第22話

「……おいしい!」


 サラダを食べ終え、トルティーヤにかぶりつく。何これ、中のお肉とろとろで……卵? かな。柔らかい食感。ピリッとするのは、唐辛子? なんにせよ、薄い皮に包まれたそれはおいしくて。気づけば2個目を口にしていた。


「よかった」


 相良さんが満足そうに微笑む。ああ、やっぱり笑いじわ。相良さんの笑顔は人を癒す力があると思う。仕事のことで少し気分が落ち込んでいたけど、話を聞いてくれて慰めてくれたし。やっぱり、この人いい人だ。


「あ、ごめん。仕事先から電話。外出てくるけど、帰らず待っててね」


「はい」


 相良さんがバーを出ていく。扉がカランと鈴の音を鳴らした。町丘さんは次々入ってくる注文を取るのに忙しそうだ。僕は今日も相良さんとお揃いのカクテルを頼んでもらった。薄い青色のカクテル。炭酸がしゅわしゅわと弾けるのが、見ていて楽しい。しばらくその綺麗な色に見入っていると、後ろから唐突に肩を掴まれた。


 ……何?


「おにいさん。1人?」


「いや、えっと」


「うわ。近くで見るとめっちゃ可愛いじゃん」


 男が2人。雰囲気でわかる。多分、Dom。僕は早くいなくなってくれと願って、無視することにした。しかし、2人はなかなか離れてくれなくて。ナンパっていうの? これ。この人たちも見る目ないな。僕なんかよりもっといいSubはたくさんいるだろうに。そう思ってカクテルを飲もうとした瞬間。


 バシッと手元をぶたれる。カクテルの入ったグラスが床に叩きつけられた。


「痛っ」


 そのグラスの破片が運悪く僕の右手の人差し指に当たって、血が出てしまった。切れた? やばい。止血しないと。


 半ばパニックになって鞄からハンドタオルを出そうとする。しかしその手も押さえつけられてしまって。


「無視してんじゃねえよ。Subのくせに」


「うわぁ。泣いちゃった? ごめんね。後でたっぷり慰めてあげるから」


 男の手が、僕の頬に触れるその直前。ぶわ、と体の中の血流が早くなったのを感じた。床に膝をついていたはずなのに、体が勝手に動いてしまう。ぺたん、と両膝を床につけてお尻を引いて。kneelおすわり? なんで? こんな、皆から見られてる場所で……。嫌だ。こんな、屈辱的な姿勢。

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