抗議や仕返しをしようにも、既に盗人連中はここを出発済みらしい。


 教師たちもいただろうに、何をやってたんだか……いや、今更ながら連中にすがるのもみっとも無いよなぁ。自力で現状打破しないと、しかし腹が立つのは仕方が無い。

 俺は立ち上がって、寺島にトイレと告げて歩き出す。


 その前に、他に言伝や意識の無い間の大まかな出来事はしっかり耳に入れておいた。トイレにもしっかり灯りがついていて、ちゃんと蛇口をひねれば水も出る様子。

 これで異世界だと言われても、確かに心の底から納得はいかないよな。


 しかし、突然のマイナススタートとは、参ったなぁとの正直な感想である。何しろ着替えや生活小物の入った鞄を、見知らぬオヤジに強奪されてしまってたのだ。

 金を盗って行ったヤンキー伊澤にも腹は立つが、今更お金がこの世界で役に立つのか、はなはだ疑問である。いや俺だって、異世界の何たるかなど説明出来ないけどね?

 小説知識だと、モンスターの徘徊する剣と魔法の世界ってか?


 いや、実際に何げなく観察した白い部屋での掲示板にも、たくさんの戦闘向けのスキルが並んでいたのは覚えている。魔法も同じく、大半は既に選ばれ済みだったけれど。

 それはそうと、寺島が話してくれた説明で、この場での時系列がおおよそ判明した。早々に目覚めた連中は、やはり多少は騒ぎ立てたりしたらしいのだが。

 さらわれて隔離された現状を把握し、段々と大人しくなっていったそうな。


 それが打破されたのは、若い連中がスマホから“スキル”が本当に使えると理解してから。それから一時間と経たずして、出口を求めて探索を始める生徒の集団が出て来たとの話。

 光哉と直史も、数時間後には同じく地上を目指すと、この場を離れて行ったそうだ。頭ごなしに待機を命じる、教師に歯向かっての行動だろうと寺島は言ってたけど。

 恐らく俺も、起きてたら同じ行動を取っただろうなぁ。


 そんな訳で旧友の行動は責められないが、後を追えと言われても困ってしまう。話によると、その差は3時間とちょっと、ただしその間にも色々あったそうで。

 つまりは強盗団の出没だ、或いは元から置き引きなどで生計を立てている奴らだったのかも。意識の無い奴を中心に、大人しそうな生徒相手にも脅して荷物を奪っていったらしい。

 酷いな、教師どもは何してたんだ?


 そして最後に、ヤンキー伊澤とその仲間達が行動を起こして。側にいた寺島に、ちょっと金借りたぞとわざわざ伝言を残して金を奪って行ったそうだ。

 連中は3人パーティで、何と地下鉄の線路伝いに移動して行ったらしい。


 それが約2時間前、生徒の大半は同じく大小の集団に分かれて地上、或いは出口を求めてここを旅立ったそうな。残されたのは60人程度、約3分の1だ。

 このホームが異世界の出発点なのは、もはや共同認識になっているっぽいね。スマホからも確認出来るそうで、マップ表示から5~6個の進行ルートが表示されるとの寺島の情報だ。

 最初から分岐ルート有りですか、選択肢が多いね!


 実際、救出隊が見込めないなら、ここにいてもジリ貧でしか無いな。トイレはあるけど、何せ食料が全く無いから。仕方ない、寺島とでも組んで俺も出発するか。

 とは言え、自分の出来る事くらいは把握しておかないと。それから呪いの確認だ、かくして俺は、自身のステータス画面のチェックへと戻るのであった。

 えぇと、どうすればスキルを確認出来るんだ?


 ……何だ、タップすれば簡単な説明が出るじゃないか。それじゃあ、まずはスキル1Pの奴から行こうか。3つあるけど、何と言うかしょぼいな。

 《観察》は、物事をよく見れば、自然と理解が及びやすくなるらしい。スキルに起こす意味があるのか、甚だ不明ではあるけど仕方が無い。

 観察眼ともいうし、鍛えれば恐らく凄いんだろう。


 《餌付け》に至っては、おちょくられてるのかと叫びたくなるレベル。説明文は、餌を与えて好感度upとある……普通だ、何故にわざわざスキルにしたの?

 《平常心》も同じく、心を平静に保てるって、解り切った説明を有り難う? こんなの、セットする意味があるんだろうか。恐らくは危険な道中で、役立つイメージが全く湧かない。

 いや、確かに取り乱して判断を誤るよりはいいけどさ。


 スキル2Pの中に、ようやく役に立ちそうなのを発見した。しかも日常レベルに役立ちそうなのと、戦闘に便利そうな奴まで入ってる。

 運が向いてきたかな、しかも《追跡》なんてピンポイントのスキルもあるし! これで光哉たちを追い掛けて、合流すれば道は拓ける気がする。

 俺は思わず、鏡の前でガッツポーズ。


 ……あれっ、何か首に巻き付いてる? 鏡の中の俺の首元、ウチの高校は男子はブレザーなんだけど。ゆるめてるネクタイとワイシャツ越しの首元に、何か見慣れない紋様が。

 まるで鎖のような、焦げ茶色の薄気味悪いタトゥーの様なそれに、俺はまるっきり見覚えが無かった。……いや、見覚えは無いが心当たりはあるのか?

 まさか、これが呪いの紋様……?


「おいっ、皆轟……いつまでトイレに閉じこもってる!?」





 ――それは一番聞きたくない、生徒指導教師の一喝いっかつだった。






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