第21話

「はいよ。今日のおすすめはトルティーヤだけど、どう食べてみる?」


「だって。どうする雛瀬くん?」


 トルティーヤかぁ。食べたことないや。でも、せっかくだし……。


「じゃあそれもお願いします」


「10分くらい待っていなさいよ。先に帰られちゃあ商売にならないからね」


 町丘さんの冗談に2人して笑って。料理が運ばれてくるまでの間、相良さんは僕の話を笑って聞いてくれる。今日あった上司との報連相のミスについてだった。僕はしっかりと報告したはずなのに、そんなの聞いてないよと上司が難癖をつけてきたのだ。


「それは大変だったね。きっとその上司は、雛瀬くんの仕事ぶりに嫉妬してるんだよ。だから、そういう嫌がらせをするんだ」


「そう、なんですかね。もともと冷たい人でしたけど、あんなに敵意むき出しにしてくるなんて思いもしてなかったから……驚いてしまって」


「大丈夫。雛瀬くんのせいじゃないよ」


 そっと、自然に、僕の肩に手を置く相良さん。その大きな熱い手のひらが、ジャケット越しに伝わってくる。手、ごつごつしてて血管なんて浮いててさ。なんていうんだろう……すごくえっちだ。


「あ、ありがとうございます」


 意識しちゃだめだ。そう言い聞かせて、手の方は見ないようにする。そんなやりとりをしていたら、目の前に緑色の物体がトンと置かれた。サラダ? 小エビがところどころに散らしてある。上には、乳白色のドレッシングが。黒胡椒の鼻をつく匂い。


「お待たせ。どうぞ、たらふく食べてくれ」


 町丘さんお手製の料理が続々とテーブルに置かれる。この店はイタリアンバルと呼ばれる種類のバーらしい。バーの名前は「町の丘」。町丘さんらしいネーミングだと、僕は思った。


 小皿があったので、それを掴もうとすると隣からそれを遮る手が。相良さんだ。


「俺がやるから。雛瀬くんは食べてていいよ」


「でも……僕そういうのは年下がやるものだって教わってますから」


「じゃあ今日はそのルール禁止。俺のルールで動いてくれる? 雛瀬くんはただ食べるだけ。料理の取り分けは俺がするから」


「……わかりました」


 相良さんのペースにのまれ、僕は反論ができない。言うことを聞かなきゃ。自然とそう思っている自分に驚く。こういうところが、自分はSubなのだと実感させられる。対して、お世話したがりの様子の相良さん。やっぱり、Domなんだ。

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